遊者と魔法
寝床には犬とフクロウ。
フクロウはまだ良い。その理由は単純明快。静かだからだ。
「ワン!! ワン!!! ウー!!!!」
「早く寝よう。ほら、撫でてやるから」
「ガウ!!」
「おおっ!? 危ないな!」
噛みつかれそうになると、さすがに冗談を言っていられないということに気付く。それは、この犬が一緒に旅をしている女子、アサだからであり、その原因となっているのがタークだからである。
呪いに掛かったアサは、夜になると、見事なまでに犬となっていた。人の状態でも存在している尖った耳と尻尾を引き継ぎ、体は黒と茶の体毛で覆われている。どちらかというと、可愛いというよりも凛々しい種類の犬であり、なかなか威圧感がある。
「ほら、動くからさ、服が……」
タークの視線の先には、犬アサとサイズが合わなくなった衣服、さらには下着まで落ちていた。タークの視線に気づいたのか、アサはまた噛みついてくる。
「まてまて!! 落ち着けって!!」
タークは急いでアサの衣服などの上に荷物を置いて隠した。これは、見ない、という意志表示であった。
「ウー……」
怒りがおさまらないという風に、アサはうなり続けている。
「フックを見ろ! 生まれ落ちて一日も経っていないというのに、これほどにまで落ち着き払っている!」
フックはずっと身動きを取らない。ぬいぐるみの外見をしている彼(彼女?)が身動きを全くとらない様子は、もはやただのぬいぐるみである。
「ウー……、ワン!! ワン!!」
そんなこと知ったことじゃない、とばかりに、アサはタークに向かって吠えていた。さて、アサはどうすることを望んでいるのだろうか。
「……服だろうな」
まず、一番の懸念は衣服である。昼に不安そうにしていたことが現実になり、完全に脱げてしまっている。仮に、アサが起きた時にそれを全て装着しているように、犬状態のアサの衣服の位置を調整する、ということを提案したとしても、ワンと鳴いて却下されることだろう。それには、タークが下着に触れる必要が出てくるのだ。
つまり、アサを完全に隠した状態で就寝しなければならないということである。さて、そんなことが出来るのだろうか。何かで犬状態のアサの体をちゃんと隠したとしても、それが人に戻る時にそのままとは限らない。ましてや、犬だって寝返りくらい打つだろう。そうすると、やっぱりアサは目が覚めた頃には素っ裸なのである。
タークがアサよりも遅く起きれば問題無いのだが、それを調整することは難しい。
「これは一つの提案なのだけれど」
アサのうなり声が収まる。聞く態勢になってくれているのは結構なことなのだが、今からタークが口にしようとしていたことは、いわゆる冗談なのである。言うか言わないか悩むが、どっちにしても怒られそうなので、とりあえず言っておくことにした。
「……人の姿になるまで起きてるってのはどうでしょうか?」
「ワン!!!! ワン!!!!」
「うそうそ! 冗談冗談!!」
案の定、めちゃくちゃ怒られてしまった。アサは今にも噛みつこうという勢いでこちらを威嚇してくる。
「後はまあ、別の場所で寝ることだけど……」
当然、テントは一つしかない。二つあるなら、犬じゃなくても分かれて就寝していたことだろう。タークは、自分が外で寝るということを提案するべきだという自覚はある。
しかしだ。どうも目の前の犬を見ていると、犬にテントを譲って自分が外で寝るということに違和感を覚えた。犬のほうが、空の下で寝ることに適応しやすいのではないか。外で何て眠れないよ、人間だもの。ひょっとしたら、感覚そのものが犬になっていて、犬アサにそれを伝えれば了承してくれるかもしれない。タークは思い切って言ってみることにした。
「アサ、外で寝てくれないかな?」
瞬間、アサはタークに飛び掛かった。タークとて、今のアサが無防備だと知っている以上は、何も抵抗することが出来ない。アサは噛みつくことはしないが、何度も思いっきり突進してきた。
「わー! 落ち着けって!!」
ついに、タークはテントから追い出されてしまった。やっぱり失敗だったらしい。
「アサ―……」
これは、本当に外で寝る羽目になりそうだ。強引に中で寝ようものなら、今度こそアサにかみ殺されてしまう。
まあ、自業自得だし、今日は仕方ないのかもしれない。タークは諦めて、外で寝ることにした。
目覚めると、初めに見たのは何か布を持っているアサの姿だった。被せようとしてくれているようにも見えるが、その目は厳しいものだった。
「おはよう」
「おはよう」
無表情なあいさつをお互いにかわすと、タークは立ち上がって背伸びをする。体中が痛い。こんな生活が続くのかと思ったら嫌になってくる。早く、アサの呪いを解かなければならない。
タークとアサは草原を歩いていた。アサの肩には、フックがまるで飾りのように止まっている。
「遠いぞ……」
これまでに移動してきた町は、どこも検問の無い国だった。そういった国の町には、転移石が多く設置されている。そのため、歩くのが嫌いなタークも好んで移住していたのだ。
呪術師の居るのはカルタッドという町だった。カルタッドはアールステルムという入国のために検問のある国に属している。通貨も別だし、討伐の旅の後は、自ら行くような場所ではなかった。
アールステルムには、転移石で直接国外に行けるものが無く、他国とつながっている石は検問前にしか設置されていない。もっとも、サーファスからは歩いて直接向かったほうが早いということだったので、タークとアサは草原を越えることにしたのだ。
「それに、モンスターがうようよ居るぞ」
「この辺りは狩りをしてる戦士共も少ないからな」
キャンプした場所は、サーファスから随分離れた場所だった。恐らく、カルタッドとのちょうど真ん中辺りだろう。そうじゃなければ辛いところだ。
「あたし、タークのせいでどれだけ歩かされてるんだろ……」
「愚痴が多いなぁ。転移石があっても入りたがらないくせに」
「それもタークのせいだぞ。今までは別に大丈夫だったもん」
そう言って、アサはタークを睨みつけた。睨みつけられるのは、もう何度目のことだろうか。
「僕も悪いと思って結構気を遣ってるんだぞ。こうやってアサを結界の中に入れてるから、アサもモンスターと戦わずに済んで楽だろう?」
タークは防御結界を張りながら進んでいた。こんなモンスターが多い場所だと、いつもこうしているのだ。今日は、アサもその中に入れて歩いている。
「それも、何か微妙に手持ち無沙汰というか、すぐ近くを通り過ぎていくモンスターが奇妙というか。意外に寄って来ないのも気持ち悪いぞ」
「当たり前だろう。相手のほうが強いとわかってるのに襲ってなんて来ないよ。防御結界を張ってるけど、結界で防ぐというよりも、結界の魔力を感じて、賢いモンスターは距離を置くんだ」
タークの魔力によって、馬鹿なモンスターしか近づいてこない。そんなモンスターは、結界に気付くと、それに恐れてあっさり逃走していく。モンスター界での弱肉強食が繰り広げられている草原において、タークたちの存在は浮いているのだ。
「そんなもんなの?」
「そう。魔王が居なくなったら、捨て身で来るようなモンスターは居ないよ。大体、縄張りに侵入されたとか、よっぽど腹が減っているかのどっちかでしか人なんて襲わないさ」
「ふーん……」
アサはそっけない返事をするが、何か思うところがあるのか、その表情は真剣なものだった。
「モンスターなんて、ただの魔力を持つ動物だからな。僕はこれからもそういう対応をしていくよ」
「魔力を持つ動物、かぁ」
そう言って、アサはフックを人差し指に乗せた。布で出来た体は、ピクリと小さく動きを見せる。アサの方を見ているようだ。
「モンスターを倒す必要って、実はもう無いの?」
「断言はできないよ。いつ、また魔王のような存在が現れないとは限らないし、人にだって縄張りがあるから、それを守る必要はあるだろうさ。ただ、今はみんなが過敏すぎる」
モンスターというものに対し、現在の世界は過剰に怯えすぎている。当然、魔王が統括し人を襲うことが常であった時代を思うと、それは仕方のないことだ。だからこそ、お互いのために、モンスターを理解するということが必要であると考えている。まあ、その活動はヨミにお任せだけれど。
「タークって、今はモンスターと全く戦わないの?」
「必要が無ければそうだな。まあ、殺したことは一度も無いかもしれない」
「……タークって結構動き回ってるでしょ? そんなこと可能なのか?」
定住地を探す旅、そして勇者から逃げ回る日々において、移動の数はかなり多い。もちろん、転移石の使用が多いが、それなりにモンスターの居る場所も通っている。それでも、タークはモンスターを殺害したことが無かった。
「僕の場合は、結界でどうにでも出来るからね」
それを可能にしているのが、結界だった。結界の技術に関しては、タークの右に出るものなどこの世界には居ないのだ。
「タークの結界ってさ、色んなことが出来るけど、それって何でなの?」
アサの質問攻め。でも、珍しくというか、真面目な質問なのでタークも真摯に答えようと思った。
「単純に言うと、結界の粒子を通常に放出する魔法並みに扱ってるってところかな」
「……どゆこと?」
単純に言ったのが、余計にわかりづらくなったようだ。これはちゃんと説明せねばなるまい。
「魔法を放出する場合、曲げるなりコントロール出来るだろう? それを僕は結界でも出来るってこと」
「それってもう結界じゃなくないか? 結界ってようはバリアーなんだし」
「それも少し違う。バリアーだから結界って言うようになったけど、バリアーは結界の粒子が出来た結果であって、結界の本質とは違うんだ。魔法が明確に存在しない時代から結界って言葉があって、それがバリアーの意味だから結界って呼ぶけど、結界の魔法はただのバリアーじゃない」
「??????」
アサは大量のはてなマークを浮かべている。もう順序立てて説明した方が良さそうだ。
「……まず魔法は、一般的に放出と結界に分けられる。それらは共に、地水火風の四元素に分かれている。例外はあるけど、多くの魔法使いが四元素を放出と結界に利用する」
テレパスや治癒は体内の魔力のみで行っている例外的な魔法だ。元素においても、四つ以外のものが存在している。
「放出も結界も、同じように体内の魔力と自然界にある四つの元素とが結びつくことによって魔法になる。魔法の技術があれば四つの元素を併用出来るけど、逆によっぽどの魔法使いであっても放出と結界は同時に扱えない。それは放出と結界のそれぞれの魔法が、魔力と四元素の結びつく場所と原理が違うからなんだ」
アサは微妙な表情ながらも頷いた。魔法においての常識的なところは分かっているだろう。ただ、かなり感覚的に捉えているところがあるようなので、もっと中身を知ってもらわなければならない。
「まず、放出は体の表面で魔力と自然の力を結びつける。そのまま敵に放つこともあれば、剣や体に帯びさせることもある。放出の魔法として魔力を結びつけた場合、そのまま体内の別の魔力を使って、使用者の思うままに操ることが出来る」
ポピュラーなものは、とにかく手に作って、それを相手にぶつけるということ。作ったものを魔力で動かすこともあれば、そのまま投げるように放つことだってある。それが放出の魔法だった。
「結界の場合は、自分の体の外で魔力と自然の力が"結びつく"ことのよって、魔力の粒子を浮遊させることになる。それを集合させると、魔法による攻撃を中和したり逸らしたりすることが出来るわけで、その結果によってバリアーの意味として結界って言葉が使われるようになった。でも結界の本質は"浮遊する魔法の粒子"なんだ」
タークとアサの周囲にぼんやりと煌く結界の粒子。今はただ周囲に広げているだけなので、魔法のみを防ぐことの出来る塵状なのだが、集合すると物理的な接触にも耐えうる強固なものになる。その伸縮、硬軟自在というのが、結界の大きな魅力だった。
「じゃあ何故扱いづらいのか。それは結界が"体の外で結びつく"ってところだ」
「それって、"勝手に"ってこと?」
「そう」
放出は使用者自身が結びつけるもの。結界は魔力を発することによって自然に結びつくもの。この原理の違いが、扱いづらさにつながっているのだ。
「勝手に結びつくから、自らの意思で動かすものにしづらい。ある程度、粒子を集合離散させるくらいのことしか出来ない。認識としてもそうだろう?」
アサは頷く。魔力を発することそのものが結界を張ることだと思っている魔法使いも居るから、そういった認識になるのだろう。アサもその口かもしれない。
「そして、より結界を扱いづらくしているところは、放出の扱いやすさにある。それは、元々魔法使いがパーティー内で後方支援型だってこともあって、結界の役割が固定して、放出の技術ばかり追われることになったことが要因だ。教える人間と教わる人間の関係もあって、放出の技術に関しては広がっていった。それで尚更、放出が扱いやすいものだと思われるようになったんだ」
使う人間が多ければ多いほど、方法論が多く出回る。結界を変化させる、ということに重きを置く人間など居ないのだ。
「扱いづらいのはわかったけど、結局、タークが変人で、普通ならそこまでする必要が無いってことじゃないの?」
「誰が変人だ。せっかく説明したのに。まあ、必要だとは言わないさ。ただ、あると戦術が大きく変わる。特に、前衛型にはね」
「前衛でも、放出だけちゃんと出来てれば大丈夫だろ。勇者様みたいに」
突然出た名前に、タークはびくつく。呆れたように睨むアサに対し、タークは咳払いしてみせた。
「オホン。まあマウアーは普通の人間じゃないから参考にしづらいところがあるけど、実際、マウアーの真似は無理だよ」
「どういうこと?」
アサはそのままの目で言った。タークはマウアーと一緒に居た頃のことを、嫌々ながらも頭に浮かべ始めた。
「マウアーの場合、魔法をあっちこっちに放ちながら、剣に魔力を帯びさせて敵を薙ぎ払う。守備面でも隙が無くて、結界に切り替えるスピードも早いし、何なら全て魔法をぶつけて相殺したり、剣で払ったりと縦横無尽に対応する。一対複数でも余裕で戦い抜いてしまうぐらい、マウアーは強い。恐ろしい。怖い。その剣がこっちに向いてくるような恐怖感が常にあって、その絶望たるや――」
「話が逸れてるぞ!」
いけないいけない、あまりにも怖くて震えてしまっていた。思い出すだけで毒なのだ。
「放出と結界の切り替えの早ささえあれば、結界は強固なだけで良いんだ。そして、マウアーは結界を張るまでもなく対処してしまうことのほうが多い。ただ、それが普通の人間に出来るかって話。アサ、前にウィスプ倒したとき危なかっただろう?」
「う……まあ」
「僕だって、切り替えが早いから後方支援だけにおさまらないでいれる。まだ集団で戦闘しているなら良い。守ってもらえば良いからな。でも、一人で戦うなら、結界を使わない特攻は死と隣り合わせだよ」
「うう……」
アサは以前のことを思い出しているのだろう。最悪直撃していたかもしれない全方位からの魔法攻撃。あの時のアサは、本体への攻撃の後、気を抜いていたこともあったが、攻撃を察してから結界を張るのが極端に遅かった。
「……戦術が大きく変わるって、例えばどんな風に?」
「そうだな……僕なら、結界を使って相手の動きを封じるところから始める。そうやって隙を作った後放出へと切り替えて、一撃を叩きこむ」
「それって、やっぱり切り替えが早いからこそでしょ。あたしには無理だぞ」
アサはがっかりした風に言った。
「何だ、戦術に悩んでるのか?」
「悩んでるっていうか……。あたし、もう少し勇者様に頼られたいって思うんだけど、どうしてもうまくいかない。勇者様はターク、タークって言うし」
それは、また別の理由なのではないだろうか。そこには触れないようにする。
「何だかんだで、勇者様はタークぐらいの魔法使いを求めてるんだ。あたし、魔法じゃタークに敵わないし、だから武道家とか剣士として戦うようになったけど、やっぱり勇者様は頼ってくれないぞ」
それで、結界のことが気になったのだろうか。アサなりに悩んでいたのだろう。
「まあ、魔法で僕と張り合うのは無理だな。そこは賢明な判断だと思うよ」
「ムカつく言い方……」
「それで武道家、剣士ってのもわかる。でも、それじゃあマウアーのパートナーは難しいだろう」
「ど、どうして?」
アサは顔を近づけてくる。指に乗せているフックも首をくるりと回し、一緒になってタークを見つめる。
「マウアーが戦いやすいようにするのが一番だ。何しろ、最強の勇者なんだから。僕は、マウアーの邪魔にならないように戦ってたからな」
「何それ……」
「手が届かないところだけってことだよ。いいか、パーティーを組んで戦闘することが普通だけど、本当の理想は一人で戦うことだ。味方が居ると、自分の攻撃を抑えなければならなくなる瞬間が出てくるからな。みんな、どこか足りないところがあるから組んで戦う。今のマウアーは足りないところが無いから、人と組む必要が無いんだ。だから一番重要なことが、マウアーの邪魔にならないこと。僕なら流れ弾が当たっても無傷だから、マウアーは気にしないんだよ」
勇者として成熟した今のマウアーには、中途半端な支援など必要が無い。長年連れ添ったタークぐらいしか、まともにパートナーなど出来ないのだ。
ただそのマウアーの成れの果てが、タークに対してならいついかなる時でも攻撃しても大丈夫だという油断であり、マウアーの天然行動をも全て受け入れてしまうという勘違いを生み出してしまい、今に至っているという事実もある。
「それって、あたしじゃもう無理ってこと?」
「うーん……。アサもマウアーの邪魔にならずに戦えるって思わせれば大丈夫だと思うけど。その方法がな……」
タークは考える。結局、アサが無防備だから、マウアーはアサと戦えないのだろう。手段が無いわけではないが、アサにそれが出来るかどうかが分からなかった。
「……アサの魔力なら、結界の強度はかなりのものになるな。物理的接触くらい余裕だろう」
「……まあ出来るけど」
アサは結界を出してみせる。これなら、"武器"になり、"盾"になるほどの強度はあるだろう。問題は、結界の操作の段階だ。
「アサ、結界の操作をしてみるか?」
「え? 何で?」
「ざっくりと言うと、盾で殴る、ってのも手段だ。盾を鉄甲にも剣にも変化させることが出来る。それも結界が可能にするんだ」
粒子の集合体は、強力な魔法の塊になる。タークはそれをロープのように使い、モンスター(勇者を含む)を封印に近いものにすることが出来た。アサにした提案はそれよりも単純なもので、その塊の強度だけを生かし、盾や武器にしてしまおうというものだった。
「そんなこと出来るの?」
「出来ないことは無いさ」
「やってみたい!」
アサは良い目をしている。タークは少し心を打たれる。向上心は買ってやりたい。そう思った。
「でも、結局結界ってどうやって操るの?」
「実は、とっかかりはそこまで難しくはないよ」
「どうやるの!?」
アサはタークに対してより前のめりになって聞いてきた。少し胸元が見えたので、タークは目をそらす。
「……どうやって放出の魔法を変化させているかで理由は分かるだろう。手、だよ。手から結界の粒子を出す。それが、自在へのとっかかり」
放出の魔法は、基本的に四肢の先から放たれるのだが、当然、足よりも手を使うのがほとんどだ。そして、手の魔力によってその魔法を操ることになる。結界として魔力を出したとしても、それを手の魔力に乗せてしまうことが、自在に操ることへとつながるのだ。
アサは早速やろうとしているのか、フックをタークの肩へと移した。そして、手から光を生み出していく。
「……いや、無理だぞ。手からじゃ放出の魔法になっちゃうし」
タークは首を横に振った。その固定観念が、結界の理解への妨げになっているのだ。
「手に魔力を集中するだろう。そこで、体外に発する」
「うーん」
アサは試行した後、何とか粒子を手から出すことが出来た。なかなか飲み込みが早いものだ。
「……これを自由自在に?」
アサの手の上には、微かに魔力の煌きが浮かんでいる。これが結界の粒子だ。
「そう。まあ、そこからはちょっと苦労するかもしれないかな」
アサのような経験豊富な人間なら、そこそこには使えるようになるだろう。ヨミはともかく、アイラよりはアサのほうが経験で優っているだろうし、習得できないものではないはずだ。
何度も何度もアサの手からは粒子が生み出される。マウアーへの想いだろうか。アサは真剣な表情で、同じことを繰り返していた。
「見本を見せるよ」
タークは手から出した粒子を、手や足に集中させる。その粒子は、手足を覆う強力な盾になる。
「その粒子をさらに変化させれば武器になる。近接魔法ほどの威力を持たないけど、帯びさせて戦うこととはそこまで変わらないだろう。一番の利点は、防御に隙が無くなることだ。そのままいつも通りの結界に戻したり、何ならそのまま腕で身を守ることだって出来る」
アサはタークの出した"盾"に触れる。切っ先となる部分を作成すると、それは"武器"として使うことが出来る。
タークは結界を発するのを止めた。アサは考え込むような顔で、タークの腕をジッと見ていた。
「あたしに上手く扱えるかな?」
「そんなのわからん。アサ次第だよ」
いつの間にか止めていた足を、二人はまた動かし始めた。これによって、もしアサが成長すれば、タークにとって不都合なこともあるかもしれない。何せ勇者信者、ある意味敵である。しかし、タークの好奇心が、アサの成長を求めてしまった。
何かを掴んでくれと願いながらも、どうかそれを自分に使用しませんようにと祈るばかりである。
遅れてすみません……