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【神と人の終焉回廊】  作者: 蒼海
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Prologue-始まりの荒野-

 ――“ここ”が、全ての始まりだった。


 +


 ああ、自分は死ぬのかと、少年兵は雲一つ無い空を見上げながら考えた。


 地平線まで続く荒廃した大地。噎せ返るような熱気と夥しい量の鮮血を纏い、齢十八の少年兵は生死の境を彷徨っていた。

 傷だらけの四肢を動かす力はとうに無く、霞む視界の先には敵も味方も判らぬ屍が幾つも転がっている。吹き抜ける風と、それに紛れて時折届く自分の微かな呼吸音以外なにも聞こえない。文字通りの死の荒野。

 霞みがかった意識の中、少年兵の脳裏に走馬灯のように故郷の情景が浮かび上がる。

 極東の小さな故国。自然豊かな村の外れに建つ小さな生家。秋になると立派な柿が実る庭――自分の帰りを待つ、家族の顔。

 少年兵は父を知らない。物心ついた頃から母は病床に伏し、少年兵は年の離れた姉夫婦に妹と共に育てられた。

 決して裕福な家庭ではなかったが、少年兵は家族が好きだった。優しい母と、天真爛漫な姉と、穏やかな兄と、しっかり者の妹が、少年兵は誰よりも大切だった。

 だからこそ少年兵は、自分は村一番の幸せ者であると信じていた。


 ――しかし、義兄はもう何年も前に戦死した。

 妹は母と同じ病に伏し――自分は今、異国の地で息絶えようとしている。

 在りし日の幸福な家庭は、もうこの世界の何処にも無い。

 異国の地で戦死した義兄の遺体は、姉の元へ帰って来なかった。きっと自分も同じだろう。

 どれだけ帰りたいと願っても、もう故国の土を踏むことは無い。

 自分の遺体はどうなるのだろうかと、ふと考えた。

 このままこの地に打ち捨てられるのか、それとも獣人族の餌にでもなるのか。はたまた、自国か敵国の兵が回収していくのか……どれにしたって、もうあの家には帰れない。

 声にならない声で、母に謝る。先に逝きます、ごめんなさいと。

 姉に謝る。また悲しい思いをさせて、ごめんなさいと。

 そして、妹に謝る。……約束を守れなくて、ごめんなさい、と。

 一陣の風が荒野を吹き抜け、砂埃が陽光を遮る。視界が、思考が、黒く染まる。


 ――あぁ……終わりだ。


 そう確信し、少年兵が瞼を下ろした――

 ――その、刹那。


「――…………見付けた……――!!」


 響くはずのない声が、荒野に響き渡った。

 その瞬間。黒く染まったはずの少年兵の視界が晴れる。眩い光に包まれ、今まさに終わろうとしていた生命が、息を吹き返す。

「……よか、った……!」

 そして少年兵は気付く。突如として屍の荒野に現れた“異物”の存在に。

「――やっと、見付けた……!」

 感覚のほとんど無かった掌に、僅かなぬくもりが伝わる。なにも無かったはずの少年兵の隣に、知らぬ間に“異物”は座っていた。

 戦場に似つかわしくない、白い薄布を纏っただけの軽装。透き通る銀のような長い白髪に、少年兵を覗く瞳は血液より深い紅。そして――年端も行かぬ、酷く美しい少女の姿をして、“異物”は少年兵の手を握っていた。

「――……きみ、は…………?」

 嗄れていたはずの喉からは、気付けば自然と声が出ていた。否、喉だけではない。傷だらけだった四肢の血は止まり、呼吸は安定し、深淵に呑まれる『死』の感覚は気付けば何処にも無かったのだ。

 たった一瞬の奇跡に思考が混乱していた少年兵に、“異物”はあどけない微笑みを浮かべ、穏やかに答えた。


「――私は――」


 +


 長い年月の中で、当然のように過ぎ去って行く歴史の一幕。

 それは、紡がれるはずのなかった物語。現代に続く神話の始まりにして、まだ見ぬ終焉の幕開け。

 史実にも残らぬ小国同士の戦争。その舞台となった死の荒野で、人知れず生命を終えるはずだった人間族の少年兵と、“世界の異物”の少女のお話。

 その出逢いを知る者は、今も昔も誰もいない。


 そして数百年後の世界。“人”とその“混ざり物”の、様々な種族が蔓延る世界。

 大陸北西に位置するとある人間族の国の城下町――通称≪霧の晴れぬ都市≫――にて、終焉への刻は、静かに進み始めた。

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