Chapter 2-(4) 生への前進
昨日の出来事から一日が経った。ミラアは相変わらず目を覚ます気配はなく、機械のように呼吸を繰り返すだけだ。
今朝もエンスの手によって身体検査を行ったが、容態は変わらないままだった。ただ死に一日近づいただけ、と残酷な結果だった。
今、ミラアはエンス宅の自室で寝ている。エンスも睡眠時間を削ってミラアの状態を事細かに調べている状態だ。このままではエンスまで倒れてしまうのではないかと悠馬は一抹の不安を覚える。
時刻は日付を跨いだ。結希と羽花は既に部屋に行って眠っていて、拓斗は部屋にいるものの明かりは点いているため起きているのだろう。悠馬はリビングで学校の課題をしていたが、意識はどうしても玄関のクローゼットに行ってしまう。
ミラアの妹、ミーナがいつかはこのクローゼットから出てくる予定だ。それがなければ何も始まらない。
「あー!!」
悠馬は持っていたシャープペンシルをノートに放り、身体を伸ばした。結局ノートは開いているだけで頭には何も入ってこない。気を紛らわすことすら、今の悠馬には不可能だった。
このまま何もしないままいるのも時間の無駄と感じた悠馬は、一度エンス宅に顔を出すことにした。本来なら迷惑極まりない時間帯の訪問だが、エンスは今もモニターに向かい合っているだろう。もしかしたら食事も十分に摂っていないかもしれないため、悠馬は結希の作った余りの御飯を持っていくことにした。
――玄関で靴を履き、ドアノブに手をかけたその時だった。悠馬の背後で凄まじい轟音が鳴り響いた。先程までは開いていなかったクローゼットから突風が吹き荒れ、クローゼットドアは何とか金具が支えている状態だった。
その中から人影が勢いよく飛び出てきた。サファイアの長髪が特徴的な、小柄な少女が玄関マットの上で尻もちをついていた。
「き、君は――」
と、悠馬が言いかけたところで、その少女は急に立ち上がり悠馬の目を真っすぐに見つめて息を荒げながら手を握った。
「エンスっていますか!?」
「エンスさん……?」
とにかく急いでいる様子だった少女を引き連れ、悠馬は隣のエンス宅へと走った。
☆
「うん、これで大丈夫だ」
エンスは慣れた手つきでキーボードを叩き、少女からの申し出をあっさり成し遂げた。ずっと緊張の糸を貼り続けていたためか、少女は脱力してぺたりと地面に座り込んだ。
少女が申し出たことは「今すぐに鏡花星から日本へ繋がるゲートを一時封鎖してほしい」というものだった。そこから出てきてすぐというところが不思議ではあるが、エンスは何となく察しがついたようで、すぐに対応した。
何が彼女をそこまで急かせたのかは分からなかったが、悠馬には彼女の正体は何となく理解してきた。というか、ここ数日の会話の中でクローゼットから出てくる人物に該当する人は一人しかいない。
「バタバタしてしまいすみません。私、ミラアの妹のミーナです。姉がいつもお世話になっています」
「俺は宮葉悠馬。わざわざ遠くからありがとう」
「いえ、とんでもありませんよ、悠斗さん!」
「悠馬です」
そう、キート草を持って日本に来ることになっていたミラアの妹、ミーナだった。名前の記憶力が低いところからも血の繋がりを感じさせる。
「しかし、バレてしまうとはさすがは王都だね。セキュリティも伊達じゃない」
「説明しなくても分かってくれるエンスのそういうところ楽で好きだよ」
「私もたまにポンコツみたいな発言が出るミーナが好きさ」
皮肉に笑って、エンスはモニターを操作した。ここ数日、部屋の電気よりも点灯している時間が長いモニターには、ミラアの心電図の詳細がいくつもの画面に渡って表示されている。通常数値が薄い線で引かれ、現在のミラアの状態が濃い線で描かれている。素人の悠馬から見ても、その数値の異常さははっきり分かるほど、現在のミラアの数値は薄い線から離れていた。
「あの、ちなみにミーナさんが急いでいた理由って何ですか?」
「あらま、悠Pさんには分かりませんでしたか」
「悠馬です。プロデューサーみたいになってます」
この状況でたった一人分からなかったのは悔しいが、分からないものは分からなかった。エンスがセキュリティがどうのと発言しても全く察しがつかない。
「単純なことさ、悠馬。日本へ来ようとするときに見張りに見つかったんだ。だから追手を逃れるためにゲートを封鎖した」
「ああ、なるほど。それなら理解できます」
「ただ私にも一つ分からないんだ。ミーナが日本に来てから数分あったが見張りは来なかった。見つかってから何人もの見張りが追ってくる中で、それほどの距離と時間を稼げるというのも考えにくいのだが」
エンスの言うことも尤もだ。日本に繋がるゲートの出口は宮葉家の自宅だ。そこから隣とはいえ、エンスの家に来るのに数秒。さらにエンスのゲート封鎖処理に数秒。その他、様々な間などを合計しても二分程度かかっていた。にもかかわらず追手が来ないというのは、かなりミーナが追手を撒いているということになる。
その問いかけにミーナは少し目を伏せた。
「アリアさんが間に入って助けてくれたの」
「アリアが?」
「うん。キート草を取った帰りに知り合って、ゲートまで行くのを手伝ってくれた」
「それで追手が来ないわけか……」
エンスは表情を曇らせ、ミーナの話を聞いていた。悠馬にはアリアが誰なのかは分からなかったが、エンスの様子を見る限り、交流の深い人物のようだった。鏡花星の上層部に捕まっている可能性が高いだけに、色々聞き出すのは気が引いてしまった。
「まあ、アリアさんが手伝ってくれたおかげで……ほら!」
ミーナは話を切り替えて抱えてきた鞄の中からビニール袋に入った数多のキート草を取り出した。パッと見ただけではただの雑草だが、根はどれも黄色く特徴的である。
エンスは静かにそれを受け取り、しっかりと見やった。胸中は、友人のアリアがたった一人鏡花星で取り残されているような状態のため心配は拭えないだろう。しかし、そこまでして持って来てもらったキート草。エンスは強い笑みを浮かべてデスクの上に置いた。
「これだけあれば十分だ。たぶん一〇年分は作れる」
「あはは、それじゃあ張り切りすぎちゃったね」
エンスはパソコンをスリープモードにし、キート草を台所の方へと置いた。そして包丁を抜く甲高い摩擦音が鳴り、キート草の根元の部分を切り取った。どうやら黄色い根の部分が主な材料となるようだ。
その根だけを袋に詰めて、再びパソコンの前に座る。
「薬の調合には鏡花星の最新の技術を使用しても丸一日はかかる。だから今日はゆっくり休んでくれ。ミーナも長旅で疲れただろう」
「まあ、うん。よく考えたらキート草を取りに行ったのって今日だった。日本は深夜だったから実感なかったよ」
「布団は用意してあるからそこで寝てくれ。明日はすることがあるのは私だけだしね」
「じゃあ、お言葉に甘えて寝ようかな~」
「悠馬も遅くに悪かったね」
「いえ、気にしないでください。俺もミラアのこと気になってましたから」
無言で悠馬は御飯を持ってきたとタッパーをエンスに見せて、机の上に置いた。エンスもまた無言で会釈して礼を伝える。
「あ、そうだ!」
と、悠馬が帰ろうとしたところで、ミーナが悠馬の袖をギュッと掴んで動きを止めた。
「……どうしました?」
「悠馬さんって明日暇なんですよね?」
「まあ、特に何もないですけど……。そしてミラアより名前覚えるのが早い」
「じゃあ、一つお願いを聞いてもらっていいですか?」
「お願い?」
「はい。私、明日この街を色々見て回りたいです」
予想もしていなかったミーナの提案に悠馬は少々驚いた。もちろん断る理由などなかったが、もっとミラアの側にいたいと言い出すものだと思っていたからというのも大きいのかもしれない。
悠馬は快く了承し、靴を履いた。
「じゃあ、明日また来ます」
「あ、それと堅苦しいのでタメ口でいいですよ。お姉ちゃんにもタメ口ですし」
「それじゃあ、ミーナもタメ口でいいよ」
「私は悠馬さんよりも年下なので敬語でいきます」
「何か不公平に感じるけどいいの?」
「いいのです! それでは、おやすみなさい。明日楽しみにしています」
ミーナは皇族仕込みの丁寧なお辞儀で悠馬を見送った。
エンスの部屋を出た悠馬の気分は不思議と晴れやかだった。一歩、ミラアを助けられることに近づいた。単純にその事実が嬉しかったのだ。




