参 地底世界編
地底世界は何も変わっていなかった。草木もなく、岩だらけであった。前にエグシオが殺した兵士たちの死体はなくなっていた。天上界の獣か何かの餌になったのかもしれない。ところどころ人骨らしきものは落ちていた。
ハーネスとライアは周りを見回した。上も岩。下も岩、土。
「これが地底世界。なんか寂しいところね」
「あぁ、こんなところに何年もエグシオは住んでいたんだな」
「…この世界が、僕にとっては普通だった。」
エグシオは突然しゃべりだした。そしてまた一人ですたすたと歩いていった。エーヴァはエグシオについていく。一定の距離を保っているようだ。
「ねぇ、ライア」
「ん?なんだよハーネス」
「エグシオってほんとに強いの? なんか想像つかないな」
「ん~そうだな。戦いを見たらわかるって」
「説明するのめんどくさいだけでしょ! バカ!」
「バカってなんだ! まて! こら!」
じゃれあってる二人をエーヴァとエグシオは気にせず先に進んでいった。
そして、エグシオが暮らしていた村に着いた。しかし、もう村らしい原型はなかった。荒らされた廃屋。エグシオは一軒の廃屋の前で足を止めた。そこは自分の家だった場所だ。
「ここは?」
「こいつの家だった」
「そんな…」
ライアとハーネスは言葉が出なかった。確かにここは村で家がたくさんあった。もう過去のこと。今は瓦礫と家のような形をしたものが何棟かあるだけだ。
どおおおおおん!!!!
遠くから爆発音が聞こえる。エーヴァは音がするほうを見た。
「なんだ、大砲?」
「嫌な予感がする…」
ライアは音のするほうへ走っていった。エグシオはライアについていこうとしたがライアの走る速度が速すぎてついていけなかった。エーヴァはニヤニヤ笑いながらエグシオの後をついてくる。エグシオの身体能力のなさに笑いがこみ上げてきたようだ。
遠くから現状が把握できた。魔族の村が人間の軍隊に襲われている。
ライアは大砲を次々と破壊していく。ライアに槍を待たせたら勝てるやつはなかなかいないだろう。
「オラーーー! かかってこいやーー!」
兵士:「なんだこいつ!」
兵士:「兵器がまるでおもちゃみたいに壊されていく!」
兵士たちの数が減っていった。
「きゃあああああああ!」
遠くから叫び声が聞こえた。この場はライアに任せてエグシオはその声のほうに向かった。
そこには一人の少女が人間の兵士に襲われていた。兵士は鎧を脱ぎ少女に乱暴しようとしていたところだったのだろう。少女は半裸状態にされていた。そして、顔が殴られて腫れていた。口から血も出ている。
それを見たエグシオの殺気は一気に膨れ上がった。それを感じたエーヴァはさっきの笑いとは違った笑いがこみ上げてきた。
「…おい」
兵士:「あ? なんだガキ! 邪魔すんじゃねぇ!!」
兵士は剣を振り下ろしてきた。だがその剣はエグシオを掠めることなく腕ごと地面に落ちた。
兵士:「え? え? なんで? あ?」
気づいたときにはもう黒い風の刃で兵士はバラバラにされていた。ハーネスはそのときのエグシオの姿に恐怖を感じていた。
「エグシオ…?」
エグシオは少女の元に向かった。
「あ、いや…こないで」
少女はひどく怯えていた。誰が見方かもわからない状態だった。そこへハーネスが少女に話しかけた。少女も女同士で安心したようだった。
「大丈夫だよ! 私たちはあなたと同じ魔族よ?だからあなたの味方だよ」
「み…かた?」
「そうだよ。だから怖がらないで」
少女は半裸状態で手で胸を隠していた。その姿の少女を見ても何も感じないのか、少女の目をまっすぐ見てその場を去ろうとした。
「まったく、ガキは発情しないのかね」
「エーヴァ! そんなこといって! ライアじゃないんだから発情なんかしないわよ!」
「なんだよ。呼んだか?」
ライアが戻ってきた。どうやら敵を殲滅したらしい。100近い人数と大砲、銃などがあるなか一人でフェイランド兵を倒したらしい。
「おぉぉ! こんなところに可愛い娘が半裸で!」
「こら! 見ちゃだめ!!」
ハーネスはライアが少女に近づかないように睨みつけた。
「こ、こわ!」
ハーネスは少女に話しかける。
「ねぇ、名前は?」
「クリス…クリス・トール…」
「クリス、うん! クリス! 私はハーネス、あの黒髪の女の子がエーヴァ、その近くの男の子はエグシオ、そしてあのアホッぽい顔のやつがライアだよ。よろしくね」
「あ、みんなは?! みんな!! お父さん! お母さん!」
クリスはさっきまで戦っていた広場に走っていった。
村人が大勢怪我していたが死人は出ていなかった。ライアが俊足で駆けつけたためだろう。
「俺が追っ払っといたよ」
「よかった…ふぇ…」
クリスはその場でぺたんと座り込んで泣き始めた。その後、村人から今何が起こっているのかを聞いた。
エグシオが天上界にでてすぐに、次の人間の侵略隊がやってきた。先遣隊が全滅したので最初は慎重だったが、魔族が脅威でないことを知るとどんどん村を襲っていったという。この村には屈強な兵がいたため今までここで侵攻を防いできたが、今回の侵攻では兵器を持ち出してきて戦況が不利になった。そこにライアが現れた。ライアは村人みんなに感謝されていた。
エーヴァは皮肉をこめてエグシオに言った。
「おーおー、ライアすっかり人気者だな。どっかのとろいクソガキとは大違いではないか」
「…ごめん」
ライアの周りには若い女の子も寄ってきており、ライアは鼻の下を伸ばしていた。それを見たハーネスは不機嫌になる。
「だらしない…鼻の下伸ばしちゃって…ださ!」
「いやははは! あんなやつら何度きてもこのライアがぶっ飛ばしてやるってば! うははは!」
エグシオは何も言わずその場を離れた。エーヴァは気づいていたがあえて後を追わなかった。
エグシオは自分の村の付近まで戻ってきた。しばらくあたりをうろうろした。そして、墓場を見つけた。その場でたたずむ。
「お知り合いの…?」
後ろにクリスがいた。どうやら、エグシオがいなくなったのを気づいて探してくれていたらしい。
「…うん」
墓は三つあった。他の村人は全員逃げ延びれたようだ。
「お父さんとお母さん、それと村長」
「え!?あ、うそ…ごめんなさい! そんな…知らなくて…」
「気にしないでいい」
「あれ?でも…この村って…」
そこにライアが現れた。地底世界の魔族たちに天上界の今の現状と人間たちと戦うということを伝えたらしい。もちろん口下手なライアではなくハーネスがわかりやすいように村人たちに説明をした。
「お、いたいた! エグシオ! 話しつけたぞ! みんな天上界で戦ってくれるって! それに他の村にも連絡取ってくれるってさ! これでまともに戦えるかもしれない! わくわくするなぁ!」
「わかった」
エグシオは墓の前を後にした。
「ん? 誰の墓だ? ま、いっか」
「この村って…人間の軍隊が一人の少年によって…」
クリスは一人考え込んでいた。エグシオたちが地底世界に来たことにより、魔族たちの動きが活発になった。もともと戦闘を好む民族なため、血が騒いでいるのだろう。
それに、もう逃げたくはなかった。ライアの戦っている姿を見てどれだけ元気付けられただろうか。みんなの準備ができるまで村で休むことになった。
そのころ、天上界にも動きがあった。
フェイランド国では軍議が行われていた。3将軍が話し合いをしていた。
「レジスタンスのアジトの入り口はまだ見つからないようだな」
ウェイムが攻め込んだアジトの入り口はもう塞がっておりどこにも繋がっていなかった。
「えぇ、でもそろそろ動き出すはずよ」
ビカムは独自に魔族はもしかしたら魔法か何かの術で出入り口を自由に移動できるのでないかと考えていた。
「さっさと見つけてぶっ殺しちまいてーなぁ! もうC109できたんだろ?」
ランバードはただ魔族を殺したいだけであった。そしてC109は予想よりはるかに早く完成してしまったらしい。C109はウェイムはあまり好かないようだった。
「むぅ、だがあの兵器はどうも好きになれん。あれは生き物に使うべきではない。」
「はぁ? 魔族なんかみんなゴミなんだからいいじゃねーかよ。それともあれか? ウェイムさんは魔族の味方ってか?」
「そうではない。ただあのむごい死に方をするのがな」
「だぁかぁらぁ! ゴミなんだからむごったらしく死ぬの当たり前だってーの!なーにいってんだ?」
「もうよしなさい。私たちが争って…あら?」
ウェイムとランバードの言い合いにビカムが割って入ったと同時に軍議室に兵士が入ってきた。
兵士:「地底世界侵攻中、邪魔が入り部隊が全滅しました!」
その報告を聞いてビカムは驚いた。もうすぐ地底世界侵略が完了すると予想し銃器等を運搬したばかりだったからだ。
「全滅?魔族に抵抗されたの?」
兵士:「いいえ!大砲を使って集落を攻め落としていたとき一人の槍使いが加わり、その一人に部隊を全滅させられました!」
ウェイムは思い当たる節があるようだった。ライアだ。すぐにわかった。
「槍使い一人に部隊が…そうか…あいつだ。」
「あぁ? 心当たりあんのかよ。一人で部隊全滅ってなんだそりゃ」
「俺が行こう。数だけでは意味がない」
ウェイムはライアの強さを知っている。その辺のただの兵士ではまったく歯が立たないのは目に見えてわかる。
「おいおい! 待てよ。そろそろ体動かしたくてむずむずしてんだよ。ちょいと俺が地底世界行って邪魔するやつらみんなぶっ殺してやるよ」
「ふん、好きにしろ」
ランバードはすぐ席を立ち部屋を後にした。ビカムはため息を吐いてウェイムのほうを見る。
「あなたから出ようとするなんて珍しいわね」
「その槍使いに心当たりがあってな。以前やつらのアジトに攻め入ろうとしたとき、果敢に一人で立ち向かってくるやつがいてな。」
「レジスタンス…の一員ってこと?」
「あぁ」
ビカムは席を立ち、ゆっくりウェイムの近くまで来て耳元で囁いた。
「私たちは私たちで作戦を練りましょう。やつらのアジトの入り口を見つけるにはおそらく大量の魔術師が必要になるわ。魔方陣を破れる位のね。」
ウェイムはビカムを抱き寄せて二人で戦略を練った。
村に戻ると旅支度をしている人がたくさんいるのに気づいた。ライアは嬉しくなった。現在集まった人数だけでもエンジェルのメンバーと同じかそれよりも多い。まだまだ各村から集結している。
「この村の人は戦う気満々だな! みんないい奴らばっかだよ」
「そうか…」
「なんだ? エグシオ嬉しくないのか?」
「仲間が増えるのいいことじゃない?」
「そうだね。」
エーヴァとハーネスはエグシオが微妙な返事を返すので顔を見合わせていた。エグシオはなんとなく遠くを見て考え事をしていた。ライアもエグシオの変化に気づいた。
数日が経過した。続々と魔族の仲間が集まってきた。女子供合わせて1千人以上が集結したが、まだ人間と戦えるかどうかというのは半信半疑の人が多いようだ。ライアはエグシオを探していた。
エグシオは、村から少しはなれたところでビュアラに教わった武術の型の練習をしていた。
「エグシオ!」
「ん、ライア…」
「稽古一人でやってちゃつまらんじゃんかよ。組み手やろうぜ!」
「うん。」
ライアとエグシオは向かい合った。そして組み手が始まった。素早い攻撃と防御が繰り広げられたがやはりライアのほうが上手のようだ。
「オラオラ! エグシオ! 集中しろよ~!」
「…ぐ!」
何発かエグシオのボディにヒットした。エグシオの顔は歪んだが、動きは変わらない。その様子をエーヴァは遠くから見ていた。
「ふん、まだまだだが…それなりの形にはなってるじゃないか」
ライアは休まずに攻撃を繰り出す。何分か経過したころ、二人の組み手の内容は変わっていた。エグシオがライアの動きについてくるようになり、ライアの攻撃は食らわなくなっていた。ライアは一瞬、自分のギアを上げた。エグシオはいきなりライアの動きが早くなったためついていけず、みぞおちに蹴りが入り、うずくまった。
「ふぅ、エグシオ…普通の魔族相手ならもう余裕で勝てる実力ジャン。びっくりしたよ。」
「まだまだだめだ…」
「エグシオ…お前まだ13歳なんだから焦るなよ」
エグシオは俯き、何も言わない。
「今は…仲間を頼れ。そして強くなっていけばいい」
「仲間…」
「あぁ。俺とエグシオは仲間だ。だから、一緒に戦いを楽しもうぜ」
次の日の夕方、集まった魔族の仲間を引き連れてウォームに向かった。異変に気づいたのはハーネスだった。
「あれ? ウォームは地上に通じてるはずなのに…」
「んあ? それがなした?」
「…なるほどな。地上が明るいな」
エーヴァも異変に気づいたようだ。だがライアは何がおかしいのかわからないらしい。
「なんだよ! 地上なんだから明るいに決まってるだろ?」
「今は夕方よ。さらにウォームの入り口は森の中。昼間でもここまで明るくないわ」
ハーネスの指摘にライアが真顔になりエグシオもウォーム出口の光を睨みつけた。
「いる。」
「あぁ、少数だな。」
エグシオとエーヴァは戦闘態勢に入った。待ち受けているのは、3将軍の一人ランバードとはまだだれも知らない。上からランバードが見下ろしていた。
「おっほ! ゴミがうじゃうじゃきたぁ! おい! プレゼントあげよう!」
そう言うと、部下らしきもの数名が小さいボールのようなものを大量に投げてきた。爆弾か、ただの投石かわからないが回避することに越したことはない。ライアは後列の魔族の仲間に叫んだ。
「伏せろーーー!」
それが爆発した瞬間、すべてを溶かす雨が降り始めた。ハーネスは中の液体が何かすぐ言い当てた。
「この臭い…濃硫酸だ! 伏せてもだめ! 逃げて!」
魔族たちは逃げ惑った。しかし、逃げる範囲すべてに濃硫酸の雨は降り注ぐ。
「くだらない…」
エーヴァはみんなが逃げ惑う中、その場で片手を上げた。その瞬間、降り注ごうとしていた濃硫酸の雨は空中で動きを止めた。そして一箇所に集まりだした。大笑いしていたランバードの顔が硬直した。
「あら~? なんだぁこれ?」
「返すよ。」
濃硫酸の塊はランバードが率いる軍隊に向けられた。
兵士:「うぎゃあああああああああああ」
ほとんどの兵士はウォームの入り口付近で皮膚が解けて倒れこんでしまった。
「お~、こわ! 何だあいつ」
ランバードは物陰に隠れて助かっていた。ライアが地上に戻り、ランバードと対峙した。
「何だお前!」
「ゴミどもに名乗る必要ないでしょ」
ランバードは双剣を構え、いきなり向かってきた。
「ぐ! なめんな!」
ライアとランバードは攻防を繰り広げた。ランバードは不規則な動きをしながら回転して攻撃し来る。ライアは槍でその攻撃を防ぎながら、距離を置いて攻撃を繰り出す。ランバードは楽しそうに戦いながら話しかけてくる。
「おうおう! いいねぇ! ウェイムがなんか言ってだけのことはある! もっと楽しませてくれよぉ?」
「ぺらぺらしゃべってんじゃねー! 誰だ! ウェイムって!」
「まぁ頭の固い鎧を着た親父だよ」
「そんなやつしるかー!」
ライアは高速の突きを繰り出す。ランバードは防御に徹したが、守りきれず左肩に傷を負った。ランバードもさすがに距離をとった。
「おぉ? こりゃつえーな。ゴミの癖にやるじゃん」
ライアはじりじりウォームの入り口から遠ざかった。地底世界にいた魔族たちは地上に出てこれるようにとライアは考えていた。
「お前、だれだよ」
「まぁお前ゴミだけどつえーから名乗っといてやるよ。俺は…」
ランバードはいきなりウォームの方へ走り出した。ライアは一瞬反応が遅れてしまった。ランバードの動きは早い。見る見る後列の魔族たちに近づいていく。ライアも全速力でランバードを追いかける。
「しまった!!」
ランバードは子供に斬りかかろうとした。
「こそこそ動いてるのみえてるぜぇ。俺の名はランバード! よく覚えておきな!」
「ぐ、間に合わない!」
ガキィィィィイン
「なんだぁ?」
ランバードは驚いていた。偏見で魔族は魔法をほとんど使わないと思っていた。子供の周りにシールドが張られていた。ハーネスが防御魔法を使ったのだ。
「手出しはさせないわ!」
「ハーネス! お前最高だ!!」
ライアはランバードを貫いた。しかしランバードは致命傷を避け、再び左肩を貫いたに過ぎなかった。しかし、双剣を扱うランバードにとって肩をやられたため、双剣は使えなくなった。
「てめぇぇぇぇl! ゆるさねぇ!! ぶっ殺してやる!」
怒り狂ったランバードはその場でくるくると回りだし、また不規則な攻撃を繰り出そうとしていた。
「おらぁ! 回転演舞!」
ライアにすごいスピードで竜巻のように回り攻撃を繰り出そうとしていた。そこへライアが構えた。
「俺の数少ない技を見せてやるよ」
「おらぁぁぁぁ!」
ランバードがライアに襲い掛かる。
「閃」
一瞬だった。ランバードの演舞はライアの胸から腹にかけて皮一枚斬りつけた。その直後、ランバードの頭、正確には右目の部分から抉られ穴が開いた。あたりに鮮血とランバードの脳が飛び散った。
ランバードはその場でぐしゃっと倒れた。ライアがランバードを見下ろした。
「下衆野郎に俺が負けるわけねーだろ」
ハーネスがライアの元へ駆け寄ってきた。
「大丈夫?! ライア!」
「あぁ。 あそこでの防御魔法助かった。ハーネスいつ魔法なんか…」
「はぁ? 私は魔法研究室のメンバーなのよ? 防御魔法くらい使えるに待ってるじゃない」(本当はさっき使った防御魔法しか使えないけど…)
「へっ。 いって…最後にちょっとくらっちまった」
「ほら、手当てするよ! 他のみんなは地底世界から出れたから! 大人数の移動で、人間にばれないようにするからあと明日にはベースに戻れそうよ。」
「あの人数…ベースに入るのか…?」
「…どうだろ?」
地底世界からの仲間と合流する数時間前、エンジェルのベースで異変が起こっていた。ビュアラ、ラッセル、エナム、ベン、ネム、その他数名の魔族が研究室にこもっていた。
「くそ! いったいどうなっている!ベン!」
「ビュアラさん、いきなりだからなんともいえないけど吸い込んでしまったらアウトみたいですね。なんとかこの部屋は無事ですみましたね」
「だが…まだ多くの仲間が向こうに…」
ビュアラとベンとラッセル。彼らはたまたま研究室で打ち合わせをしていたため難を逃れている。
今、アジトは襲撃されていた。それも得体の知れない何かに。エネムは考えていた。薄く青い霧がアジトに入り込んでからそれを吸った仲間たちが次々と血を体中から噴いて倒れていった。
「ん~それにしても困ったね。それにしてもあれはなんだ?リーダーどう思います?」
「無臭の毒ガスだな。人間どもの兵器か? なぜこの位置がばれたんだ…ベンの魔方陣はちゃんと発動しているのか?」
「リーダー、入り口は人間がこれないように塞いでも空気を入れるために少し隙間はあけておくものです。おそらくこの前襲われた入り口付近を手当たり次第に近辺に毒ガスをまいているのでしょう。その通気用の穴からアジト内に入り込んだようです。ただ、魔法陣の効力がなぜか弱まっているのも事実です。ちゃんと確認しないとなんともいえませんね。」
たまたま医療班のネムも研究室にいた。
「ラム…モネ…」
ラッセルは冷静にこの毒ガスの効果を分析した。それを聞いてネムは泣き叫んだ。
「…このガスを吸うと5分で目から出血、8分後には鼻血が止まらなくなり10分後には吐血。その後、体中が腫れ上がり血が噴出し爆発するように死んでしまう。」
「もう毒ガスがきてから1時間以上たってるのよ!!! ラム!モネ!」
研究室を出てラムとモネを助けに行こうとするネムをエネムがとめる。
「待ちなってネムちゃん。出たら死んじゃうよ?」
「でも! 家族なのよ! モネとラムがいなくなったら私…」
ネムはその場に崩れ、泣き出した。ビュアラも苛立ちを隠せない。
「くそ!! まだ外で助けを待っているかもしれないのに! 助けに行けないのか!」
「このガスって吸わなきゃいい感じかな?」
「そうだね。皮膚からガスに犯される心配はないみたいだ。エナムなぜそんなことを聞くんだい?」
「そこらへんにある棒使っていい?」
エナムはベンに毒ガスについて確認した後、近くにあった1.5mくらいの鉄の棒を手に取った。それを見たビュアラはまさかと思いながらエネムに聞いた。
「おい! エナム! まさかお前…」
「ちょっくら外出て見ますよ」
「まて。死ぬぞ。エナム」
ラッセルが冷静に止めに入った。だがエナムは行く気満々だ。
「俺はどんな戦地でも死なないでしょ。早くあけてくれ」
「…何か策があるのかい?」
ベンの問いにエナムはくすっと笑うと棒を頭上でくるくる回し始めた。するとそこから風が起こり始めた。風を起こし毒ガスよ自分のところから遠ざけて進むつもりらしい。
「ガスを吸わなきゃいいんだよね?」
「それなら私も…」
「リーダーはここにいなきゃだめでしょ。万が一を考えてね。俺はちょっくら散歩に行って来るだけだよ。」
「しかし…」
「それに棒回し芸なら俺のほうがうまいし」
ビュアラが行こうとしたがエネムは頑なに自分が行くと言い張った。ネムのほうをみてにっこり笑った。
「エナム…」
「さて…入り口から離れてろよ」
そういってエナムは研究室をでていった。
そのときラッセルは試験管に青い霧状の毒ガスのサンプルを採取した。ラッセルとベンは顔を見合わせて頷いた。解毒剤を作る準備に取り掛かった。
そこらにはさっきまで楽しく話していた仲間たちが無残な姿で倒れている。女子供も関係なく…。エネムは医務室にきた。もしラム・モネが生きているとしたらここにいるはずである。ドアを開けるとやはり二人はいた。二人ともぐったりしているが死んではいない。
「ラム! モネ!!」
ラム:「あ…エネムさん…エナムさん!」
モネ:「エナム!」
「すぐに部屋を出るよ! ガスは吸ってないだろうな?」
モネ:「あったり前でしょ? ここ医務室なんだからガスマスクぐらいあるわよ…」
ラム:「でも、1個しかなくて…交代で使っていました…」
ラムとモネは1つのガスマスクを交代で使っており、ガスマスクをつけてないほうはなるべく息をしないでじっとしていたようで、そのせいで酸欠気味になりぐったりしていた。
「歩けるな? いくよ」
エネムは風を起こし、魔法研究室まで二人を連れて行こうとしたとき、ラムが転んだ。
モネ:「あぅ」
ラム:「大丈夫? ラム」
モネ:「大丈夫よ。ちょっとめまいが」
「めまい…」
エネムは槍を回しながらモネの目を見た。目が真っ赤に充血していた。
「やばい。急いで戻ろう。いや、待てよ…」
今、エナムたちがいる場所は出口のゲート近くであり外に出たほうがリスクは明らかに低い。もちろん外には人間がいるかもしれないがモネに死が迫っていることを考えると外にいったほうが生存率は上がる。
「外に行くよ!」
モネ:「ちょっと! 何がやばいのよ! って人の話し聞きなさい!」
ラム:「あわわ、みんな倒れてるよぉ~あれ、ネムは…」
ラムはネムがいないことに気づいた。ライアはラムの疑問に答えた。
「ネムは研究室でリーダーたちといるから大丈夫。元気だよー。」
それをきいたモネとラムは安堵の表情を浮かべた。
出口のゲートから外に出た。もう夕方になりあたりは暗くなっていた。ガスは質量が重いので足元でドライアイスの煙のようになり地下へ流れていっていた。そして、そこには魔族の死体の山と数百の人間の兵士たちがいた。予想はしていたが最悪の結果だ。毒ガスを逃れるために外に急いで出てきたところをいきなり襲撃されていたようだ。アジトの中の死体の数と同じくらい殺されていた。現状エンジェルは壊滅状態となってしまった。
「マジかよ…」
モネ:「あ…そんな…」
ラム:「うぅ」
ウェイムとビカムが兵士に指示を出していた。
「ビカム…予想通りだな。地下からうじゃうじゃとやつらが出てくる。」
「えぇ。ガスで弱っている魔族を蹴散らすのなんて分けないわ。予想通り魔法陣で結界を張っていたのね。ふふふ、大した結界だけど威力を弱めれればなんとカなるものよ。」
「ビカム…お前は恐ろしく頭が切れて美しい…」
「こんなとこでほめても何もして上げれないわ。お城に着いたらいいことしてあげる」
予想以上の成果に将軍二人はご満悦だった。それをみたエナムはさすがに怒りがこみ上げた。
「毒ガスなんて卑怯だねぇ。将軍さんたち」
ビカムはその怒りを冷静に受け止めた。
「卑怯? 戦いはいかに有利に戦況を進めるかよ。 次の手をどんどん読んでいかないと」
「勉強になるわ~。でも女子供まで殺しちゃうのかい?」
「仕方ないのだ。魔族に生まれたのが運のつきだ」
ウェイムが魔族だから殺すという理不尽な解答をする。ビカムも同じような反応だ。
モネ:「私たちはなんも悪いことはしていません! なのになぜ…」
ラム:「うぅ…目がかすむ…」
「そのガスは吸い続けたら風船のように体が爆発するウイルスガスよ。新鮮な空気を吸えば容態は回復するかもしれないわね。でも、元々ガスであなたたちを殺す気なんかなかったの。」
「なに?」
「魔族は生命力が異常に強いからきっちり止めを刺したいの。だからこうやって地上で見張ってガスであぶりだすのよ。」
ビカムは冷静に且つ、悪魔のような残忍さを併せ持っていた。ガスで殺す気はないといいながら、そのガスで半分近くの仲間が殺されている。地上に出てきた魔族たちは周りの兵士、もしくは兵士では手に負えない強い魔族相手にはウェイムが止めをさせいていたらしい。エネムにウェイムが襲い掛かろうとしていた。
「個人では恨みがないが、人間としては魔族との因縁を断ち切れない。悪いが死んでもらうぞ」
「おいおい、待てよ。もう死ぬってわかってんならサシで勝負しようぜ。将軍さん」
「お前と勝負して私に何の利益がある」
「なんだよ~根性ねーな。まぁこんなに大勢の兵士がいる前で俺に倒されたくない気持ちもわかるけどよ」
「その言葉…後悔させてやるぞ」
ウェイムは馬から下り、剣を抜いた。もちろん勝負とのことなのでエネムにも剣を渡す。うまくウェイムが挑発に乗ってくれた。鎧を着ているウェイムは動きが鈍い。
ラム:「え、エネム…」
モネ:「エネムさん…」
「大丈夫だ。必ずお前らを守ってやるさ」
エネムとウェイムは対峙し、周りには数百の兵士。
「参る!」
ウェイムの動きが鎧を着ているとは思えないほど急に早くなった。
ひるむことなく攻撃を繰り出す。ラムとモネはその戦っている後姿を何もできずただ見ていた。アジトの中の毒ガスはまだ消えていない。助けがこないのはわかりきっていたことであったが、今はただ…助けを願うばかりである。
地底世界から半日ほど歩いていた。エーヴァもさすがに疲れたようであった。他の魔族の仲間はまだ元気なようではあったが女子供もいるので少し休むこととなった。
地底世界での呼びかけで千人近く人数が集まった。だが、この人数を一度に全員移動するのは危険だと考え4グループに分けて天上界のアジトへ向かった。
「いやー、この人数だけでもアジトが窮屈になるなぁ。」
「そうね。でももう穴の中も嫌だったから地上に村とか作れたらいいのに」
「その気持ちわかるけど人間に見つかっちまうじゃん。やっぱ人間みたいに壁に囲まれた国を作らないとだめだよなー」
「魔族だけじゃあきついよね。もともと人数少ないし。」
先頭を歩いているライアとハーネスはこれからの基地について話し合っているようだ。
クリスとエーヴァとエグシオは最後尾にいた。
「エグシオ君ってあの村で人間の兵隊をやっつけたっていう少年だよね!?」
「・・・」
「じゃあエグシオ君って強いんだね!」
「・・・」
エグシオとクリスの会話は一方的にクリスが話しているだけだった。しかしクリスの話は止まらない。
「あの後どこ行っちゃったの?どうやって人間たちを倒したの?いっぱいいたんでしょ?」
「・・・」
「おい、小娘。いい加減にしろ。」
エーヴァが呆れて話をさえぎった。
「そのときの惨劇をこのガキに思い出せというのか。」
「あ、そっか。ごめんなさい。」
エーヴァの一言にクリスは反省した様子で俯いてしまった。休憩が終わったのかまた魔族一団はアジトへ向けて歩き始めたのだった。
フェイランド兵がエンジェルのアジトを襲撃する前にアスカは捕虜としてフェイランド兵に捕まっていた。町よりかなり離れた場所であり、魔族のアジトの入り口を探索し続けていたフェイランド兵に見つかり怪しまれた。
なぜ、アスカがアジトを出て地上をを歩いていたか。とある魔法を習得するため以前精霊と契約したことがあった。幼いころの話だ。その精霊の力は強大だったため自分自身で使わないよう制御をしていた。
精霊と出会い、魔法を使えるようになったのは幼いころあることがあってからだった。
それからは魔法の修練を積み、今に至ったのだ。みんなの役に立てればと思い、久しぶりに地上に出て精霊と会話をしてみようと試みた。
精神を統一する。数秒後女性が静かに話しかけてくる。
「珍しいこともあるものね。今まであなたから話しかけてくることなんかなかったのに」
直接頭の中に言葉が伝わってくる。テレパシーに近いものかもしれない。
アスカは「彼女」具現化する。最初は透明感があったが徐々に色合いが濃くなっていきアスカの正面に美しい女性が現れた。
神は金髪、顔立ちは少し幼く白いドレスを纏っている。
「あらあら、本当に珍しい。私を具現化するなんて何年ぶり?」
現れた女性はアスカを見て、にっこり笑った。
「光の精霊アスカ、私と同じ名前の精霊。私に力を貸してほしいの」
「力を貸す?私争いごととか嫌よ」
光の精霊アスカはむっとした顔になった。
「それでも!お願い!」
「まあ話だけでも聞いてあげるわ」
だがそこへフェイランド兵が現れアスカは捕まってしまった。
「私が何をしたというのですか?!」
「お前はあの魔族と一緒にいた女ではないか」
軍馬に乗った兵士が話しかけてくる。3将軍のウェイムだ。
光の精霊アスカはいつのまにか姿を消していた。というよりは透明の状態に戻っていた。アスカの耳元で光の精霊はささやく。
「あらあら、大変ね。まぁ捕まっている間に事情をはなしてくれてもいいわよ」
「聖なる気を感じるわ。精霊か何かが近くにいるんじゃないかしら」
3将軍ビカムがアスカの近くにやってきた。
「まあ精霊と契約を結べる人間なんて限られているからなんとなく精霊様が近くを通ったのかもしれないわ。どうか、われわれにご加護を」
ビカムは何かいるのは察したがなんとなく宙に向かって祈りをささげた。
アスカはドキドキしながら何もしゃべらず二人の将軍を睨んだ。
「さて、魔族のアジトはどこにある?」
「人間の私が知るわけないでしょう!」
「ほう・・・」
ウェイムはアスカを見下ろし、何もいわず馬に乗って歩き出した。
「まぁ居場所は大体察しが着いているんだけどね」
ビカムがにっこりと微笑んでその場を去った。アジトの場所が知られている?なんで?
「今まで見つからなかったのにどうして今になってアジトの場所が・・・でもまだ、ばれていると決まったわけじゃないわ!」
アスカは捕虜としてフェイランド兵とともに歩みを進めた。アジトの方向に歩んでいく兵士たち。嫌な予感が膨らむ。
「とりあえず事情くらい話したら?」
光の精霊はアスカへテレパシーを送っていた。
アジトがばれてからエナムととウェイムが対峙し、死闘を繰り広げていた。周りにいる魔術軍団は手を出せないでいた。剣と剣がぶつかり合うだけで周りにも伝わるような空気の衝撃に襲われていたのだ。
「魔族というのは本当に歯ごたえのあるやつが多くて嬉しいぞ」
「それはお褒めの言葉として受け取っていいのかな?」
エナムとウェイムは剣を交わらせながら会話をしていた。剣を交えてからどれくらい時間がたっただろうか。ラムとモネも外の空気を吸って毒が薄れていったようだ。
エナムは一度ウェイムと距離をとった。周りのフェイランド兵が身構えた。エネムは疑問に思っていたことを聞いた。
「このアジトの場所どうしてわかったんだ?」
「ふふふ、今まで気づかれなかったのにいきなりばれてさぞ不思議でしたでしょうね。」
3将軍のビカムが不敵な笑みを浮かべていた。
「そもそも今まで見つからなかったこと自体がおかしいの。魔族の組織でそんなに少人数であるはずがない。つまり大規模な基地らしきものがあるはずなのに今までその基地らしい痕跡がある場所は地上にはない。そこからは何か目隠しらしき魔法でフェイランド王国の近くに基地を作り、出入り口を自在に移動してたのではないかと考えたの。案の定、結界らしきものがあったら壊そうと思ったけど予想以上に強力で結界を弱めることしかできなかったけどね」
今までベンとラッセルが結界を張っておりそれにより基地を隠していた。結界自体は完璧だったが弱められたことによって基地の入り口が見つかりやすくなってしまっていたようだ。魔族の女子供関係なくフェイランド兵は殺害していた。
「ウェイム、悪いけどそんなに時間はないわ。」
「そうか、わかった。こいつとの戦いは名残惜しいがビカムに任せよう」
時間がない。エナムは何の時間かわからないがウェイムが戦闘態勢を解いたのを確認し、周りの魔術師軍団が構えた。さすがにこの人数で魔法攻撃をされてはエネムでも防御しきれない。
「おい! 逃げるのかい!?」
エナムはウェイムに叫んだ。ウェイムは振り返り言葉を返す。
「今日、このときにお前たちを襲撃したのは意味がある。そう、我々は地底世界にも領土拡大のため向かっていたのだ。そこでレジスタンスの一団と一戦交えたと情報を得た。つまり、今この天上界のレジスタンスの人数は少なく戦力の半分が地底世界へ言っているの今が責めるチャンスと判断した。地底世界には3将軍の一人も向かったからな。」
仲間を集めてフェイランド王国を攻めるということに考えが偏り行動する時期を誤ったのか。つまり地底世界へ向かったエグシオたちも襲撃に遭っているのか。エナムは今の芳しくない状況を考えながらもエグシオたちの無事を祈った。
一瞬の刹那、エネムが今のフェイランド軍の作戦を聞いた最中に集中が途切れた。ビカムはそこで攻撃の指令を全軍に出した。エナムが気づいたときにはすでに炎の集中砲火を浴びていた。咄嗟に防御体制をとり、はじき返せる攻撃ははじき解したがラムとモネを護りながらではどうしても無理だった。
「ぐうううううぉぉお」
爆煙があたり一面に広がった。ビカムは攻撃を一旦止めた。しばらくして爆煙が消えていった。そこにはまだエナムが立っていた。ビカムとウェイムは驚きを隠せなかったようだ。しかし、エナムの姿は服は破れ血が滴り、息も切れ切れとなっていた。重度の火傷を負っていたのも見てわかった。エネムは吐血した。
「ぐふ、あー、ラム、モネごめん。もう無理だなこれ。」
ラムとモネはエナムのその姿を見て涙目で何も言い返さなかった。ただ頷く。ウェイムがエネムに賞賛する。
「お前はすばらしい戦士だな。人間であったなら良き友となっていたかも知れぬ」
「はは、笑わせんな。ぐふ。俺だったらさっき時間がなくても戦士としてあんたと決着つけてたぜ」
ビカムは容赦なく次の攻撃の指示を出した。魔術師たちは一斉に攻撃を開始した。エネムは空を見上げた。もうすぐ雨が降りそうな曇天だった。
「リーダー、後頼むわ。」
エネム、ラム、モネは爆炎に包まれた。
エンジェルのアジトの研究室でベンとラッセルは摂取したした毒ガスから解毒剤を作っていた。ビュアラは戻らないエネムが気になって仕方ない様子だった。ネムもラム、モネのことで頭がいっぱいのようだ。
「この毒の成分は…」
「兄貴、これで解毒できるんじゃないか」
「いや、ラッセル。それでは死ぬ効果は消せるが体が麻痺し動けなくなって解毒としては意味がない」
「ふむ、兄貴これではどうだろう」
ベンとラッセルは毒を分析していた。研究室に多種の薬剤がある。後は組み合わせ次第で解毒剤はできるはずだったが思ったより難航していた。化学材料に一部魔法により変質された材料が使われていたのだ。
「待てよ、毒の成分自体がこれならばなぜあのような作用を引き起こすんだ。そうか、変質された際に毒が濃くなって…」
「そもそもこの変質された毒素の元はおそらくこれだから…兄貴、これならどうだろうか」
「ラッセル!それだ!後はこれを加えたことによりどのような変化が起こるか一度実験をしなければ…」
「実験なんかしている時間はない!!」
ベンとラッセルの話を聞いていたビュアラが激高した。
「解毒の方法がわかったならすぐに行動に起こすんだ!」
ベンはビュアラに気迫圧倒されながらも反論をする。
「ビュアラ!もし、解毒後にメタンなどの可燃性のガスに変化してしまった場合大爆発の危険性がある。」
「ベン。それでも私はいかなければならない。」
「まだほかの部屋に仲間がいたらどうするんだ?」
ベンの問いにビュアラは黙った。
「可燃性のガスになる可能性はない」
唐突にラッセルが二人の会話に割って入ってきた。ラッセルがすでに実験を済ませていた。
「ラッセル!どんな危険が起こるかわからないのに一人で実験したのか!?」
「言い争っている時間のほうがもったいない」
「確かにそうだが」
ラッセルはベンの忠告より現在の状況を考えて実験を行った。ビュアラは戦闘態勢に入った。
「今作れる解毒剤は5分分だ。」
「十分だ。私の部屋へ行って相棒を持って上へ上がれる!」
ベンは研究室にある解毒に必要な材料を見て解毒剤作成に取り掛かった。解毒剤は数分で出来上がった。ラッセルが研究室の入り口のほうへ解毒剤を持っていく。外は毒ガスが充満している。解毒剤は噴霧器に入れられておりそれにより噴射しガスを解毒する。しかし、地上からフェイランド軍がガスを送り続けているのでこの解毒も長くはもたない。ラッセルはドアを開け噴霧を開始した。
「行ってくる!」
ビュアラは俊足で部屋を出て行った。アジト内は一時的にガスが消えた。
地底世界から仲間を引き連れているエグシオたちは予定よりも早く歩を進めていた。魔族たちが思った以上に体力が高く休憩時間が少なくすんでいた。途中フェイランド軍と何度か戦闘になったが、ライアが蹴散らしていた。エーヴァは最後列にいたが異変に気づいた。どこかから爆音に似た音と空気の振動を感じた。エーヴァはにやりと笑う。
「どこのどいつかしらないがえらく大きな花火を打ち上げてるな」
「花火?どこどこ?」
エグシオとクリスはまだ気づいていないようだ。クリスは空をきょろきょろと見上げていた。もちろん空に変化はない。ただ、曇天だった。ライアも音に気づいたらしい。
「なにか嫌な予感がする。俺ちょっと先に行くわ」
「だめよ!ライア怪我もしてるんだしまた人間たちが襲ってきたらどうするの!」
「ぐう、そっか。気になるんだよなぁ。」
すると地底世界の魔族の一人が前に出てきた。
「ライア、いってくるといい。自分たちの身くらい自分たちで護る。」
まわりのみんなも頷いていた。ハーネスはムスっとした。ライアの怪我は軽症だが激しい戦いは避けてほしかったからだ。だがライアはハーネスのそんな意図は理解せずにこっと笑って走っていった。
「みんなありがとよ!後で会おうぜ!」
「あ、ちょっと!ライア!」
ハーネスの呼びかけが空しく森の中に響いた。最後尾にいるエーヴァはエグシオがどうするか観察をしていた。エグシオはライアを追おうとしない。
「お前は行かないのか」
「僕とエーヴァが行ったら、もし魔族のみんなに何かあったとき護る人がいない」
おそらくエグシオは感情が消えてもライアを追ってエンジェルのみんなを助けたいという気持ちは少なからずあるようだが、冷静に判断し魔族一行とアジトへ向かうことにしたらしい。エーヴァはエグシオが思ったより考えているか感情の欠落によりただ冷静なのか、とりあえず少し関心を示したのだった。
アジトの外でビカムは魔術師たちに攻撃を止めるように指示を出した。爆風により砂埃が舞い上がっていた。だが次第に雨が降り出し、砂埃は消え去った。目の前には捕虜にしたはずの人間の少女が防御魔法を使い、エネムたちを護っていた。
エネムは自分が生きていることに驚いたとともにその場に倒れこんだ。
「ア、アスカ。来てくれたんだね」
「こんなの…こんなの間違ってるわ!」
アスカはフェイランド軍に対して怒鳴った。
「魔族が人間との戦争に負けたというのは過去の話じゃない!なのに今でも虐げる理由はないわ!絶対間違っている!」
ウェイムとビカムが前へ出てきた。
「敗者だからこそ勝者の決めたことに従うのだ。勝者が敗者を滅ぼすと決めたら滅ぼされなければならない」
「あなたは人間でしょ?友達ごっこでもしているのかしら?」
アスカは怒りとともに悲しみがこみ上げてきた。アジト内で魔族と過ごした数日間は決して辛い日々ではなく、みんな気さくで馬鹿で話しやすい人たちばかりだった。だが、昨日まで仲良く話をしていた魔族はもういない。もう話せないのだ。小さな子供もなついてくれていた。
「どうしてそんな残酷なことを考えられるの…」
ビカムはにっこり笑って言い放った。
「あなたはもう人間としておかしくなってしまったみたいね。残念だけど魔族としてここで死んでもらったほうがいいみたい。」
「何度だってあんたたちの攻撃なんか防いで見るわ」
ビカムとアスカが睨み合った。だがアスカに攻撃をしてきたのはウェイムだった。剣がアスカに突き刺さった。
「ア…」
だがアスカに剣が刺さっていたはずなのにアスカは無傷で立っていた。ウェイムは困惑した。周りの兵士すべてがアスカの華奢な体に剣が突き刺さるのを見た。だがアスカは無傷だったのだ。
「何が起こった?」
精霊アスカが具現化して現れた。そしてアスカはウェイムに告げた。
「あなたの攻撃は私には届かないわ」
ビカムはひどく驚いていた。光の精霊アスカ。書物などで見たことがあったが実物を始めてみたのであった。そしてそれはエネムたちも同じだった。
光の精霊アスカにより光を屈折させアスカがその場にいるように見せているが実際は少しずれたところにいる。まるで蜃気楼のように。
「あなた、只者じゃなさそうね。魔族に味方する精霊使いの人間か。もし、人間側に戻ってくる気がないならこの場で全力を持ってあなたを殺すわ」
ビカムの殺気と闘気が一気に膨れ上がった。アスカは少し怯えたが光の精霊アスカはくすくすと笑っていた。
「この光の精霊アスカを目の前にして主を殺す?おかしなことを言う人間っているんですね」
精霊は土や水に宿るエレメントの集合体。その属性の主である。エレメントはどんな物質にも少なからず存在している。あまりに小さすぎて見えないだけだ。魔法はそのエレメントを道具や薬剤によって人工的に人体内9で生成し攻撃する。精霊はエレメントの王。絶対的な存在量では人間では勝てない。まして、斬る、打撃などは一切通じない。
するとビカムは呪文を唱え始めた。曇天の雲が光りだす。
「精霊の契約者を殺してしまえば光の精霊もいる意味がないでしょう!」
ビカムはあたり一帯を覆いつくすほどの雷を落とした。
ウェイムは急いで退避したようだが周りにいた魔術師たちの少数が雷の攻撃をくらい丸焦げになっていた。
だがアスカたちだけは無傷だった。雷のエネルギーを光のエネルギーとして光の精霊アスカが吸収していた。そしてビカムに向けて手を突き出す。
「あなたのこれ、返すわ」
さっきの雷のエネルギーを光に変えてビカムめがけて放った。それは一瞬の閃光。光の槍。ビカムは急いで防御魔法を唱えた。だがその魔法障壁すら貫いてあたり一面を巨大な光が覆う。
しばらく眩しくて目を開けられない状況が続いた。そして、視界が見えるようになり、アスカは辺りを見回した。ビカムは立っていた。だが右腕が肩からなくなっていた。そして左腕は指が全て変な方向へ曲がっていた。
「ああ、みえない…なにも見えない…」
ビカムは一人で呟いていた。視力すらすさまじい閃光により失ってしまったようだ。ただ大量の血を流しながら立ち尽くしていた。
気がつくとウェイムが接近していた。その手には4m近い巨大な剣を持っていた。まるで敵味方関係なくこの辺一帯を切り裂こうと構えているようだった。ウェイムが怒っていることは鎧を着ていてもわかった。その大剣をアスカたちめがけてなぎ払った。精霊アスカはウェイムに対しても光の槍を向け、ウェイムの胸を貫いた。それでも攻撃は止まらない。精霊は物理攻撃は効かない。だが主は、人間は違う。今この攻撃を食らえばアスカは間違いなく死ぬ。蜃気楼でもカバーできないほどの攻撃範囲だ。
ガキイイイイイイイイン
大きな金属音と激しい衝撃はが一帯を覆う。アスカはその衝撃に耐えられず尻餅をついてしまった。
ウェイムの体験はアスカには届かず、大きな鉄扇を持ったビュアラに止められていた。アスカはビュアラが怒っているのが背中を見ただけでわかった。
「エネム、生きてるかい」
「あぁリーダ。死にそうだけどね」
「ラム、モネは無事かい」
ラム・モネ「私たちは無事です。」
「アスカ…みんなを護ってくるれてありがとうね。あとは任せな」
ビュアラは一瞬優しい顔を見せた。光の精霊アスカは具現化を解きアスカの横へ来た。
「あの女の人、やばいねー」
「え、何が?」
「私の出番もうきっとないわよー」
そういって光の精霊は姿を消した。
「え、あ、ちょっとどこいくの!」
「常に近くにいるから大丈夫よー」
精霊は気まぐれな上アスカの場合性格がおっとりしているので掴みどころがない。だが、一瞬で3将軍の一人ビカムを戦闘不能にしたのは大きい。無駄に魔法障壁を使ったせいで死ねなく、今のように苦しむ羽目になってしまったようだ。
そしてビュアラはウェイムに、いや、フェイランド軍全員に言った。
「私の仲間になにしてんだーーー!!!!!!」
地鳴りのような叫び声と気迫。魔術師軍団はみんな腰を抜かしてしまった。足が震えて動けない者もいる。一般の兵たちは身動きひとつ取れなくなってしまった。感じたことのない凄まじい殺気にどうしていいかわからないのだ。
この殺気は地底世界からアジトへ向かっているライア、エグシオ、エーヴァたちも感じ取った。ライアは冷や汗をかいていた。
「うわー、これ怪物じゃん」
エグシオとエーヴァも足を止めた。
「すごい殺気だな。大気を覆い尽くしそうなくらいだ。いまどきこれだけできるやつは少ないぞ」
「これが殺気…」
ウェイムは怒りに任せて次の攻撃を繰り出そうと構えるが。アスカに貫かれた胸が痛み急に力が抜けてしまった。ビュアラは高く飛び上がりウェイムめがけて回転しながら体当たりをした。大剣でなんとかその攻撃を受け止めたかと思いきや、ビュアラは廻し蹴りをウェイムの腹部に浴びせた。鋼鉄の鎧がへこみ数十メートル吹き飛ばされた。ウェイムが起き上がろうとした数秒の間に周りにいた兵士たちを無双がごとく斬り、殴り殺していた。兵士たちは逃げ惑っていたがビュアラは休むことなく攻撃を繰り出す。
ウェイムは急いで反撃に出る。大剣でビュアラに攻撃し鉄扇を手放させた。するとその鉄扇は地面に半分近くめり込んでしまった。いったいどれほどの重量があるのか予想すらできない。素手になったビュアラに切りかかろうとしたときにはビュアラが先に構えており、ひたすら拳打を受ける。鎧の殴られた箇所全てに拳が盛り込んだ。鎧は布の服のように、なんの障害にすらならないようにウェイムに致命傷を与えた。そしてビュアラは落とされた鉄扇を軽々と持ち上げてウェイムの両足を切断した。
その場に倒れたウェイムは兜が取れ、近くに転がった。
「ビカム…すまない。お前の仇をとれないようだ。ぐふぅ」
血を吐きながら空を見上げてウェイムは呟いた。とうとう雨が降り出した。魔族のアジトの毒の流入も止められ周りにいる兵士は一人の女戦士によって壊滅されたのだった。
ライアがアジトへついたのはさっきの殺気を感じたほんの10分後ほどだった。周りには人間の死体の山。死んでいないやつは何かに怯えたように体をぶるぶる震わせて動かない。アジトの入り口付近に行くとエネム、アスカ、ラム、モネ、そして血だらけのビュアラがいた。アジトの入り口には魔族の、仲間の死体が山済みにされていた。エネムも傷だらけで動けないようだ。
1「いったいなにが…」
ライアはさらに驚いた。以前剣を交えた将軍の一人が遠くで息絶えていたのである。実力は相当なものがあったと思っていたが見る影もない。だが、今は生き残っていた一般兵に担がれ撤退していく。ビカムも同じく担がれていった。
奇襲を受けたエンジェルのアジト内部でもたくさんの魔族が死んでいた。8割近くが死亡。地底世界の魔族はアジトに着くとすぐに死んだ同胞たちを弔った。そして、今後自分たちにも起こりえるかもしれないこの「死」に恐怖を覚えた。エネムは重症を負いながらもラムとモネを護り、無事ネムと再開を果たしたのだった。
フェイランド軍が撤退してから地底世界の魔族は全員アジト内で合流した。元々人数の数倍以上になったためアジトは手狭になってしまった。だが、戦力としては十分だった。ただ、エネムが重症なため本格的な戦闘はしばらく先延ばしとなるのだった。この間にライアは新しい仲間の戦力が知りたくて決闘をいろんな人に申し込んでいたのだった。もちろんライアが負けることはない。ただ、新しい仲間たちはみんな素人とは思えない反応速度とパワーを兼ね備えていたのだった。やはり魔法を使える魔族は少ないらしくそちらはほぼ期待できない状況であった。
アスカは研究室で魔法陣の研究の手伝いをしていた。自分が光の精霊アスカと契約していることはほとんど知られていない。そして、まだみんなに精霊について話すつもりはなかった。
ビュアラはワレキューレの訓練場にいた。奇襲前と何も変わらない。変わったとしたら20名近くいた部下達は今2人しかいない。
「生き残ったのはナナミとユーナだけかい?」
「はい、リーダー。」
「みんな毒ガスに気づいたときには吸ってたっす。ナナミとあたしは早くに異変に気づいたけどガスの回りが速くて何もできなかったっす。」
「いや、ナナミ、ユーナ。よく生き残ってくれた。」
ナナミとユーナは目を潤ませながら頷いた。ビュアラは二人にしばらく休むように指示し訓練場を後にした。
ビュアラが部屋に戻ろうと通路を歩いているとエーヴァに会った。エーヴァはにやっと笑って話しかけてきた。
「まさか、バーサーカーの生き残りがいるなんて思わなかったよ」
「…いて悪いのかい?」
「いや、300年前の戦争をちょっと思い出したよ。周りに何人かバーサーカーがいたからね。」
「昔はいたかもね。今は私一人だけだ。」
「まあ強すぎたからな。人間たちの最初の標的になってみんなやられてしまったしな。」
「そう。それにバーサーカー状態になると敵を殺し終わるまで解除が難しい。切り替えが難しいのさ。あと副作用もいろいろあるからね。」
「そうだったな。まあでもあの将軍たちを倒せたんだ。これでこの戦いは有利になったな」
「エーヴァ、それについてはみんなと話をしたいと思っていたところなんだ。フェイランド王国は人口数万人もいる王国だ。それで将軍が3人とは少ないと思わないか」
「あとは雑魚の兵でもたくさんいるんじゃないのか?」
「どちらにせよ、まずは情報収集と作戦を練って被害を最小限に抑えて勝利を収めたい。」
「ビュアラ、戦争において被害を抑えるなんて無理に決まっているだろう」
ビュアラは何も言わず自分の部屋へ入っていった。
そのころ、ベンは偵察隊数名に現在のフェイランド王国の状況を見てくるように指示をしていた。今回の反省点は自分たちが作った結界がばれないというなんの根拠もない自信に不意を突かれた形となり多くの仲間が死んでしまった。そうならないために情報を常に最新の状態にしておくべく、独自に偵察隊を組織したのだった。もちろんこの組織の中には地底世界の仲間もメンバーに含まれている。彼らはこのアジトに来てまだ日が浅いため、万が一人間に捕まったとしても大した情報を持っていないためこちらの作戦内容などの秘密事項が漏れる可能性がない。捕まったら殺される可能性もあるが、このことについては組織を作るときあらかじめメンバー希望者に伝えていた。その上で偵察隊として参加していたのだった。だがベンは偵察隊の誰かがフェイランド兵に見つかっても逃げ切れる可能性のほうが高いと考えていた。彼らの眼は魔族の仲間のために命を燃やすという覚悟を持った眼をしていたからだった。