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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第五章 守りたかったもの
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Chapter 2-(4) 駆け出す自分

「もう一度……もう一度……」

 太陽が街をオレンジ色に染める夕暮れ、真菜は京安駅構内にあるスーパーにやって来ていた。手に提げたレジ袋の重さに体をよろけながら、強張った表情でボソボソと呟く。

 未来に背中を押してもらって悠馬と出かける約束をしようと思ったが、今日は踏み出すことができなかった。何やら悠馬の様子が普通ではなく、とても遊びに誘うような状況ではなかったことが一番の理由だ。しかし、それを言い訳にして声をかけることができなかった面もある。


「これじゃあ遅れるばかりだなあ……」

 スーパーの向かいにあるカフェでカプチーノを注文し、暖色の照明で照らされたカウンター席に腰掛ける。ここからは駅を行き交う人がよく見える。仕事終わりで気を緩める人、友達同士ではしゃぐ人、色んな人の顔が見えるのも少し興味深い。

 真菜自身も、最近自分が焦っていることは分かっている。待っているばかりでは進まない。そもそも悠馬から来てくれる保証などない。ましてや付き合っているわけでもないのなら尚更だ。


 あれこれ考えてみても新たなモヤモヤが生まれるだけだった。次第に考えることも止めて、ただカップの中をティースプーンでクルクルかき混ぜていた。

「ん?」

 そうして放心状態にも近いような時間を過ごしていると、スーパーから見覚えのある二人が出てきた。一人はランドセルを背負っていて、お下げにしたツインテールが特徴の女の子。もう一人は腰まで綺麗に伸びた黒髪が特徴の小さな女の子だ。


「結希ちゃんと羽花ちゃん……?」

 そう、悠馬の妹である二人、結希と羽花だった。仲良く手を繋いで談笑している。その姿に真菜は何とも言えない癒しを覚えた。

 宮葉家において家事を担当しているのは結希だということを考えると、夕飯の食材を一緒に買いに来たのだろう。保育園の帽子を被った羽花の装いを見るに、迎えのついでに寄っていると思われる。


「偉いなあ……本当、しっかりしてるなあ」

 声をかけて荷物持ちくらいしたい気持ちだったが、真菜は微笑んでその様子をカフェから見ていた。そしてあれこれと考えていた自分がバカバカしくなった。小学五年生という年齢で宮葉家を支えている結希と文句一つ言わずについて行く羽花。その純粋な日々の頑張りに真菜は刺激を受け、前向きになった。

「私も、頑張らなきゃな!」

 風情など一切無視して、カプチーノをグイッと飲み干した。腹部の辺りがじんわりと暖かくなっていく。調子に乗りすぎて舌をやけどしたが、今は気にしないことにしておく。


 すっきりした気分で再び結希たちの方を見やる。結希が袋からアイスを取り出し、羽花に渡している。羽花がおねだりして買ってもらったのだろうか。無邪気に両手を広げて喜び、棒部分を掴んでいる。

 真菜は再び心を浄化されてから、カップを返却口に戻すために立ち上がった。その次の瞬間だった。


『きゃぁああああああああああああ!!』

 駅構内から大きな叫び声が響いた。カフェにいた人たちも一斉に駅の方へ視線をやった。真菜も反射的にその悲鳴の方へ視線を移す。

 すると黒い服を着た集団が構内を何かから逃げるように走っていた。そして周囲から隠すように二、三人の人物を囲んでいる不思議な陣形だった。

「えっ……!?」

 そして真菜は信じられない光景を目にした。その隠されている人物たちは小さな女の子を抱えていた。赤いランドセルがチラリと隙間から見える。そして集団が走った道筋に、見覚えのあるアイスクリームが落ちていた。


 真菜はレシートとお金を乱雑にレジに置き、客としての態度が悪いことは後で謝ることにしてカフェを飛び出した。そしてすぐさま集団の後を走って追いかける。人通りの少ない路地裏を掻い潜って、集団は一切の迷いなく進路を決めていく。事前に練られた計画的な行動のようだ。


 ばれない様に身を隠し、しばらく追跡していると集団の足が止まった。辿り着いた場所はもう使われていない倉庫だった。真菜は物陰からそっと集団の様子を覗いてみた。すると、やはり集団に連れられていたのは結希と羽花だった。

「これって誘拐なんじゃ……」


 真菜は鞄の中から携帯電話を取り出した。駅構内では「警察を!」という声も聞こえたから、おそらく警察への連絡は済んでいるだろう。そう思って真菜は電話帳から悠馬の番号をタッチした。数回しか鳴らないはずのコール音が永遠のようにも感じる。それが更に焦りを加速させて冷や汗を掻かせた。



 ☆ ☆ ☆



「ん……?」

 携帯電話がずっと鳴っている。その音で拓斗は目を覚ました。時刻は夕方十七時頃。知らない間に長く眠っていたようだ。

 眠い目を擦りながら携帯電話の画面を見る。発信元は「宮葉結希」と表示されている。帰りが遅くなるとかそういう類の連絡だろうか。拓斗は寝起きの気怠い低い声で応答した。

「どうした?」

『やあ、拓斗君』


 その明らかに結希ではない野太い声に一気に目が冴えた。寝ていた身体も反射的に起こし、目を鋭く尖らせる。

「誰だお前」

『この間はどうもねえ。覚えてるかな?』

「お前まさか……この間、財布を拾ってやったじいさんか?」

『ちげーよ! いい人アピールとかしてんじゃねえよ! ほら、お前が妹と一緒のとき会っただろうが!』

「……ああ。恐喝の学生服集団か。で、何でそいつらが結希の電話からかけてるわけ?」

 そんなことを一応聞いてみるが、拓斗には大体想像がついていた。二度も拓斗に負けてしまっている腹癒せといったところだろう。そして恐喝集団が結希の電話を持っているということは――。


「お前ら、今どこにいる?」

『おおー、物分かりが良くていいね。俺たちは今、ラブラブズッキュン倉庫にいる』

「何だそのダサい名前の倉庫は」

『知らねえよ! 俺らが付けたわけじゃねえし! たまたま廃倉庫見つけたらこの名前だったんだよ!』


 ところどころ相手が馬鹿だから忘れそうになるが、結希の電話を集団が持っているということは相手の元に結希がいるということだ。時間的に羽花も一緒と考えられる。

 拓斗はベッドから降り、部屋を出た。スニーカーを履いて玄関を飛び出す。なるべく焦りを相手に悟られないように淡々とした口調で話していたが、額からは知らぬ間に汗が噴き出していた。


 ――今度は。今度こそは。ちゃんと守らないとダメなんだ!


 自分が勝手に起こした争い事に妹たちを巻き込んでしまった。そんなことで守るなんてバカバカしい話だ。だからこそ、今拓斗は走らなければならなかった。もう「何もできませんでした」で人を傷つけないためにも。



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