遊者、勇者と話す
パーヌルという町へとやってきていた。暖かい場所で、町中が賑わっている景気の良い街だった。住むという部分では、全く不足の無い良い町だ。
しかし、問題は勇者である。ここへは、旅の最中で何度も訪れたのだが、勇者がいたく気に入っていたのだ。そして、ここだとタークのことを知っている人も居る。困ったものだ。
そうなると、あくまでしばしの休息のための町、ということになる。暖かさといい、仕事の多さといい、理想的な場所なだけに残念なことだ。
「ターク!」
タークは嫌な予感がした。最近、あまり名前を呼ばれないような生き方をしていたもので、名前を呼ばれるだけでもドキッとする。ただ図太い男の声だから、勇者ではないということだけは確かで、まだ気持ちが楽ではあった。
「やっぱりタークじゃねえか! 何だ、ここで住むのか?」
現れたのはローという名の大男だった。元勇者一味。見た目通りの力持ちで、魔力を介さず大きな槍を振り回す。魔力を持っていない人間の中で、最強と言っても良いかもしれない人間だった。
「ローか。それじゃ」
「おいおい! 久しぶりに会ったのにそれはないだろ!」
さらっと言えば、そのままバイバイという感じになると思ったのだ。残念。
「むさくるしい男に会って、喜べというほうが無茶だろう」
「一緒に死線を潜り抜けてきた仲だろうが!」
「マッチョに会えば、そいつをホモと疑え、という言葉があるんだ」
「ねえよ!」
一緒に旅をしていた時からタークは疑っていた。勇者に興味が無さそうだから、やっぱりそっちなんじゃないか、と。
「……相変わらずだな、お前は」
「お前も相変わらずホモっぽいな」
「だから違うっつてんだろ!」
ローの声が大きすぎて、周りの人たちがこちらを見始めている。心なしか、一部の若い女性の目が温かい気がする。いや、そんなことよりも、知り合いに見つかりたく無いから、目立ちたくは無かった。
「じゃあ、僕は急いでいるので」
「待て待て、ちょっと良いタイミングだったんだ」
彼にとっての良いタイミングが、果たしてタークにとっても良いタイミングなのか。答えはきっとノーである。
「そっか。じゃ」
「いいから来い」
そう言って手を引っ張られる。どうしよう、ついに男性に目覚めさせられるのだろうか。だって、まだ女の子ともそんなことをしていないわけで、そちらが先っていうわけには……。タークがそんな冗談を考えていると、ある建物の中に連れられていかれた。中には知らない女の人が数人立っていた。これは安心して良いのだろうか。
「これだよ」
「これ?」
見せられたのは、通信機だった。町に設置されている機械で、他の町と交信できるようになっている。そんなどこにでもあるようなものを見せられて、どう反応すれば良いのだろうか。
「ほれ」
タークは流れのまま、それを付けられる。ローってば、強引。冗談でそう言おうとしたが、ローの中の獣を目覚めさせるわけにはいかないと、言うのをやめた。
「もしもし」
「もしもし……ターク!?」
嫌な予感その二。いや、予感なんかではない。ここから聞こえる声は恐怖の対象であり、タークが逃げ回っている相手だった。
「人違いです」
プチ。危ない危ない、現在地がばれるところだった。一瞬にして、自分の血が青い色になっていたってこんなに驚きはしない。ドッキリにしては酷すぎる。もしこのショックで死んでしまったら、誰がどう責任を取ってくれるというんだ。タークはそう思いながら、諸悪の根源であるローを睨みつけた。
「何切ってんだよ」
ローはそう言って笑う。タークとローには勇者に対する考え方に大きな差異があるようだった。
「無茶言うな。先に切らなきゃ、僕は死んでた」
「切る違いだろ!」
最強である勇者を切るのはこうするしかない。そんな冗談を考えつつも、現状は冗談ではすまないのだと、タークは気を引き締める。
「……あの、さっきの方から」
係りの人が、そう言ってさっきの装置をタークの方へと向ける。タークはローを睨んだ。
「いや、話してやれよ。勇者、結構落ち込んでいるんだから」
「怒ってない?」
「怒ってないよ」
タークは恐る恐る装置を受け取る。勇者、マウアーと話すのは何ヶ月ぶりだろうか。結構酷い別れ方をしたものだから、会ったら即殺されると思っていたのだ。
「もしもし」
「もしもし! やっぱりタークじゃない! 何切ってんのよ!!」
タークはまたそれを切ろうとする。しかし、今度はローと係りの人にすぐさま止められてしまった。
「やっぱり怒ってる」
タークが子供っぽくそう呟くと、ローはそれを諭す大人みたいになる。
「それはさっきのことについてだろ。ちょっと待て」
そう言ってローが装置を付けて、マウアーと話を始めた。ローのやつ、へこへこしやがって。なんだかんだで、ローは勇者を敬愛しているのだ。
「ほれ!」
「……」
まあマウアーだって女の子だ。その振り上げた拳を下ろしてくれるなら、少しくらいは気を使ってあげるべきかもしれない。タークは、今度は黙ってそれを受け取った。
「もしもし……ターク?」
「うん」
久しぶりに話すマウアーの声。それは、年頃の女の子、という感じの柔らかい声だった。さっきの怒鳴り声の記憶を消去し、タークは感傷に浸る。
「今何してるの?」
「交信してる」
「そういう意味じゃなくて、どこで何してるのかってことよ」
「パーヌルで交信してる」
「だからそうじゃなくて!」
怒った、切りたい。ローだけではなく、係りの人までクスクス笑っている。さすがに漫才もほどほどにしておかないと。タークは咳払いをした。
「町を転々としてる」
「そう……。あんたほどの実力なら、仕事には困らないでしょうね。でも、その力を必要としてる人がたくさん居てね、私たちはそれを神様から託されているの。モンスターを無闇に狩るのは良くないことだろうけど、町の人が恐怖に怯えるのなら、それを――」
タークは装置を外し、ローのほうを見た。残念ながら、装置を外しても声は聞こえる。ローに対して、タオルを投げろ、というジェスチャーをしてみるが、一向に投げてはくれなかった。
マウアーの説教は長い。
そのあとしばらく一人でしゃべっていた。これだけ交信された日には、通信ショップもほくほくだろう。ひょっとしたらそうやって経済を回すことも、勇者様は意識しているのかもしれない。
マウアーが話し終わるまで、タークは係りの人と雑談を交えたりしていたが、ちゃんと重要なことにだけは耳を傾けていた。
「あんたが私にしたこと……腹立つけど、もう許してあげるから、一緒に町を周りましょう」
「本当か?」
タークは急いで装置を付け直した。許してくれるなら、ここまで怯えて過ごす必要は無くなる。
「どんなことしたんだ?」
「ってローが」
ローの質問をタークがマウアーに振ると、彼女は少し間を開けて、大きくため息をついた。
「魔王を倒してからしばらくして、ある小屋に二人で泊まってたの。私……ちょっと眠れなくて、そのせいで朝起きるのが遅くなっちゃったんだけどね、そしたらタークが居ないわけ。それだけならまだ良かったけど、私の体が触れない程度に、綿密に結界が張ってあったの。結界を解くのに数日かけて、ようやく体を動かせたと思ったら、外に出れないのよ。何と小屋ごと土に埋まっていたのよ。それを数日かけて出ることになったわ。何とか出て、そこを外から見ると、小屋のあった場所に山が出来ていたわ」
「そりゃ災難だったな」
「あんたがやったんでしょ!」
これはタークがマウアーを高く評価しているからこそ、ここまで手の込んだことになっただけのことなのだ。あくまで逃げるための時間稼ぎだった。
「な、何でそんなことをしたんだよ」
ローが呆れた顔で言った。さっきまで笑っていた係りの人も、今は明らかに引いている。
「だってマウアーが、これからも私たちは旅を続けましょう、って。平和になったように見えるけど、まだ恐怖に怯えている人はたくさん居るわ、って。僕としては、もう達成感で溢れていて、旅を続けるなんて考えてもいなかった。しかも、何故か僕だけに言った」
「だからってあんなことしなくていいでしょうが!」
「怒った。切る」
「うそうそ! 怒ってない怒ってない!」
今度はマウアーに止められる。僕がおかしいのだろうか。タークは周りの変な物を見る目に対し苛立った。
「僕としては、それだけやらないとマウアーから逃げることが出来ないと思ったまでだよ」
「……何で、私から逃げる必要があったのよ?」
店内に弱々しい声が響く。勇者、ではなく、女の子の声。
「嫌なら嫌って言ってくれれば、私だって考えた。ずっと一緒に旅をしてきたんだもん。タークが何も言わなかったら、それが私に同調してくれたものって捉えちゃうよ」
ずっと一緒に旅をしてきた。それは唯一、タークだけだった。タークはマウアーの隣の家で生まれ、勇者として覚醒するまでの、ただの女の子だった頃のマウアーだって知っている。旅の途中で様々な出会いと別れがある中で、二人はずっと一緒だった。けんかをしたこともあれば、抱き合って喜んだこともある。しかしだ。
「……嘘だよね?」
「え?」
「マウアーは僕が戦いが終われば隠居したいことを知ってた。だから、私たちの戦いはまだこれからだ、って雰囲気を無理に作ろうとしてた」
「な、何でよ?」
それはタークが聞きたいことだった。魔王を倒して、みんなが感動している時に、マウアーは空気の読めない子みたいに、まだまだよ、とか言ってしまう。それに同調してた人間も居たけれど、正直、タークは引いていた。
「そして、僕にだけ、ずっと一緒に居よう……とか」
「い、言ってない! 言ってないわよ!」
確かに、そんな言葉では無かったか。何だかプロポーズの言葉みたいだし。
「あ、ずっと一緒に旅をしよう、か」
「それは……言ったかも」
そう意味は変わらないだろう。そしてそれを聞いたタークは、マウアーのことを「あ、ストーカーだ」と思った。
「怖かったよ」
「うそぉ!?」
「いや、怖いだろう? ずっと旅だぞ。まだ百年は生きるつもりなのに」
「それはさすがに長すぎじゃあ……ってそんなことじゃなくて! ずっとって、生涯って意味じゃないわよ。これで終わらないよ、ってことを言いたかっただけで――」
まだ戦いは終わらないわよ。それなら僕だけという必要は無いはずだ。あんただけ居残りだから、とか、もはやパワハラである。この際タークは全て言ってしまおうと思った。
「それで十分僕には苦痛だよ」
「わかったわよ! 確かに、そこは私がデリカシーが欠けていたかもしれない。でも、だからってあそこまでしなくてもいいでしょ!」
結界で身を囲い、山を作ってそれを隠した。もはや封印といったそれは、勇者というよりも魔王に行うものだった。
「あの夜のこと覚えてるか?」
「あの夜って、そりゃあ……」
タークは周りを見回す。ローと、係りの人を含む店員さんたちが同じ空間に居る。ロー以外は女性。あまり言わないほうが良いのかもしれないが、これは場所を選べるものではない。
「マウアーさ、あの夜、僕とセックスするつもりだっただろ?」
「は、はああああ!? 何言ってるのよ!! 馬鹿じゃないの!?」
みんな赤い顔をしながらタークを見ていた。タークは恥ずかくなるが、しっかり言っておかなければならない。
「だって、別に町に下りる余裕があったのに、急にここに泊まりましょうとか言うし。灯りを消すの早いし。マウアーから良い匂いがしてたし。それに夜――」
「わあああああああ! わあああああああ!」
勇者は混乱している。しかし、はっきりと言っておかなければならない。タークは気を引き締めた。
「僕のこと触ってきたじゃん。一緒に寝たい、とか言って」
「記憶に無い! 記憶にないいい!!」
「とっさに寝たふりしたけどさ。あれが怖かったんだよ。一緒に居るために、既成事実を作ろうとしてたんじゃないかって」
「ファー! ファー!」
そういえば向こう側はどんな感じなのだろうか。今のマウアーを見て、勇者とは何たるかを赤い顔をしながら考えているのだろうか。
「諦めたと思ったらさ、頬を触ったり、髪を撫でたりしてさ。これ、ひょっとすると寝てても襲われるんじゃないか、ってドキドキした。恐怖で」
「起きてるなら言えよおおおおお! ドキドキの方向性が違うだろおおおおおお!」
「だからさ、マウアーが寝入ってから遠くへ逃げようと思ったんだよ。勇者の力があれば、多少の結界ならあっさり解かれちゃいそうだから、厳重に作ってさ。そうじゃないと逃げ切れないと思った」
あの結界はタークの魔法の集大成とも言える出来だった。触れることで動きを止める術式、解除に要する魔力を対勇者用に細かく設定、解除をしてもまた次の結界を用意して絶対にある程度以上は時間が掛かるなど、あくまで殺害を目的としてない中では最上級のものだったはずだ。そして、それを予想よりも一月も早く解いたのが絶対的勇者マウアーの恐ろしいところだった。
「う……」
あれ、マウアーが急に静かになった。しかし、これは前触れだ。もっと大きいのが来るのだ。
「うえええええん! 酷いよおおお!」
ついに泣き出してしまった。周りからの冷たい視線。これはもはや、勇者の味方というよりも、女の子の味方というもの。
乙女心を踏みにじった悪魔がここに居る。こいつに制裁を。
ロー以外のみんなが、そんな目でタークを見ていた。
「な、泣くなよ」
「だっでぇ! ひっぐ」
どうしたものだろうか。慰めの言葉なんて思いつかないし、そもそも僕が泣かせたわけだし。ここは恥をしのんで、マウアーのことを褒めていってみよう。タークは頭をフル回転させる。
「マウアーは可愛いよ」
「うそ……、ひっぐ」
「普段は勇者だけど、こういうところは女の子なんだよな。昔を思い出すよ。妹みたいに思ってた」
「……」
少し落ち着いてきたようだ。この調子。
「そういう可愛いところをもっと見せてくれたら、僕だってマウアーとずっと一緒に居たいと思うよ」
「じゃあ、私が勇者だから、タークは私と居てくれないの?」
「それも違う。マウアーが勇者だから、今までずっと一緒に居たんだ。でも今は、その責任を背負い続ける必要は無いと思っている。もう普通の女の子に戻ったらどうだ?」
これはタークがずっと思ってきたことだった。魔王を倒し、モンスターが無闇に人間を襲うことが無くなった今では、勇者が勇者で居続ける必要なんて無い。もう誰もが、自身で危機を乗り越えなければならない。それは人だけではなく、モンスターだってそうだ。弱肉強食とまでは言わないけれど、もう勇者に頼る時代は終わったのだ。
「……無理よ。まだ助けを求めてる人が居るから」
いつだってそうだ。マウアーは結局、タークではなくて、他の全員を取る。それが勇者の使命と言って。
「前にも言ったけど、マウアーが助けるから、また助けを求める人が出てくるんだ。悪循環なんだ。これじゃあ、マウアーは一生救われないよ」
もちろん、それがマウアーの良いところだということも理解している。悪いのは、何でも勇者に甘える人間達だ。モンスターが現れるだけで勇者を呼ぶ。勝手に縄張りに入って、モンスターを怒らせて勇者を呼ぶ。果ては、人間同士の解決出来ないいざこざに勇者を呼ぶ。無限に作られる問題は、全て勇者が解決するものなのだろうか。
「でも、私は……」
そう言って、マウアーは黙り込んでしまった。マウアーは真っ直ぐだ。それが良い方向に働くことは、今までに数多くあった。マウアーが居たから救われる人もいた。これが勇者なんだ、と思えた。
「やっぱり無理だよ。助けを求められたら、私は応えなきゃって思っちゃう。それに……勇者じゃない私って何なんだろう? 勇者じゃなくなった私が想像出来ない」
「マウアーはマウアーだよ。ただの可愛い女の子」
マウアーは可愛い女の子。性格も、ルックスについてもそう思う。出会う男は、みんなファンになる。マウアーは女性としての魅力を強く持っているのだ。
「……そういえば、私を名前で呼ぶのってタークだけだ」
「そうなんだ」
「うん。だから私、タークが居てほしいの。タークが居ないと、私はずっと勇者だから」
その言葉に、タークは胸が痛んだ。マウアーには、僕が必要なんだ、と。
「わかった」
「……一緒に旅をしてくれるの!?」
マウアーのぱあっと明るい声が響いた。見守る、というような視線で、周りのみんなはタークを見ていた。
「たまに、こうやって交信してあげよう」
「へ?」
みんなが、は? みたいな顔をしている。仮にも世界を救った人間を、そんな目で見ることは無いじゃないか。そう考えると、タークは少し腹が立った。
「ほら、そうすれば、名前で呼んであげれるだろう? 解決」
「解決、じゃないわよ! 一緒に来てよ!」
「嫌だ。譲歩しても、マウアーが仕事の安請け合いを辞めないと行かない」
「安請け合いなんてしたことないじゃない!」
勇者の仕事の半分くらいは安請け合いだろう。命の危険のある仕事、なんだから、もっとお金はもらうべきだ。マウアーの過度のボランティア精神に、タークはほとほと困らされていたのだ。
「暖かい場所に定住して、結婚して子供作って、余生をのんびり過ごす。これが僕の平和だ。これを妨げるなら、マウアーは僕に対しての魔王だよ」
「誰が魔王よ! って結婚!? そんな相手が居るの!?」
マウアーは結婚という言葉に必要以上に食いついた。そんなに僕のことが好きなら、世界よりも僕のことを選んでくれたらいいのに、とタークは思う。
「さあね」
「……タークを殺して私も死ぬ」
勇者による最強のヤンデレ発言が飛び出す。これはもう切っても良いですよね。タークはチラチラとローや係りの人を見るけれど、誰とも目が合わない。
「それならもう一生会えないね」
「違うわよ! 会わなきゃってならないとおかしいの! もう……う……」
あ、また泣きそう。もうこれ以上は辛い。何だかんだで、マウアーに泣かれるのは、男として苦手である。
「わ、わかったよ。旅はともかく、一度会おう」
「本当に!?」
明るい声が返ってくる。会うだけで、そんなに嬉しいものだろうか。それほど今、彼女は寂しいのかもしれない。
「南の……、いや、北のグラードの町に三日後。その町の通信ショップの前で」
「わかった!」
「じゃあ元気でな」
「うん! 三日後だからね! 遅れちゃ駄目よ!」
そう言って通信機は切られた。マウアーのことだから、早め入りするだろうな。僕も早く出よう。周りを見渡すと、店の人はほとんどタークのブースへと集まっていた。また勇者のファンが増えたのだろうか。特に、女性に。
お店を出ると、ローがタークの肩にポンと手をやった。あまり触れないでほしい、とすぐにそれを払う。タークはまだ、ローが男色だと疑っている。
「健気じゃねえか、勇者は。あんな子いまどきいないぜ……」
ローはかなりマウアーに感情移入しているようだ。タークの中にローのオネエ疑惑が浮上すると、なおさら距離を置きたくなってくる。
「俺も久しぶりに会いたいし、タークに着いていくぜ!」
「……いや、一緒に来なくていい」
全く、空気の読めない奴だ。その場にローが居れば、勇者だってげんなりするに決まっているのに。タークはため息をついた。
「久々にお前と旅もしたいしな! なに、勇者との再会は邪魔しないさ」
なるほど、さすがに乙女心はわかるようだ。しかし男心はわからない。男心を掴みたい。タークのローへの疑いは、より確信に近いものになっていた。
「そうか。じゃあ、よろしく言っておいてくれ。多分、結構早めに着いているだろうから、急ぐといいよ」
「は? ……お前、まさか!?」
行くわけないだろう。怒られるか、泣かれるか、殺されるかの三択だ。それも僕が選べる三択ではないだけに、最悪三つ目を自動で選ばれる可能性だってあるんだ。タークはすたすた先へと歩いていく。
「僕は、暖かい場所が好きなんだ。僕に、北に行くという選択肢は無い」
危うく、南の町を待ち合わせの場所にするところだった。とっさに機転を利かした自分を褒めてやりたい。僕は暖かいところへ行くのだ。タークの意思は固かった。
「お前なぁ! 勇者がかわいそうだとは思わんのか!」
「……じゃあ言っておくけどな。今、マウアーに捕まったら、僕は一生マウアーの奴隷だぞ。そんな生き方を好んでするやつがいるか?」
奴隷。魔法使いとして名を馳せ、魔王を倒すことに尽力したのに、奴隷。
あんなに頑張ったのに、行き着く先がそれって、そんな夢の無い話があるか。タークは、自分の将来に絶望したことで勇者から距離を置いた、と言ってもよい状況だった。
「それは飛躍しすぎだろう」
「飛躍なものか。僕が今までどれだけ怖い思いをしてきたか。自覚が無いのかもしれないけど……ってか自覚は絶対に無いんだけど、マウアーは僕を何度も殺しかけている」
「そんなまさか……」
そのまさかなのだ。タークじゃなかったら死んでた、という経験が、タークの思い出せるだけでも十は超えていた。
「鼻にな、剣が刺さりかけたことがあるんだ。僕がちょっとした冗談を言っただけなのに、ものすごい速さで剣が飛んできた。何とか魔法で防御したけど、ちょっと鼻から血が流れてた。僕が少しでも遅れていたら、僕は死んでたんだ」
「それは、お前さんが冗談を言ったからだろう」
「冗談を言っただけだぞ。ちょっと場を和ませようとしただけだ。それだけで死に掛けることが世の中にあるか? 辛すぎるだろう」
勇者のツッコミによって命を失う。そんな出来事が言葉通り目の前までやって来たのだから、警戒だってする。
「それに、冗談を言わなくても危なかったこともある。ちょっと嫌味な人間と話さなきゃならなくなったとき、マウアーは八つ当たりで剣を投げたんだ」
「剣、投げすぎだろう」
伝説の剣と呼ばれるそれは、勇者によって何度も投げられてきた。次世代の勇者にどう伝えれば良いのだろうか。
「その剣が、人に当たりそうになったんだ。いけない! とか言って、急に方向転換……した先が僕のほうに来た。首元に傷があるだろう? これ、その傷だから。何とか防いだ結果がこれだから。僕は何度も伝説の剣で傷つけられてるから」
「……」
さすがのローも、これには引いている。みんなマウアーを神格化しすぎているんだ。タークからしたら、マウアーは冗談ではすまないほどのどじっ娘だった。
「……僕は南へ行く。ちゃんと行かないことを連絡するために、通信ショップの前を待ち合わせ場所にしたけれど、ローが行くなら言っておいてくれ。タークは来ないって」
タークはそう言って、歩を進めた。南の方向は砂漠が広がっているようだった。つまり、暑すぎる場所である。しかし、タークは進んでいく。勇者から逃れるために。
「……達者でな」
ローは理解してくれたようだ。大男に似合わず、小さくタークに手を振ってくる。僕はまだ疑っているからな。タークは心の中で呟いた。




