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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第五章 守りたかったもの
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prologue ――欲しかった力

 ――あの時、お母さんは、ただ泣いて謝っていた。


 お母さんは何も悪くない。いつものように働いて、御飯を作ってくれて、家を掃除してくれて、むしろこの宮葉家で一番の働き者だった。結希や羽花の遊び相手にもなってあげていたくらいだから、休む時間なんてほとんどなかったと思う。

 でも、それ以上に休むどころか、心も体も追い詰めてしまうことが数日間起こり続けていた。


 お父さんが不況の煽りも受けて、会社をリストラされてしまった。日本では結構有名な企業に勤めていた、世間から見れば十分エリートの道を歩んできた父親だった。それだけに、今回のリストラは応えたのだろうか。リストラしてからというものの、酒と煙草、ギャンブルにお金を使い続け始め、宮葉家のお金は笑っちゃうくらいになくなっていった。


 お母さんが弁護士という固い仕事をしているために、それなりに収入もあったが、それでもお父さんの金の消費のペースは早かった。

 ろくに次の就職先も探そうとせず、酒と煙草とギャンブルをローテーションするお父さん。さすがにその生活をずっと続けられるほどの余裕はなく、お母さんはお父さんに就職を提言した。


 すると、次の瞬間にお母さんに返ってきたのは、お父さんの豪快な鉄拳だった。

 細身だったお母さんはアクション映画かと思ってしまうくらい飛んで壁に打ち付けられてしまった。お父さんは、大黒柱に向かってなんだとか、今まで養ってやった恩を忘れたかとか、とにかく罵詈雑言をお母さんに浴びせた。

 泣き続けるお母さんにもう一発、頬に拳が当たる。お母さんはその場で倒れてしまった。酷く赤い腫れが頬にできている。


 イライラが収まらないお父さんはお母さんの胸倉を掴んだ。そしてもう一度、その腕を振り上げた。お母さんはもう喋ることによる抵抗も苦しい状態なのに、まだ殴るのか。

 そう思うと、俺の身体は反射的に動いていた。


 飛んできたお父さんの拳を、俺は頬を出して受け止めた。まだまだ子どもだった俺も、お母さんと同じように吹っ飛ばされた。やっぱり、大人の男の筋力は馬鹿にできない。ズキズキと時間が経つたびに痛みは増していく。


 気持ちのやり場を完全に失っているお父さんを俺は必死に止めた。何発殴られただろうか。この事件の翌朝、顔にたくさんの痣を作っていたのは未だに覚えている。


 そして、それから数日後、お母さんは仕事に行ったきり家に帰ってくることはなかった。


 お父さんが我に返ったときにはもう遅かった。お母さんは携帯電話番号も変更し、完全に宮葉から撤退した。


 ――もし、あの時、俺がお父さんを止められていたら変わったのかもしれない。お母さんを守ってあげられただろう。怖くて泣いていた結希と羽花も安心させてあげられただろう。俺が強かったら、こんなに家族はバラバラにならなかっただろうな。

 まだ中学生になったばかりの俺は、ただ力が欲しかった。単純な力だ。間違っていることをしているやつを黙らせるそのままの意味の力が。お父さんを黙らせるような力が。




 それしか選択肢のなかったまだまだ餓鬼だった俺はあの日から変わった。親父の顔なんて見たくなかったから、ほとんど家には帰らなくなった。その帰らない時間の中で、自分なりに強くなっていった。最終的には、高校生最強と言われる不良グループのリーダーだってやっつけてしまった。

 自分が望んだものを手に入れたんだ。俺はそんな高揚感を抱いていた。

 俺はもう、家族を守れるんだ。俺のことを世間は間違ったやつだって言うけど、そんなのどうでもいい意見だ。守る強さは手に入れたんだから。


 悠馬や結希のような言葉で魅せる優しさもないし、羽花のような周囲を癒せる存在でもないけど、俺は絶対必要なものを手にした。ずっとそう思っていた。今も、そう思いたかった――。



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