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薇仕掛けの用心棒  作者: 蝦夷 漫筆
4/12

秘密

 覆面の男、ゾーレス・ニーヨは冥界の賞金稼ぎ。

 牧童二人を始末した彼は町を目指し東へ向かううちに夜を向かえ、途中の酒場に立ち寄った。

 暴れる無法者二人を撃退したゾーレスの元に妖艶な女性が近づき、夜を共に明かそうと誘う。


 「どうかあたしにお礼をさせておくれよ」


 「お礼なんざ要らないが…少し横にならせてくれ。休みたいんだ…」

 やや顔色のすぐれないゾーレスに顔を近づけ、女は微笑んだ。

 「もちろん。大歓迎さ」

 長い爪に鮮やかな彩色が施された細い指でゾーレスの手を握り、建物の二階にある自室へと案内した。


 簡素な板張りの部屋は、着飾った女の風体には似つかわしくないように思えた。

 隅に置かれたえらく古びた机の上でランプの灯がフワフワと揺れている。


 ゾーレスは、ふかふかのベッドに腰を下ろすと女はその隣にくっついて座り、ぐっと身を押し付けてきた。

 「あたしはマーシア。マーシア・ジーノ。ねえ…」

 肩に手を掛ける。

 「あんたがただ者じゃないってことは判るわ。今夜はあたしが…いや今夜だけと言わず、しばらく泊まってっておくれよ」

 まるで長い連れ合いであるかのようにマーシアは親しげに微笑む。

 「安くしとくよなんならタダでもいいくらいさ。さっきみたいな面倒な連中が最近多くって…あんた次第で、店は日当払ってくれるかもしれないよ」

 舐めるような手つきでゾーレスの手から腕、肩、そして懐の中の胸元を触れてきた。


 「うっ」

 意識したわけではない、反射的にゾーレスはマーシアの手を跳ねのけていた。


 「ああっ」

 突き飛ばされたようにベッドに横たわったマーシア。

 「ふふ、こういう荒っぽいのが好きなのね…」

 上気した顔でじっと見つめてくる。


 しかしゾーレスはクルリと背を向けた。

 「突き飛ばしたのは悪かった…が、俺はそんなつもりでここに来たわけじゃない」

 背中に抱き付くマーシアの手をゆっくりと外す。


 「本当に、ただ休みたいんだ。身体を休ませたいんだ」


 困惑したような顔のマーシアを余所に、ゾーレスは横になって静かに目を閉じた。



 渦を巻く爆風に身体が浮き上がり、激しい破裂音の連続にキーンと耳が詰まる。

 「うっ。やめろ、やめてくれ…」

 赤や白、橙色の光がフラッシュする視界の中に仲間が、愛しい人たちが遠のいてゆく。

 巨大な岩にのしかかられ、やがて身体中が引き裂かれてゆく。

 不思議なことに痛みは感じない。だがそれ以上の心の痛みの激しさに悲鳴を上げる。

 「ひっ、ひいいやああっ」

 

 目が覚めた。


 「また同じ夢、か…」

 顔から汗が噴き出していた。


  「ん、なんだ…妙にうるさいな」

 ゾーレスは窓から外を見下ろした。


 馬に跨る男が五人、松明たいまつを掲げ大声で怒鳴り散らしている。

 「出てこいっ」

 叫ぶ男たちは剣を掲げている。良心的な客ではなさそうだ。


 「さっき俺が追い払った連中が仲間を連れて仕返しに来たのか?」

 眉間に皺を寄せるゾーレス。


 「いいえ…」

 マーシアも窓を覗き込んだ。

 「そうならまだマシよ…あれを見て」

 指差す先には旗。


 「ペコの一味よ。北の草原を根城にしてる大悪党、山賊ペコの手下たち」

 確かに見える。暗い中でも目立つ真っ赤な布地の旗。描かれた印は、角の生えた髑髏。

 「ペコ…訊いた事はある」

 「最低のとんでもない野郎よ」


 ゾーレスはマーシアを振り返って苦笑いしながら言う。

 「そうは言うがお前さん。あういう奴らを相手の商売で成り立ってるんだろ、この酒場は」

 眉をひそめるマーシア。

 「昔は、ね。でも今は『用心棒代』と称して売り上げの半分を奪っていくあいつらは厄介者でしかないわ。酒は盗むは、女にタダ乗りするわ、みんなウンザリ」


 マーシアは急いで服を羽織った。

 「こういう時になると、誰もアテにならないのよここじゃ。情けない話ね」

 ベッドの下から銃を取り出して携え、階下へ向かった。



 外に飛び出していったマーシア。

 「こんな夜中に何なの。無粋な人たち」

 馬上の荒くれ男たちを見上げて叫んだ。

 「今月分の支払いはとっくに済ませたはずよ。これ以上値上げしようったって、もう無理」


 ペコの子分たちは顔を見合わせてニヤニヤしている。

 「バカ女に用は無え。今日は取り立てじゃねえ。ある男を探してる…俺たちの仲間を殺しやがった外道を、な」

 「知らないわ、そんな話。だから帰って、他のお客さんたちがに迷惑が…」

 毅然と対応するマーシアを見下ろしながら荒くれ者たちはニヤニヤしている。

 「冷てえなあ、俺たちの大事な仲間が殺されたってのによ。モラドもポドリーヨもいいやつだったんだ。だからな、殺した男のツラの皮を剥いでやらなきゃ、気が収まらねえ。ペコ親分がそう言うんだ」

 マーシアは首を横に振る。

 「だから、そんなの知らない。そんな男はここにはいない。さあ、帰って」

 荒くれ者の一人がペッと唾を吐きかけた。

 「ウソはよくねえぞ、嬢ちゃん…さっき二人の男に訊いたんだ。ここに妙な野郎がいる、ってな」


 マーシアは男をキッと睨む。

 「……い、いない。そんな男いない」


 男たちは馬を下りた。

 「なあ嬢ちゃん。解るだろ、俺たちもこのまま手ぶらじゃ帰れねえ」

 汚れた手を伸ばしながら詰め寄ってくる。

 「ちょ、ちょっと、あんたたち…」


 マーシアは隠し持っていた銃を構えた。

 「いい加減にしなさ…」

 「ケッ」

 銃は、男の一人が繰り出したムチに飛ばされて地面に落ちた。

 「ああっ」

 慌てて拾おうとするマーシアの顔を他の一人が蹴り上げた。


 「あっ。いやっ。ひいいっ」

 次々に男たちがマーシアに覆いかぶさる。手足を押さえられて全く身動きできないマーシアの顔にナイフが突きつけられた。

 「調子に乗るな、女」

 ひんやりとした感触。恐怖にムズムズと腰から背中に鳥肌が立つ。


 「や、やめて…ください」

 「ダメだ、やめねえ。男の居場所を言わねえなら鼻を削ぎ落としてやる。さあ、何処に匿った?」

 目を血走らせた荒くれ者がマーシアにのしかかり、上唇にナイフの刃を押し当てた。


 「男は…ええと」

 マーシアは男の股間を蹴り、同時にナイフを持つ手に噛みついた。

 「そんな男、いないわっ」

 立ち上がって走り去ろうとするマーシアだったが、馬から飛び降りた他の荒くれ男に掴まった。


 「このクソ女、許さねえ」

 男はナイフを振り上げた。

 「言わねえんなら、死ね」

 うなる刃先。

 

 「待て」

 しかし荒くれ者の腕はにわかに動きを止めた。

 「俺のことか? お前たちが探してるのは」

 窓から飛び降りてきたゾーレスが、荒くれ者の腕を蹴り上げた。

 「て、てめえっ」

 叩かれた手から弾き飛んだナイフを空中でキャッチしたのはゾーレス。

 降りざまに荒くれ者の首にその刃先をピッタリと付けた。

 「お前が、しょ、賞金稼ぎか…」


 その間に二人の荒くれ男たちがマーシアの左右の腕を押さえつけていた。

 「おい、この女がどうなっても…」


 「よくねえ、さ」

 ゾーレスは問答無用でナイフを横にスライドさせ、一人の荒くれ者の喉を切り裂いた。

 「ぐへ…」

 血飛沫の中に沈む荒くれ者を見届けることなく、間を置かずに手裏剣を投じた。

 「ぶっ」

 「ぐっ」

 寸分違わず、男たちの顎の横から脳髄へ刃が深々と刺し込まれた。

 「……」

 断末魔の叫びも許されぬほどに、男たちは倒れて沈黙した。


 「ひ、ひいいっ」

 残りの二人は慌てて逃げ出した。

 放り投げられた松明が地面を覆う草に引火し、乾いた風に煽られる。


 「あっ、ああっ」

 マーシアを取り囲むように火柱が上がった。

 「ふむ」

 ゾーレスは炎に向かって掌をかざした。

 「心配するな」

 白い泡が、あっという間に火を消し去った。


 「大丈夫か、マーシア」

 「ええ。それよりあと二人。ペコの手下が…」

 「ああ、知ってる。もちろん逃がしはせん」

 駆け出したゾーレスはすぐに男に追いついた。


 「て、てめえ。何者なんだ…」

 男は腰帯から拳銃を取り出した。

 「賞金稼ぎのゾーレスだ」

 向けられた銃口が火を噴く、その寸前にゾーレスが駆け込み男を蹴り上げた。


 挿絵(By みてみん)


 「ぶはあっ」

 フワッと身体が持ち上がったその時、ゾーレスの腕から短刀が飛び出した。

 「名前を訊いたからには死んでもらう」

 男は真っ二つに切り裂かれた。


 「ひ、ひいいっ」

 残った一人の荒くれ者は血相を変えて走り去ってゆく。

 「逃がしはしない」

 ゾーレスが腕を伸ばすと、その先から鎖分銅が飛び出した。

 「ぐあっ」

 投げ縄よろしく鎖は荒くれ者の脚を絡めとった。倒れてジタバタする男が叫ぶ。

 「助けて、助けてえっ」

 ゾーレスは男を見下ろしながら言った。

 「悪いが、ダメだ」

 ぐっと手に力を込めると、宵闇を照らすように青白い光が鎖伝いに走った。

 「ぎ、ぎあああっ」

 高圧電流に苛まれた荒くれ男は、まるで電球のフィラメントのように全身を光らせながら煙につつまれ、やがて黒こげの炭へと変わり果てた。



 「怪我は無いか」

 ゾーレスは、座り込んだままのマーシアに近寄る。

 「だ、大丈夫…あなたこそ」

 むしろゾーレスの方が苦しそうにも見える。

 肩で息をしながら、足元がやや覚束ない様子だ。

 「もしかして、どこかやられた?」

 「まさか、あんなクズどもにヘマはしないさ。だが少し眩暈が…」

 ゾーレスは胸を押さえて座り込んだ。

 「ちょ、あ、あんたっ」

 マーシアは急いでゾーレスを抱えて宿に戻った。引きずるように階段を上り、自室のベッドに横たわらせる。


 「あんた、不思議な男だね。あんなに強いかと思ったら、急にこんな弱々しくなっちまって…」

 心配そうにマーシアが顔を覗き込む。

 「身体でも悪いのかい…?」

 ゾーレスは胸を押さえながら小声で言った。

 「とにかく、水を一杯くれ…あと酢だ。酢をくれ」

 怪訝そうなマーシア。

 「酢?」

 「そうだ。水と酢だ、早くくれないか…」

 首をひねりながらもマーシアは厨房へ向かった。


 「これでいいのかい?」

 一杯の水とともに、酢の入った小瓶をゾーレスに手渡した。

 「ああ、これでいい。ちょっと後ろを向いててくれないか」

 ゾーレスは懐から小さな陶器の壷のようなものを取り出した。その中央には金属製の棒が挿し込んである。

 注意深く金属棒の周りを満たすように酢を注ぐと、陶器の壷はほんのり光を放ちはじめた。

 「よし…」

 ゾーレスはその壷から飛び出た金属の紐を自分の胸に押し当てた。


 「ああ、ふう…」

 全身をブルブルっと震わせたゾーレスは数度、深呼吸をした。

 「生き返ったよ」

 マーシアもホッと胸を撫で下ろした。

 「よかった…」


 ゾーレスはあらためてマーシアの方を向いて、申し訳なさそうに言った。

 「俺は、この通りだ。お前さんが期待するような男じゃない。弱々しい病人、だ」

 マーシアは首を横に振る。

 「そんなことはないはずよ」

 目を見入ったまま身体をすり寄せてくる。

 「さっき連中を倒したのを見てた。あんたは只者じゃない」

 誘うような笑顔を薄明かりに照らさせながら手を握り、撫でるような仕草をする。

 「あんたなら、この町を守ってくれる…ねえ、ずっとここにいてちょうだいよ。悪いようにはしないから、さ…」

 手から腕、肩口へ。まさぐるマーシアの手がゾーレスの覆面の下に潜り込んだ。


 「あっ」

 その手が止まった。


 「ふっ」

 ゾーレスはゆっくりと立ち上がり、マーシアの目の前に立ちはだかった。

 覆面を外し、その顔が明らかになる。

 「どうだ。これが俺だ」

 顔の半分はブリキの板に覆われ、片目は金属製の義眼に置き換わっている。首の一部にも複雑そうな機械が取り付けてある。

 「ツラだけじゃ無えぞ」

 ポンチョを翻し、衣服をはだけると胸や腹も金属の板で覆われていた。

 腕をまくれば両腕とも付け根から義手。

 「こっちもだ」

 両脚も、膝から下は金属で出来た不恰好な義肢。


 「死に損ない、だ」

 自嘲するように呟くゾーレス。

 「これでも俺に抱かれたい、と云うのかい?」


 マーシアは目を逸らそうとしなかった。

 「ええ、そうよ。そんなあなたに抱かれたいのよ」


 ゾーレスは鼻を鳴らした。

 「へえ、興味本位かい。笑い話のネタにでもするか?」

 マーシアはゆっくりと首を振った。

 「まさか。そんなの笑える話になるわけがない」

 立ち上がってゾーレスにぐっと近づき、ハッキリと言った。

 「あたしは、あんたに抱かれたい。その思いはあなたの本当の姿を見て、ますます強くなった。なぜなら…」


 マーシアは自分の髪の毛を両手でぐっと掴んだ。

 「あんたが同志だからよ」

 そのまま引っ張り上げるとマーシアの頭から髪の毛はすべて失われた。

 取り外されたウィッグの下の皮膚が露わになる。

 「これが、あたしよ」

 焼け爛れてボコボコといびつに盛り上がった瘢痕に覆われたマーシアの頭。赤黒い火傷の跡は項から背中まで伸びている。

 「見苦しい? 痛々しい? ふっ、同情されるのが一番キツいってこと、あんたならわかるよね」

 そのまま衣服を脱ぎ去ったマーシア。精巧に出来た張子のパッドを外すと、片方の胸はえぐり取られていた。

 「戦争が、あたしをこうした」

 腹にも大きな傷があり、皮膚が大きく捩れている。ところどころ、継ぎ足したように変色したブヨブヨとした皮膚が垂れ下がっている。


 「でも、戦争があたしを強くもした」

 マーシアはゾーレスにさらに近づいた。

 「醜いでしょ。笑える? どう?」

 

 ゾーレスは瞬きもせず、マーシアの肢体に見入ったまま答えた。

 「いいや」

 そしてマーシアを抱き寄せた。


 挿絵(By みてみん)


 「ありのままの姿が、何より美しいんだ」

 ゾーレスはマーシアの耳元で、囁いた。

 「そんなお前を、抱く」

 首筋に掛かる吐息が、マーシアの身体をブルっと震わせた。

 「あ、ああ…」

 オレンジ色のランプの灯が、マーシアの頬を伝う雫を優しく照らしていた。


 二人はゆっくりと重なって、融けるように、柔らかなベッドに身を沈めた。


 つづく

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