最終話 ありがとうの気持ち
「どちら様ですか?」
病室の中にいた女性は私にそう問いかけた。
見たところ、40代後半くらいの女性だ。
たぶん雅也君のお母さんだろう。
私はどう言うべきか戸惑った。
そもそも私は入院している彼に会うのは初めてだ。
私の身におきたことを話しても、きっと信じてはくれないだろう。
じゃあどうしよう?
私と雅也君の関係をどういった言葉で表現しよう?
いろいろと考えたが、やっぱりあの言葉しかない。
「わわわたし、雅也君の友達の春香詩織といいます!私が描いた漫画を彼に見てもらうために、ここに来ました!」
友達…。そう、私達はしっかりと確認したのだ。
お互いがかけがえのない友達だということを。
「友達?そう。雅也、漫画好きだったもんね。お見舞いに来てくれてありがとう。さぁ、入って」
雅也君のお母さんは優しい口調ですんなりとそう言ってくれた。
「友達…」
この言葉の力だろうか。
普通、いきなり訪ねていた知らない人を通したりはしないだろう。
でも、私の気持ちが雅也君の母さんに伝わったようだ。
「ありがとうございます。失礼します」
私は一言そうつぶやいた。
病室の奥に彼はいた。
たしかに雅也君だ。
でも、私が放課後の教室で触れ合った雅也君とは違って病室の彼は目をつぶったままで、まるで動かない。
「せっかく来てくれたのにごめんね。雅也、事故が原因でずっと意識が戻らないの」
彼の母が私にそう語りかけた。
私はこの状況を自分の目で見て初めて、真実が何かを理解した。
「こんばんは。教室以外で会うのは初めてだね」
窓の外がすっかり暗くなってるのを確認した後、私は一言そう言った。
もちろん彼は何も答えない。
「漫画の続き描いたから…。見てもらいたいから…。だから…」
彼の手を強く握りながら、私は一言一言を絞り出すようにして語りかける。
でも、すっかり弱りきった彼の姿を見て、私はうまくしゃべれなかった。
そして、泣いてしまった。
この感情こそ、なんて表現したらいいのかわからない。
ポタッ…。ポタッ…。
涙が彼の手に落ちる。
ぎゅ…。
その時はこの奇跡を信じられなかった。
微かではあったが、彼が私の手を握り返したのだ。
最初、自分の手を疑った。
でも…。たしかに彼の手の感触が伝わってきたのだ。
私はそれだけで胸がいっぱいになった。
「ありがとう。雅也君」
改めて感謝の気持ちを彼に伝えた。
***
エピローグ
奇跡はそれだけでは終わらなかった。
一週間後、私はお見舞いの花束を持って雅也君の病室を訪ねた。
学校は夏休みに入っていて、9月の初旬まではあの二人で過ごした教室に行くことはないだろう。
「ガチャ…」
病室の扉を開ける。
「これからはこの病室で君の漫画、見せてよ。続きを早くみたいんだ」
私が入るなり雅也君は微笑みながらそう言った。
今年の夏はとってもステキな夏になりそうだ。
私は心からそう思った。
おわり。