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薇仕掛けの用心棒  作者: 蝦夷 漫筆
7/12

闇に紛れ

 ゾーレス・ニーヨは賞金稼ぎ。しかし戦争で生死を彷徨い、その身体は機械仕掛け。

 心臓を動かす波動電池の寿命が尽きつつあることを知り、希少な波動石があるという宿場町タビーニャスにやって来た。

 しかし、町は新しく就任したという執政官マクウォル・レンディ大尉の独裁下にあった。

 流れ者の滞在を快しとしないレンディ大尉によってゾーレスは凄惨なリンチの末に義肢をもぎとられ、逆さ吊りにされてしまった。


 陽が落ちてゆく。

 「このまま死ぬ、のか…」

 ゾーレスは目を閉じた。


 小さい頃から機械いじりが好きで、設計技師になることを夢見ていた。

 折りしも幻界大戦の真っ只中。物心ついたときから出征していた父親の戦死の報を聞いたのは、軍需工場に勤務していた時だった。

 青年ゾーレスは十八歳で志願し冥界の軍に入隊、本土防衛の最前線に配属された。


 知ってはいた。しかし、それ以上に戦場は過酷だった。

 毎日、戦友たちが死んでゆく。

 仲の良かった幼馴染が、すぐ隣で下半身を吹き飛ばされ泣きながら血まみれで息絶えていった。その光景が目に焼きついて離れない。


 「あうっ、ああっ…」

 剣をかざした兵士たちが立ちはだかる。逃げようと振り向いても敵兵だらけ。

 「囲まれた…」

 もう逃げ場は無い。

 薄笑いを浮かべた敵が次々に襲いかかってくる。恐怖に足がすくんだゾーレスは為すすべも無くズタズタに切り裂かれてゆく…。

 「うあああっ」

 逆流してくる血の嘔吐で息が出来ない。

 「ぐふっ、ふあっ。ぐぶぶ…」


 激しいむせで、ゾーレスは目を覚ました。

 「ぶはっ、ぐぐ…あ、夢か。ん、んあっ。ぐふうっ」

 逆さに吊られたゾーレスの顔面に向かって、太った門番が小便をかけ流しながら肩を揺らして笑っている。

 「いっひひっ。起きた、まだ生きてやがった。小便飲んだか、いひひ。ちったあ乾いた喉が潤っただろ、うひひ」


 悔しい。

 くやしいが、喉が渇いて焼きつきそうなのも事実だ。

 「ううっ…」

 ゾーレスは顔の周りに付着した小便の雫を、舌で舐めまわした。

 

 見下ろしながら太った門番がさらに笑う。

 「ぐっひひひ。もっとやろうか、あ、欲しいか?」

 「あ、ああ…」

 涙を流しながら頷くゾーレスの顔を、門番はブーツの爪先でガツンと蹴飛ばした。

 「バカ、もう出ねえよ小便は。うひひひ、代わりにてめえの鼻血でも飲みやがれ。がははは」

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 「明け方にゃハゲタカの大群がやって来る。お前が食われる姿は、明日の見世物だ」


 

 ふと、ガタガタと音が聞こえてきた。

 どんどん近づいてくるのは蹄、そして車輪が砂地を噛む音。

 「来た、来たぞ」

 門番が立ち上がって手を振った。

 四頭立ての馬車に引かれて荷車が三台。馬のいななきに混じって賑やかなお喋りが聞こえてきた。

 

 「な、なんだ…」

 門番はニヤけた顔をゾーレスに近づけてみせた。

 「悪いが、俺たちはちょいと楽しませてもらうぜ。たまにゃあスッキリさせねえと、やってらんねえ」

 少し離れた駐在所まで、足取りも軽く叫びながら走っていった。

 「来ました、来ましたぜえっ」


 ほどなく、門番を従えるようにして長身の髭面がやって来た。

 門番は馬車を指差した。

 「あそこ、ええ。門の前です、バティオ様」

 「見りゃ判る」

 バティオ、と呼ばれる男を出迎えるように、御者が馬を下りて深々と頭を下げた。

 「今週も、よろしゅうお願いいたしやす…」

 同時に荷車からゾロゾロと降りてきたのは、派手な、いや猥雑なドレスに身をまとった厚化粧の女たち。

 御者は笑顔で手揉みする。

 「ええ、どうも。ここんとこ人材不足っすが、なんとか上玉揃えましたぜ」

 「お前は黙ってろ」

 バティオは次々に女たちを見定め、それぞれに指示を出す。

 「お前とお前。あと、そこの娘は奥へ行け、大尉のところだ。そこ、緑のドレスは西の詰所へ。後ろの五人、お前たちは東外れの収監所だ。牢番たちが首を長くして待ってるぞ、上手くやれば小遣いくらい貰えるかも知れんぞ」

 

 山賊たち、特に強い力をもつペコ率いる一味の台頭によって周辺地域の治安が悪化したため、執政官レンディ大尉は夜間町外へ出ることを禁じた。

 俗に言う「夜の商売」は、高い遊興税から逃れるように町の外に店を移していたが、町公認のもと定期的に警護つきで商売女たちがやって来ていた。もちろん警護費用と町での商売に対しての税が搾取される。


挿絵(By みてみん)


 バティオは女たちを振り分けると、御者から伝票を受け取ってサラサラと署名した。

 「ようし…全部で六ヤキムと三十七アリー。間違いないな、確認しろ」

 御者は目を剥いた。

 「ええっ?」

 伝票を奪うように手にしてバティオを見上げた。

 「ちょっと。おかしいじゃないですか旦那、ウチは値下げした覚えはねえ。こんな額じゃ商売上がったりってもんだ、せめてあと二ヤキムは貰うわねえと」

 バティオは目を合わせることなく吐き捨てた。

 「うるせえ、文句言うな。女の質だって下がってるじゃねえか」

 御者はバティオの袖を掴んで食い下がる。

 「冗談キツイですぜ旦那。女を必要としてるのはあんたらだ。なんなら今すぐ引き上げてもいいんだ。あんたも執政官も豪勢な暮らししてるじゃねえか、ケチなこと言わず…」

 バティオは御者を張り飛ばした。

 「図に乗るな淫売が。お前の商売は厳密には違法、それを大尉が格別な計らいで見逃してるってことを忘れるんじゃねえ」


 「そ、そんな。話が違う…」

 殴られて倒れた御者は、泣きそうな顔でバティオを見上げる。

 「あんまりにも安すぎるじゃねえですか…」

 顔色を変えずに見下ろすバティオ。

 「町の連中の怠慢で納税額が減ってるんだ。それが根本の問題、わかるか? 町を、お前らを守ってるのは法であり俺たちだ。お前らがちゃんと働いて税を納めれば全ては解決する」

 「し、しかし…あっしらはこの町の住人じゃねえですし」

 「この町で商売するからには納税の義務がある。だいたいお前らは俺たちが目を光らせてるから安穏と生きていられるんじゃないか。見放されてペコたち山賊の奴隷になりたいとでも言うのか?」

 「そ、それは重々わかっておりますが…」

 バティオは御者に手を差し伸べ、立ち上がらせた。

 「なら、さっさと女たちに仕事をさせるんだ。さあ」

 「へ、へい…」

 殴られた頬をさする御者。女たちは命ぜられるがままに、満面の笑みを作りながら割り当てられた男たちの下へと消えていった。

 

 逆さ吊りのゾーレスの耳に聞こえてくるのは、戯れる門番と女たちの声。そして酒をあおって眠りこけた御者のいびきと馬たちの鼻息だけ。


 

 「ちょっと。ちょっとあんた」

 ゾーレスは誰かが囁くのを聞いた。


 「ん…空耳…?」

 「ちょっと。あんた、ってば」

 確かに聞こえる。耳元に温かな吐息が掛かる。

 「誰だ…」

 ゆっくりと振り向いた。


 「マーシア!」

 思わず出た大声を遮るようにゾーレスの口を押さえたマーシアが唇の前で人差し指を立てている。

 「シーっ。あんたがやられたって噂を聞いたんだ」

 「見物に来たってわけかい?」

 「ちっ、この期に及んでその言い草かい。助けに来たんだよ、あたしゃ今日非番で、ね」

 ニッコリ笑うマーシアが、女たちを乗せてきた荷車を指差した。

 「ありゃウチの店のさ。今日の当番の女たちに紛れてこっそり乗ってきたんだよ」


挿絵(By みてみん)



 闇に紛れてマーシアはゾーレスを縛る縄を切り始めた。

 「女たちも町の連中も、朝までお楽しみ。その間に…」

 ゾーレスは首を振る。

 「やめとけ。俺が消えたら、そこで寝てる御者か女たちか、誰かが疑われる。連中の拷問はキツいぜ…」

 マーシアは手を止めない。

 「でも、あんたを死なせるわけにはいかない。なんならあたしが罪を…」

 「待て」

 ゾーレスは、暫し目を閉じて考えた。


 「なあマーシア。いつもは…この町に商売に来る時、女たちが草原の酒場に戻るのは何時だ?」

 「そうね…町の連中も相当飲むから、朝…いや昼までかかるわね、大抵」

 数度、頷いたゾーレス。

 「なあ、カシアドって男を知ってるか? この町で料理屋をやってるらしいんだが…」

 驚いたようにマーシア。

 「ええ、三番街にある古い料理屋の主人で、とってもいい人よ。時々あたし達のような商売女にご馳走振舞ってくれたりするの」

 「よし。縄を切ったら俺をそこに連れて行ってくれ。この通り、俺は独りじゃ身動き出来ん」

 マーシアは首を傾げた。

 「えっ、知ってるの? カシアドさんを」

 「まあ、な…とにかくそこへ俺を」

 「ダメよ、早く逃げなきゃ。町にいたらすぐ見つかっちゃう。衛兵たちがどんなに怖いか知ってるでしょ?」

 ゾーレスは頑として譲らない。

 「いいから、とにかく頼む。俺の言うとおりにしてくれ。頼む」

 その語気の強さに、マーシアも承諾せざるを得なかった。


 

 当然の如く、カシアドは突然の来客に迷惑千万。

 人目をはばかりながら、すぐにでも追い返そうとしていた。

 「もう面倒はたくさんだ。さ、帰ってくれ」

 「お、お願いです。ちょっとだけ、ちょっと話だけでも…」

 閉じられようとする扉にマーシアが足を挟んだ。

 「お願いです…」

 カシアドがぐっと睨みつける。

 「ちっ、週一回やってくる商売女じゃねえか…俺はお前なんぞ買わん。金が欲しいならくれてやる、だからさっさと消えろ」

 「違う、そういうのじゃない。この人、この人が…」


 「ん?」

 扉の外でグッタリするゾーレスを見たカシアド。

 「ますますいい加減にしろっ。こいつ、吊るされてた流れ者じゃねえか。なんでこんなの連れ歩いてるんだ。見つかったら即殺されるぞっ。さあ帰れっ」

 マーシアの足を踏んづけて強引にでも扉を閉めようとする。

 「厄介者め。ただでさえ住みにくいこの町に、さらに面倒事を持ち込みやがって」

 吐きつけられた唾もそのままに、ゾーレスはカシアドを見上げた。

 「カシアドさん。あんたの言う通り、この町はすっかり住み難くなっちまったな。だからこそ俺は、そしてあんたもこの町を何とかしたいと思ってる。そうだろ?」

 「はあ?」

 バカにしたように見下すカシアド。

 「ちっ、出来損ないが何をデカい口を…」

 めげずに声を大きくするゾーレス。

 「俺を助けてくれたら、マクウォルを、マクウォル・レンディを消してやる。あんたらが手を貸してくれたら、だがな…」

 

 「……」

 少し考えた様子のカシアドだったが、やはり首を振った。

 「その身体で一体何が出来る。どうせ自分が逃げたいだけだろ。俺を担ごうたってダメだ、俺はお前みたいな流れ者が、クズ野郎が好かんのだ」

 ゾーレスがぐっと身を乗り出した。

 「逃げるんならとっくに逃げてるさ。ここに立ち寄ったりはしない。あんたはマクウォルに…レンディ執政官にゃ一方ならぬ恨みを持ってんだろ? それは俺も一緒なのさ。だから共に戦おうっていってるんだっ」

 「…確かに。レンディの野郎にゃ町の誰もがハラワタ煮えくりかえってるさ。だが俺は私怨では動かん」

 舌打ちするゾーレス。 

 「ちっ、ヘリクツ野郎め。動機は何だっていいじゃねえか、結果は同じだ。レンディを何とかしないことには俺もお前も、そして町が死ぬ。立ち上がる絶好の機会チャンスなんだ」

 カシアドはゾーレス、そしてマーシアの真剣そのものの目をじっと見た。

 夜風がサッと通り抜けてゆく。

 「で、お前に何が出来るっていうんだ。そんな身体では…」

 「とにかく、ひとまず中へ入れてくれ…」

 苦い顔をしながらカシアド。

 「チッ、少し休んだらすぐ出て行けよ」


 

 中に入るとカシアドの店は思ったより広く、控えめなランプの灯をたよりに幾つかの部屋を通り抜け、奥まった部屋にゾーレスとマーシアは案内された。

 「ほう、こんなにいるとは…」

 部屋には多くの町民が集まっていた。

 カシアドが言うには「反・レンディ執政官」で結束した者たちだ、と。

 ゾーレスは彼らを見渡してため息をついた。

 「ふう。革命戦士にしちゃ、随分と書生インテリじみた連中だ…」


 町民たちはゾーレスに早速拒否反応を示す。

 「おいおい、どうするつもりだ。こんな流れ者引き込んだりして」

 「ご免だよ、こんな汚いヤツ。世の中の仕組みも知らない野良犬なんか…」

 「けっ。死に損ないの賞金稼ぎなんか、アテになるもんかい」


 マーシアに手伝ってもらいながら、何とか椅子に腰掛けたゾーレス。

 「あのな、確かに俺は、この通り身体も不自由だし、汚い賞金稼ぎだ。あんたらから見れば最低な野郎かもな…」

 ゾーレスは町民たちに向かって大声を張り上げた。

 「しかし、そう言うあんたらは何だ。執政官に言いなりの奴隷じゃねえか。口先ばっかり威勢よくたって、負け犬の遠吠えってもんだ。これだけ食い尽くされて奪われて、まだオシャベリで何とかなるとでも思ってんのか?」

 顔を見合わせて苦々しい表情の町民たち。

 「そ、そりゃ…このままじゃいかんさ。だから、だからこうやって毎晩のように話し合いを…」

 「そうやって逃げてるだけじゃねえか。誰も立ち向かう勇気は無えのか?」

 睨みあう町民とゾーレス。


 「話は解らんでもない、俺たちだってこのままやられっ放しで引っ込むつもりは無い。だが…」

 カシアドが口を挟んだ。

 「俺たちがお前みたいな流れ者を信用するかどうか、は別問題だ」

 ゾーレスは声を荒げた。

 「信用? あ? こんな身体で俺は逃げもせず命懸けで此処までやって来た。町を見捨てるつもりならとっくにオサラバしてるぜ。これでも信ずるに不足があるってのかい?」

 

 口ごもった町民たちを前に、マーシアが声を張り上げた。

 「ちょっとあんたら。言わせてもらうけど、ヘリクツばっかりこねて何なの? 身体を張って生きてるあたしたちから見たら、ママゴトもいいとこよ」

 一人ひとりの下に駆け寄って懇願するマーシア。

 「ねえ、お願い。立ち上がろうよ」

 その頬に涙が伝っている。

 「お願い…ええ、あなたたちがお喋りしか出来ないっていうんなら、あたし一人でも戦う。ねえ、武器を貸してよ」

 床に泣き崩れた。

 「助けてよ、ねえ…町を、町のみんなを、町の女たちを、老人を、子供たちを…助けて」


 うずくまるマーシアの肩に、カシアドがそっと手を掛けた。

 「もっともだ…お嬢さんの言う事が正しい。ああ、我々は怖いんだ。怖くて怖くて…今にも逃げ出したくって仕方ない」

 沈黙する町民たち。俯いたまま頷いている者もいる。

 「怖いんだよ…」


 ゾーレスが小さく呟いた。

 「どこへ逃げるっていうんだ?」

 顔を上げ、町民を見渡すように言った。

 「逃げ道は無いんだ。執政官、そして町の外には山賊ペコ。この二つの暴力の間で、あんたらにもう逃げ道は無いんだよ」

 泣き出す町民もいた。

 「…だったら」

 

 カシアドはゾーレスに向かい合って腰掛けた。


挿絵(By みてみん)


 「ああ。判ってる。いや判ってた。このまま座して死を待つより、立ち上がらなきゃいけない、戦わなきゃいけないってことを」

 頷くゾーレス。

 「選択の余地は、無い」

 「ああ。やるか、やられるか」

 町民たちから「そうだ」「ああ、やるしかない」という声が聞こえてきた。


 「とにかく、時間が無い」

 ゾーレスは町民たち全員に問うた。

 「どっちだ。やるなら、連中が女たちと戯れている今しか無い。さあ、やるのかやらないのか」

 町民たちは迷うことなく、首を縦に振った。


 カシアドがゾーレスに尋ねた。

 「で、賞金稼ぎさんよ。一体どうやって連中をぶっ潰そうってんだ? 聞かせてもらおうか」


 ゾーレスはニヤリと笑った。

 「ようし、まずは…」


 つづく


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