一度は出てくる名台詞?
しばらくは穏やかな学園生活が続いていた。
本当に乙女ゲームなのかな?と疑う心も少しあったが、その度満開の桜を思い出し、とても違うと考える事は出来なかった。
色々悩んだが、気づいてしまったものは仕方ない、今からでも破滅を回避する方法を考えよう。
まずはヒロインを味方につけると言う案だ。
数ある話で断罪されない悪役令嬢は、ヒロインが味方であった場合が一番多い気がする。
友人になれれば断罪など初めから行われず、円満に卒業式を迎えられる。
協定を結ぶというものもある、この場合は貴方の攻略者に手出しはしませんよ、または手伝いますよくらいの意思表示をすれば大丈夫だろう。
逆ハー狙いだったら……正直仲良くなれる自信は無い。
ちょっと生理的に受け付けないし。
勝手になってしまったら仕方ないかもしれないけど、自分から落としに行くってどうなの?複数だよ?
其処は、倫理観のしっかりしたヒロインである事を祈るより他無い。
そんな事を悩みながら廊下を歩いていると、裏庭付近に差し掛かったところで、何やら人だかりがある事に気づいた。
遠くて良く見えないが、どうやら全て女性のようだ。
嫌な予感がして、壁沿いに隠れるようにそっとその集団に近づいてみた。
「……聞いてますの!いつも殿下の周りをうろうろとご迷惑なのがわからないのですか!?」
女性の叫ぶような声が聞こえる、間違いないこれはきっとあれだ。
きっとこの後、お決まりの台詞が出るに違いない、そうあの名台詞。
「殿下には、リディアーネ様と言う立派な婚約者がいらっしゃいますのよ!!」
来たぁぁぁぁ!!伝家の宝刀立派な婚約者!!
そして私の名前使われてる!!
違う、私婚約者じゃない……まだただの候補だから、他にも候補居るから。
どうして他の令嬢の名前が出なかったの、これが強制力とか言うものなの?
ごめんねルイス、貴方の言うとおりだったわ。
もっと早くに辞退しておけば良かった。
そのうち他に決まるでしょ、なんて呑気に放置しなければ……
しかし、現実問題辞退出来ていない上、このままでは不味い事になる。
どうしようかとおろおろしていると、集団の向こうにまた誰か居るのを見つけた。
肩まで伸びた黒髪を見て、私は恐怖した。
あれは恐らく、ラディアスだ。
この学園に黒髪の生徒は私と彼しか居ない。
彼は学園でも有名なほど剣術の腕に優れた騎士で、その上顔がものすごく整っている。
あの黒曜石の様な切れ長の瞳に見つめられたいと、令嬢達が騒いでいたのも記憶に新しい。
殿下の護衛件学友という立場を見ても間違いないだろう。
恐らく彼は攻略対象なのだ。
だとすれば、今他の女性に苦言を促されている女性こそが、ヒロインと言うことになる。
非常事態だ、今目の前にはヒロイン、それをいじめる女性達は私の名前を語っている。
今ここに攻略対象のラディアスがやってくれば、これはもう私がいじめの主犯格だと思われるに違いない。
なりふり構っている暇など無い。
今はこの女性達を即刻止めなくては!!
私は慌てて集団の前に飛び出した。
「何をしているのですか?」
内心冷や汗がいっぱいで手あせも搔いてる気もするが、顔には一切出さないで颯爽と躍り出る。
そこは公爵家直伝英才教育の賜物だ。
「リディアーネ様!?いえ……私達はその……」
口ごもる女性達の後ろには、壁際に追い詰められた令嬢が一人居た。
ブラウンの肩まで伸びた髪に、金にも見えるオレンジの瞳。
真っ白とは言わないが、綺麗で健康的な肌。
熟れたさくらんぼのような唇はつやつやと輝き、小さな肩を震わせる姿は庇護欲をそそる。
これはヒロイン確定でしょう!!
可愛いものすごく、これがヒロインじゃなかったら誰がヒロイン?て言うくらいに可愛い。
とうとう見つけてしまった、やはりこれは間違いでは無かったのね。
そうと決まればやる事はひとつだ。
「一人の女性を取り囲んで、そう声を荒げるものではありませんよ」
私は出来る限り優雅にヒロインに近寄ると、怖がらせないようにゆっくりと微笑んだ。
「可愛そうに、怯えてしまっているではありませんか。淑女たるもの何時如何なる時も、慈愛の心と冷静なる態度を忘れてはなりません」
集団の方を振り返ると、俯いて罰の悪そうな表情を浮かべている。
何人かは見知った顔がいた、この子達も決して悪い子じゃ無いんだけど、どうしたんだろう?何か気に障ることでもあったのだろうか?それでもこれは流石に良くない。
「如何様にすべきかは、皆様すでにお解かりでしょう?」
こちらの集団にも、出来る限り優しく見えるように微笑みかける。
皆仲良く!大事だよね。
俯いていた女性達の中で、中心人物と思われる女性が一歩前に出て頭を下げた。
「注意をしようと声を掛けましたが、少々過激になり過ぎたと反省しております。申し訳ございませんでした」
彼女の言葉を追うように、女性達は口々に謝罪を述べる。
私は笑みを浮かべたまま頷くと、後ろに庇っていた令嬢にもう一度振り返った。
「彼女達も悪気が有ってこうした事をした訳では無いでしょう、どうか許してあげてもらえないかしら?」
そう言うと、彼女は大きく首を縦に何度も振っていた。
正直首が痛そうだと思ったけど、勿論顔にも態度にも出して無い。
謝罪が終わった後改めて両者の話を聞き、女性達の言い分である適度な距離と言うものを、令嬢も勉強すると返事をもらえた事でこの件は終了となった。
無事に何とかなった……今すぐ脱力してしまいたい。
しかし、其処にはまだあの令嬢が残っていた。
「どうかしまして?」
小首を傾げて尋ねると、彼女は大きな瞳を潤ませた。
何か私不味い事言ったかしら!?
不安と動揺で心臓が痛いくらいに鳴っている。
しかし、彼女から出た言葉は意外なもので……
「リディアーネ様!殿下の婚約者って本当ですか!?私……ずっと殿下をお慕いしていて……」
ヒロインは殿下狙いか!
やっぱり婚約者候補辞退は絶対しなきゃ、これで方針が決まった。
にやけそうになる顔を堪えて、そっと彼女の震える肩に触れる。
「そう……心配なさらないで私は所詮候補でしかありません。貴女が心から殿下を想っていらっしゃるなら応援させて頂きますわ、ライバルは多いかもしれませんが頑張ってくださいね」
ここは一番肝心な所だ、ヒロインに信じてもらわなければいけない、私は心からの笑みを浮かべた。
そう私は貴女の味方です、絶対に邪魔なんてしません、だから断罪しないでお願いします。
どこまで私の心が通じたかはわからないが、彼女は綺麗に微笑むと感謝の言葉を述べ去っていった。
「……お見事でした」
透き通るような声がして振り返ると、そこにはさっきまで距離があったラディアスが立っていた。
無口な彼は偶にしか喋らないが、その声は1キロ先の女性も振り返ると言われるほど美しい。
せっかくの貴重な体験だが、そんな事より今はここから離れる方が先決だ。
「ご覧になってらしたの?お恥ずかしい限りですわ……」
頬を染め恥ずかしそうな振りをしてその場を去る。
勝った、心の中でそう思い歓喜に震えているなど誰にもわからないだろう。
こうして私は、イベント回避とヒロインからの信頼を得るという二つを成し遂げ浮かれていた。
その為気づかなかった、ラディアスが立ち去る私の後姿を、ずっと見つめていた事を……