決着のとき
ゾーレスの誘導によって鉢合わせになった山賊ペコの一団とタビーニャス衛兵隊は、渓谷の爆破に伴う岩盤の崩落で壊滅。
生き延びた凄腕の保安官バティオをゾーレスは得意の秘密武器を使って倒した。
「あとはマクウォル・レンディただ一人」
ゾーレスを背に乗せた馬がひたすら駆ける。
芸術的と言ってもいい臀部の筋が波打って収縮するたびに、長くしなやかな後脚が蹴り上げた大地から土埃が舞い上がる。
町が見えてきた頃には、朝を迎えていた。
立ち並ぶ白壁を鋭い日差しが赤く染め、ヒュウと風が通り過ぎる。
宿場町タビーニャスはいつになく静まりかえっていた。
地平線の向こうから駆けて来た馬は、蹄が奏でる軽快なリズムのテンポを落とし町の中へ。
続いて金属的な響きがカチャリ、カチャリ。
朝の空気を切り裂くように、踵の拍車が刻む音。
バタバタと不規則に、ポンチョが風にはためく雑音が割り込んでくる。
メインストリートをゆっくりと歩く。
砂まじりの風がゾーレスを歓迎している。
中心街。
「さあ、朝だ」
町の象徴であるグリフォン像の前でゾーレスは声を上げた。
「ん、帰って来たか…」
軍の駐留所の窓がガラリと開いた。
眩しげに目をしかめる男はマクウォル・レンディ大尉。タビーニャスの執政官。
「山賊は一人残らず殺したんだろうな、バティオ」
広場に一人佇むゾーレスを見て、首を傾げた。
「あ? 誰だ、お前は」
一歩一歩、近づくゾーレス。
「俺か? 薇仕掛けの用心棒、だ」
「なに?」
レンディは壁に掛けてある猟銃をそっと手にした。ゆっくりと扉を開け放ち、柱に隠れるようにして顔をのぞかせる。
「何だ、何者だてめえ」
窓越しに、大声で仲間に呼び掛ける。その険しい表情がチラリと朝日に照らされた。
「おい。衛兵っ、出ろっ。曲者がやって来やがったっ」
風の音だけが通り過ぎる。
レンディが声を張り上げる。
「早く来いっ。何をしてるんだバティオっ、早くっ。ヴィト、ヴィト出てこい。ガルキスはいないのかっ。」
誰も出ては来なかった。
ゾーレスは扉の前に立ち止まった。
「そりゃそうだ。もう誰も来ねえ。死んだんだよ。お前の手下は、皆死んだ」
「なに…?」
レンディは、ギイと音を立て風に揺れる扉の外を、おそるおそる覗き込んだ。そこに立ち尽くすゾーレスを見て息を呑む。
「お前…昨日吊るした賞金稼ぎじゃねえか」
全身を食い入るように見る。
「どうやって逃げやがった…第一、その手足…」
ゾーレスの義眼がレンディを睨んだ。
「どうやってでも逃げるさ。お前を殺すためなら」
ゴクリと唾を飲んだレンディ。
「ま、まあ待てよお前さん…」
笑顔を作るレンディ。にこやかに、まるで敵意が無いかのように顔を出す。
一方、柱の陰でそっとベルトから散弾を取り出して猟銃に装填していた。中折れの銃身、水平に並んだ鉄の筒に一つ、そしてもう一つ。大きな銃弾を込める。
「よく話し合いもせずに争うのは良くねえってもんだ。言ってみろ、一体何があったんだ渓谷で」
カチャリという再装填の音を掻き消すように大声で繰り返した。
「イゼロ渓谷にゃ山賊連中がいて、その討伐に町の衛兵隊が向かった…一体、なにが起こったんだ。お前さん、知ってるんだろ」
「イゼロ渓谷で、何があったか。だって?」
ゾーレスはフッと鼻を鳴らした。
「教えてやろう」
扉の前、レンディの前に立ちはだかった。
じっとレンディの顔を見据えながら、ゾーレスが口を開いた。
「渓谷で激しい戦闘があったんだ・・・傭兵団と正規軍の。覚えてるだろ、チャンビナス領の傭兵団とノースミル公国の正規軍だ」
首を捻るレンディ。
「…は? な、何を言ってるんだ、お前」
「もう忘れたか? たったの五年前だ。膠着した戦線、三日三晩も続いた消耗戦…その決着はイゼロ渓谷の大爆発だった」
「そ、その話は…」
少し青ざめたレンディの目を、じっと見入るゾーレス。
「やっと思い出したか。劣勢だったノースミル軍が前線に送り込んだのは、大量の時限爆弾を積んだ馬車。その大爆発が仲間ごと敵をぶっ飛ばした…」
「そ、それは昔話…」
「お前にとっては、だろ?」
フッと強い風が吹いた。
大きくめくれ上がったポンチョの下、ゾーレスの義手と義足、そして金属に置き換わった顔が朝日に照らされた。
「俺はその時、谷の下にいた。まさか味方に爆弾食らわされるとは夢にも思わずにな。お陰で俺の身体も顔もこのザマだ」
「う、うっ…」
レンディは額に汗を滲ませた。
ゾーレスは声のトーンを上げる。
「味方もろとも爆破してしまえ、と命令を下したのがその時ノースミル公国軍中隊を率いていた男…マクウォル・レンディ少尉」
「待て…ちょっと待て」
レンディは後ずさりする。ゾーレスはゆっくりにじり寄る。
「その功績で二階級特進、今は大尉…」
「あ、あれは仕方なかったんだ…いいか。恨む相手は俺じゃない、お前の運命だ。あれは戦争だったんだ、戦争とはそういうものだ…」
「なら俺は…俺の戦争をやるまでだ」
ゾーレスがスッと腰元の手裏剣に手を伸ばした瞬間だった。
レンディの猟銃が火を噴いた。バンッという激しい音とともに火花を散らして細かい銃弾が宙に散りばめられた。
「ぬっ」
脚を踏み出していたゾーレスは、瞬時に脚の火炎噴射のスイッチを入れて逃げようとした。
だが間に合わない。急所は外れたが脛と腿に弾が食い込み、脇腹に一発かすめた。
「ぐあっ」
空中でバランスを失い倒れこむ。
飛び出したレンディはもう一発ぶっ放した。
「死ねえ」
間一髪、ゾーレスは地面を転げて散弾の雨を避けた。
「ちっ、すばしこいヤツめ」
その隙にレンディは隣の倉庫に逃げ込んだ。
「逃がさん…」
ゾーレスは脚を引きずりながら倉庫へ。
風に煽られバタバタと音を立てる戸をそっと開けた。窓は締め切られ中は真っ暗。
「おい、マクウォ…」
暗闇から一発、火花が散った。
銃弾はゾーレスの頬をかすめ、向かいにある建物のガラスを粉々に砕いた。
「ぬっ」
反射的にゾーレスは中に飛び込み暗闇に身を沈めた。散在する積荷の隙間に身を押し込む。
「どこだ…マクウォル」
「どこに隠れた…賞金稼ぎめ」
倉庫の中は真っ暗。
開閉する戸が軋むギイギイという音だけが聞こえる。
「どこにいる…」
ゾーレスは義眼の暗視装置を起動し、ゆっくりと物陰から身を乗り出した。
「いない…いないぞ」
撃たれた脚を庇いながら、一歩また一歩と頭を下げて倉庫の広間を動き回る。積荷の陰から陰へ身を隠しながら。
「こっちに逃げたか」
地面を這うように冷たい風が流れ込んでくるのは、部屋の一番奥。
扉がわずかに空き、ゆらゆらと動いていた。
「ようし」
暗視装置の感度を最大にするとゾーレスは、扉に体当たりするようにして奥の部屋に飛び込んだ。
クルクルっと転げながら手裏剣を取り出して構える。
「どこだっ」
前から右、左そして後ろ。誰もいない。
暗闇、そして静寂…ゾーレスは耳元の機械に付いたダイヤルを捻った。聴覚の感度が一気に高まる。
目には見えない小さな虫の羽音、さらにあちこちを這い回るネズミの足音…いや、右の扉の奥から聞こえるのは二足歩行のそれだ。
「あっちか」
そっと扉を開け、身を滑り込ませる。
しかし、この部屋にも誰かいる気配はない。
「んっ?」
三つある奥の扉の真ん中、そのわずかな隙間から漏れた一瞬の光を暗視装置が捉えた。
扉の先は長い廊下。途中右へ、左へとカーブしながらやや広い部屋に。
「いない…」
その奥の部屋、その左、また廊下。次は右…暗闇と静寂の中を探し回るゾーレス。
「こ、この部屋…」
ゾーレスの額には玉の汗。
「さっきも通った部屋じゃないか」
広い建物の中ですっかり迷ってしまったようだ。
「マズイ…マズイぞ」
顔には焦燥の色。
迷ったから、だけではない。にわかに襲ってきた胸の締め付けに危機感をおぼえた。
「こんな時に…」
胸を押さえる。足元がフラつくのは撃たれた怪我のせいだけじゃない。
「発作だ」
カチ、カチと心臓の鼓動を刻む音が乱れ始めた。動力源である胸の波動石が不規則にピクピク震えだしたのが判る。
「ふう、ふうう、ふう…」
何度も深く息を吸い、吐き出す。
「落ち着け、落ち着くんだ」
ますますカチカチと耳に響く、ゼンマイの不規則なリズム。
いや、明らかに別のテンポが混じっている。
「なんだ、なんの音だ?」
体内から聞こえる心臓のゼンマイは次第に拍子を落としてゆく。一方、体外から音の増幅装置を伝ってカチカチと乱れぬ一定の音律。
「まさか」
明らかに、どこかで時が刻まれている。
「この音…あの時と同じだ。渓谷の…」
ゾーレスの脳裏に五年前の記憶がフラッシュバックした。
「爆弾だ、時限式爆弾っ」
どんどん浅く早くなる呼吸。胸の締め付けもどんどん強くなる。
「はあ、はあ、はあ」
眩暈に足元をぐらつかせながらも、ゾーレスは立ち上がった。
「いや、あの時と同じじゃない。今の俺は、あの時の俺じゃない」
胸を押さえ、脚を引きずりながら走った。
ひたすら走った。右へ、左へ、ただ出口を求めて。
「あ、あれは」
暗視装置の視界の端に、うっすらと光。
ゾーレスは張り裂けるような胸の痛みもそのままに光に向かって駆けた。
「く、来るっ」
背後から強い光を浴びた。続いて渦巻く轟音、激しい空気の歪みが追いかけてくる。肌に痛いほどの熱気が迫る。
「爆発が起きた…ええいいっ」
ゾーレスは目の前の扉に向かって飛び込んだ。
「ぐあああっ」
背中から、とてつもない強い力で押し出された。
急に視界がホワイトアウトし、重力の上下もわからぬくらいにあっちへこっちへゴロゴロ転がった。
「うう、ううっ」
急な明るさに目が馴れてきた。ゾーレスは爆発によって外に投げ出されていた。次々に瓦礫が落ちてくる。
振り返ると、もはや跡形も無いほどに建物はバラバラ。
「倒れる、倒れる…」
町の象徴グリフォン像は、全身に走る無残なひび割れの隙間から煙を噴き出し、ぐらりと傾いた。
横たわるゾーレスに向かって落ちてくる。
「あっ、あああっ」
ガラガラと轟音、土煙を高々と上げてグリフォン像は崩れ落ちた。咄嗟に転がって逃げたゾーレスの真横だった。
永らく町を守ってきた、と言われる彫像の首はバラバラになってしまった。
「助かった…」
ゾーレスは立ち上がって剣を構えた。舞い上がった粉塵を、強い風が吹き流してゆく。
目の前にはマクウォル・レンディ。
「いや、お前は助からねえよ」
マーシアを背後から抱え込んで盾にしている。喉元にはピッタリと剣が押し当てられていた。
「マーシアっ」
叫ぶゾーレス。笑うレンディ。
「うひひ、動いたら即、この女の首は切り落とされるぞ」
「やめろ…やめるんだマクウォル。その女は関係ない」
鼻で笑うレンディ。
「やめろ、と言われてやめたヤツなんか一人もいねえよ。さあ剣を捨てろゼンマイ野郎」
マーシアが甲高い声を張り上げた。
「ダメっ。どうせこの外道はあんたもあたしも殺すに決まってる」
ニヤニヤするレンディ。
「ふふ、賢いなこの女。確かにそうかも知れねえ。だがお前が剣を捨てなきゃ、この女は確実に死ぬ」
ジリジリと近づいてくる。
「剣を捨てれば、この女は助かるかも知れねえ。まあ俺の気まぐれ次第だが」
ゾーレスはまだ剣を構えたまま。足はフラついてガクガク震え、胸の締め付けは強い痛みを伴いはじめていた。
「その、その女は…助けてやってくれ…マクウォル、お願いだ」
「ほう…だがそんな横柄な頼み方があるかっての。モノには言い方ってもんがある、ちゃんと頭を下げて俺様に頼みな」
レンディに言われるとおり、ゾーレスはぐっと頭を下げた。
「どうかお願いいたします。レンディ大尉さま、その女を話してやってくださいませ…」
笑うレンディ。
「いひひ、いいザマだ。さあ剣を捨てろ。そうすれば…」
マーシアは叫ぶ。
「ダメっ、信じちゃダメっ」
ゾーレスは剣を投げ捨てた。そして呟いた。
「信じる、さ…」
ぐっ、とマーシアの喉の柔肌にレンディの剣が食い込む。
ゾーレスはレンディを真っ直ぐ指差した。
「俺は…」
もう一方の手でぐっと手首を握ってスイッチを入れると、指先から小型の矢が飛び出した。
「俺を信じる」
矢は真っ直ぐ、マーシアの喉に目がけて飛んだ。
「えっ」
いや、正確にはマーシアの喉元に据え置かれたレンディの手。
「ぐあぁうっ」
勢いよく飛び出した矢は、レンディの手を貫いた。手から剣がこぼれ落ちた。
「逃げろマーシアっ」
ゾーレスの叫び声に、我に返ったマーシアは慌てて脱出した。
「身を隠せっ」
ゾーレスはマーシアが近くの小屋に逃げ込んだのを確認しながら、レンディ目がけて突進した。
「マクウォルっ」
脚を引きずりながら飛び込む。
「マク…マクウォル、う、うう。うううっ」
ドクン、という胸の重み。全身が急に痺れたようになり、視界が歪んだ。
「がう、うう」
足がもつれ、崩れ落ちるように倒れた。
胸は詰まり、息が出来ない。やたら喉が渇く。
「こ、こんな時に…発作か…」
うずくまってピクピクと痙攣しだしたゾーレスを見下ろすレンディ。
「だからお前は出来損ないだ、っていうんだ」
横たわるゾーレスを思いっきり蹴飛ばし、仰向けにして顔に唾を吐きかけた。
「うあ、あぐぅ…」
白目を剥くゾーレスに馬乗りになったレンディが高笑いする。
「死に損ないを、俺の手で本物の死体にしてやる」
激しい拳に晒され、頭を何度も地面に叩き付けられ、ゾーレスの意識は遠のいていった。
レンディはゴツい手でゾーレスの喉元をガッチリと握り込んだ。抵抗しようにも手が震えて力が入らないゾーレス。
「う…あぅ」
朦朧とする中でゾーレスの視界の端に、一瞬キラリと光るものが見えた。
崩れ落ちた瓦礫の中に、何かが脈打つように光っている。
「目…グリフォンの目だ」
ゾーレスは、レンディに悟られないようそっと手を伸ばした。
「あの光は、波動石の光…」
落ちているグリフォンの目に、ゾーレスの指先が届いた。その瞬間、ビリビリとした強い脈動が全身に伝わった。
「これだ、これを」
ゾーレスは震える手で石を掴み、自らの胸へと嵌め込んだ。
「ぐう、ううう。ぐうううっ」
全身の血管が沸騰したように熱くなる。ブルブルと筋肉が震えだし、力が漲ってくる。
「な、なんだ。何だお前っ」
レンディが目を丸めていた。
死に掛けていたはずのゾーレスが、とてつもない強い力で押し戻してくる。
「お前、お、おまっ…」
首を握っていた手を掴み返す。ぐっと握りこむと、ボキボキと鈍い音。
「ぎいゃああああっ」
手指の骨をバラバラに砕かれたレンディが思わず手を離した。
今度はゾーレスの番。
レンディの首根っこをグイと掴み、握りこんだ。
「ぐあっ、ぐふ。ふうっ、う…」
そのまま立ち上がるゾーレス。ついにレンディの身体は宙に浮いた。
「だ、だ、だずげで…。おね、おねがいしま…」
ゾーレスはゆっくりと首を横に振った。
「恨む相手は俺じゃない。お前の運命だ」
ゴキンという音を伴って、ゾーレスの手の中でレンディの首は折れた。
「……」
その口から大量の鮮血を垂れ流し、ジタバタしていた手足はぐったりと動かなくなった。
「終わった…」
真っ赤な太陽が乾いた大地を照らす。
砂埃にまみれた風が、あちらこちらでつむじに渦を巻いている。
「おおい、おおいっ」
遠くから聞こえてくる声。町民たちが帰って来たようだ。
「おおっ、女たちも無事だぞっ」
町外れの倉庫から声がする。
「閉じ込められていたようだが、みんな怪我も無い。今解放したぜ」
解き放たれた女たちは抱き合って無事を確認しながら歓声を上げている。
「ありがとう、あんたのお陰だ」
ゾーレスを、町民たちの笑顔と謝辞が取り囲む。
「本当にありがとう、町は救われた」
「一体、あんたにどうやってお礼をしたらいいものか」
手を差し出すカシアド。握り返すゾーレス。
「いや、礼はいいんだ。俺は自分の欲しかったものを、もう手に入れた」
胸に嵌め込まれた石を指差す。
「この波動石、この町の何処かにあるって噂を訊きつけて、買い取るために俺はここへ来たんだ」
ゾーレスは町のみんなの顔を見渡す。
「あ…せっかくの町の象徴をぶっ壊すハメになっちまったが…」
笑顔のカシアド、そして町民たち。
「構わんよ、あんな仰々しいだけの作り物よりもっと大事なものをあんたは教えてくれた。諦めないこと、立ち上がる勇気、っていうものを」
ゾーレスはヒュウと口笛を吹いた。まもなく一頭の馬が駆けつけた。
「こいつ、俺と気が合うみたいだ。借りていくぜ」
カシアドは浮かない顔で言う。
「借りるどころか、そいつはあんたに懐いてるんだ、くれてやるよ。それより、この町に残って…」
「そうはいかんカシアド。今回の件は大ごとだ、じきノースミルに軍隊がやってくるぞ。その時は全部俺のせいにしろ。町のみんなは罪に問われずに済む」
寂しそうにゾーレスを見るカシアド。それでもゾーレスは笑顔のまま首を振る。
「それに、俺の心臓の石はまた何時ダメになるかわからねえ。まだこの世界の何処かに眠ってる波動石を探し歩く使命が俺にはある」
「そうか…」
立ち去ろうとするゾーレスを、呼び止める声。
「待って…」
声の主はマーシア。
「あたしも、あんたと一緒に」
振り返ったゾーレスがキッと睨んだ。
「ダメだ。俺は何処に行っても厄介者、そして出来損ないだ」
馬を下りることもなく、背を向けて去ってゆく。
「ゾーレス…」
後ろ姿が涙に滲み、歪んで小さくなってゆく。
「だが…」
くるりと振り返ったゾーレス。
「お前も出来損ないだ」
手招きを見て、くしゃくしゃの笑顔で駆け出したマーシア。
「一緒に旅するにゃ丁度お似合いかも知れねえな」
追いついたマーシアをひょいと抱き上げた。
高くなった日を背に受け、二人を乗せた馬は心地よいリズムで蹄を鳴らしながら、陽炎に揺れる乾いた大地を地平線に向かって小さく、小さくなっていった。
吹き付ける風に乗って陽気な鼻歌が聞こえてくる。
「俺は~薇仕掛けのぉ~用心棒お~」
完




