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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第五章 守りたかったもの
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Chapter 2-(2) 中途半端

 お父さんがある日、魂が抜けたように肩を落として家に帰ってきた。疲労感を全面に出して、脱力して落とすように言った。


「会社、クビになった」


 あまりに突然のことでお母さんも驚きを隠せないようだった。でも、家計的にはすぐに焦るような場面ではなかった。お母さんが弁護士だったこともあり、それなりに稼ぎ手があったからだ。ゆっくりと次を見つけて行けばいい。それが夫婦間での合意だったようだ。


 しかし思い通りに行くことはなかった。お父さんはそれ以降、外出しては酒、煙草、ギャンブルと金遣いが急に荒くなり始めた。いくらお母さんの収入源があったとはいえ、毎日使われるとみるみるうちに消費されていく。更に家のお金だけでは足りず、家族の誰にも言わずに借金をしていた。

 さすがに痺れを切らしたお母さんはお父さんに意見した。これ以上、この生活を続けられるとお金がなくなるということ。仕事を見つけないと悠馬たちの将来に向けたお金が厳しくなっていくこと。


 しかし、それがお父さんは気に食わなかったらしい。大声を出して激昂し、お母さんの胸倉を力強く掴んだ。そして次の瞬間、お父さんの拳はお母さんの頬と衝突した。お母さんは軽く後方に吹き飛ばされて壁に強く頭を打ち付けた。


「ふざけるな! 馬鹿にしやがって!」

 追い打ちをかけるようにお父さんはお母さんに詰め寄る。意識が朦朧としてたお母さんは、お父さんが胸倉を掴んだ手で体を揺らす動きに、無抵抗で身を任せていた。


 今まで見たことのない荒れたお父さんの姿に悠馬たち子どもは怯えるしかなかった。結希と羽花は涙目になりながら身を寄せ合っている。拓斗も信じられない光景を前に絶句するだけだった。

 更にお父さんの暴行は続く。お母さんをサンドバックのように何度も殴った。成人男性に何発も叩かれると、大人といえど正常ではいられない。お母さんの目はいよいよ焦点が合わなくなってきていた。その状況に対して、一番最初に身体が本能で動いたのは悠馬だった。


 お母さんをもう一発殴ろうとしたお父さんの拳を受け止める。当時中学生だった悠馬にはそれを抑えきる力はなく、一度胸に当たった拳を握る形になった。重たく響く痛みが体に広がっていくのをお父さんの手から感じていた。

 子どもが間に入ってくると、さすがにお父さんも気が引けたのか、露骨に舌打ちをしてリビングを後にした。ガチャンと激しく鳴る玄関のドアの音を聞いてから、悠馬はお母さんの顔をそっと撫でた。するとお母さんの細くて柔らかい手が悠馬の頬を包み込み「ありがとう」と小声でお母さんは返した。


 しばらくは体を動かすことなく、居心地の悪い沈黙が続いていた。結希と羽花がお父さんがいなくなってからすぐに駆け寄ってきたが、なかなか言葉が見つからず、ただ不安そうに側で座っていた。

 そんな家族が歩み寄る中で拓斗は一人、離れた場所で座っていた。正座をして膝の上で握られた拳は微かに震えている。顔は俯いたまま、表情も見せようとしなかった。


 結論から言うと拓斗はこの時、失望していたのだ。もちろん、家族に限度を遥かに超えた暴力を振るったお父さんにも怒ってはいたが、何よりも自分に幻滅していた。

 拓斗は怖気づいて一歩も動くことができなかった。守られる立場であるなら当然だ。当時の拓斗はまだ小学生で力もない子どもだ。だが、結希や羽花のように不安に駆られていたというほどではない。

 結局は、結希や羽花ほどの守られる立場ではないのに、悠馬のように飛び込むこともできなかったという、一番中途半端なところにいたことになる。

 それがひどく悔しく、情けなかった。


 そして数日経ったある日、お母さんは宮葉家から姿を消した。夕日が沈み、月が徐々に顔を出し始めた薄暗い時間帯だった。テーブルの上には寂しそうに離婚届が置いてあり、家からお母さんに関する全ての日用品がなくなっていた。

 お父さんは絶望するように膝から崩れ落ち、震えた手で離婚届を持っていた。事態を理解していない羽花こそいつも通りの振舞いだったが、悠馬と結希はいたたまれない気持ちでその姿を見ていた。


 そして拓斗はというと、猛烈に腹を立てていた。お母さんを失うまでに追い詰めたお父さんにはもちろんだったが、自分たちを連れて行ってくれなかったお母さんにも。

 だが、どんなにその状況を憂いても現実は変わらない。お母さんが出て行った事実はタイムスリップでもしない限り消えないのだ。そしてこれからある未来は、お父さんと共に暮らすというものだ。


 ――俺が、家族を守らなきゃ。


 人知れず心で誓った拓斗は、離婚届が放つ殺風景な部屋を出て外に出た。廊下の蛍光灯に一匹の蛾が止まる。もうすっかり暗くなってしまった世の中を、拓斗は静かに歩き始めた。



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