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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第一章 春に来る姫君
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Chapter 2-(4) 敵と書いて恋と読む

「おおー!」

 牛小屋につくと、いつもは大人しいミラアなのに、行く前と同様に大きな声を出した。それほどに乳搾り体験がやりたかったのだろう。

 牛小屋にはたくさんの牛たちが草を食べていて、体験用の牛が一匹飼育員の人と一緒にいる。その牛の周りには子供がたくさん集まっている。

「馬! 速く行こう!」

「悠馬な。それは最早人間じゃない」

 その返事を聞く前にミラアは牛の方へダッシュしていた。悠馬たちもそれに続く。

 小さな子どもたちが集まっているからか、待ち時間は思ったよりも長めだった。係員さんが言う待ち時間を信じれば全く問題がない。十分に遊べるので、なかなか充実した自由時間になった。


 少しすると、またすぐ後ろから新しいお客さんが入ってくる。というのもこの牛の乳搾り体験は期間限定らしく、年に一回くらいしか実施されない。体験するなら今、とたくさんの来園者が訪れるのだ。


 再び牛の方に目をやり、牛の愛くるしい仕草に見とれていると、先ほど入室してきた後ろの客が大きな声で呼びかけてきた。

「み、宮葉!」

「ん?」

 振り返ると、春雨高校のジャージを着た生徒が立っていた。スラッと長い脚に首ほどまで伸びた髪、後ろ側は刈ってある少年スタイル。

「そしてこの汚い顔は……汚田!」

「ぶっ殺すぞてめぇ!」

 何と後ろに来たお客さんは顔面が、人が一度口に含んで噛んだお肉を再び出した時くらい汚い汚田だった。そしてミラアにあっけなくリレーで負けた汚田だった。

「お前、ミラア・プラハーナ知らないか?」

「ん? ここにいるけど? 汚田」

「あ、この顔面兵器っぷりは汚田」

「お前らそろそろ傷つくぞ!」

 ミラアがここまでしっかり人を覚えるのも珍しい。しかもリレーで一度一緒に走ったくらいで。それほどに顔面が残念だった。

「で、何の用、汚田」

「お前にはリレーで馬鹿にされたからな……リベンジマッチしに来たんだ!」

「リベンジマッチ? 汚田」

「そうだ! てかお前ら何で語尾に汚田を付けるんだよ!」

 汚田がここに来た――というか悠馬たちに続いてやって来た理由。それはリレーでの雪辱をここで果たすためだった。

「でも、こんなところで、何で雪辱を果たすんだよ。汚田」

「そこには牛がいるだろう。どっちがより多くの乳を取れるか勝負だ!」

「セクハラね。汚田」

「違うわ!」

 何故だろうか。女子の家のベランダを覗いたりしている汚田だとセクハラにしか聞こえない。


「でも、残念だけど断るわ。汚田」

「何でだよ! 逃げんのか!?」

「勝負事に使ったら牛さんが可哀想よ。汚田」

「けっ! 何が可哀想だよ! それからそろそろ語尾に汚田やめろ!」

 その汚田が思う勝負方法にミラアは気に食わなかったらしい。しかし、今回のミラアの意見には悠馬も賛成だった。あんな愛くるしい顔をしている牛を勝負で使うだなんてしたくない。

「それに私は牛さんと仲良く遊びたいの。あなたと吐き気のする勝負はしたくないわ」

「な……何だよ……」

 子犬のようにシュンと落ち込む汚田。想像するだけでも目眩がするというのに、リアルで見てしまうと本当に吐き気がするレベルだった。

 何だか負けた気がした汚田はそれから喋ることはなく、ただ順番を待っていた。語尾の汚田をやめられたので余計にそう感じるのだろう。そして一応、牛とは触れ合いたいらしい。


 それから誰も得しない汚田の落ち込みを披露し続けたまま、順番は回って来た。団体で体験できるようで、悠馬たちの行動班四人で入った。もちろん、一番やりたがっていたミラアに最初にやらせる。

 と、その横にヌッと気持ち悪い黒い影が現れた。

「あれ、汚田何で一緒に入ってるんだ? 兄ちゃん怖男も」

 何と汚田と怖男が悠馬たちと集団として入場しているではないか。格好を見れば同じ春雨高校のジャージなので全くおかしいことではないが。

 既に体験を始めているミラアの隣にしゃがみ、汚田も絞り出したではないか。

「まさか勝負やるつもりなのか……」

 ここまで負けず嫌いだったとは。そう悠馬は思ってしまう。たかがリレーで差をつけられただけ。走り終わった後、涙目になっていたが。

 でも、彼にとってはとても悔しく、許されないことだったのかもしれない。言ってしまえば、取り柄は走力だけだ。その走力で顔の綺麗な奴に負けた。だんだん泣きたくなり、リベンジしたい気持ちも分かってきてしまう。


 しかし、勝負しているつもりのないミラアの方が多く絞れていた。対して汚田は手こずっている。優しさが足りないせいなのだろうか。

 ミラアはもう満足して、治親と交代している。

「下手ね、汚田」

「うるっせぇええ!」

 更に顔を真っ赤にして汚田は怒りを表した。恥ずかしいだけかもしれないが。

 そして何を思ったのか、ミラアは汚田の隣にしゃがみ込み、汚田の手を握った。

「な! お前!」

「こうすればいいのよ」

 汚田の手の上からミラアが搾ると、先ほどの汚田とは比べ物にならないほどに多く出た。まだ汚田の驚きの表情は消え去っていない。

 あの汚い顔面の汚田の手を握ってまでコツを教えたということは、本当にミラアはこの体験を楽しみたかっただけだ。そして勝負とか関係なく、ただ純粋に汚田にも楽しんでもらいたかった。ただそれだけだ。

 そのミラアに教えられた通りに汚田がやると、先ほど手こずっていた人間とは思えないくらいスムーズに搾れていた。ときおり笑顔も見られる。あまり笑って欲しくないが。


「やれば出来るじゃない」

 そうミラアが微笑んで見せる。その仕草に汚田は少し照れて目を逸らしていた。

「……嫌な予感しているんでしょ、悠馬」

「よく分かったな治親」

 その光景を見た、いつの間にか体験を終えていた治親が隣りから喋りかける。そう、悠馬は嫌な予感しかしていなかった。なぜなら、汚田の目は、最初の敵を見るようなものから、恋する日本男児のものに変わりつつあったからだ。


 ☆


 体験も終え、もうすぐ次のアイスクリーム体験が始まろうかという時間になっていた。意外と計画的に回ることが出来、みんな満足の様子だ。

 汚田はというと、あれから悠馬たちの後ろをついて来ている。クラスこそ違うが、体験する内容、場所は同じなので、何も問題ない。

 ただ、乳搾り体験以降、ずっと胸のあたりを押さえている。そしてずっと俯いたままで、怖男の話に一切耳を貸そうとしない。そんな状態の汚田が気になってしょうがなかった。


 そして最終的には――

「これが……恋?」

 ――なんて呟いている。

 とりあえず、エンスにベランダの警戒を呼びかけようと思った悠馬であった。

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