Chapter 1-(4) 少しの勇気
悠馬は小走りで街中を走っていた。真菜と晩御飯を食べる予定だったのだが、突然携帯電話に着信が入った。内容は拓斗と羽花が警察に保護されているということ。真菜と一緒に過ごす時間がなくなったのは残念だったが、事態はそれを憂いているほど軽いものではなかった。
暗い中、薄らと漏れる交番の光を見て、悠馬の足は更に加速した。息を切らしながら勢いよく扉を開けると、泣いている羽花とひどく落ち込んで座っている拓斗がいた。
「お兄さんですか?」
拓斗の向かい側に座っていた警官が顔を覗かせた。悠馬はこくりと頷いて交番に入った。
悠馬の姿を確認した羽花は涙を流しながら膝に抱きついた。目は既に腫れていたから、ずっと怖い気持ちのまま泣いていたことが分かる。
悠馬は羽花の頭を数回撫でてから拓斗に目をやった。警察に保護されている原因は喧嘩事で拓斗が関与していたことは聞いていた。だから悠馬は一発殴ってやろうかと交番に来るときに思っていた。羽花を連れているのに何をやっているんだと怒りでいっぱいになっていた。
しかし、その気持ちは一気に失せてしまった。その当人の拓斗の様子が明らかに普通ではなかったからだ。目の焦点が合っておらず、ずっと机に顔を向けたまま動かなかった。
今回は大きな怪我人が出ていないこと、事情はもう聴いたということで解放してくれることとなった。
「拓斗、行くぞ」
「……ああ」
脱力したままの拓斗と並んで夜道を歩いた。その後も拓斗が口を開くことはなかった。色々と聞きたいことが悠馬にもあったが、とても聞ける状態ではないことがすぐに理解できた。悠馬としては、こういう時は一度そっとしておくという選択肢しかなかった。
点滅する街灯を一身に受けて無言のまま家へと帰った。
☆ ☆ ☆
「はあ……」
翌日、真菜は肩を落として登校していた。というのも、意を決して悠馬と食事に誘ったのだが、宮葉家に問題が発生してそれが実現できなかったのである。アルバイトの時間は真菜の独壇場なため、チャンスを活かしたいところだったが思わぬハプニングで空振りとなってしまった。
「ついてないなあ……」
もちろん家族の問題よりも私を優先しなさい、なんて自己中心的なことはするはずもなく、事態を理解して悠馬とは店に入る途中で別れた。あの後、一人で寂しく牛丼を食べに行った。何だかショックで女子にも関わらず大盛りを平らげてしまった。
「結局進歩はなかったなあ……。あったとすれば悲しみとカロリーくらい……」
「カロリー進歩したの?」
「うん。牛丼大盛り食べちゃって……ん?」
ふと隣から可愛らしい声がして、嘆いている間に会話が成立していた。声の方を見てみると、そこにはマスクをした未来が立っていた。
「み、未来さん!?」
「真菜ちゃんって牛丼大盛り食べるんだ。小食かと思ってたらそうでもないんだね~」
「いや、あの~、これは事情が事情で……」
「でも分かる。牛丼って美味しいよね。食べ始めたら止まらない」
「分かってくれるの……!」
真菜の周りの友達は意識しているのかどうか分からないが、決まって小食な子が多かった。世間的なイメージで真菜も食べ過ぎる女子は下品という偏見があった。それを大人気アイドルの未来が覆してくるとは思ってもいなかった。
「私もたまに特盛頼むよ」
「と、特盛!? レベルが高い……」
「仕方ないと思うよ。だって食欲って人間の三大欲求の一つだよ? 意識とかでどうこうできる問題じゃないじゃん!」
「本当にそうだよ!」
まさかこんな身近になった人が食欲への理解を示してくれるとは思わず、真菜は少し感動していた。しかも相手はアイドル。食べても可愛くなれるんだと自分に言い聞かせた。
――素材が良ければの話だけど。と自分への戒めも忘れずに。
「まあ、牛丼の話は置いといて。どうかしたの?」
「へ?」
「何か凄く大きな溜息をついていたけど?」
「あ、聞いてたんだ……」
それから真菜は昨日の夜の出来事について未来に話した。バイト終わりに悠馬を食事に誘ったが、宮葉家の事情で急遽なくなったこと。真菜としては勇気を振り絞った結果の行動だっただけにショックが大きいこと。
未来は静かに話を聞いていた。未来には正式に付き合ってはいないものの祥也という相手がいる。そういう意味では恋愛に対して認識があるために相談相手としては打ってつけの相手ではあった。
「はあ~、なるほどね。でも、それは運が悪かったとしか……」
「そうなのかな?」
「そうだよ。だって一度は悠馬君も了承してるんでしょ? それだったら少なくとも嫌ではないはず」
「もう一回、チャレンジするのも?」
「全然ありだと思うよ。前、行けなかったしって理由も自然に作りやすいし」
話をしているうちに真菜の心理は少し前向きになりつつあった。このまま滅入っていては、今までの自分と何ら変わらない。一度攻めて不発だったが、それは失敗ではなく緊急事態だっただけだ。今度こそ食事に行ける可能性だってまだ十分に残されている。
「ありがとう、未来さん。何だか元気出てきたよ」
「そう。それは良かった」
未来はニコッと微笑んで一息ついた。未来も真菜が少し元気を取り戻して安心したのだろう。
「何か、真菜ちゃんって放っておけない可愛さがあるなあ」
「か、可愛さ!?」
「ん~。何かね、恋のライバルはミラアちゃんと苺ちゃんになるわけでしょ? 二人とも悠馬君に積極的に話しかけていける性格だし、関係性も近いからね。立場的にも性格的にも圧倒的に真菜ちゃんが不利なのは一目瞭然だもん」
「未来さん……意外とずばずば言う……」
「何と言うか、良い人が損をするの典型的な例なような……。あ、二人が悪い人ってことじゃなくてね」
真菜の心には何本か矢が刺さっていた。不安を取り除いてから現実を分析して突き刺すという、アメとムチを使い分ける未来講座はその高低差が激しかった。
しかし、腑に落ちることを言われたのも事実だった。例えば、ミラアと苺と一緒にいて悠馬と話そうとするとき、一番後ろで見ているのは間違いなく真菜だ。話したい気持ちはあっても、どうしても二人を割って入ることなどできない。いや、それ以前に二人の邪魔をしたくないという気持ちも出てきてしまうのだろう。二人も真菜と同じように悠馬に好意を寄せているわけであって、彼と話したくなるのは至極当然のことだ。それを妨害してまで主張していくということは違う気がするのだ。
「だから、二人に負けてほしいってことじゃないけど、陰ながら応援しているよ」
「ありがとう、未来さん」
「――まあ、でも。今回のケースは悠馬君の方から誘って欲しいような」
「宮葉君から?」
「だって、仕方なかったとはいえ、向こうの勝手と言えば勝手な事情じゃない? 穴埋めくらい男なんだから誘いなさい! って」
「未来さんってやっぱりずばずば言う……」
でも、真菜はそんな未来が頼もしく見えた。祥也との一件以降、大人しくて少し自分と性格の部分で似ている人なのかと思っていたが、実際はちゃんと行動のできる人で。それ故に悪いこともそのまま受け止めてしまうからギクシャクした関係が生まれてしまったのかもしれないけど、それでも真菜にはない格好いいものだった。
――よし、もう一回誘おう!
真菜は心の中で拳を握って、未来と並んで学校に向かった。しばらく歩くと、桜が満開の綺麗な校門が視界に入ってきた。




