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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第五章 守りたかったもの
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Chapter 3-(1) 兄と最強の武器

 重い足を引き摺りながら、拓斗は電話で聞いた倉庫へとやってきた。鉄骨の至る所が錆びていて、もう何年も使用されていない様子だった。

 倉庫の中にはニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている学生服集団がいる。手には鉄パイプやバットなどを持っていて、準備万端の様子だった。

 そしてその奥に……怯えながら拓斗の方を見る結希と羽花がいた。羽花は恐怖のあまりに結希に抱きついて離れない様子だ。一方の結希は羽花を心配させないようにするためか、引き締まった表情をしているが、羽花に回している手は微かに震えている。


「こんにちは、拓斗君」

 リーダー格の男が集団から一歩抜け出す。その拓斗を馬鹿にする顔がとても腹立たしかった。

「何の真似だ」

「いや〜、この前、妹ちゃんと仲良くしてたからねえ。もしかしたら弱点になるかもしれねえな〜と思ってな」


 以前、街中で揉めた際に羽花と一緒だったことを覚えていた集団は、それを利用してこの作戦に踏み切ったということだろう。大事な存在でもなければ、拓斗のような喧嘩事を起こしている人が妹と晩御飯を食べるなど考えられない。

 拓斗は心の底から熱量が増してくるのを感じた。それは発熱しているからではなく、怒りによって沸騰したものだ。集団の目的はどう考えたって自分なのに、また羽花を、更に今回は結希をも巻き込んでしまっている。集団に対するものと自分の無力さへのもの。それらの憤怒が入り混じったやるせないものだ。


 リーダーの男が鉄パイプを引き摺りながらにじり寄ってくる。コンクリートの床と鉄パイプが摩擦する甲高い音が倉庫に響き渡る。

「さあ、決着をつけるか。俺らに手を出したこと、後悔させてやるよ」

 今回は人質を取っているためか、以前よりもやけに強気だった。それもそうだ。今の状況は拓斗にとって不利でしかない。結希と羽花の身が集団側にあるのもそうだが、風邪の影響で体は重く、普段通りには動けない。更に相手は今までとは比べ物にならない人数がこの場にいる。総動員で拓斗を潰そうというわけだ。


 リーダーの男は大きく振り被って鉄パイプを振り下ろした。あまりに大きなモーションだったため、万全ではない拓斗でも容易に躱すことができた。一度地面と接触した鉄パイプは休むことなく、今度は薙ぎ払ってくる。それに拓斗は手で払って大きなダメージを防いだ。しかし、さすがに鉄パイプとなると手に激痛が走った。


 一歩一歩、動く度に息が切れ、身体が重くなっていく。薬を飲んで寝ていたとはいえ、まだ体調は優れないようだ。

 続くリーダーの男の攻撃に、次第に追いつかなくなっていく。初めは手で払っていた攻撃も、いつの間にか身体で受けるようになっていた。余裕がなくなってきたと見るや否や、他の仲間たちが拓斗の腕を掴んで動きを制止させてくる。それに抵抗できるはずもなく、ただ攻撃を受け続けた。

 おそらく腹部には大きな痣ができているだろう。それに唇が切れて血が出始める。


 拓斗は薄らと結希と羽花の姿を見た。二人の隣には見張りとして置かれている男が一人いる。その男に怯えながらも、ずっと拓斗の方を見ていた。震える体を抱き合って何とか正気を保とうとしている二人を見て、また思い出す。

 ――ああ、またか。

 また、大切な家族を泣かせてしまった。これだと、殴られているのが拓斗になっただけで、あの時と全く変わらなかった。お父さんとお母さんが分裂したあの時と。


 リーダーの男が拓斗の髪を掴み、グイッと引き上げる。感覚が鈍くなっているのか、それほど痛みを感じず、ただ身を任せるだけだった。

「かっこ悪いな。妹の前で何もできない兄ちゃんなんてよ!」

 張り上げた声と同時に一発の蹴りを入れられる。力の入らない拓斗は簡単に後方に飛ばされ、壁に体を打ち付けた。ぐったりと座り込んだ拓斗に男は更に間合いを詰める。

 だんだんと位置が高くなっていく鉄パイプ。にやりと口角を釣り上げるリーダーの男。拓斗を嘲笑う取り巻きの声。それらが拓斗の終わりを示しているように見えた。


「何とでも言うがいい……」

 苦しい状況の中、拓斗はそう零した。そう、何とでも言えばよかった。妹の前で何もできない。集団の言う通りだ。自分自身を勝手に追い込んで体調を崩して、いざというこの場面で何の力も発揮できない馬鹿兄貴だ。

 だが、それでいい。泣かせてはしまったけど、結希と羽花に外傷がないのなら。妹二人に怪我がないのなら、今はそれでいい。


「終わりだ! 宮葉拓斗!」

 そして、振りかざされた鉄パイプは拓斗の顔面に向かって一直線に振り下ろされた――。


「やめんかい馬鹿学生服野郎がぁああああああああああ!!」


 ――と同時に、そんな声が倉庫内に響き渡った。そして次の瞬間、人の影がリーダーの男に衝突した。リーダーの男の身体は側方に弾き飛ばされ、鉄パイプは誰もいない場所でカランカランと転がった。

 突然の出来事に仲間たちは慌ててリーダーの元へ駆け寄る。

「何だてめぇは!?」

 激怒している様子のリーダーの男は声を荒げて威嚇した。

 そしてリーダーの男に体当たりをした人物が拓斗の前で凛々しく立っていた。身長は平均程だが、何故か逞しい。背中には不思議な細長いバッグを背負っている高校の制服を着た男性だ。


「どうもこんにちは、三人のお兄ちゃんの宮葉悠馬です」

 ちょうど殴りかかろうとしていたリーダーの男に突撃した悠馬は、気づかれないようにそっと腕を押えた。思ったより痛かったらしい。

 拓斗は悠馬に何も声をかけることはできなかった。もう言葉を発する余裕がない。それでも二人は目を合わせて意思疎通をする。

「よく頑張ったな、拓斗。説教は後でしてやるから、とりあえず今できることをやったことを褒めてやる」

 何を偉そうに。二つしか歳は違わないのに。そう思った拓斗だが、妙な安心感が覆い被さってきた。


(兄ちゃんには敵わねえや……)

 完全に力が抜けて、身を壁に預ける。どうして場所が分かったのか、どうしてそんなに怯えずに立っていられるのか。色々と疑問はあったが、今はどうでも良かった。悠馬は助けに来てくれた。無策で飛び込んでくるような人ではない。それは十数年を共にした拓斗がよく理解していることだ。


「よくも俺の弟と妹たちをこんな目に合わせてくれたな……! どうなるか分かってんのか!?」

 悠馬とは思えないドスの効いた声だ。演技なのか自然のものなのかは分からないが、集団はその姿に一歩下がった。

 拓斗も状況が状況だったが故に一方的なやられ方をしたが、元々はかなり実力のある人物だ。その兄が来たということは、相手を怖気づかせるには十分な肩書だった。


「ど、どうするつもりなんだよ……?」

「話し合いをするぞ!」

「何でだよ! 喧嘩じゃねえのかよ!」

「喧嘩したら拳も体も心も痛いでしょうが! 俺の友達のアイドル部屋より痛いんだよ!」

「いや、アイドル部屋は痛いな……」

「それな」


 何やら普通の会話にチェンジしてきているが、悠馬の顔は至って真剣だ。集団を許さないという気持ちは揺るぎないらしい。

「話し合いしようって言われて、はいと言うとでも思ってたのか!?」

 悠馬が拓斗ほど危険度のない人物だと判断したリーダーの男は、悠馬の言うことを無視して一気に間合いを詰めてきた。

 すると悠馬は咄嗟に細長い不思議なバッグから何かを取り出した。黒く光る円柱の躯体に、トリガーがついている。それは戦争映画などで見るバズーカだった。

 予想外のものにリーダーの男の足も止まった。拓斗とは違った意味の恐ろしさを悠馬に感じているようだった。


「ちょっと待ってろ。説明書読むから」

「使ったことねぇのかよ!」


 もはや悠馬とリーダーの男で繰り広げられているコントになっている。ツッコミを入れるリーダーの男は無視して、悠馬は同封されていた説明書を手にした。

「ふんふん、普通に引き金を引いちゃえばいいのね」

 とはいうものの、悠馬もこれが何なのか分からない。普通のバズーカだったら大問題だ。アリアの言った「殺傷能力ゼロだがある意味では殺傷能力マックス」の意味が未だに分からない。

 その後も説明書を読み進めて行くと、このバズーカの名称が目に入った。


「クソバズーカ……?」

 説明書にはこう記してあった。そこら辺に落ちていた犬の糞、猫の糞、もはや何の生物のものかも分からない糞。様々な糞をミックスした特性弾道に相手も悶絶! と。

「何てもの作ってんだあの科学者は……!」


 更に説明書を読んでいくと、アリアの生物学の研究の一環で集めた様々な動物の糞を好奇心で弾にしたことが判明した。

 確かに殺傷能力はゼロだが、ある意味では殺傷能力マックスの代物だ。だが、発砲したら悪臭の自爆テロになることも忘れてはならない。バズーカの内部にあるうちは特殊な防臭加工のため、外に臭いは漏れないらしい。

「おい! 意地でも話し合いするぞ!」

 絶対にこのバズーカを使ってなるものか。完全に手は出さないと決心するには十分な理由ができた悠馬は、もう一度、集団と向き合った。



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