中篇
私には秘密があった。
それこそ、誰にも教えたことのない。
それは、誰にも教えるわけには行かないからだ。
教えれば、私はきっと殺されるだろう。
または、よくて、国外追放。
どちらにしろ、私にとってよくないことは確かだ。
家にとっても。
家名に傷がつくことになるだろう。
忌み子であるとしられれば。
それに気がついたのは、10歳のころだった。
兄に一歩でも近づきたくて、私は、必死になって、魔法の勉強をし、鍛錬に明け暮れた。
そして、ある日目覚めたのだ。
因子が。
高位魔法を使おうとしたときのことだった。
自分のうちから出る魔力が制御できなくなったのだ。
そんなことは初めてだった。
今まで、自然とこなせていたのだ。
けれど、それができなくなった。
私は、慌てて、詠唱を中断した。
そして、見たのだ。
泉に浮かぶ私の顔に埋め込まれた深紅の瞳を。
真っ赤な血の色をした瞳を。
そして、それが証だった。
忌み子の。
起源はわからない。
ただ、その色をした瞳を持つものは、災いを招くものとして、忌み嫌われていた。
それが私なのだ。
それを知ったときは愕然とした。
その赤はすぐに消えたが、高位魔法を使おうとすると、それに反応して、瞳も赤くなる。
それはつまり、私には、永遠に兄を超えることはできない。
そういうことだった。
この瞳をさらけ出せば、殺される。
兄を越える。
そんなことは夢でしかない。
だから、ずっと封印してきた。
今まで。
だけど、今はそういうわけには行かない。
みんなを逃がさなければならない。
それが私の使命だから。
私が私であることを認めてくれた仲間たちを守ることが。
「ユリウス軍に告ぐ、命がおしくは、ただちに自国へと帰られよ」
魔法によって、拡声する。
けれど、とまらない。
数々の嘲笑がもれるだけ。
当然のことだろう。
「我は、ミハエル=ジェル=クロフォード。その名を聞いても、まだ、くるか!!」
これならどうだ。
私の名前も少し走り渡っているはずだ。
天才の弟ということで。
けれど、それでも、とまらない。
所詮は1千の大隊でしかないということもばれているのだろう。
そんなもの相手に足踏みし照られない。
そういうことだろう。
ならば・・・
「それでも、戦うというのならば、相手しよう」
殺すのみ。
ミハエルの配下は急いで戻った。
いくら、大隊長命令でも聞けなかった。
いや、聞けるはずもなかった。
彼らはみんなミハエルのことが好きだった。
最初は天才の弟と聞いて、いい思いをしなかった。
その強さに便乗しただけの貴族の坊ちゃんだとしか思えなかった。
そんな天才が二人といるとは思わなかった。
けれど、彼と触れていくうちに気がついた。
彼が、その兄のためにどれだけ傷ついているのか。
そして、それでも前を見てけなげに戦っていた。
たった16歳の子供が。
だから、好きだった。
この人になら、命を預けてもいいと思った。
けれど、その人は逆に自分たちを助けるために、自らを犠牲にした。
彼らはミハエルの力を知っていた。
彼の力はそれこそ、彼の兄がいなければ、団長になってもおかしくないほどのものだった。
けれど、それでも10万の大軍を相手にできるはずもない。
彼の兄ですら不可能だ。
だから、自分たちも駆けつけなくてはいけない。
それが、臣下の勤めだから。
ギエンは隣を見る。
そこには、彼の上司の主君である、ルナの姿があった。
本来ならここにいてはいけないはずだった。
けれど、彼女は頑として譲らなかった。
そして、初めて聞かされた真実。
彼女が好きだったのは・・・
ミハエルだった。
ルナもまた、彼に触れることで、その危うさに気づいた。
そして、それでも戦う姿をひそかに称えていた。
たびたび、彼女が彼の兄の名を出すのは、それぐらいしか、共通の話がなかったから。
なんでもいいから話したかったから。
それだけのことだった。
別に兄のことなどどうでもよかった。
ミハエルのことだけを思っていた。
その人が、今戦場で散ろうとしている。
しかも一人で。
そんなものルナに耐えられるものではなかった。
たとえ死んでもいい。
いや、死ぬなら、せめて好きな人のそばで。
それが彼女の心情だった。
例え、それが王家への反逆だったとしても。
大隊がかける。
そして、辿り着く。
先ほどまで、自分たちがいた場所に。
けれど、それと同時に驚愕する。
その場の変わり果てた姿に。
先ほどまでは豊かな緑を抱えた草原だった。
けれど、今はどうだ。
緑などどこにもなく。
あるのはおびただしい数の死体だけ。
大地のいたるところは土がえぐられ、焼けこけ、焦土と化しており、大地は死体から流れる、紅を飲み干し続ける。
その姿は異様だった。
ある種異世界だった。
それこそ、悪夢を見ている。
それで済ませたかった。
けれど、それでも、これが現実だった。
彼らは、ミハエルを探し始めた。
例え、彼がこれをやったとしても、10万の大軍を相手にできるはずもなかった。
いや、できるはずがない。そう思いたいのだ。
けれど、現実はどこまでも容赦なかった。
体中を血で濡らしたままたつ少年がいた。
誰もが、ミハエルだとわかった。
けれど、それと同時に認めたくなかった。
彼らが見つけたミハエルの瞳は赤かったから。
「戻れといったはずだが?」
気がつけば、彼らは全員残らず、僕の前に戻ってきていた。
そして、僕の瞳を見て、驚きを隠せないでいる。
当然か。
なにせ、自分たちが大将と崇めていた者が、忌み子であると知ったのだから。
本当は彼らの誰にも知らせるつもりはなかった。
ただ、両親と国王にそれを伝えて、さっさと逃げるつもりだった。
けれど、彼らに知られてしまった。
絶対に知られたくない人々に。
もし、両親たちだけならば、ことを公にしないだろう。
外聞のいいことではないことは確かだからだ。
それこそ、今まで王女の護衛として、忌み子を使っていた。
そんなことを知られれば、王宮始まって以来の汚点だ。
公にできるわけがない。
だから、彼らには伝わることなどない。
私は戦場で死んだ。
そうなる事になるはずだった。
なのに・・・
私は、方向転換をすると、呪文を唱える。
周りがはっとする。
けれど、遅い。
私は、あっという間に詠唱を済ませると、移動する。
これ以上一緒にいられるわけもなかった。
それから、数時間後に救援が来た。
近衛全軍だ。
それはつまり、彼、ミハエルの兄がこの場に到着したことになる。
けれど、現れた彼は、目の前にある惨劇の後を見て、言葉を失った。
伝令の内容はこうだった。
ユリウス軍10万が侵攻中。至急応援を頼む。
彼は驚いて、急いで隊を整えて、こちらまで向かってきた。
けれど、来てみればどうだ。
救援を呼んだ隊はまったくの無傷で、逆に大軍はどこにも見えたらない。
あるのは、無数の死体だけ。
彼は弟を探した。
彼がこの隊の一応の責任者だからだ。
「大隊長はどこにいる?」
すぐそばにいた者に聞く。
ギエンだ。
けれど、彼は渋い顔をして答えない。
いや、誰も答えない。
答えられるはずがない。
ここまで非現実な世界のことなんて答えられるはずがないのだ。
そして、さらには、自分たちの大将が忌み子だなんて。
誰も答えないのに、業を煮やした彼は、ルナ姫を探した。
彼女なら答えてくれる。
そう思ってのことだった。
けれど、すぐに後悔した。
彼女は答えてくれた。
けれどそれは、彼にとってもショックの大きいものだった。
それはそうだ。
これをしたのが、彼の弟ならば、さらには忌み子であるという事を知らされたのだ。
彼は知っていた。
自分の弟が秘密を抱えていることを。
そして、それと同時に、自分の事をねたんでいることを。
けれど、彼はそんな弟が好きだった。
自分のせいで、彼の道はつぶされてしまった。
自分と同じように軍部に入り、自分と同じように戦功を立てる。
それを強いられる生活だった。
いっそのこと自分なんて死んでしまえばいい。
そう思ったこともある。
けれど、そのたびに死ねなかった。
弟の存在があったから。
今ここで死ねば、弟はどうなる?
さらに、辛い立場になることは必至だ。
俺のように俺のように、それを請われるのだ。
そして、弟はそうして生きていく。
彼に、すでに個はない。
そんなものは捨ててしまっている。
自分のせいで。
その思いがあるせいで彼は死ねなかった。
けれど、同じだった。
弟を守りたかった彼はそれがかなわなかった。
ミハエルは自分が守りたいもののためにすべてをなげうった。
おそらく、今まで自分に架していた戒めを解き、すべてを開放した。
彼は、以前文献で呼んだことがあった。
忌み子の力を。
そして、それゆえに疎まれたことを。
彼は目の前にある世界を見た。
その力は、まさしく破壊の限りを尽くしていた。
けれど、彼にとってそれは、悲しみ以外なんでもなかった。
彼は撤退し始める。
ここには、ミハエルはいない。
それを聞いたからだ。
それから数ヵ月後。
二人の婚儀が決まった。
もちろん、ルナ姫と彼の兄―ルエリア=ジェル=クロフォード=アルフィノア―とのだ。
ルナは最後まで拒否した。
そして、ミハエルのことを弁護し続けた。
けれど、誰も擁護してはくれなかった。
忌み子は忌み子。
例え、戦乱の中で自分の部隊を守った人間。
それこそ、貴族であっても、いてはいけない存在だった。
ルナは途方にくれた。
そして、この婚儀。
ルナにはこの婚儀のわけがすぐにわかった。
ミハエルのことを忘れさせるためのものだろう。
一時の感情。
それこそ、近くにいたから感じた勘違いだ。
そう思い直させるためのものなのだ。
けれど、ルナにとっては屈辱以外なんでもなかった。
勘違い?
勘違いであんな激しい感情を持てるはずがなかった。
人は言う。
憐憫の情だ。
けれど、ルナにとっては思慕以上のものだった。
それこそ、かなわないと思っていた思いだ。
彼が自分の事をなんとも思っていないことなど百も承知だからだ。
彼の兄の姿がある限り。
けれど、それを無視しての婚儀。
精一杯の拒否も願わずかなってしまう。
ルエリアも拒否しない。
いや、彼女も期待していなかった。
彼は所詮請われるがままに動くことしかできないものとしか見なしていなかったからだ。
そして、婚儀が始まる。
彼女にはすでに感情は消えうせていた。
そこにあるのは王族としての勤めを果たすだけの人形。
結局はこの婚儀は人形同士の三文芝居。
王国のためだけに開かれたもの。
そこには誰の思いもくまれていない。
だからこそ・・・
天が味方した。
あるいは敵か。
オルガルドが侵略されたのだ。
全方向から。
それは奇襲だった。
すべての手順を省略しての城攻め。
王城攻めだった。
しかし、それが効いた。
式典のために王都は人であふれかえっていた。
そこを狙われてしまえば、ひとたまりない。
おそらく、こんなものはどこにでも通用しないだろう。
常識では考えられない。
しかし、それを可能にしたのが・・・
ミハエルだった。
ミハエルの存在があったため、急遽式典が行われ、国が慌しくなり、隙を作ることになった。
そこを狙われた。
王都は即座に未曾有の混乱の地と化した。
民は逃げ出し、騎士たちは必死に守ろうとする。
けれど、数が多すぎて、手が回らない。
それは、ルエリアにとっても同じだった。
今までとは勝手が違った。
圧倒的な不利な状態での戦。
それは彼が経験したことのない戦だった。
今まで彼は、有利になるように仕向けて戦をしてきた。
数が少なければ、地の利を。
地の利をとられれば、策と情報を。
けれど、今回はすべてとられてしまっている。
こんな状況では活路を見出せない。
むしろ、滅びるしかない。
自国を囲むすべての国からの強襲。
それを耐えられるわけがなかった。
それは、皆わかっていた。
いや、一つの部隊以外は。
そう、彼の、ミハエルの部隊だけは違った。
今は、ミハエルの後任としてギエンがついているが、誰もが、自分の大将はミハエルだと思っている。
そして、ミハエルは、自分の臣下を見捨てる。
そんなことができるような人ではない。
そう信じていた。
そして、それはすべからく事実だった。
敵軍の後方から粉塵が巻き上がった。
それは、ミハエルの助けを伝える、一撃だった。
それから後はあっけなかった。
あるものはゲヘナの炎に身を焦がし、あるものは氷の女神の息吹に触れ凍り、あるものは気まぐれな風の精に身を切り刻まれ、あるものは、泰然たる大地の怒りに飲み込まれる。
敵はその恐怖に崩れ、あっという間につぶれてしまった。
勝てるわけがなかった。
忌み子、化け物と呼ばれるものに勝てるわけがなかったのだ。
そして、彼は、いや彼らは、姿を現した。
赤の瞳を携えた、忌み子の一族は。
そして、その中でひときわ目立つ真紅の瞳を持つ少年。
ミハエルが王族の前に。
彼らは慌てた。
目の前に、自分たちでは到底抗えない者がいる。
化け物。
そう呼ばれるものが集まっている。
「兄はいますか?」
そして、ミハエルがそうたずねる。




