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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第七章 あの日にあったもの
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Chapter 2-(4) 受け付けない言葉

 日も落ち始めた夕暮れ時、悠馬、拓斗、結希、羽花の四人はお母さんから指定された店の前で待っていた。店前に置いてあるメニューなどを見るに個室のお店で、色々と募る話があるということでお母さんが配慮してくれたのだろう。

 電話をかけた結果、お父さんは少し戸惑いつつも了承してくれた。お母さんの方はというと、かなり返信は遅かったものの来てくれることになった。お互いに葛藤こそあれど、最終的には話し合いたいという結論に至ったようだ。


 悠馬の動悸は次第に早くなっていた。いよいよ、お父さんとお母さんと再会するのだ。近づいてくる現実とは反対にまだ信じられない気持ちもある。その入り混じった心が体中に濡れて張り付いているようだ。


 特に何を話すでもなく時間が過ぎるのを待っていると、反対側の道路に懐かしい姿が見えた。チノパンにポロシャツというラフな格好をした男性で、髪は悠馬の記憶よりも短くカットされている。

 ――約一年ぶりに見るお父さんだ。

 前よりも少し痩せている気がする。それは顔色にも表れていて今日までの苦労が窺えた。

 目の前の信号が青になり、お父さんと悠馬たちの距離は縮まる。そしてその姿はいよいよ悠馬たちの元へとやってきた。


「やあ……久しぶり」

 たどたどしくお父さんは声を発した。低いけど尖りのないその声に本当に目の前にいるのがお父さんなんだと実感する。


 そしてお父さんが到着して間もなく、悠馬たちの左手から、こちらもまた懐かしい姿が見えてきた。羽花の運動会帰りに見たときとは違ってロングスカートを履いており、また少し違ったイメージを思わせる格好をしている。スーツでないということは今日は仕事ではなかったのだろう。

「私が最後かあ。待たせてごめんね」

「ううん。じゃあ入ろうか」

 悠馬がそう言って、六人は店内へと入った。まずは家族だけの空間を作り出さないと話し始める勇気も出てこないのだ。

 店は暖色の照明と木造の壁が特徴的で、柔らかい雰囲気を醸し出している。店前のメニューの値段を見ても思ったが、とても悠馬たち兄弟だけでは足を踏み入れられない店である。


 案内されたのは座敷形式の個室で、羽花が久しぶりに会ったお父さんとお母さんに挟まれて座り、その向かい側に奥から結希、拓斗、悠馬の順で腰を下ろした。

 全員、どういう風に話を始めたらいいのか分からず、それぞれの顔色を見るという不思議な時間が流れた。それを打ち破ったのはお父さんのか細い声だった。

「久しぶりだな。元気にしてたか?」

「ええ、あなたも元気そうで良かったわ。悠馬たちも大きくなったわね」

「本当だな。もう背は完全に越されてるかな」

 穏やかに悠馬たちに視線を沿っていく。二人とも、本当に懐かしんでいて素直に嬉しく思っているのが分かる。


 思い出話もたくさんしたいところだったが、店員さんが料理を持って来て遮られる。そこでお母さんは少し暗い顔で、お父さんと目は合わせずに話し始めた。

「そう言えば、あなたの借金はどうなったの?」

「ん。ああ。今は職にも就いて返し始めたよ。そっちはどうだ?」

「私は特に変わったことはないわ。今の家族と普通に暮らしているわ」

 どうやら二人とも現在は上向きに生活できているようだ。お父さんはかなり痩せた印象はあるけれど、お母さんは少し若返ったようにも見える。お父さんは窮地を抜け出し始め、お母さんは充実している。そんな印象だ。


「私はこの前ね、花ちゃんと空ちゃんと一緒にお泊りしたんだ〜!」

 その間に座る羽花が元気よく割って入った。それにみんな小さく笑う。羽花が産まれてから宮葉家が崩れるまではそれほど時間がないため、羽花を中心に笑いが生まれるのはどちらかというと新鮮だ。

 羽花は久しぶりにお父さんとお母さんに会えた嬉しさから笑顔が絶えないのだが、悠馬はいまいち嬉しさというものが湧いてこなかった。どこかでお父さんの真意を伺っているからだ。この時期に電話をしてきた意図や理由。それの想像がつくから、上手く笑えない。


 そしてお互いの近況を確認している今が話し時だと思ったのか、お父さんが瞳を揺らして悠馬に向き合った。

「なあ、悠馬。俺が連絡した理由なんだが……」

 ついに来たお父さんのその言葉に、悠馬はグッと身構えた。自分自身を壊してしまわない様に。


「もう一度、一緒に暮らさないか?」


 そして発せられたものに、悠馬に脳天から鉛を落とされたような衝撃が襲い掛かる。予想していたはずなのに、ちゃんと耐える準備をしていたはずなのに、悠馬の身体は重たくなっていく。

「ほら、悠馬たちだけだとお金も大変だし、俺が負担した方が……」

 返事をしない悠馬に焦っているのか、お父さんも身振り手振りで一緒に暮らすメリットを伝えようとしている。


「いいんじゃないかしら。悠馬もその方が楽できるんだし」

 お母さんもお父さんの意見には賛成している。たぶんお母さんも取り残された兄弟の最年長である悠馬のことは気にかけていたのだろう。お母さんの言葉は何も悪気のない悠馬を想うものであるはずだ。

 でもなぜだか、悠馬にはそれが気持ち悪かった。


「悠馬!?」

 お父さんの驚く声を聞いても振り返ることなく、悠馬は席を立ってトイレへと走った。他の客や店員にも驚かれたが、構っている余裕など悠馬にはない。


 すぐさまトイレの個室に駆け込み、鍵もかけないで便器の蓋を開けた。

 悠馬が便座に向かって俯いていると、後方から拓斗がやってきた。背中で拓斗が来たことを察し、悠馬はポツリと呟く。


「お父さんが一緒に暮らそうって言うなんて想定内だったのに、何でこんなにも気持ち悪いんだろうな」

 その言葉に返事はなかった。拓斗は無言で悠馬の背中を擦った後、腕を後ろに回して悠馬に肩を貸した。拓斗はなるべくポーカーフェイスを保っていたが、そこには少し憂いが見える。

 悠馬の今の状態を情けないなんて思えない。それを間接的に伝えているようだった。



 悠馬を抱えて席に戻ると、心配そうにお父さんが二人を見上げた。お父さんもかなり勇気を振り絞って言ったことだっただろうから、そこには動揺の色が濃く出ている。

「兄ちゃん、朝から具合悪いんだ。一回連れて帰るわ」

 そう言った拓斗を誰も止める人はいなかった。全員が無言で頷いて二人を見送る。

 拓斗は一度、身を預けている悠馬を見て深く息を吐き、店を出た。既に日は落ちて、辺りは暗い夜を迎えていた。



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