バティオとゾーレス
マーシアに救われたゾーレスはカシアドたち「反レンディ派」の助力を得、イゼロ渓谷で山賊ペコの一団とタビーニャスの衛兵たちを鉢合わせにする計画に成功した。
揉みあう両陣営は、頭上で炸裂した大量の爆薬によって崩落した崖の下敷きになった。
しかし、レンディ大尉の腹心バティオ・モードルは窮地を逃れ、ゾーレスの前に立ちはだかった。
「面白い作戦を考えたもんだな…町の用心棒気取りめ」
歪んだ笑みに口元を歪ませながらバティオがゆっくりとゾーレスに近づいてくる。
「町民のクズどもを焚き付けたのは、お前か?」
身構えるゾーレス。
「来いよ…」
その時、闇に紛れて一人の町民が飛び出して銃を構えた。
「死ねっ、この鬼畜め…」
いや、銃を構えようとした。
引き金に指を掛ける前に、すでにバティオの拳銃が火を噴き、甲高い金属音が渓谷にこだましていた。
「…く、ああっ」
町民は胸に大穴を開けて倒れ、息絶えた。
バティオは目をくれることもなく真っ直ぐゾーレスに向かって歩みを止めない。
「よく逃げ出せたな、賞金稼ぎ…あの女が仲間だったか」
「ああ。昔から俺は…」
バティオから視線を外さないまま、ニヤリと笑ったゾーレス。
「女運がいいんだ」
「ふっ」
バティオの、金色の口髭に覆われた口からペッと唾が吐き出された。
間を置かず、身体の軸も歩みも、肩さえもブレさせずにバティオの右手は一瞬にして拳銃のハンマーを起こし、引き金を引いた。
パン、と破裂音が広がるより前に、ゾーレスは飛び上がっていた。
遠くの岩を砕く着弾の音。
「チョロチョロしやがって、しかし…」
宙を舞うゾーレスに狙いを定めて銃口を向けたバティオ。
「俺の方が速い」
引き金を引いたまま、左手でハンマーを撫でるように扇いだ。
「うっ」
逃げ道は無い。空中のゾーレスは胸を庇うように左腕を前に出した。
カンッ、と耳を衝く金属音。ゾーレスの左前腕部でバチッと火花が散り、弾丸は大きく横へ逸れて彼方へ飛んでいった。
「残念だったな」
着地したゾーレスの左腕の義手には弾丸を受けた凹み、そこからうっすらと煙が立ち上っている。
「俺は、薇仕掛けの用心棒なのさ」
「チッ、新しい手足をつけやがって。木偶人形からブリキの人形に格上げってか。じゃあその面ぶち抜いてやる」
銃口がゾーレスの顔に向けられた。
「へえ」
ニヤニヤするゾーレス。
「お前、数の数え方も習わなかったのか?」
バティオが引き金を引いたが、渓谷の静寂に変化は起きなかった。
「もう六発撃っちまっただろ?」
ゾーレスが剣を抜き、ぐっと腰を下ろした。
「さっき、お前の方が速いってな事言ってたが、訂正してもらおうか」
一気に距離を詰めた。
慌てて剣を抜いたバティオが首筋の寸前でゾーレスの剣を打ち払った。
「うぬっ」
返す刀で振り返るゾーレス。バティオは転がるようにして何とか逃げおおせた。
「思ったより、やるじゃねえか」
ゾーレスが再び剣を構える、上段。
対峙するバティオ、脇構え。
「同じこと言おうと思ってたとこだ」
「やるか」
「ああ、来いよ」
交錯する剣と剣。刃がぶつかりあう金属音の残響を谷に響かせ、暗闇に残像を引きながら激しい火花が上下左右に移動してゆく。
「あ、あいつら…とんでもねえ」
「追いきれねえよ。あの速さに、目がついていかねえ」
物陰から二人の対決を見守る町民たちが息を呑む。
長身を利してバティオが上段から斬り込みゾーレスに圧し掛かる。
「ふんっ」
鍔迫り合いしながらも、徐々にゾーレスは押し込まれてゆく。バティオの猟奇的な目が笑う。
「速いかも知れんが、非力だな…」
近付く顔と顔。狂気の瞳が目の前まで迫ってきた。
その時、ゾーレスは右眼の義眼を取り囲む頬に、ぐいと力を込めた。
「うああっ」
激しいフラッシュが義眼の縁から発せられ、目を眩ませられたバティオが一瞬怯んだ。
サッと後ろに回りこんだゾーレス。
「非力は機械の力が補うのさ」
バティオの膝裏を切り裂いた。
「あっ、あぐあっ」
腱を断ち切られてよろよろと倒れ込んだバティオ。
「ふふ、まだだ」
だが目をしかめながらも狂気の笑みは消えていない。
崩れた崖の岩と無数の屍が折り重なる中に、大きな銃を見つけてサッと手に取った。
「こいつなら、いくらブリキの身体でも…」
ガチンと云う音と共に銃身を中折れにして大きな銃弾を手早く二発、込めた。
「死ねよ」
引き金は引かれた。ドン、と腹に響く低音を伴って、花火のように細かな粒子の金属片が散らばった。
「んっ?」
硝煙の中には誰もいない。
「こっちだ」
頭上からの声に空を見上げたバティオ。
「お、お前…飛べるのか」
ゾーレスは、義足に装着された火薬噴射装置から勢いよく飛び出す気流で宙を舞っていた。
「ああ、鳥のように、な」
「だが俺は鳥を撃ち落すのは得意なんだ」
膝立ての姿勢から上空に狙いを定めたバティオがもう一発の散弾を撃ち放った。
ゾーレスは義足に付いたレバーを操作して噴射の向きを変えて急降下。弾丸をかわして着地した。
「チッ、人形野郎め」
バティオが急いで次の弾丸を充填する。
ゾーレスは右手の義手を前に突き出しながら、肘の部分にある突起をつまんで蓋を開け小さなハンドルをクルクルと回した。
「な、なにっ」
バティオに向かって真っ黒な煙幕が義手の指先から噴き出した。
「ううっ、見えねえ。見えねえぞ…ちくしょう、鳥の次はタコってか」
宵の視界は、さらい深い漆黒の闇に包まれた。
両手をバタバタ振り回して煙幕を振り払おうとするバティオ。
「どこだっ、どこだあっ」
その姿を義眼の暗視装置で見定めていたゾーレス。
「怖いか…お前がこれまで町民に与えてきた恐怖はそんなもんじゃなかったぞ」
バティオは終いにはあっちこっちに向け、文字通り闇雲に銃を放った。
「どこだ、おい、どこなんだゼンマイ野郎っ」
「ここだよ」
耳元でゾーレスの声。
聞こえた時には、すでにバティオの背中から胸へ、剣が貫通していた。
「ぐっ、あううっ…てめえ、待て。待てっ」
這いつくばるバティオに背を向け、ゾーレスは遠ざかってゆく。
「心配するな、トドメは町の連中が刺してくれるさ」
物陰に隠れていた町民たちがバティオを取り囲んでいた。それぞれの手には剣や鍬や鋤。
「俺たちのこと、クズっていってたな…お前さん」
すっかり青ざめた顔で震えだすバティオ。
「待て、いや待ってくれ。お願いだ、助けてくれお願いだ」
町民たちの笑い声が幾重にも重なる。
「俺たちの仲間が命乞いをしたとき、お前さん聞き入れてくれたか?」
「ぎゃあああっ」
バティオの断末魔の叫びを背中に聞きながら、ゾーレスは口笛をひゅうと鳴らし馬を呼び寄せた。
「あとはマクウォルだけだ…待ってろ、マクウォル・レンディ」
つづく




