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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第五章 守りたかったもの
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Chapter 3-(2) 兄の意地

 クソバズーカを放ってたまるものか。その強い決心で悠馬の足元は自然と力んだ。やむを得ず使用することになるなど、意地でも避けなければならなかった。何より、自分のためにも。


「はは〜、そのバズーカはハッタリってわけか」

 リーダーの男は薄ら笑みを浮かべた。余裕の色が窺える顔で、もう一度悠馬の元へと歩を進め始めた。

 違うんだよ。悠馬は心の中で腹を立てていた。本物のバズーカよりは幾分安全だが、想像の斜め上を行く威力なのだ。こんなもの使ってしまえば、ここにいる全員が悶絶することになる。

 その事実を知る由もない集団は悠馬との距離を縮めてくる。


「おい、よく聞くんだ!」

 悠馬は声を張り上げた。頬には冷や汗がタラリと伝っている。集団の敵意を何とかしなければクソバズーカを使用せざるをえない状況への焦りだ。

「このバズーカは確かにお前たちの思っているものじゃない! 銃弾とかも入っていない!」

「やっぱりか。ビビらせやがって」

 というか、現代の日本で本物のバズーカだと思っていたのもどうかと思うが。

「だが、この中には恐ろしいものが入っている!」

「必死で嘘を吐いたってもう遅い――」

「犬とか猫、もはや何の生物のかも分からない糞が入っているんだ!」

「――は?」


 集団は全員口をポカンと開けている。至って正常な反応だと悠馬は思った。ここで驚かない方が凄い。

「だからそっちが近づくと俺は……糞を発射しなければならない!」

「き、汚いぞ!」

「二重の意味で俺もそう思う!」


 だがこの事実を話したことで集団の動きは鈍くなっていた。時間稼ぎとしては十分有効的に使えているだろう。

 問題は結希と羽花の身柄の確保だった。警察が来たところで、二人が相手側にいる以上、悠馬たちも下手には動けない。何とか頭を回転させるも、効率的な方法は浮かんでこなかった。

 ギリッと歯が軋む音がする。超絶悪臭武器を保持していても、本当に時間稼ぎにしかならない。何とか弟と妹を守りたい悠馬としては歯がゆい時間が流れる。


「待たせたね! 悠馬君!」

 そんなお互いが牽制し合う状況の中、沈黙を打ち破ったのは遅れて到着したアリアとイケ島、ゴリ島、ナル島だった。手には紙袋を提げている。そして気になるのは、拓斗の友人三人がひどく憔悴した顔をしていることだ。

「うんうん。ちゃんとクソバズーカの効率的な使い方を実践してくれているね」

「本当に何てもの作っているんですか……。で、どこに行っていたんですか?」

「追加の弾を収集しに行っていたの」

「もうそろそろ常識を学んでください!」

「凄く常識あるでしょ! ビニール袋に入れてから外から見られない様に紙袋に入れてるのよ!? 素晴らしい気遣いじゃない!」

「汚物を集めるのがおかしいんですよ!」


 ミラアが日本に来たときといい、随分と鏡花星と地球では文化が違うようだ。いや、糞に関しては鏡花星でもおかしいとは思うのだが。元研究員で生物学が専門というところだけで、何とか常識の範囲内に食い込もうとしている状態だ。

 しかし、ある意味では集団に対して良い見世物になったと言える。実際、このバズーカに本当に汚物が入っているかどうかは悠馬も知らなかった。しかし、わざわざ追加弾を味方が用意してきたこと、三人のぐったり感を考えると、本当に汚い銃弾は用意されていると証明されたも同然だ。


 あとは結希と羽花を何とかするだけだが……生憎そこのガードは固く、見張り役がずっと二人の側を動かなかった。

「大丈夫だよ悠馬君。手は打ってある」

 そんな悠馬の心の中の声を聞きとったのか、アリアが悠馬に囁いた。自信に満ちた笑みを浮かべるアリアは、非常識幼女趣味教師の面影はなく、ミーナを手助けしたときのような頼もしい姿だった。


「そう言えば、何でアリアさんはここまでしてくれるんですか?」

「羽花ちゃんを苦しめる奴は排除するのみ……」

「あ、分かりました。ありがとうございます」

 やっぱり幼女(羽花)大好き教師だった。でもその二つを除けば頼もしいことこの上ない。アリアがいなければ牽制すらできず、集団から袋叩きにされていただろう。

「それで、二人を解放するための作戦とは?」

「うん。手配はしているんだけど、現況ではちょっと厳しいかな」

「じゃあ、どうすればいいんですか?」

「もうちょっと集団をこっち側に引き寄せたいね。結希ちゃんと羽花ちゃんのところから見張り以外の奴らを離したい」


 元はと言えばクソバズーカのせいで集団は距離を取っているのだが、それは言わないことにする。

「というわけで、思い切り挑発します」

「まあ……ほどほどに」

 クソバズーカを発射できずに袋叩きというケースも考えられなくはない。アリアは鏡花星出身というところからも、人間離れした身体能力を保持していると推測できるが、悠馬はただの人間であり、拓斗のように喧嘩に特化したものも持ち合わせていない。だからこそクソバズーカ交渉術に徹したわけで。


「汚いあれにびびってないでかかってきなさい! 糞以下のクソ集団め!」

「巻き糞以下のクソ集団だと……!?」

「巻いてはいないぞ」

 かなり人の発言に左右されやすいのか、小学生レベルのアリアの挑発にもあっさり乗ってくる。というかここに来てから汚物の単語が連発されているのもどうかと思う。

 しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。鉄パイプやバットなど凶器になりうるものを持っている集団がじわじわと寄ってきた。それに合わせて悠馬たちも一歩下がる。多くの人数が悠馬たちに近寄ってきており、結希と羽花の見張り役は二人となっていた。


「よし、いい感じ。悠馬君、バズーカを撃っちゃって」

「え? 嘘でしょ?」

「本気よ。撃たなきゃ作戦が実行できないもん」

 まさか本当に使うつもりでいたのか。悠馬は驚きながらバズーカの引き金に指をかけた。正直想像もしたくない。威力はあったとしてもモラルというものから離れすぎている。使用後の光景なんて見たくもない。

 でも、アリアの作戦ではこれを使わねば結希と羽花は救えないのだ。汚い花火か妹の安全か。それを天秤にかけたとき、傾く方は絶対に決まっていた。


「どうなっても、知りませんからぁあああああああああ!」


 叫びながら、悠馬はバズーカを発射した。すると銃口から白い煙が勢いよく噴射された。辺りを白く染め上げ、たちまち視界を奪っていく。

「アリアさん、これは……?」

「スモークだよ。目眩まし用のね」

「え、じゃあ汚物は……」

「入っているわけじゃない。下品ね」

「ふざけんなクソ科学者ぁあああああああああ!」

「あ、でも追加弾は本当にあれよ」

「それはそれでふざけるな!」


 ミーナを助けたときの勇敢さは日に日に無くなっていくアリアだ。

 純白のスモークは人影すら映さない。これも鏡花星の特殊なものなのだろうか。集団もあまりに視界を遮る煙に戸惑っているようで、ざわざわと仲間の存在を確認する声が聞こえる。

 この間に結希と羽花を救出するという作戦だろうか。しかし悠馬には二人を助ける人手が思いつかなかった。会話をしているということは、アリアが行っているわけでもない。


 次第に白い霧は収まり始め、目の前にいた集団の姿も確認できるようになった。

 悠馬は結希と羽花がいた方向にすぐ視線を移した。するとそこから二人の姿は消え、目を苦しそうに押さえて倒れている見張り役がいた。

「結希ちゃんと羽花ちゃん、連れてきました!」

 そして悠馬の後方から可愛らしい声がする。そこには涙目の羽花と、安堵した様子の結希。そして二人と手を繋いで凛々しく立っている真菜の姿があった。

 悠馬は必死で飛び込んでいたために忘れていたが、そもそも真菜から連絡を貰ってこの場所に来たのである。この場に真菜がいるのは当然だった。

 真菜の手には制汗スプレーが握られていた。見張り役が目を押えているのは、これを目に向けて噴射したからだろうか。真菜にしては手荒い手段だが、状況が状況だから仕方ない部分もある。


 何にせよ、これで集団としては最大の優位を失ったことになる。悠馬たちも一つ一つの行動に躊躇というものがいらなくなってくるからだ。

 そして遠くでパトカーのサイレンが聞こえ始めてきた。遅すぎるくらいだが、下手に集団を刺激する前に結希と羽花を保護できたのは大きい。

 入口側に悠馬たちが立っているため、一番大きな出口は塞いでいることになる。もちろんかつては倉庫として機能していたわけだから、どこかしらに裏口はあるだろうが、集団の人数が裏口から出ていると警察に確保されるのは目に見えていた。


「クソが……!」

「もうあまりクソとか言わないでほしい……」

 ご立腹のリーダーとは別のところで心に来るものがある。入ってもいなかった汚い弾丸に怯えていたなんて思い出しても辛いものがあった。

 集団側に足掻く様子はなく、だんだんと大きくなるサイレンの音を受け入れるように聞いていた。誘拐や暴行など、今回は注意くらいでは済まされないだろう。

 とりあえず、あとはもう警察に任せるだけだ。悠馬は終戦を理解し、ホッと胸を撫で下ろした。今回ばかりは随分と焦ったが、何とか収束となりそうだ。拓斗はボロボロになってしまったけれど。


 アリアも、真菜も、結希も羽花も友人三人も、みんな張り詰めていた顔が綻んでいた。そしてみんな、次第に集団のことが意識から薄れていた。


「やれ」

 そう呟いたリーダーの声に、一同が再び顔を強張らせる。入口付近から甲高い金属音が鳴り続けている。そしてその音は羽花の後方へと近づいて、ふっと姿を現した。

 それはずっと結希と羽花を見張っていた人物だった。鉄パイプを大きく上方に掲げ、羽花に目掛けて振り下ろそうとしている。

 気づいたときにはもう遅かった。悠馬もアリアも間に合わない。一番側にいた真菜と結希ですら間に合わない。羽花はキュッと目を瞑った。

 最後の最後まで、集団は狙っていたのだ。どうせ捕まってしまうのならば、捕まる前に徹底的にやる。狂気にも似たその感情が羽花へと標的を絞った。


 そして、鉄パイプは羽花に向けて振り下ろされた――。


 破裂音のような音が倉庫内に響き渡る。何度も木霊し、次第に小さくなっていく。鉄パイプに当てられた痛々しい音が、悠馬の耳の奥で鳴り続けていた。

 ガランガランと無造作に地面に鉄パイプが落ちる。血が何滴か落ちる。その血を流した男は、勇敢に羽花の前に立っていた。


「拓斗お兄ちゃん……!」

 拓斗は息を切らして、見張り役の男に近寄る。鉄パイプを受け止めた手から血を流しながら近づいてくる拓斗を不気味に思ったのか、見張り役の男は拓斗が近づく度に後ろに下がった。


「これ以上、俺の大切な人たちに手を出すな……」

 そう言ったところで、拓斗は地面に膝をついた。身体中に負っている傷のダメージと体調不良が合わさって、体力も尽きているようだ。

 その拓斗の限界を超えた行動に、集団は少し身体を震わせていた。そして赤いサイレンの光が、倉庫内に点滅し始めるのだった。


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