遊者、北上する(上)
「だからね、タークの力が必要なの!」
タークはビーデルという町に居た。この町の通信ショップにて、恐怖と会話をしている。
「あのさ、もうそろそろ店閉まっちゃうみたいでさ、切りたいのだけれどもー」
「だけれどもー、じゃないわよ! 通信費は私が持つわよ! お店が閉まるのは嘘でしょ! まだ夕方よ!」
しかし、昼から話しているのに、もう夕方。かれこれ五時間は会話している。いや、正確にはタークはあまり話してはおらず、ほとんど相槌を打っているだけだった。もういい加減お腹も空いてきたし、終わりたいところだ。
何故こんなことになったのか。それは外にいるへらへらしたイケメン野郎のせいだった。
「時差があるんだよ。もうこっちは夜。店員さんは疲れ果てて溶け始めている」
「時差なんてないでしょ! どんなことがあれば溶けるのよ!」
マウアーはつっこみが律儀である。こういうところが、彼女が善良で絶対的な正義である勇者と言わんところなのだろう。多分。
「これから予定があるんだよ。仕事。お金稼がなきゃ、僕は死ぬ」
「私のところに来れば、そんな心配しなくていいのに……」
ただし自由が奪われます。却下だ。
「もうとにかく切るから!」
ここは強引にいこう。どれだけ恨みが溜まろうが、会わなきゃ被害には遭わないわけだから。タークは一方的に通信を切ろうとする。
「ま、待って! 分かったから! タークはこれからどこへ行くの? そこで落ち合いましょう」
なんてことない台詞のように思うかもしれないが、怖いのはいつの間にか会うことが確定事項のように言われていることだ。タークは震える。
「……北へ」
「分かったわ。久しぶりに会うの楽しみ」
マウアーはそう言って、すぐに通信を切った。色々としつこく言われるのかと思ったが、あっさりしたものだ。
……これはおかしい。
ひょっとしたら、ものすごく近くに居るのではないだろうか。魔力の感知が利かないが、それでいてすぐに来れるという場所に。そういえばマウアーがどこに居るのかを知らない。マウアーが自分で言わなかったのもあるが、そういえば、どこからの通信かということが記載してあるところに係りの人が立っていた。そのせいで、どこからの通信かを把握し損ねていた。
まあ、聞けばいいか。そう思い、タークは係りの人に尋ねた。
「さっきのは、どこからの通信だったんですか?」
「……わかりません」
「……」
そんなことありえるのだろうか。タークはもう一度尋ねる。
「いや、そこに書いていたでしょう? 何なら、通信の記録とかあるでしょう?」
「……機密事項でして、はい。受けた者ならわかるのですが、それを聞き出す資格が私にはございません。もし知っていても、答えることが許されないしだいでして……」
係りの人は、あまりにも長い通信のため、すでに三人目となっていた。一人目なら知っているが、それを聞き出すことが誰にも出来ないらしい。それどころか、もし彼女が知っていても、それをタークに教えることは出来ない、と。
怖ぇ。
「僕の命に関わるとしても?」
「私の一存で、勇者様から命じられたことを破ることなど出来ません。申し訳ありませんが……」
なるほど、彼女の立場もある。この店の立場もある。もちろん、マウアーが直接彼女達を咎めるなんてことはないだろうけれど、それが色々な方面に広がってしまうと、誹謗中傷の的となってしまう可能性があるのだ。
「……わかりました」
仕方ない。こればっかりは彼女達を責めることなど出来ようもない。ただ、タークは自分だって結構な結果を残したはずなのに、この差は何なのかと思わざるを得ない。まあ、現在進行形でご活躍されている勇者様はやっぱり特別ということだろうか。あと、ネームバリューだろうね。勇者、という言葉そのものが赫々たるものなのだ。
タークは通信ショップを後にする。すぐに逃げよう。勇者の魔力はまだ近くにない。本当はもう少し用事があったのだが、もうビーデルの町には居られない。タークには周りみんなが敵に見える。
逃げる手段に関しては抜かりない。タークはビーデルまで、転移装置を使ってやってきたのだ。ケインの街の大金持ちが所有している転移石は、タークをケインまでひとっとびで連れていってくれる。
さっそく、と動き出したところで、奴の存在を思い出す。へらへらイケメン野郎である。
「タークさん、終わりましたか」
へらへらイケメン野郎ことサイは、タークよりも年長であり、魔法も使うが剣も使う、なかなか腕の立つ男だった。そして、見るからに暑そうなコートを着て、女受けの良さそうな眼鏡をつけた美青年である。
実際かなりモテて、何人もの女性をふっているらしい。ここで問題なのは、全て"ふっている"ことである。
「あまり近づかないでくれ。手を伸ばして当たる距離まで近づいたら、保安庁に変質者として通報するから」
女性と付き合わない。女性に興味がない。ああ、とてもストイックな方なのでしょうかね。
もちろん、そんなことはない。
「つれないですよ、タークさん。私はあなたに久しぶりにお会いできて、本当に嬉しいんですよ」
そう言って、ギリギリ手を伸ばしても当たらない距離まで近づく。これでも十分近いと、タークはまた距離を取った。
「僕は嬉しくない」
そう。彼は本当に男色の気があるのだ。サイも元勇者一行なのだが、そのときに気づいてしまったのだ。
いや、そりゃ気づいてしまうというものだ。やたらと褒めてくるし、ボディタッチが多いし、男女分かれて雑魚寝の状態になると、タークのそばでずっと起きているし。
サイはローのようなファッションホモ野郎ではない。だからこそ、冗談で済まないのだ。
「勇者様とタークさんが一緒に居ないと聞いて、僕はびっくりしましたよ。それでたまたま、タークさんの魔力が近かったので、会いに来たのです」
これから、サイの魔力にも警戒心を持たなければならないのか。マウアーと一緒に居なければ近づいて来るとか、ようは、邪魔者が居ないうちに接近しておこうというやつじゃないか。怖い。
「僕はお前が苦手だ。出来れば、近いと思ったなら離れてくれるとありがたい」
「もう、タークさんは冷たいんですから。そういうところも素敵だとは思いますが」
「……」
どうやらサイは、ツンツンした人間を後にデレデレとさせることに興奮する人種らしい。対応を改めなければならないかもしれない。
ちなみに、決してタークは男色の人間を否定しているわけではない。そういったものがあることは当然の話だ。しかし、それはお互いがそういう気のある人間がそうなるのではないのか。あくまでも、タークは普通だ。確かにあんなに人気者である勇者から避けて生きている人間ではあるが、それイコール男色という風にはならないのだ。
「サイは、マウアーの居場所を知っているのか? どうしてマウアーと連絡を?」
これは聞いておかなければならないことだ。敵の行動を知ることで、先を読まねばならない。ここからは転移石で逃げれたとしても、その先ということを考える必要がある。ケインとビーデルは、一日もあればたどり着ける距離にあるのだ。
「勇者様は、昔の仲間が居るという情報を聞くと、そこへ通信をしてくれるのです。いつまでも仲間を思いやる、とても慈悲深い方ですね」
なるほど。しかし、昔の仲間となるとかなりの人数である。期間の長短はあるが、三十は超える。それらに対し、情報を得るたびに連絡を取るというのは、確かに慈悲深いと言えなくもない。
「最近、何度か会話をしたのですが、ほとんどタークさんのことばかりだったのですよ。会わなかったか、とか、見なかったか、とか。労わしい気持ちで聞いていたのですが、今日、たまたまタークさんの魔力を感じたので、それなら勇者様にお繋ぎしようと思ったのです」
迷惑な話だ。そして、慈悲深いと思っていたその行為は、それじゃあただ指名手配犯の情報を集めていただけなのではないだろうか。元勇者一行と言えば、後の仕事に困らない、最高位の箔だ。それは名前だけでなく、実力も伴っている。そんなメンバーに対し、やつの情報をくれ、というのは捜査として限りなく優秀と言えるだろう。
つまりマウアーは、最高の捜査機関を用いてタークを探しているということである。凶悪指名手配犯か何か?
「ではサイ、僕はもう行くよ。出来れば、二度と会いませんように」
「ああ、ちょっと待ってくださいよ。お話があるんです」
「僕には無い」
そう言って歩いていこうとするが、タークはサイに手首をがっちり掴まれてしまう。掴んだ際、親指がさするような動きをしたことが恐ろしい。
「……何だよ」
「良い情報があるんです。勇者様関連の」
その時点で、タークには嫌な話ではあるのだが、サイはタークの現状を理解しているようなので、ここは話を聞くべきのようだ。タークは手を振り払うと、腕を組んでサイを見据えた。
「何だ?」
「タークさん、ネイガル地域に住んでますよね? 多分、ケインかスリルスか、あとはカラフあたりか」
タークは背筋に嫌なものが走るのを感じる。ケインはネイガル地域。スリルスもカラフも周辺の街だ。とっさに、タークはサイに対して攻撃の構えをとった。
「お前、それで僕をどうしようって言うんだよ」
「ああ、やっぱりそうなんですね。いえ、タークさんは勇者様から距離を置いていると聞いたので、伝えておかないとと思いまして」
「……どういう意味だ?」
「これは勇者様の周囲からの情報だったんですよ。つまり、タークさんがあの辺りに住んでいることは、勇者様にも情報がいっていることかと」
「……」
それのどこが良い情報なのか。もはや訃報である。終わりだ。何もかも終わりだ。やっぱりつかの間だった安息。ついに、ケインから去るときが来たようだ。
「さ、引越し先を探さないとなー」
それでもタークは伸びをしながら、明るく言った。そうだ。何事も前向きにいかないと。また新しい出会いがあるのだ。また仕事を探し、また住居を探すのかと思うと、楽しくて涙が出てきそうだ。
さっさとケインに戻ろう。ある意味、一度ビーデル周辺までマウアーが来ることが分かっているということは、一直線にネイガルに来ない分、都合の良いことかもしれない。タークはフラフラした足取りで歩き出した。
「ああ、良い情報というのはこれだけでは無いんですよ」
「……まだ何かあるの?」
タークは振り返って、力なき目でサイを睨んだ。サイは死体蹴りをしようというのか。こっちはとっくに憔悴しているというのに。
「いえいえ、それとセットのことですよ。タークさん、これから住居を探しますよね?」
「……その通り」
「私、良い場所を知っているんです。良ければ案内させてもらえませんか?」
なるほど。どうやら初めからこういった会話の進め方をするつもりだったらしい。一度に言えば良いのに。
「じゃあサイは、僕に住居を紹介したくて、僕に勇者が迫ってきているということを教えてくれたわけか」
「そうですね。タークさんとしても、悪い話ではないかと思いまして」
確かに、マウアーがタークの住居の情報を押さえ始めているというのは、必要だという意味では良い情報だった。そして、すぐに新しい居住地を紹介してくれるというのも、良い話ではある。
しかし、この話をしているのが、このサイという微妙に謎めいた男だということが、タークを悩ませていた。サイは一緒に旅をした仲間であるし、ある意味タークに良くしてくれることは間違いないと思う人間である。ただ、良くしてもらったからといって、サイの喜ぶようなことはしてあげられない。タークは、サイに対して"その"印象しかなかった。
「一緒に住むとかそういうことなら遠慮したいんだけど」
「ふふふ、そんなことを言わないですよ。それに、合わなければ別に住まなければ良いんですよ。ただ提案したいだけです。タークさんのことを良く知っている私だからこそ、タークさんの好む場所を案内できる。そう思いませんか?」
言わんとするところはわかる。ただ、さらっと良く知っているだなんて自信を持って言われると、少し怖いものがある。
それでも、厚意には甘えておこう。なお、好意には対応はしない。
「……じゃあ案内してもらおう」
「かしこまりました」
タークが言うと、サイは嬉しそうに笑顔でそう言った。そういえば、ずっとへらへらと同じ表情だ。サイはケインに住むのが合ってるのではないだろうか。
タークは一度ケインに戻り、家で支度をすることにした。この家はまだ手放すつもりはない。別の場所に住んだ時、そのことをマウアーに知られる日が来れば、ここはまた利用することになる。家をいくつも持っていればどれだけ追われていても住まいには困らないだろう、という考えは以前から持っていて、どのみちいくつかは家を買うつもりだったのだ。
もしマウアーが対タークの組織を作り、この家を常に監視する日が来るとすれば、さすがに手放すだろうけれど。まあ、さすがにそんなことはしないだろう。しないだろう?
「何か手伝うことはありますか?」
「ない」
もちろん、サイも一緒に来ていた。また使うかも知れない家を知られたくは無かったが、サイを残してマウアーに見つかり、それによってタークの足取りがつかまれるということは避けたかったのだ。
タークは適当に身支度をし、家を出た。さらばケイン。さらば変な宗教。ゴケシムなんたらかんたらを言っていたから、僕も少しは幸福だったのかもしれない。
「で、どこに行くんだ?」
「実は、転移石があるのです」
転移石は、二つの種類がある。タークがケインとビーデルを行き来したのは、固定された装置であり、ケインの金持ちが所有する石と、ビーデルに居るその親戚が所有する石との間を、人だけを移動させるものだ。これは離れた場所にある石同士が、別の空間を通じて繋がっているというもの。
今、サイが持っている転移石は、再生機能を使ったものだ。石を砕き、その欠片を持って移動する。ひとたびその石に魔力を注入すると、その石が元の石に戻ろうとする機能が働き、人ごと戻っていく。どちらも長所と短所があるが、良く利用されていた。
「準備が良いね」
タークはこれからしばらく歩くものだと思っていた。これはかなり楽だ。しかし、一気に移動するのは、道中がわからない分不安だ。サイはどうも得体の知れないところがあるし、このまま帰ることが出来ないような場所へと連れていかれるなんてことはないものだろうか。
不安に思っているタークに、サイは手を差し伸べる。
「では参りましょう」
再生式転移石では、石に魔力を注入する人間と接触していなければならない。しかし、手のひらを出されて、そのままそれに手を乗せたくは無い。何せ、相手がサイというホンモノだから。タークはサイの服を摘んだ。
「……では行きますよ」
何だか残念そうだな、おい。
サイがもう片方の手に乗せた石に魔力を込める。すると、体が引っ張られるような気持ちの悪い感覚になる。実際、亜空間を移動するので、元の石に引っ張られるというわけではないのだが、原理を知っているとそういう気分になるのだ。タークは目を瞑る。亜空間を移動すると時は目を開けてはならない、というのは古くからの言い伝えだった。
瞬間、体が凍りつくくらいに寒くなる。タークは、一瞬現実から存在しなくなっているような気持ちになる。いや、亜空間は出ているはず。それなのに、何故こんな現実感の無い空気に自分は晒されているのだろうか。
タークはゆっくり目を開く。すると、そこには一面の白。色を求めて視線を彷徨わせれば、出会うのは黒い闇。このモノクロの世界は、あるいは過去なのだろうか。そう錯覚させるくらいに、この場所には色という色が無かった。
そして、寒い。こんなに寒いところに来たのは久しぶりのことだ。何と言っても、タークはこれまで暖かいところを探して歩いていた。魔王討伐の旅が終わってから、こんなに寒いところに来たのは初めてだ。何でこんなところに居るんだろう。そう思ったとき、反射的に隣に居た男を蹴った。
「――いたた。もう、何をするんですか」
「な、なにをするんですかじゃないだろ! こ、こごは、ど、どこだよ?」
タークはあまりに寒く、舌が回らなかった。温暖な地域から、一気に一面の雪景色。一応長袖ではあるけれど、合計で二枚しか服を着ていない。寒さで凍え死んでもおかしくないくらい、状況は悪かった。
サイはというと、上に大層なコートを羽織っているせいか、けろっとしていた。ビーデルやケインに居たときには暑そうに見えたそのコートが、今は少しうらやましくなる。ただ、タークならそのコートを着ても、この寒さは耐えられないだろう。サイのコートは、温暖にも極寒にも不釣合いだった。
「ここは、オウカンという町の近くです。それにしても寒いですね。それに、この辺りだともうかなり暗いです」
「だ、だましたのか?」
「ははは、私がタークさんをだますようなことはしませんよ。こちらへ来てください」
サイは変わらない感じでそう言って、スタスタと歩き出した。寒さを感じないのだろうか。暑さも感じていなかったのかもしれない。こんな人間離れしたやつについてきたことを、タークはすでに後悔していた。
タークは火の魔法を使い、瞬間的に暖を取る。それでも寒い。一面の雪。一面の雪。いや、もうだまされているだろう。現在進行形でだまされ続けている。だって、本当に一面に雪しかないのだから。
「ここです」
サイが指差す場所を、タークは見る。目を凝らして見る。しかし、そこには変わらず、一面の雪だった。
ああ、人を殺してしまうかもしれない。タークは自分の中のモンスターが顔を出し始めていた。
しかし、ふと異変に気づいた。確かに先に見えるのは雪と闇だが、それが少し陽炎のように揺らめいて見えたのだ。タークはその現象には見覚えがあった。
「……結界か」
「はい。寒いでしょう。さあ、入りましょう」
そう言って、サイはその結界に手を近づけ、そのまま中に手を入れた。そして、そのまま体も中へと入っていく。結界への入り方を示したのだろう。タークもそれに習い、結界に手を近づけて、小さく魔力を使う。この結界は、人の手による魔法を認識すれば、進入を許すらしい。タークはそのまま中へと入っていく。
すると、中は驚くくらいに暖かかった。そして、見えたのは春のような町の光景だった。商人が往来で店を出し、住人は穏やかな顔をして買い物をしている。子供は駆け回り、老人は陽気に歌っている。
振り返れば、先ほどの雪景色は目の前にあった。この場所だけがおかしいのだ。タークは理解する。
「そういう結界なんだな。外からのカムフラージュと、中の暖気を保つ役割を持つ」
「さすがタークさん。理解が早いですね」
つまり、この結界が周りの環境との隔てになっているということだ。これは極寒な地域に住むために、人々が作り出した手段だ。しかし、簡単なものではない。これだけの大きさの結界を常に保ちながら、さらには町中を暖かくしている。いかに魔力が必要か。魔法使いが必要か、ということだ。
「オウカンは魔法使いの町です。常に魔力を使う町なので、魔法使いの移住は暖かく歓迎されます」
なるほど。確かにタークにとって、悪く無い場所かもしれない。ただ、どうやってみんなが食べていっているのかなど、気になる点は多い。
「この町は、いつ頃からあるんだ?」
「そうですね、確か魔法を使うことが出来る人間が増え始めた時期ですね。科学の社会では不適合だった場所ですから」
魔法の無い社会であれば、ここに住むことは出来ないだろう。あるいは、出来たとしても相当原始的な生活をせざるを得ないはずだ。
「魔法使いが歓迎され、人目につかず、通信ショップも無く、タークさんを知るものが居ない。そして何よりも、隔離された関係で、勇者様の影響を受けていない町、それがオウカンです。どうですか? タークさんの望むような環境ではありませんか?」
「サイ……」
タークは目を瞑る。溜める。
「僕はお前を見くびっていたようだよ。サイ、お前は大したやつだ!」
ここなら、ひょっとすると永住できるかもしれない。最後が本当に大きい。常に勇者の手先に追われるという恐怖を全く感じないということだ。
「わかっていただけたようですね。ではさっそく、家を確保しましょう」
「え? それは早すぎないか?」
「膳は急げですよ。町長のところへ向かいましょう」
サイはそう言って歩き出してしまう。タークは、少し不審に思いながらも、それについていく。町はそこそこ賑わっている。少なくとも、こんな偏狭な場所にある町とは思えないほど、町は物に溢れていた。いったいどうやって成り立っているのだろうか。
「ここが町長の家です」
それにしても、サイは何故ここに来たのだろうか。理由も気になるし、転移石の核となる部分を置いていたのも気になる。サイもここに住むつもりだという可能性があるが、別に追われる身ではないサイがわざわざここを住居にする理由は無い。タークのために、ということも考えるが、次にいつ会えるかわからない相手のためにそこまでするのは引いてしまう。あるいは、別に戻ってくる理由があったのだろうか。
二人で中に入ると、女性が一人、出迎えてくれた。三十くらいの女性で、黒いローブを着ている。
「始めまして、町長のミーシャと申します」
女性はそう言って頭を下げた。その表情からは、敵意など微塵も感じないが、歓迎されているという感じでもない。それは悩ましげであり、凛々しいものだった。
「始めまして。タークといいます」
タークがそう言って頭を下げると、サイがミーシャの耳元でなにやら話していた。すると、ミーシャは小さく頷く。
「奥へどうぞ」
タークはそれに従い、奥へと入っていく。案内された部屋は大きく、それ相応にテーブルも大きい。町長の家ということだし、会議室のような役割を果たしているのかもしれない。
タークが席に着くと、ミーシャは対面に、サイはその隣に座った。サイはそちら側なのか。妙な感じがした。
「どうぞ」
肌のとても白い、若く美しい女の子がテーブルへ三つ、暖かいお茶が置いてくれる。
「ありがとう」
女の子は緊張した面持ちで、頭を下げた。年はタークより少し下くらいだろうか。
「ようこそいらっしゃいました。改めまして、私が町長のミーシャです。タークさんは優秀な魔法使いだそうで」
「はい。彼は勇者様とずっと旅を続け、ついにはあの魔王を倒した。生きる歴史、そのものです。ただモンスターを狩るだけの野蛮な人間ではなく、その愛はモンスターに向けられることもあります。人は彼のことをこう呼びます。大賢者ターク、と」
ミーシャの質問には、何故かサイが答えた。あまり褒められすぎると気持ちが悪い。ましてや、相手がサイだからこそ、とっても気持ちが悪い。
「いえ、そんなことは」
「この町への移住を歓迎いたします。魔法使いは足りてはおりますが、私どもは常に魔法を必要とする身。魔法使いが一人でも多くなれば、皆の負担は軽くなるでしょう」
ミーシャは淡々とした口調で話す。まだ若いのに、町長としての威厳がある。
「失礼ながら、ミーシャさんが町長だとは驚きました。まだお若いのに、この町を治めているのですね」
あまりにも固いので、少し場を和ませや出来ないかと、タークはミーシャのことを褒めてみた。しかし、残念ながらミーシャは笑み一つも見せなかった。
「伝統です。元々、この町は魔法使いで作った町。古くは女性のみの町で、もっとも魔法を扱える者が町長になるのです」
魔法は、元来女性だけの力だった。いつの頃からか、男性にも扱えるものが増えてきたのだが、それでもまだ女性への比重は高い。最強と名高い勇者が女性なのも、もはや当然の話だった。
その基準において、ミーシャのような年齢の人が町長になるのは、魔力の高さだけではなく、強い魔法が扱えるということを重視しているためだろう。魔力のピークはもっと早い。ただ技術などは蓄積するものなので、魔力の低下のタイミングなどを考えても、三十くらいの女性がそれに当てはまるのには納得がいった。
「なるほど」
「はい。ですので、あまり年齢ということは関係しないのです。それに、私ももう初老になります。若いとは言えません」
初老、ということは四十くらいということか。そう思うと、ミーシャはかなりの美しさを保っていると言わざるを得ない。しかし、もう褒めるのはやめておこう。真面目に返されると、こっちが恥ずかしくなる。
「ちょうど、空き家があります。そこまで案内いたしますわ。アイラ」
「はい」
先ほどの若い女の子だ。名はアイラというらしい。
「ご紹介が遅れましたが、娘のアイラでございます。アイラ、タークさんを家へと案内しなさい」
「わかりました」
なるほど、この母親があって、このような娘が生まれるわけか。あまり日の当たらない土地のせいかとても色白の彼女は、まあしっかりと親の血を受け継いでか、目鼻立ちのはっきりした顔付をしている。とても気品のある顔付だが、年相応というか、顔には常に緊張感が走り、引きつった表情を見せる。
「ではこちらへ」
タークは立ち上がり、アイラの後をついていく。サイも一緒に行くようで、その後をついてきた。
「話を通してあったのか? あまりにも展開が早いぞ」
「まあ、そんなところです。どうです? 彼女、なかなかの美女でしょう?」
それはそうだが、例えそうでも君は興味を持たないでしょう? 聞かないけれど。
「アイラ……さん? 君も魔法使いなの?」
「はい……アイラとお呼びください」
アイラは、母親と居るからこその緊張だったのか、さっきよりは少し表情を緩めている。厳しい母親なのだろう。何となくミーシャに対し、雪の女王、なんて印象を持った。
「アイラは、ずっとこの町にいるのか?」
「そうですね。この町と、町の周辺にしか出たことはありません」
「周辺には出るんだね。あんなに寒いのに……」
タークはさっきの寒さを思い出す。この町に住むようなら、タークは一歩たりとも結界から出るつもりは無かった。
「私も、魔法使いとして腕を磨かなければなりませんので。そのためには――」
アイラが話している途中、不意にウォーという大きな声が聞こえる。ウォー、オウ、オー。それは遠くから鳴いている、獣の声のようだ。
そこで、町の雰囲気が変わった。慌しく店をたたむ者。身を寄せあう女性達。アイラも遠くを見て、険しい顔になった。
「今のはなんだ?」
「……神様です」
「神様?」
神様。どこにでも神様は居るようだ。かたやただの人。かたや獣。山とか木とか、そのうち絵とかだって神様になる日が来るんじゃないだろうか。
「ずっと怒っています。恐ろしくて、みんな怖がっています」
ふと、サイのほうを見る。すると、サイはいつも通りのへらへら顔でタークを見ていた。どうやら、はめられたらしい。間違いなく、これはタークが駆り出されるパターンだ。
獣の神様は、いったいどんな姿をしているのだろうか。




