遊者、適度に仕事を探す
勇者はどこへ行ったのか。タークが常に意識しないといけないのは、勇者の行方と各地の気候の問題だった。
勇者を探している? まさか。タークは勇者から逃げているのだ。しかし、決して悪事を働く人間ではない。ただ、彼女と会うと面倒なことが多いのだ。紛争地帯を好み、強力なモンスターが居ると、何日もかけてそれを退治する。平和ボケな奴らは、そんな勇者に腕試しなんかを仕掛けたりする。そんなことに巻き込まれるのはまっぴらごめんであり、それこそ何度も後悔してきた。
魔王が死んだ今、世界で一番強い存在が勇者だった。その勇者にとって色んな意味で大きな存在であるタークは、逃げるという選択肢しか残されていなかった。
タークは勇者の正義に協力し、一番長く一緒に旅をした。それはもう、精一杯人助けをし、英雄と言われる活躍をしてきたのだ。もう十分、役割は果たした。だからもう、余生のことを考えても良い頃合いだ。タークはそう思っている。
死に場所を探そう。それは出来る限り暖かいところが良い。だって寒いのは嫌だから。でも、暑いのも嫌だな。そしてまたタークは旅をする。
やってきたのはケーバリッドという町だった。温暖な気候で、一つの条件は完璧だ。季節の変化で極寒の地域になるとかなら、また移住を考えなければならないけれど、とりあえずは定住しても良いかもしれない。緑が多いのも特徴で、飢える心配も無さそうだ。
これはモンスターが多そうだとも言えるものだった。つまりは、仕事が多いということだ。あまり戦いたくは無いけれど、食っていくためになら仕方がない。食い扶ちは稼がないと。タークは、魔王が居ない今、無闇にモンスターの巣を突っついたりすることには否定的だった。あくまでも身を守るため、生きていくためにモンスターを狩る。これはタークのポリシーだった。
とりあえず住むところを探して、仕事を探す。ビバ隠居生活。タークは情報を集めに、酒場へとやってきた。
「マスター、ミルク」
マスターは何だか微妙な顔をする。タークはお酒が飲めないのだ。
「はいよ」
「この辺りで、何か仕事はあります?」
安定した仕事を求めていますので、定期的に悪さをしてくるモンスターが理想です。出来れば土日祝には来ないような方々が理想です。出来れば午前十時から現れて、午後六時くらいに退散してくれるモンスターとか大好きです。それは心の中でだけ呟いた。
「……畑を荒らしに来るモンスターを追い返す仕事ならあるよ」
マスターは、人を見て仕事を提案してくれる。つまり、貧弱な雰囲気を出していれば、そういう仕事が回ってくるので、弱そうに見えないといけないのだ。もはや、箸もろくに持てませんといった雰囲気を醸し出すタークには、畑を守るのがお似合いなのである。タークはその提案を喜んだ。
「それはどこに行けば良い?」
この人は中々クールで、淡々と場所を教えてくれた。少し休憩したらそこへ行ってみよう。この酒場はお昼だからということもあってか、なかなか静かで、ゆったりすることができる。いっそここらでお店でも開いてみようかしら。そうなると、ここはライバル店ということになるな。タークは自由の喜びからか、考え方がかなり浅はかだった。
「マスター!! 大変だ!」
一気に台無しにされる。大男が三人ほどで、マスターへと駆け寄っていく。こういうのを相手にしなければならないなら、やっぱり客商売は無理だな。人付き合いの苦手なタークは、音も無く三つ隣の椅子へと平行移動し、三人のお邪魔にならないように気を使った。
「どうした?」
「山のほうで上級のモンスターが巣を作っているようなんだ! 確か、ケイムスとかいう……」
上級のモンスターだと、一般の騎士には少し厳しい戦いを強いられることになる。名が知れた魔法使いなんかが居ないと、なかなか退治することが出来ないランクだった。
「どうすれば……」
「ケイムスっていったら、こっちから仕掛けないと特に何もしてこないモンスターっすよ」
悩む男達に、タークは助言する。結論から先に言うと、ほっとけばいい、なのである。ケイムスというモンスターは、確かに強大な力を持っている。魔力を体内に含み、怒らせると炎を吐くのだ。しかし、あくまで怒らせると、ということであり、何もしなければ何もしてこない。
そして何より、一子相伝のモンスターだ。生めば死ぬ。つまり、異常に増えて、脅威の存在になるなんてことはない。考えようによっては、とても安全なモンスターだった。
「だからって、ほっとくわけにはいかないだろう!」
「ああ、もし子供が迷い込んだりしたら……」
山の奥のほうに居るから、迷い込んだらモンスター関係なく子供さんは危ないのではないでしょうか。むしろ腕試しとか言って、挑んじゃうばか者達が一番危ない。モンスターを退治するよりも、そいつらを更生させたほうが危険は少ないじゃないか。これもタークは心の中でだけ呟いた。
「……勇者を呼ぼう」
何て短絡的な思考なんだ。タークは呆れながら、次に向かう場所を考え始めた。
「そうだ、勇者を呼ぼう。彼女ならきっと退治してくれる」
「ああ。ここには何度も来ているし、きっと近いうちにまた来てくれるだろう。モンスターから襲ってくるわけじゃないのなら、勇者を待ったほうが良い」
もはや町の便利屋さんになっている勇者様。依頼の安請け合いがあだとなり、とりあえずビール、みたいな感覚で指名されるかわいそうな存在なのである。いや、本人もそれを望んでいるのかもしれないけれど。
しかし、タークの平穏は間違いなく崩れた。今ここで、その言葉で、タークはここに居られなくなってしまったのだ。
「マスター、お代置いておくね」
タークは立ち上がった。涙を堪え、この町に別れを告げるのだ。短い間(約十分)だったけれど、お世話になりました。タークはそっと立ち去ろうとした。
「ちょっと待ってくれ」
三人の大男のうち、話していなかった一人がタークに声をかけた。そういえばさっきから、タークのことをチラチラと見ていたようだ。とても嫌な予感がする。
「あんた、本当は凄い魔法使いなんじゃないか? 何かで見たことがあったような気がするんだ」
ばれている。これはタークに依頼が来る流れなのだろうか。町の危機、ということで、報酬は弾んでくれるだろう。しかし、自身が町においてそういった存在になることは勘弁願いたい。有名になれば、勇者にも噂が届くかもしれない。タークはそう勘ぐったあげく、
「いえ、人違いです」
とにっこり笑いながら嘘をついた。そして酒場を、町を後にした。さようなら、ケーバリッド。いい所だった、多分。
どこかで勇者の足音が聞こえたような気がした。ニアミスはしたくないものだ。タークはまた旅を始める。