旨いチョコならば良い!
「うん、バッチリ!美味しくできてるね!」
もうすぐ、2月14日。バレンタインデーである。その数日前にチョコ作りに勤しんでいてもおかしくはない。
沖ミムラ、阿部のん、裏切京子の3人の女性は集まって、本やネットで調べながらチョコを作っていた。
「市販のチョコを溶かして、型を入れて固めただけですけど。見事なものです」
「でも、のんちゃんいなかったら、できなかったじゃないですか」
3人の中で一番幼いのんちゃんが一番苦労をし、作り上げたチョコの数々。ミムラと裏切はそこまで料理が得意ではなく、トラブルを起こしながらのチョコ作りであった。3人が着ているエプロンには多数のチョコが飛び散った痕があった。飛び散らせたのはだいたい、ミムラである。別に彼女は料理が下手という分類ではなく、飾り付けが下手なタイプ。
「あはははは!それはそれ!3人で作るってことで話だったじゃん、のんちゃん!」
「むぅ~。……でも、そうですね。味はなんでか知りませんが、美味しいんですよね」
3人共、このチョコを渡す相手が決まっており、3人共、同じ相手。広嶋健吾というど畜生にして、面倒臭くて、野球好きで、めちゃくちゃなほど強くて、なんだかんだで人の良い男にである。3人共、彼とは縁が深い。
日ごろの感謝の意味を込めて、チョコをプレゼントをするわけなのだが
「ところでミムラ。ずっと前から気になっていたんですけど」
「なに?裏切ちゃん」
今日は2月12日。残り時間は当日を入れれば3日もある。普通ならば、なんら困る事はなかったが。3人が渡す相手が相手なのだ。日本というか、地球上にいるのかすらも怪しいような人である。
「広嶋様ってどこに住んでいるのかしら?」
「…………」
え、誰か知っているのじゃないの?そう思いたくなる空気になった。
ミムラはチョコのように固まってから、逆に裏切に訊く。
「え、裏切ちゃんは知らないの?そのためだけに呼んだのに」
「あなた何気に打算的なのね。今まで天然かと思っていた」
「そんなことないよ!裏切ちゃんとも親睦をより深めたかったし!」
ミムラは裏切が意外にも知らないことに驚いていた。当然、のんちゃんもだ。
「広嶋くんを溺愛している裏切ちゃんなら、その後ろから付いていって知っていると思っていたのに」
「のんちゃんもホントに意外です」
好意の度合いはそれぞれある。その中で広嶋に対する思いの強さは、裏切が一番だとはミムラとのんちゃんも思っている。
「確かに私は広嶋様の下僕にして、永久のストーカーです!しかし、個人情報まで侵害するほどではありませんわ!」
「胸を張っていうことなのかな?」
「と、……強くここでは語ってみますが。今まで何十回と試みましたが、広嶋様に撒かれたり、返り討ちにされたりで、実際家に訪ねたことはないのです」
しくしくと、想いのある人の家に訪れた事がないことを嘆く裏切。
「ま、まぁ。私だって家は知らないよ。広島県に住んでいるらしいけど」
「それぐらいしか、のんちゃんも知らないです!」
「電話やメールだって今あるし、本人に連絡もできるから!3人で一緒に渡そうよ!」
「そうですわね、ミムラ。のんちゃん」
チョコは完成し、残りは渡す相手に渡せるように整えるだけである。
ミムラはメールで広嶋に、2月14日は予定を空けておくように伝えておいた。
「しかし、ミムラとのんちゃんも広嶋様のお住まいを知らないなんて」
「広嶋くんは進んで招待することはないからねー」
「あ!そうです!チョコとかあるわけですし、広嶋さんの家を3人で捜してみませんか?」
そう、最初はこんな提案だったそうだ。のんちゃんが言いだしっぺになってはいたが。
「あ、いいね!こっちから広嶋くんに会いに行ったらきっと驚くよね!」
「面白そうですわ!広嶋様のお家も気になっておりましたし」
なにか楽しいことを思いついたら、あとは勝手に進んで行くだけ。チョコ作りも順調で終わったため、旅行も兼ねて、広嶋のお住まいを見に行くことにした。
善は急げの如く、新幹線の切符をとって、近くの旅館もとっちゃう早業。
「よーし!行ってみよう!」
「おーーー!」
沖ミムラ、裏切京子、阿部のん。3人の広島県入り。
とりあえず、住んでいる県は分かったがまだそれでも大雑把である。本人に直接訊くのはあまり面白くないため、自分達以外の知り合いにも、居所のヒントを聞いてみる。車内からメールを送信。
『藤砂さんへ、こちらミムラです。今、広嶋さんの家に向かっているんですけど、広嶋さんの家って広島県のどこらへんか知っていますか?』
「アシズムさんは次にしようか。たぶん、あの人なら知っているだろうから」
「藤砂さんがその次に広嶋さんと付き合いが長いんですよね?」
「あの藤砂が広嶋様の家に行っていたことがあるとしたら、この裏切にとってはかなりの屈辱ですわ」
ピロリーーン
「あ、返信が来た」
『広嶋の家を知らないのに向かう理由は訊かないが、俺も詳しい位置は知らない。ただ、一軒家だったのは覚えている。町から離れていた気もする』
「えーーーっ!?藤砂さん、広嶋くんの家に上がったことあるの!?私、誘われたことない!」
「のんちゃんも少し悔しいですね。なんで、男の人を先に家に招待しているんです?」
「そんな、そんな。広嶋様は秘密主義の御方!なのにどうして、……あの藤砂が広嶋様のご自宅に足を運んだことがあるのよ」
メール一通で考えていることがとてもブラックに染まっていく、良い意味でも悪い意味でも純真な3人の心である。
「じゃ、じゃあ!広嶋様と一番、付き合いのあるアシズムに訊いて!どの辺に住んでいるか!」
「そうだね。一軒家ということは結構な金持ちなのかな?」
「のんちゃんはそんな話を聞いた事はないです」
ピロリーーン
『個人情報を教えると怒られるから抽象的に伝えますが、広島県広島市南区に住んでいるそうだよ』
やっぱり、この人知っていた。しかも、こちらの意図までしっかり読んでいる教え方!
「では行きましょう!広嶋様の家を捜しに行きましょう!」
「さんせーい!」
「どんな家に住んでるんだろー」
そんなこんなで3人の女性は1人の男の居住地を捜すのであった。その過程で様々な娯楽施設に寄ったり、温泉に入って、楽しい食事をしながら。ワイワイとした広島旅行をするのであった。少ない手掛かりからでも、ついに3人は彼の家を見つけ出したのである。
「ついに見つけた。ここが広嶋君の家だね」
「14日で見つけられて良かったですわ!」
「チョコを渡しに来たら、きっとビックリしてくれますよね!」
そう、家は見つけたのである。
「あ」
「……あ」
「あー」
そう、家は……である。
◇ ◇
「この日は空けておけと言われた」
広嶋は予定を空けて、わざわざ広島県からミムラの住んでいる東京にまで足を運んでいた。2月14日ということでたぶん、それ関係なんだろうとは思っていた。でも、嫌な予感はしていたのだ。分かっていたのに来た自分も自分だ。本当にあの3人には手を妬く。
「ミムラ、のん、裏切…………なんで、あいつ等留守にしてるんだよ。寒いだろうが」
ピロリーーン
「メールか」
『ごめーん!今から広嶋くんの家から急いで戻るから!家の前で待っていてーー!』
「……………」
『勝手に家の中に入って待ってるから、旨いチョコをちゃんと持って来いよ!この3バカ!!』
広嶋は律儀なのか目当てなのか。ともかく、ミムラの家に無理矢理上がりこんで、4時間以上も待っていたそうな。