恋はいずれ冷めるもの
恋はいずれ冷めるもの。
誰もかれもが、呟いて。
分かったように口きいて。
どこまで待っても報われない想いは凍えていくのだと教えてくる。
愛に転じなかった恋は、いずれ消えていくのだと。
さかしらにこちらを蔑んで。
――――――でも、本当に恋が冷めると思ってる?
◇◇◇◇
「無茶しなくていいよ。頑張ってるのは分かってるから」
邂逅は幼少の頃。
まだ言葉すら僕らには難しかったとき、日常の中に君は唐突に現れた。
皆が話せるようになっていく中で、まだ自分だけ上手くしゃべることが出来なくて。
焦って泣いて悔しがっている僕に対して、君だけが気にかけてくれた。
それはどんなにか嬉しくて、楽しいことだっただろう。
皆が僕に努力を強いる中、君だけは僕を心配してくれた。
その特別な言葉は、僕の中に初恋という特別を作った。
想いを糧に奮起して。
少しでも君に近づける様に努力して。
そうして君と仲良くなって。
一番近くにいられるようになって。
幼いなりに、永遠を誓い合って。
「一生一緒にいようね」、なんて。
叶うわけもなかったのに。
僕らの体が少し成長して、より多くの人達とかかわりを持ち始めるにつれ、
君は少しずつ、けれど見違えるような速さで、皮を脱ぎ捨てていった。
誰にでも手を差し伸べるお人好し。
誰にでも優しい人気者。
困っている人がいれば見捨てない。
誰もが言った。「彼女は聖女だ」と
誰もが呟いた。「彼女は優しい」と
君の生き方は、とてもきれいだった。
誰もがそれを見て、愛さずにはいられないほどに。
そしてまるで蛹から蝶へと変わるように。
羽化をした君は、いつの間にか遠い空を舞っていた。
手の届かない、遠い空を。
◇◇◇◇
気づいたときには遅かった。
誰もが憧れ、誰もが羨み、誰もが君を高みに置いた。
僕がただひたすら、日常を生きるのに苦闘している内に、君は雲の上だった。
誰かに傷つき、誰かに蔑まれ、誰かを気にして生きていた僕は地の底だった。
熱を孕んだ僕の心は地に伏して仄暗い赤を纏い、
軽やかに空を舞う君は光を受けて燦然と輝いた。
どんなに速く走っても、どんなにわき目をふらずに目指しても。
決して君には追いつけない。
人と関わって、人の負の面を知って、人に裏切られて、人に泣かされて
それでも人を信じていられる君の傍に、僕はいることが出来なかった。
報われない想いは鬱屈と不満の中、仄暗く黒く染まる。
理不尽だと分かっていても、衝動は理性では治まらない。
だから祈って、奇跡を願って、運命に希って。
どうか来てくれますようにと呟いて。
人を知って、人の中に入って、人の輪を愛して、人の中に溶け込む君を、
遠くから独り見続けて。
「好きな人ができた」
そう久しぶりに話してくれた君が告げた言葉によって
僕は君が僕と幼き約束を忘れたことを知った。
◇◇◇◇
きっと、それは初めから届かない恋だったのだろう。
地を這うしかない溶けた岩が、空を舞う鳥と交わらないように。
僕は鳥の飛び立った波紋に浮かされて、はね跳んで、ただ熱を持った泥だった。
消して届かないと知りながら、それでも紅く輝いて。
もしかしたら来てくれるかもしれないなんてみっともなくしがみついて空を見上げて。
やがて時間という毒にその体が固まって。
無骨な石細工になって、ようやく己の分を知った。
諦めを、捕まえた。
でもだけど
ああ、悲しく。
最早石は動けなかった。
長い時間をかけて恋に溶け、奇跡を待ち続けて歪み、熱の中に消えた石は。
もう意味もなく恋を待つこと以外出来なくなった。
恋という熱を失って。
でも恋という形を持ったまま。
だからやがて、石が時の流れに崩れ去るまで、
石は空を見るのだろう。