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薇仕掛けの用心棒  作者: 蝦夷 漫筆
9/12

イゼロ渓谷の決闘

 計画は始動した。

 ゾーレスは山賊ペコの野営地に火を放っていぶりだし、彼らを引き付けながら先導してチャコス川のイゼロ渓谷へ馬を走らせた。

 一方、宿場町タビーニャスへ赴いたマーシアは、渓谷にペコたちが集結し町への襲撃を目論んでいると告げた。

 ゾーレスを追うペコの一味と、タビーニャスを出発した衛兵の一団、ともに向かうはイゼロ渓谷。


挿絵(By みてみん)



 長い月日が岩肌を削り、深い谷を形成したチャコス川。

 毒々しい色彩の花々が咲き乱れるイゼロ渓谷は、特に深くえぐれた場所。

 下流に向かって大きく右にカーブする水流はあちこち渦を巻き、両脇にそびえる崖はツノのように突き出しアーケードを形作っている。


 月の光が赤くこぼれ入る川面。

 渓谷の狭間に立つ一人の男。ゾーレスは煌々と松明を掲げ上げている。

 


 東から聞こえてくる蹄の音。幾つものリズムを重ねながら次第に大きくなる。


 激しい水しぶきを立てながら浅瀬を駆けて来るのはタビーニャスの衛兵たち。

 「あれだ、あの火だ」

 先頭を走るのは執行人上がりの保安官バティオ・モードル。鞍上で颯爽と剣を抜いた。

 「突っ込むぞっ」

 「おうっ。皆殺しだっ」

 迫り来るタビーニャス衛兵たちを見据えるゾーレス、静かに笑みを浮かべた。



 西からも馬群が来た。

 川のカーブに差し掛かったところで横一線。こちらも大群だ。

 「いた、いたぞっ」

 真ん中で剣を振り上げたのは山賊団クエルノス・クラネオスの首領、ペコ・デ・サバレス。金髪が夜風に流れ、額の傷跡が露わになる。

 奇声を上げて向かってくるペコたちを見ながら、ゾーレスは再びニヤリとした。

 

 川の曲がり角、上流と下流からそれぞれ荒ぶる男たちが迫り来る。

 

 ゾーレスは、掲げ上げていた松明を川の流れの中に投げ落として闇に身を潜めた。

 にわかに暗闇が広がった。


 左右からの地を蹴るリズムが渓谷で一つに合わさった。

 怒号と剣のぶつかり合う音は、浅瀬の水を跳ね上げる装飾音と共にそそり立つ崖に響き渡る壮大な殺戮のオーケストラを奏で始めた。

 「殺せっ、いいか相手は山賊だ。慈悲など要らぬ」

 バティオの剣が唸りを上げてペコの手下たちを斬って落とす。

 「一人も生かすなっ、衛兵を殺れば町は俺たちのモノだ」

 ペコの突き出す剣がタビーニャスの衛兵たちを串刺しにする。

 「ひるむなっ」

 「突っ込めっ」

 血しぶきが舞い、断末魔の叫びが輪唱のごとく連なる。首が飛び、はらわたが垂れ落ちる。

 戦いのハーモニーは耳を突き腹をえぐるような狂気の不協和音を重ねながらクライマックスに向けてひたすらクレッシェンドしてゆく。

 川面に映っていた赤い月は、流れ出た血によってもはや見えなくなっていた。


 

 「いい眺めじゃないか」

 ゾーレスは闇に紛れ、少し離れた岩陰で待つ町民たちと合流した。

 「さあ、こっちの用意はいいか?」

 「ああ」

 カシアドが力強く答えた。

 「言われた通りにしたぞ。いよいよだな」

 頷いたゾーレス。

 「点火するぞ」

 小箱に突き出たレバーに手を掛けた時、カシアドが声を上げた。

 

 「ちょ、ちょっと待て。いないぞ」

 「ん?」

 手を止めたゾーレス。

 「何だ、どうしたんだ?」

 カシアドは、衛兵たちとペコの一味が繰り広げる壮絶な殺し合いを遠眼鏡で食い入るように見、そして首を傾げた。

 「大尉がいない。レンディが…いない」

 「チッ…」

 ゾーレスも遠眼鏡を覗き込んだ。

 「確かに、見当たらねえ…手下だけをよこしやがったんだな」

 町民たちは頭を抱えた。

 「あいつを殺らなきゃ意味がねえ…」

 「ちょっと待ってりゃ来るかも知れねえぜ」

 視線がゾーレスに集まる。

 「ど、どうする?」


 ゆっくりと息を吸い込み、吐き出したゾーレス。

 「やる。この好機チャンスは逃せない」

 「しかし…レンディが生き延びてたら」

 ゾーレスは呟いた。

 「あとで必ず、俺が殺る」


 ゾーレスは着火装置のレバーを引いた。

 くねくねと曲がりくねった導火線のレールに沿って、バチバチと音を立てながら火花が崖を上ってゆく。


 「耳を塞げっ」


挿絵(By みてみん)


 カッ、と一瞬。

 真昼の太陽がいきなり出現したかのような閃光。思わず目をしかめるほど。

 続いて腹の中をひっかきまわすような重低音を伴う爆音。キーンという残響が耳に残る。

 「すげえっ」

 次は爆風。驚きの声が吹き飛ぶような、身体が持ち上がるような強烈な風が渦を巻く。


 「見ろっ、崖。崖がっ」

 そそり立つ岩盤を、まるで巨大な蛇が駆け上るように亀裂が走ってゆく。

 「落ちる、落ちるぞっ」

 渓谷にいる衛兵たちもペコの一味にも、逃げる猶予は与えられなかった。

 「ひいっ」

 「ぎぃあああっ」

 「うぎええっ」


 容赦なく落下する巨大岩盤が全てを押しつぶした。

 どす黒い粉塵が、視界を遮るように激しく舞い上がった。

 砕けた岩、川の小石、えぐれた地面の土や砂、誰のものか区別しようのない肉片などがボトボトと落下してくる。

 

 真っ赤に染まったチャコス川を堰き止めるほどの崩落。


  辺りを覆い尽くした濛々とした土煙が、ゆっくりと晴れてゆく。

 元の形がわからないほどに砕けた岩、その隙間から流れ出るおびただしい血。

 「やったな…衛兵たちも山賊も、文字通りぶっ潰してやったぜ」

 小躍りする町民たち。


 思い出したように、あちらこちらから一匹、二匹とかすかに聞こえてくる河原の虫の声。

 その美しい音色に混じって、しゃがれた太い声が聞こえてきた。


 「誰だ、こんな真似をしやがったのは…」


 土煙の中にゆらりと佇む男が一人。

 「町のクズどもが…」

 手に持った拳銃からはじける火花が、まるで黒雲の中の稲妻のように噴煙を照らした。

 一発、二発、三発。

 浮かれた笑顔のまま、次々に町民たちが脳天を吹き飛ばされてその場にぐったりと倒れた。


 身構えるゾーレス。

 「よくも生き延びたな…」


 「昔から俺は…」

 散乱した岩と、累々たる屍の上に立ちつくしていたのは、バティオ・モードルだった。

 「運がいいんだ」



 つづく

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