町を牛耳る男
賞金稼ぎ、ゾーレス・ニーヨは仕留めた屍二つを荷台に乗せ、冥界ミッケンノ地方で一番の宿場町にやって来た。
軍事国家ノースミル公国の直轄地となり、のんびりした風情の失われた町、タビーニャス。
衛兵たちはゾーレスを、町の中央にある役場まで案内した。
「懐かしい景色だ」
ゾーレスが陽光を遮るように額に手をかざしながら見上げた。
白壁もまぶしい建物二つ、役場兼銀行と軍司令部兼裁判所および拘置所の間にはグリフォンの彫像が誇らしげにそびえ立っている。
遠い昔、この地に住んでいた先住民アブトロ族が一族の危機を巨大な怪鳥に救われたという伝承に起源する。
衛兵が横目でゾーレスを見た。
「ん…お前、ここを知ってるのか?」
「ああ」
ゾーレスはグリフォンを見上げたまま答えた。
「戦争中は、しばらくこの町に駐留してた」
「へえ、お前さんにもそんな頃があったか…今じゃ死体売り、か。ふっ、せいぜいグリフォン様に祈りでも捧げておけ。あの激しい戦争で唯一焼け残ったんだ、何か御利益があるぜ」
建てられてから相当な年月が経過しているのだろう、随分色褪せて見えるグリフォン像。しかしそれがかえって歴史の重みを感じさせ、むしろ輝いて見えた。
佇むゾーレスと衛兵たちにうららかな陽光が降り注ぐ。しかし、そよぐ風に乗って何やら不穏な声が聞こえてきた。
「ん、なんだ…?」
声は軍司令部の建物から聞こえてくる。
激しい怒鳴り声、だ。
「ふざけるな、このカス野郎っ」
直ぐにバタンと扉が開き、一人の男が飛び出してきた。顔中をボコボコに腫らして、転げるように道の真ん中に倒れ込んだ。
「ひっ、ひいっ。助けて…許してください」
続いて恰幅の良い男がムチを振り上げながら悠然と出てきた。
「謝って済むと思ってんのか。俺をナメるんじゃねえ」
眉を吊り上げながら、しかし口には薄っすら笑いを浮かべている。薄茶色のベストの胸には軍の紋章を象ったバッヂが光る。
ゾーレスは衛兵に小声で尋ねた。
「あれが…あの男がマクウォル、いや、レンディ大尉か」
「そうさ。町の執政官、ノースミル公国正規軍のレンディ大尉だ。それにしても今日はまた、いつもに増して不機嫌そうだ…」
衛兵の言う通りのようだ。レンディ大尉は額に血管を浮かび上がらせて再び怒鳴り始めた。
「店の売り上げを誤魔化すってことはな、俺様のカネを盗むのと同じことなんだよっ」
ムチが唸り、打たれた男は身体をくねらせて泣き叫ぶ。
「ぎやああっ。もう、しません、もうしませんから…」
「当たり前だ、次にやったらお前の首をもぎ取って吊るしてやるっ」
レンディ大尉は、地面にのた打つ男にゆっくり近づいた。
「それに、お前の店にゃ書生ぶった野郎どもが夜な夜な集まってコソコソよからぬ相談してるって言うじゃねえか。気に食わねえっ」
ブーツの爪先で男の顔を蹴り上げた。鼻からシャワーのように血が飛び散った。
「ヒッ…ヒッ…」
「反乱を企てた罪だ、お前の店からは包丁一本だけ残してあとは取り上げだ。ああ、鍬も鋤もだぞ。違法所持の武器として没収するっ」
男は泣きながらレンディ大尉の脚にすがりついた。
「それゃ無理です、旦那…商売道具を取り上げられたら食っていけねえ。調理も出来なきゃ畑も耕せねえなんて」
男の顔をブーツの底で踏みつけるレンディ大尉。
「あ? 刃物を持つのはこの町の法が禁じてる。法は全てに優先するんだ。そして法の番人は俺様だ。逆らうなら一家全員吊るし首になる覚悟はあるんだろな」
「そんな…お願いです、おねが…ぐぶふっ」
涙を流して平身低頭のところ、今度は腹を蹴り上げられた男。
レンディ大尉に唾を吐き掛けられながら、泣きはらす家族と数名の友人に担がれるようにしてその場を去った。
「クズが…」
後ろ姿を未だ睨んでいるレンディ大尉。
ゾーレスを従えた衛兵の一人が、その顔色を伺うようにしながら声を掛けた。
「あの…大尉、大尉殿」
「なんだっ」
振り向いた強面に怯んだ衛兵は、口ごもりながら話を繋ごうとする。
「あ、はい。何か問題でもおありで…? たしかさっきの男は三番街の角の料理屋の…」
苦々しい顔で頷くレンディ大尉。
「そうだ、カシアドって野郎だ。売り上げを隠してやがった。先月から心付も計上することになってるんだが、あの野郎は誤魔化してやがった」
「そ、そいつは良くないですね…」
大げさに頷いてみせる衛兵。
ますます声のトーンが上がるレンディ大尉。
「当たり前だっ。言って解らんのなら身体に叩き込む、これしかない。それにあいつの店は最近、ヘリクツ野郎どもの集会所になってるって噂だ」
「ヘリクツ野郎…?」
首を傾げる衛兵。頷くレンディ大尉。
「ああそうだ。何処で仕入れたんだか、小難しい本なぞ持ち寄りやがって。額に汗する前に本なんぞ読んでオシャベリばっかりのクズどもめ」
「本が、良くないっすか…」
「本に罪は無い。だが、それを鵜呑みにしやがってガキみたいな理想を夢見てバカなこと言い出すんだ、ヤツらは。現実に身体を張って町を守ってんのはヤツらじゃねえ、俺だ」
ジロリと睨むレンディ大尉の機嫌をとるように笑顔で頷く衛兵。
「もちろん、もちろんです。大尉殿こそこの町に必要なお方っ」
「本や理屈で山賊と戦えるか、っての。とにかくベシャリで生きてる連中は役に立たん。今後はその手の集会は禁止にせにゃならん」
「そうです。ホント、そうです…」
さんざん持ち上げて、レンディ大尉の頬が緩んできた頃合を見計らって衛兵はそっと告げた。
「あの男、執行人だと申しておりまして…」
衛兵が指差すゾーレスに目をやり、またもや不機嫌そうに眉をひそめたレンディ大尉。
「執行人…賞金稼ぎのクズ野郎だろうが。薄汚ねえカッコウしやがって…あんなのを町の真ん中まで連れて来たのか」
連行してきた衛兵に、睨むような目を向ける。
弁解するように早口で衛兵がまくしたてた。
「いや、あの。汚い野郎ですが、あいつが持ってきた屍二つはいずれもペコの手下で、ハイ。手配書その他確認しましたが間違いの無い様子だったもので、確認の上…」
レンディ大尉はますます厳しい表情に。
「ペコの手下? 本当か、本当に確認したのか?」
「え、は、はい…」
衛兵は慌ててゾーレスから手配書を取り上げて読み上げた。
「レディッサその他の町で詐欺に強盗、強姦、誘拐…モラド・エスフォリオとポドリーヨ・ガモー。確かにこの面、先月の馬車襲撃の時に見ました」
「確かだろうな?」
「この賞金稼ぎも、二人を殺ったあとでペコたちに報復の襲撃を受けたっていうから間違いねえかと」
「ほう…」
「それぞれ二十ヤキム。あわせて四十ヤキム、だ」
近寄って手配書に書かれた金額を指差すゾーレスを、レンディ大尉がギロリと睨む。
「お前、ヤツらを二人仕留めるとはいい腕だな」
目を逸らすようにしてゾーレス。
「お世辞は要らん。そこに書いてある金額をくれればそれでいい」
「ちっ」
レンディ大尉はギリリと軽く歯軋りした。
「二人分で四十ヤキム…しかし、な」
「ん?」
レンディ大尉の顔を覗き込むゾーレス。
「しかし、何だ?」
でっぷりとした腹を突き出しながらゾーレスの目を見据え、レンディ大尉は軽く笑みを浮かべた。
「半分は町の税金だ。さらに十ヤキムが手数料、あと五ヤキムは葬儀屋に支払ってもらう。クソったれの罪人だが弔いはせにゃならん。と云うわけでお前の取り分は五ヤキム、だ」
「はあ? 何言ってやがる。税金だの手数料だの、上前をハネる役人なんかどこにもいねえっての」
食って掛かるゾーレスを見下すように笑うレンディ大尉。
「ここにいる」
取り巻きの衛兵たちもクスクスと笑っている。
呆れたように首を振りながらゾーレスが声を荒げた。
「おい、冗談言うなよ。こっちは命懸けで仕留めたんだぞ。あんたがやろうとしてるのは賞金泥棒じゃねえか」
レンディ大尉の顔から笑みが消えた。
「聞き捨てならんな、クソ野郎。優しくしてりゃ付け上がりやがって…まず手形を見せろ。身元もしっかりしねえヤツにはビタ一文払わねえ、本来はそれが決まりだ」
首をひねるゾーレス。
「けっ、身元がしっかりした賞金稼ぎなんているわきゃ無えだろ。ただのケチじゃねか、あんた」
ぐっと近寄ったレンディ大尉。
「他の町はどうか知らんが、な…」
ゾーレスの襟首をぐっと掴んだ。
「此処には此処の、法がある。そして俺が法の番人だ」
睨み返すゾーレス。
「その法、とやら。あんたが決めた、あんたの為の法じゃねえか」
「なにっ」
しばし睨みあいが続いた後、ゾーレスはレンディ大尉の手を振り払ってクルリと後ろを向いた。
「まあ、いい。あんたにゃ頼まねえ」
賞金首を乗せた荷台に布をかぶせはじめる。
「他を当たるよ。この二つの屍ならペコって野郎を釣り上げるエサになるはずだ、誰か高く買ってくれるヤツがいるだろ」
レンディ大尉がその後ろ姿を睨みつける。
「待て、男。こっちだって時間を割いたんだ。ホトケを見た以上、その二つはこっちのもんだ。好きにゃさせねえ」
目配せを受けて衛兵たちは荷台に駆け寄り、屍二つを引きずり下ろしはじめた。
止めようとするゾーレスと揉み合いに。
「俺の獲物に勝手に触るんじゃねえっ。俺のだ」
ゾーレスの背中をレンディ大尉が強く蹴り上げた。
「勝手はてめえだっ。流れ者が調子に乗るんじゃねえっ」
思わず倒れたゾーレスの背中を、さらに踏みつけてきた。
「ナメんじゃねえ、ここは俺様の町だ。手形も無え流れ者にいい顔はさせんぞ」
「うっ、何をっ」
レンディ大尉はゾーレスが腰に差していた剣を取り上げた。
「ふっ、この町じゃ武器の所持はそれだけで重罪、厳罰だ。それが法だ」
慌てるゾーレス。
「待て、町に入る時に何も言わなかったじゃねえか。聞いてねえぞ、そんなの…」
「聞いたかどうかは関係ねえ。無知も罪、ってやつだ。ん、他にもあるじゃねえか、武器がよ」
衛兵たちに取り押さえられたゾーレスはポンチョの下に隠し持っていた手裏剣、短刀などを次々に奪われた。
「こりゃ極刑もんだ、な」
せせら笑うレンディ大尉を、地べたに這いつくばりながらゾーレスが見上げる。
「待て、待ってくれ。俺は何もこの町に危害をおよぼすつもりは…」
聞こえないフリのレンディ大尉。手にはムチが握られていた。
「俺はてめえみたいなウジ虫野郎が大っ嫌いなんだ。まっとうな仕事もせずに、私利私欲に任せてゴミあさりしてるような流れ者が、な」
ビュン、と風を切ってムチが振り下ろされる。
「ぎゃあっ」
悲鳴とともにバシンッとムチの先がゾーレスの身体を打ち据える音が響く。何度も、何度も。
あっというまに衣服は切り裂かれて剥がされ、両腕と両脚の義肢が露わになってしまった。
「ひいっ、ひいいっ」
うろたえるゾーレスを笑いながら見下ろすレンディ大尉。
「あはは、お前はブリキの人形か、あん? 胴体も、顔もじゃねえか。あはは、こりゃ面白い、機械人形の賞金稼ぎなんざ、いい見世物だ。おい、みんなを呼んで来いっ」
次々に集まってきた衛兵や町の住人たちの嘲笑を浴びながら、ムチに打たれるたびにゾーレスは全身を飛び上がらせて悶えるしかない。
取り巻きの衛兵たちも、やがてリンチに加わった。
「うっ、うううっ…」
激烈な痛みから逃避するためだろうか、ゾーレスはいつの間にか意識を失っていた。
どれだけ時間がたったのかはわからないが、すでに傾いた陽のオレンジ色の光の眩しさに目が覚めた。
「あ、ああ…」
薄ぼんやりと見えるレンディ大尉の後ろ姿。ボーンとした耳鳴りの中、かすかに声が聞こえた。
「さあ、日が暮れるぞ。このクソ野郎は町の入り口に吊るしておけ、いい見せしめだ」
「あうっ、あうう」
動こうと思っても身体が思うようにならない。それもそのはず、ゾーレスの義肢は全てもぎ取られていた。
レンディ大尉はゾーレスの荷車を蹴飛ばしながら声を上げている。
「この死体二つも吊るしておけ、ペコたちをおびき寄せるエサだ。奴らがやって来たらすぐ知らせろよ、皆殺しにしてやる」
ゾーレスは朦朧としつつも激しい眩暈と頭痛、さらに胸を締め付けるような苦しさに襲われ、何度も吐き散らした。
「ぐぶうあっ、ぶあっ…」
振り向いて近づいてくるレンディ大尉のブーツが見える。
「ちっ。汚ねえ野郎だ…」
ダメ押しされるかのように、ゾーレスはレンディ大尉の靴の裏で踏みつけられ、そして引きずられて町の入り口まで連れ戻された。
衛兵たちの嘲笑と罵声、町の住人たちの好奇の目に晒されながら、入り口の門に逆さに吊り上げられた。
「いひひ、哀れな姿だな…まるでハゲタカのエサじゃねえか」
ゾーレスは諦めたように、再び目を閉じた。
「苦しい…もう、何もかもお終い、か…」
つづく