スパイなんですが、スパイ先が脳筋すぎるんです 2
とある寂れた酒場の奥。
ローブで顔を隠した怪しげな風体の人物がいる所に、騎士団の制服を着た、見覚えのある若い男が入ってきた。
「いらっしゃ……おや、またキミかい」
「お久しぶりです……ちょっとストレスマッハなんで聞いてください……」
「な、なんか顔色悪いね……この薬呑むかい? 大分よくなるよ?」
「お気遣いはありがいんですが……今、胃になに入れても吐いちゃいまして、なにも胃に入れるな、ってドクターストップがかかってるんですよ」
「そ、そうかい……」
★★★
はい、私は第二皇女付の護衛兵をやっております。
ああ、出世したんですよ、。それに従って一人称も変えました。
えっと、まあ、それで? 私、魔族のスパイじゃないですか? そんな私の早い出世に、一応はワナの線も疑ってみたんですが、まあ、精鋭の騎士団がアレですからね…… いや、彼らは強いんですよ? おつむがちょっと、いやだいぶ足りないだけで。ワナを疑うのもめんどくさくなったんで、考えるのやめ──ハッ!? ヤバい、僕まで脳筋になりかけてる!? くそ、あの腐れ騎士団めェェェ!! 変な脳筋うつしやがってェェェ!! ど、どうしよ、脳筋になってしまう!! 挨拶が「ムキッ」になってしまう!! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だァァァァァ!!
──十分後──
11足す11は22、11足す12は23、よし、二桁の和差算ができてる!! まだ脳筋になってない!! まだ、僕はだいじょーぶ!!
──三十分後──
……いや、だぁ……ぼくは、ぜったい、「ナイスマッスル!!」なんて、いわないんだからぁ……
──三時間後──
……し、失礼しました……ちょっと動揺しちゃった……
……ふう……
えーと、確か、近衛騎士団に入ったところだったよね。
うん、ワナの可能性を放り投げた私は、スパイの任務を果たすべく、宮廷に入廷したんだ。
近衛騎士団? ああ!! 彼ら、脳筋じゃなかったよ!! すごく頭がよかった。だって、聖騎士団は騎士団長すら11足す12ができなかったのに、近衛騎士団の人たちは皆、11足す12はもちろん、九九の段を四の段まで言えるんだよ!! すごいよね!! 朝御飯は毎回プロテインらしいけど。
……話がそれたね。そんな感じで、近衛騎士団の人たちは問題なかったんだよ。
でもね。
問題は王族。
ほら、この国の王族ってエルフじゃんか?
でさ、王女様と王子様と面会したんだ、仕事で。
王子様はともかく、王女様と会うの、すっごく楽しみにしててさ。だってほら、エルフって美形らしいじゃん?
で、面会の時。
部屋には、ゴリラかよってくらい筋骨隆々なエルフ、いやゴリフとすっごく線が細くて綺麗なお姫様がいたんだ。
いやあ、今思い出しただけでもうっとりしちゃうよ。
なんでかゴリフはドレス着てて、お姫様は男物の軍服着てたけど。
なんでだろね? わかる? 静聴屋さん。あなた、情報屋でもあるんでしょ?
……え? ゴリフが王女様で、お姫様が王子様? ハハッ、そんなバカな。
私を嵌めようったって、そうはいかないよ。
……え? ちょ、なんで悟ったような笑顔浮かべてるの? どうして慈愛に満ちた笑みで私の肩を叩くの? え、ちょっとなに、その薬。「辛いことも悲しいこともヤバイことも忘れられる、幸せの白い粉〜〜憧れの彼女が彼だった時用〜〜」って書いてあるんだけど? 使用する状況が特殊すぎるでしょ。え、なんで唐突に黒子たちが現れて私を捕まえるの? どうしてその白い粉を私に飲ませようとする……ってダメ!! 白い粉は、ダメ、絶対、なんだからって、ヤメロォォォォォ!!!!????