第4話~心から~
カーテンの隙間から朝陽が顔を覗かす。
気持ちの良い朝だ。
梅雨があけた空は前よりも増して輝いていた。
今日もいつもより早く起きてしまった。
私は昨日描いたばかりの漫画ノートを読み返した。
内容に自信はある。
早く雅也君に見せたかった。
「よし、そろそろ制服に着替えよう」
私はゆっくりと次の行動に取りかかった。
「詩織、なんだか最近、表情が豊かになったわね」
朝食の最中、母さんが私にそう言う。
「そう?いつも通りだよ」
私はそっけなく答えた後、食パンを口の中に放り込んだ。
「それじゃ、行ってきます!」
漫画ノートがしっかりカバンの中に入ってるのを確認して、私は外の世界に飛び出した。
「気をつけてね」
母さんは手を振りながら優しく私にそう言ってくれた。
タッタッタッ…。
学校へ行く足取りが軽い。
こんなことははじめてだ。
あれほど、学校に行くのが嫌だったのに…。
あれほど、人と話をするのが嫌だったのに…。
でも、今はあの頃の私と少し違う。
何が違うのか。
それは「お互いを理解できる人」ができたということだ。
最初、勝手に漫画ノートを見られたことがとても嫌だった。
でも、今は違う。
「読んでもらいたい」
そう心から言うことができる。
思えば雅也君とあの放課後の教室で出会ってからまだ二日しかたっていない。
でもこの二日間の日々が私の心を強くしていた。
「起立~礼~!」
このかけ声と同時に今日の授業は終わる。
クラスのみんなはぞろぞろと帰っていく。
でも、私は帰らない。
私は雅也君が来るのを待った。
私の漫画を読んでくれた最初の読者さんに早く会いたかった。
「ガチャ…」
教室の戸が開く。
きっと雅也君だ。
「こんにちわ…」
この時、私は気づいてなかった。緊張してもなんとか話せるようになっていたことに。
「お~い。春香!まだ教室に残っていたのか。早く帰れよ~」
太い声が教室に響き渡る。
「なんだ、担任の広沢かぁ…」
私はしてガッカリして大きく肩を落とした。
「なんだ、お前、俺を見てガッカリするなよ。もしかして、誰かを待ってるのか?」
「うん」
私は一言そう言った。
その時、ふと思った。先生なら雅也君がどのクラスにいるのか知ってるはずだ。
どのクラスかが分かれば、こうして放課後の教室でひたすら彼が来るのを待つこともしないですむ。
「せ、せんせい、坂北雅也って人がどのクラスの人か知ってますか?」
私は思いきって聞いてみた。
その名前を聞いた瞬間、いつも冗談ばかり言ってはニコニコしている先生の顔が曇った。
「お前、なんで、坂北雅也のこと知ってるんだ?」
「ななな、なんでって私、二日間からこの教室で会ってますよ?」
「そんなまさか??坂北雅也は3年前の事故が原因で今はずっと病院にいるぞ。これはお前がこの学校に入学する前の出来事だぞ」
「えっ!?」
私は先生の言ってることが理解出来なかった。
3年前…?事故…?ずっと病院に…?
これらの言葉が私の頭の中をクルクル回る。
「でも、私!ここで彼と会いましたよ!彼は私が描いた漫画誉めてくれましたよ!」
いつしか私は感情的になっていた。
こんなこと…はじめてだった。
「たしかに坂北は漫画が好きだったが…。でも、そんなはずは…?」
「彼は今、どんな状態なんですか?」
「あぁ、事故の後遺症で意識不明というか…。会ってみればわかる…」
先生は今にも泣きそうだった。
そんな先生を見て私も泣きそうになった。
「病院!教えてください。会いにいきます!漫画を見てもらうんです!」
「病院…?あぁ、それはいいが…。行ったら辛くなるぞ?」
「行きます。私はたしかにここで会ったんです!私が彼の名前を知ってるのが証拠です!」
「わかった。鴨居沢病院だ。その病院の303号室だ」
鴨居沢病院…。そこなら私でもわかる!
「ありがとうございます。今から行ってきます!」
私は走り出した。