共鳴少女 ―きみの歌―
現在構想中の話のプロット小説です。これを見てキャラに触れていただけたら、と思います。
九条院拓はその日、出会ったばかりの少女とキスをした。
それは愛しあう者同士がするキスというよりも、お互いの傷口を舐め合うような仁愛の口づけであった。
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別れましょう、と彼女は言った。
頬は紅に染まっていて、目には涙が浮かんでいる。泣き出しそうなのを必死でこらえている様子だ。
わなわなと震えながら涙をこらえている彼女を見て、拓は狼狽えるほか無かった。
彼女が踵を返し、走り出す。
待って、と言いかけて拓は挙げた手を忌々しげに見て、下ろした。
そうだ。俺には彼女と付き合う資格はない。簡単な約束も守れない男など、女は去っていくだけなのだ。
そう納得しようとはするもの、心に突き刺さったものが抜けることもない。
ため息をつきながら公園の出口を目指して歩く。周囲の同情の視線にも、何も感じなかった。
こんな時、男はどうやって失恋を忘れるのだろうか? 拓は、住んでいる安アパートに向かいつつ考えた。
バーに行って、酔いつぶれるのは自分の流儀に反する。友達とつるんで遊びつくす気分でもない。故郷の家族に電話するのは、余計な心配をかけたくないので避けたい。
拓はポケットからラッキーストライクの箱を取り出した。一本銜え、ライターを擦る。
……火が点かない。
「くそっ……」
毒づきつつ、タバコのフィルターを噛み潰し、吐き捨てた。
夕暮れの沈みかけの太陽が、今はすごく目障りに思えた。
公園前の噴水に誰かが腰掛けて歌っていた。
夕日の逆光に照らされ顔はよく見えないが、自分と同じかちょっと歳下くらいの少女だとわかる。
拓はその歌声を聴いて、無性に泣きたくなった。
「どんなに嘆いても、どんなに振り返っても、過去には戻れないはずなのに――」
駄目だ。まだ泣くな、堪えろ。
「なぜ悲しくなるんだろう?」
「あなたの肌の感触、あなたの口の感触。僕は忘れないよ。でもね、本音を言おう。もう一度やりなおしたい。もう一度愛したい」
「時間を、もどして。僕は君に囚われているから。悩んだって、後戻りはできない。だけど、君の目に憑かれているから!」
「前を向いて歩くから!」
歌が終わった。
拓は号泣していた。号泣しながら拍手をしていた。
少女は泣いている拓を見て、微笑んだ。慈悲深き、聖女のような笑みだった。
「気に入り、ました?」
少女は微笑んだまま言う。
「うっぐ……、最高だよ! ブラボー! ブラボー!」
泣きながら感嘆の声を上げる拓。
「まさに今の僕の気分! って感じの歌でね……。……ずずっ。泣きたくなったんだ! ごめんね。顔、汚いでしょ?」
溢れ出てくる涙と鼻汁を拭いつつ、拓は言った。
「わかってます。失恋、したのですね? あなたの為に作った曲ですから……」
え? と拓は顔を拭う手を止めた。
黒髪でロングストレートの少女はゆっくりと立ち上がった。
「わたしね、近くにいる人の感じていることを傍受することができるんです」
ゆっくり拓に近づいてくる。
拓は、その言葉に理解が追いつかなかった。
立ちすくんでいる拓を、少女は軽い足取りで、スキップでも踏むように近づいてくる。
「わたしは弓愛紗。共鳴少女です!」
少女……愛紗は、さらに拓へ近づいてくる。
「わたしは、人の心がわかります。その治し方も……」
そう言って、拓の顔を見上げるように自分の顔を近づけつつ……。
拓はこの日、出会ったばかりの少女とキスをした。