第3話~相手の顔を見て話をしたいんだけども~
「ふふっ…。この展開いいね!俺こういうの好きだよ。それに、なんていうか…。この漫画、読んだ人を元気にさせる漫画だね!」
彼は笑いながら私が描いた漫画をペラペラとめくる。
「人を元気にするだなんて…。とっても嬉しい。あと、そこは笑うシーンじゃないんだけどな…」
私は心の中でそうつぶやいた。
「いつから漫画を描いてるの?」
不意に彼は私にそう聞いてきた。
カキカキカキカキ…。
私はメモ帳に「一年前からかな」と書いた。
「へぇ~コマ割りとかプロ並みだよ。ほら、このページとかコマ割りでうまく迫力を演出してる」
彼は私に漫画ノートを見せながらそう言う。
「ふふっ…」
熱心に訴えかけるそんな彼を見て私はつい笑ってしまった。
「はじめて笑ったね」
「えっ?」
彼にそう言われて気がついた。
私、最近笑ってなかったということに。
毎日、気持ちはどこか上の空だった。
「そそそう…。かも」
私は顔を真っ赤にしながら、そう言った。
「あと、お節介かもしれないけど、話す時は相手の顔をしっかり見た方がいいよ。その方が印象も良いし。それに…なんていうか…。可愛く見えるよ!」
顔をしっかり見るかぁ…。たしかにそれもそうだ。でも私の場合、相手の顔を見て話したら余計に緊張して会話どころではなくなってしまう。
だから、相手の顔を見て話しなんてそう簡単にできることではない。
あと、可愛いというのはおそらくお世辞だろう。
私は心の中でそう思った。
「そういえばさ、まだ名前聞いてなかったよね。教えてよ」
話に夢中で忘れていたが、お互い自己紹介がまだだった。
カキカキカキカキ…。
私はメモ帳に「名前は春香詩織といいます」と書いて見せた。
「俺の名前は坂北雅也。よろしくね。また明日、漫画の続き見せてね!それとさ俺達、友達ってことでいいよね?」
カキカキカキカキ…。
突然の質問であったが、私は「もちろん友達ですよ(^_^)」とメモ帳に書いた。
「ありがとう」
雅也君はニコッと笑いながら私にそう言った。
「あっこれからちょっと用事があるからもう帰るよ!ごめん!」
そう言って彼は早足で帰っていった。
「風のように忙しい人だな」
私は目で彼を追いながらそう思った。
さぁ、私もそろそろ家に帰ろう。
廊下の窓から見える夕焼けに私は静かに語りかけた。
ガチャ…。
家の玄関をゆっくりと開ける。
「ただいま~」
紺色のローファーを脱ぎながら私はつぶやいた。
「お帰り詩織~。もうすぐご飯できるわよ」
母さんの優しい声が聞こえた。
「詩織なんか最近明るいわね。学校でいいことあったの?」
食事の最中、母さんがそう言う。
「私、漫画を描いてて、はじめての読者ができたの」
私は笑顔でそう答えた。
「そう、良かったわね。読んでくれる人、大切にしないとね」
「うん」
私はなぜか恥ずかしくなってしまい、また顔が真っ赤になった。
「ふぅ…。完成!」
なんとか今日も漫画の続きを完成させることができた。
内容は「失恋をして落ち込んでいる人を主人公が励ます」みたいな感じだ。
もうすこし話が進んだら、Gペンやトーンといった漫画専用の画材を買って原稿に清書してみようかな。
そんな気持ちに自然となった。
窓の外を見ると、月がとても綺麗だった。
「明日も良いことあるかな…。漫画の続き雅也君に誉めてもらえるかな…?」
そう私は月に語りかけた。
そういえば、あと数日もすれば、夏休みだ。
私はなんだか夏休みがとても楽しみになった。