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薇仕掛けの用心棒  作者: 蝦夷 漫筆
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覆面の男

大戦後、秩序の崩壊した冥界。

力が全ての世界でのしあがる勢力に踏み潰されそうになりながらも、虫けらのように這い回る男たちがいた。

幻怪シリーズ第六作、番外編「ぜんまい仕掛けの用心棒」開幕。

 ゴツゴツした岩肌が奇妙な造形を見せる谷。冥界ではよくある光景の一つだ。


 渓流を眺めながらゆっくりと降りてゆく覆面の男。

 ジリジリとした日が照り付ける暑い日だというのに全身をこげ茶色のマントに身を包み、両手両足は布が巻き付けてある。


挿絵(By みてみん)


 なびく髪の隙間から見える目は、妙にギラついている。

 大きな箱が乗った荷台を引き、男は川の渡し場へ。


 渡し人たちが横目で見ながらヒソヒソと。

 「なんだあいつ…見るからに怪しいな」

 「よそ者だ」


 聞こえないのか、聞こえないフリをしているのか、覆面の男は黙って渡し場へ。

 掘っ立て小屋に括り付けられた籠にチャリン、チャリンと五アリー硬貨を一枚放り込んだ。


 渡し人たちは迷惑そうに眉をひそめる。

 「手形を持ってねえヤツはお断りだ」

 「川を渡ればノースミル領、警備が厳しいんだ。身分のはっきりしねえヤツを運ぶなんて面倒な事はしねえ」


 覆面の男は渡し人たちの顔をじっと見た。

 「ほう。ならば…」

 懐にそっと手を伸ばす。


 「な、なんだ。何しようってんだ」

 身構えようとする渡し人たちをジロリと睨みながら、男はそっと懐から出した手の中には金貨が一枚。

 「いちヤキム。そこに書いてある渡し賃の二十倍だ」


 渡し人たちは困惑しつつも、頬を緩ませた。

 「えっ、えへ。ああ、とりあえず…向こう岸まで参りましょうか、えへへ」


 「けれど旦那、このでっかい荷物はちょっと重すぎるんじゃねえかと…」

 覆面の男は表情を変えぬまま、砂に汚れた手を差し出して言った。

 「嫌なら無理にとは言わん。金を返せ」


 顔を見合わせ、何やらコソコソ話しこんだ渡し人たちだったが、すぐに笑顔で覆面の男に近寄って頭を下げた。

 「何とかします。ええ、金払いのいいお客様の要望なら断るわけにゃいかねえ」


 荷の重さに沈みそうになりながら、覆面の男を乗せた渡し舟は向こう岸へと進んでいった。

 「しかし気前がいいですな、このご時世に金貨なんて。ねえ旦那、顔を隠していなさるが実は名のあるお方なんでしょ?」


 目線を向こう岸に据えたまま、男は低い声でぶっきらぼうに答えた。

 「誰にだって名はある」


 「あ、あの。そういう意味では」

 苦笑いする船頭は汗だくで船を漕ぐ。

 「詮索しようってわけじゃあねえんです…」


 照りつける赤い太陽の下、船はゆっくりと進む。

 

 じっとり汗ばむ船頭を後ろから眺めながら、覆面の男が呟いた。

 「俺の名はゾーレス。ゾーレス・ニーヨ。行商人だ」


 長い沈黙から救われたかのように、ホッとした表情の渡し人。

 「へえ、行商人ですか…じゃあこのやけに重たい荷物を川向うに売りに行くってわけですな。しかし、この辺りで商売してる連中ならあっしら大概は顔見知りなんですが…ここは初めてでございますか?」


 妙に口数の多くなった船頭が笑顔で振り返ったのをゾーレスはギロリと睨んで、沈黙した。

 「……」


 「あ、いや。余計なことを訊きましたかね…」

 愛想笑いを浮かべながら船頭は棹を差す手を急いだ。


 「旦那、着きましたぜ。さて」

 船頭はいそいそと積み荷を下ろす。

 ゾーレスは何も言わずさらに五十アリーの銀貨を手渡すと、小躍りする船頭を後に谷を上がる細い道を通って草原に出た。


 荷台の車輪をガタガタさせながら腰まで伸びた草をかき分けるように北へ、北へ。


 「あれ、か…」

 日暮れになろうかという頃、ゾーレスは高台から牧草地を見下ろしていた。

 牧童二人の長く伸びた影が牛を追う。馬を乗りこなす長身の金髪と、小太りで褐色の肌をした黒髪。

 ゾーレスは袂から取り出した一枚の紙を広げた。

 「一人はモラド、もう一人はその子分のポドリーヨ」

 遠眼鏡で牧童たちの顔を確認し、小さく呟いた。

 「間違いない」

 荷車に乗せた箱を開け、中から幾つかの見慣れない道具を取り出して身体のあちこちに結わえ付けると、ゾーレスは草むらの中に身を潜めた。


 「へい、ポドリーヨ。まだ一頭岩陰で遊んでやがる。いつもの気性が荒いヤツだ。早く連れてこい、もうすぐ陽が落ちちまう」

 長身の金髪・モラドが指差す方角へと馬の鼻先を向けた黒髪・ポドリーヨ。

 「ああ、わかったわかった…ったくもう、牧童ってのはつまんねえ仕事だぜ全く」


 ポドリーヨは岩陰の牛を見つけ、ムチを振り上げた。

 「さあ、間抜けめ。さっさと柵の中に戻りやがれ」

 牛は目をひん剥いて、驚いた顔で慌てて駆け出した。


 しかし、それ以上に驚いた顔をしたのは、ポドリーヨだった。

 「あっ」


 牛の背後にはゾーレスが身を潜めていた。

 「な、なんだてめえはっ」

 目が合うゾーレスとポドリーヨ。


 「ああっ」

 一瞬の猶予も無いままに、ゾーレスはポドリーヨの足を掴んで馬から引きずり下ろした。

 その口を塞いで岩陰に連れ込み、耳元で囁いた。

 「悪いが、これが俺の仕事なんだ」

 長く鋭いナイフがポドリーヨの胸に深く突き刺さった。

 

 何事も無かったように夕刻の農場は静かだ。

 涼やかな風に金髪を揺らせながらモラドは、岩陰から牛が大慌てで走り去るのを見て首を傾げた。

 「ん? 何してんだポディのやつ…おおい、どうしたポドリーヨ。どこに行っちまいやがったんだ?」


 返事が無い。姿を消した相棒を探してモラドはキョロキョロ辺りを見回した。

 「しょうがねえヤツだ…」

 牛が隠れていた岩陰へと馬を回す。

 「あっ、あれは」

 誰かが倒れこんでいる。

 「ポディ……おいっ、起きろ。おいっ」

 真っ赤に染まった草の中でポドリーヨは両目を上転させぐったりしていた。もはやピクリとも動かない。

 「おいっ。やられたのか、起きろ」

 胸の傷から出る血はすでに涸れ果てている。


 モラドは辺りの気配を探りつつ、腰に下げた剣をゆっくりと抜いて身体の前に構えた。

 「誰がこんなマネを…」

 

 モラドの背後、夕陽に伸びる影がゆらりと風に煽られるのが見えた。

 「そこかっ」

 振り向きざまに突き上げられたモラドの剣先が、忍び寄っていたゾーレスの剣とぶつかって火花を散らした。

 「くっ」

 「ぬうっ」

 ゾーレスがゆっくりと刀身を押し込む。

 モラドは岩に押し付けられるように身を反らして耐える。

 「ちっ」

 モラドは腰に下げた拳銃に片手を掛けた。

 「ほう」

 気付いたゾーレスは両脚の踵をガチンと鳴らし、思いっきり高く飛び上がった。

 「死ねっ」

 モラドは素早い動きで激鉄を起こしてトリガーを引く。パアンと草原に響く音に草むらの鳥たちは一斉に飛び上がった。


 「ちくしょうっ」

 モラドの放った銃弾は空を切った。

 そのはるか頭上で宙を舞うゾーレス。

 「な、なんなんだっ」

 ゾーレスは脚から火花を噴出して自在に空中を飛びまわっている。

 「あの野郎、飛べる、のか…?」

 モラドは驚きながらも、さらに一発、もう一発と狙いを定めて引き金を引いた。

 しかしゾーレスは脚に取り付けられたジェットパックで空を飛びまわり難なく銃弾をかわし、モラドが撃ち果たした弾丸を再装填するために目線を下に向けた隙にサッと着地、草むらに身を潜めた。


 「どこに隠れやがった?」

 辺りをうかがうモラド。

 「一体誰だ…賞金稼ぎか、それとも町の警備兵か?」

 風が弱まってきた。そよそよと草の先が擦れ合う音だけが妙に大きく聞こえる。

 瞬きもせず、充血したモラドの目が四方八方を探る。


 不意にモラドの背後でバチバチ、と閃光を伴う破裂音がけたたましく鳴り響いた。

 「そこかっ」

 振り返りざまに拳銃を向け、あらん限りの銃弾を撃ち込んだモラド。

 「…あ、あっ」

 閃光と破裂音はゾーレスが投げ込んだ爆竹だった。

 「囮か」

 気付いた時にはモラドは銃弾を撃ち果たしていた。

 同時に、その胸には三本の手裏剣の刃が深く食い込んでいた。


 「ぶ、ぶぐう…」

 たちまち顔色を紫色に染めながら倒れこむモラド。

 「てめえ…こんな真似したら、ペコさまが黙っちゃいねえぞ…」

 モラドはピクピクと全身を痙攣させて息絶えた。


 ゾーレスは手配書を取り出し、死にゆく男の顔と見比べた。

 「モラド・エスフォリオ。もう一人は子分のポドリーヨ・ガモー」

 手配書の文言を読み上げた。

 「数々の町…レディッサ、カリモス、そしてポルトイリアッシで、詐欺に強盗、強姦、誘拐の罪。一人につき二十ヤキム、生死を問わず」


挿絵(By みてみん)


 冥界には「賞金稼ぎ」と呼ばれる者たちがいた。町から町へ渡り歩き、賞金首を仕留めては金銭を得るならず者たちである。

 大戦後の混乱は、彼らにさらなる活躍の場を与えた。貧民上がりや兵隊崩れ、数多くの賞金稼ぎたちが暗躍していたのがこの時代。

 ゾーレス・ニーヨもそれらと同様、冥界の片隅で獲物を狙う賞金稼ぎの一人だった。


 つづく

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