義弟とお茶と困惑と……
あれから数日、相変わらず婚約者候補からは辞退出来ていないが、何故かルイスとの仲は少々の回復を見せた。
挨拶しかまともにしなかった関係が、最近は庭でお茶をするほどになっている。
私に笑顔を向けてくれるようになったのも大きい。
まあ、欲を言えば昔みたいに義姉様と、甘えて欲しいのが本音だが。
其処はルイスも、もう子供では無いのだから我慢しよう。
これにより私の懸念事項がひとつ解消された。
義理の兄弟に有りがちな、昔苛めていた為に起きる不仲フラグは勿論。
断罪の際に助けてくれないという事も、今のルイスなら無いだろう。
特に付きまとったりしてもいないし、そちらも問題ない。
しかし、どうして今まで関係が悪化していたのか。
急にそれが回復したのは何故か。
それについては、何度聞いても聞き流され答えてはくれなかった。
まあ、それはともかく仲直りしたのだから良しとしよう。
そして、今日も自宅の中庭で二人でお茶を飲んでいる。
「義姉さんは本当に、殿下の婚約者候補を辞退したいんですよね?」
不意に聞かれた質問は何度目だろうか。
二人でお茶をするようになってから、ルイスは日に一度はこの質問をするようになった。
「そうよ、何度も言ってるでしょう」
さすがに破滅フラグ云々は言っていないが、私の不安を無くす為にも、やはり殿下との婚約は阻止すべきだと思う。
そう思い、何度も婚約する気は無いと伝えているのだが、ルイスは自分も散々王家に打診していた割には、今になって何度も確認してくる。
実はいまさら不敬だとかを気にしているのだろうか、あれだけ言って来たのだから不敬で罰せられるなら当の昔に処罰されてると思うのだが。
「いえ、確認したかっただけなので問題ないです」
私からそれを聞いた後のルイスは、天使のような笑顔を浮かべる。
まあその笑顔が見れるなら、面倒だけど何度でも答えましょう。
ブラコンと言われても構いません、お姉様はチョロイのです。
「気が変わったと言われるのが、少し怖くて……」
本当に一瞬だけ、ルイスの表情が曇った。
気のせいかもしれないが、少々心配にはなる。
「大丈夫ですよ、王宮内への手回しは徐々にですが進んでいます」
私が不安げにしたのが婚約の件だと思ったのか、安心させるように、ルイスは微笑を浮かべ励ましてくれた。
今心配していたのはルイスの事だったのだが、この表情を見るに気のせいだったのだろう。
確かに婚約の件も心配だ、でもこのルイスが大丈夫と言っているのだ、きっと任せて良いはず。
私の義弟はとても優秀だ、同い年とは思えないほど、学問も武術も出来る。
まだ学院に通う年齢だと言うのに、暇がある時にはお父様の仕事を手伝い、時には王宮にも出仕する。
本当に自慢の義弟なのだ。
陛下の覚えもめでたいらしく、殿下の側近から次期宰相になるのでは?などの噂もされている。
しかし、手回しとは何をしているのだろう?
気になったが、聞いても答えてはくれないだろう。
天使の笑顔でかわされる事しか想像できない。
しかし、そのルイスを持ってしても未だ辞退がならないのは不思議だ。
ルイスは色々していてもまだ歳が若いし、王宮内では大した権力は持っていない。
しかし、そこは筆頭公爵家現当主のお父様がいるのだ、権力どうこうと言う理由では無い気がする。
お父様も何年も前からルイスと共に、この話を白紙に戻そうと奮闘しているようだ。
王家もそんなに公爵家と縁繋ぎしたいのだろうか?ふと考えてしまった。
そこまで必死にならなくとも、今の陛下は賢王と有名で、国の内政はとても安定している。
貴族間でもそれほど悪い噂は聞かないし、こんな時ぐらいと政略よりも恋愛結婚を押している家も少なくない。
そんな状況だし、王家だって急に平民とかじゃなきゃ、恋愛結婚しても良いんじゃ無いかな。
せっかく学園に通っているのだから、ついでに婚約者探しでもすれば良いのに。
「……相手があの男で無ければ、すぐなんですがね……まぁ必ず潰しますが……」
そんな事を考えていたら、小さな声でルイスが何か呟いた。
「えっ?何か言った?」
良く聞き取れ無かったので、もう一度尋ねたけれど、手を振って何でも無いと笑うだけだった。
ものすごく気になるけど、こういう時のルイスは何を言っても教えてくれない。
わかっているから、少しだけ不貞腐れたような顔になるのは仕方ないと思う。
私の顔を見て困ったように笑ったルイスが、後ろの花壇に目をやると徐に席を立った。
私の横を抜け、花壇の傍に立つと小ぶりな一輪の薔薇を手に取る。
その棘を丁寧に外して、横に立つと私の髪にその薔薇をそっと挿した。
「義姉さんの宵闇色の髪には、やはり赤が映えますね。美しいその瞳と同じ真紅の薔薇が……」
その手を髪に触れたまま、間近で微笑まれ心臓が大きく跳ねる。
あれ?ルイスの笑顔ってこんなに妖艶な感じだったっけ?
常に無い様子に、困惑が止まらない。
それなのにルイスはさらに一歩近づくと、今度は突然真剣な表情を浮かべ。
「ただ…………他の男に薔薇なんて、贈られては駄目ですよ……何をするかわかりませんから……ね?」
感情の無い声で耳元に囁くと、最後に一番深い笑みを浮かべた。
恐怖で背筋が粟だった。
心臓の鼓動も今度は違う意味で早まった気がする。
そのまま、髪と一緒に頬を撫でるようにしながら手を離すと、ルイスはそっと中庭を後にした。
前言を撤回しよう、最近のルイスは少し変だ!昔と何か違う気がする!
何がと言われると困るのだが、前はあんな過度のスキンシップはしなかったと思う!!
なんだかちょっと怖い事も言ってた気がするし!!
変な食べ物でも食べたのかな?きっとそうだ、そういう事にしておこう……
情緒不安定な義弟を心配しつつ、私は冷めた紅茶を一気に呷ると。
ルイスに挿された薔薇の花びらが、一枚風に乗って飛んでいった。