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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第四章 冬の感傷と温もり
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Chapter 2-(2) ここにはもういない

「ここかな?」

 城を出て西に数キロメートル。エンスから聞いた情報の通り、そこには緑一色の草原が広がっていた。この中にキート草があるのは間違いなさそうだ。


 ミーナはエンスの研究室から持ってきた植物図鑑を広げた。昨晩、キート草を調べて付箋を貼っていたため、探し出すのは簡単だった。

 キート草は一見、ただの雑草にしか見えない。どこにでも生えていそうな外見のため探し出すのは困難だが、とある特徴がある。それは根が黄色だということだ。図鑑に載っているキート草の根も、くっきりと黄色に染まっている。辺り一面の草を引き抜いていけば、いずれは見つかるということだ。


「いっちょやりますか!」

 ミーナは袖を肘まで捲り、目の前の草から引き抜いた。すると、一度入れた気合いがあっけなく抜けて行った。それもそのはず、いきなり引いた草の根が黄色だったのである。


「まさか一発目にキート草を当てるなんて……」

 あまりにも都合が良すぎるため、疑いながらミーナはその隣の草も引き抜いた。するとまたもや根の黄色いキート草だった。その後、何度草を引き抜いても根は黄色のものしか出てこない。

 数多いとはミーナも聞いていたが、これでは最早畑だった。気が付けばキート草はミーナの持ってきた袋には入り切らないくらい採取されていた。これだけあれば、きっとミラアを救う薬ができるはずだ。


 あとは、これを持って城の裏手の森にあるワープゲートをくぐるだけだ。ミーナは早速、来た道を引き返した。小走りに行くと、日は既に真上にまで昇っていた。本当なら、もうすぐ昼御飯の時間である。

 怪しまれないようにするならば、昼御飯に顔を出してから日本へと行くべきだろうが、ミーナはもうこのまま日本へと行くつもりだった。ミラアに早く治ってほしいという気持ちがあるのはもちろんだったが、どこかで、今はこの鏡花星にいたくないと思っている。

 執事のミラアという単語に対する恐怖心。呪いにかかった途端に娘を捨てた父親。ミラアの味方がミーナ自身しかいないこの世界は、とても居心地が悪い。


 その気持ちが、ミーナの足の回転速度を上げていく。行きよりも早く城に到着した。表の門にはやはり執事が配置されており、裏手に回るのに見つからずに行くのは困難だった。ここは一つ、作戦を練る必要がありそうだ。


 裏手の森には敷地内に入り、城の横の抜け道を行くしか方法はない。遠回りする方法がないわけではないが、それではかなりの時間ロスになってしまう。それに時間がかかればかかるほど、昼食に顔を出さないミーナを探し出すために執事たちが派遣されるはずであった。


 つまり今の状況は、日本に行くために森に行かなければならないが、森に行くためには城の敷地内を通る必要がある。しかし城の門には執事が見張りとして居て、森に行くという不思議な行為は取れないということだ。


「どうしたものか……」

 ミーナは執事たちからは見えないよう、死角に入って思考した。何としてでもここを通り抜ければならないが、その方法は見えてこなかった。先程の怯えていた執事とは話が違うため、力勝負となっては勝ち目もない。どうしても不思議がられずに敷地に入る方法がなかった。


 と、ミーナが頭を悩ませているその時だった。

「ミーナ様?」

 ふいに後方から声をかけられた。ばれないように敷地に入ることを考えることにだけ意識を集中させていたため、ミーナは驚きで体を跳ねあがらせた。振り返ると、段ボールを積んで台車を押している白衣を着た女性がいた。その女性は、首から名札を吊り下げていて、そこには氏名と顔写真、そして見慣れたロゴが書いてあった。


 そう、彼女は城の中で働く研究員だ。見た目がまだ若々しく、新人研究員だと思われた。

「こんなところでどうされたんですか?」

「え、えっと……」

 ミーナは持っていたキート草を咄嗟に背後に隠して目を逸らした。あまりに突然のことで良い返しが思いつかない。

 だが、彼女もまたローデスに雇われて働く身分の人物だ。ここでミラアの名前を出せば、必死に止められることは間違いない。何とかして切り抜ければならない状況だった。


 と、必死で頭の中を回転させていると、その研究員はミーナの背後を覗き込んだ。彼女から逃げるための嘘を考えていたミーナは、彼女の行動に意識が行っておらず、完全な無防備な状況だった。

「これは……キート草ですね」

「えっと、そうなんです! 根が黄色で珍しいな~と思って!」

 ミーナ自身も厳しい嘘だとは思ったが、あくまでミラアのためのものだということは伏せた。今のミーナに余裕はなく、止まれと思っても焦りから汗が噴き出てくる。

 そんなミーナを見た研究員は少し寂し気に、しかし微笑んで、視線はミーナの目をしっかり捉えていた。


「ミラア様、ですか?」

「え……?」

 ミーナは目を見開いて言葉を零した。彼女は確かにミラアの名前を口にした。それも、キート草というものから連想させて。

「キート草って正直、使い道がほとんどない植物なんですよね。本当、根が黄色いくらいが特徴と言ってもいいくらい。でも、たった一つ、ある病の治療薬として証明されているんですよ」

「あなたはどうしてそれを……」

「私、エンスさんの直属の部下ですから」

 彼女はミーナが背後に回していたキート草を、ミーナの手を握って正面に持って来て高く空に掲げた。真昼の日差しがビニール袋に絡み合って乱反射している。

「これだけあれば、少なくとも五年分は調合できるかもしれませんね」

 再びミーナの手を下ろし、腹部の方に押し付けた。すると彼女は複雑な笑みを浮かべて台車の取っ手を握った。


「ミラア様の元へ行かれるのですか?」

「……はい、と言っても許してくれないんじゃないですか?」

「そうですね。ミラア様にも生きてほしいですし、ミーナ様にも同情します。しかし、私にも生活がありますから、ローデス様の下で働く以上、見逃すことは許されません」

 やっぱりそうか。ミーナは心の中で落胆した。この人なら話を分かってくれそうだと思った希望は儚くも散った。話を聞いてくれただけでも城内の頭の固い連中よりマシだったが、結局彼女もまた、ローデスに怯える一人なのだ。


 このままでは城に連れて帰られてしまう。そう判断したミーナは身を翻し、駆けようとした。すると、彼女に手首をがっちり握られ、体を彼女の方へ引き寄せられてしまう。

「離して! 私はお姉ちゃんのところへ行かなくちゃ……!」

 言いかけたところで彼女に口を塞がれてしまう。ミーナは必死に抵抗した。狙いを定めるわけでもなく、手や足を必死で振り回す。何とかして彼女から逃げようと。

 その必死の抵抗も虚しく意味を為さなかったが、耳元に小さな声で彼女が囁いた。


「ミラア様のところに行きたいなら大声を出さず、私の話を聞いてください」

 予想外の返事にミーナは動きを止め、上方にある彼女の顔を見た。少し呆れも見える彼女の顔は、先ほどのミーナを日本へ行かせまいとするものではなかった。

「ミーナ様はおそらく、森のワープゲートを使って日本へ行こうとされているのでしょう?」

「うん、そうだけど……城の門番たちがついてくるからどうしようもなくて」

「一つ方法があります」

 彼女は台車の持ち手部分をパンパンと二回叩き、ミーナの視線を台車に集めた。

「この段ボール、実は空なんです。そして幸い、ミーナ様の体形だと体全体を収納することも可能です」

「もしかして、私がその中に入って……」

「はい、私が外部研究に行って来たという表面で普通に城に入っていく。どうですか?」

 かなり良い案ではあった。これならば城の門番たちの目に触れることなく城内へと入れる。また、彼女が協力的であるならば、そのまま森へ直行することも安全である。


「でも急にどうして……」

「先程も言った通り、ローデス様の支配下で働く以上、許してはいけない行為です。ただ、これはエンスさんも計画に関わっているんじゃないですか? そうなれば、部下としてエンスさんの反乱とも言える行動に乗るだけです」

「信じていいんですよね?」

「エンスさんの全てのような方ですからね、ミラア様は。エンスさんとミーナ様がこれだけ必死になっておられるのなら、私が裏切るというわけにはいきませんから。信じてください。必ず、城内の役人たちの目を欺いて、森へとお連れします」

 彼女は右手をポンと心臓に当て、ミーナに微笑みかけた。そして、そうと決まれば早速、と段ボールを開いてミーナに入るように促した。ミーナはそれに従い、身体を丸めて段ボールの中へ入り込んだ。


「ねえ、あなたの名前を聞いてもいい?」

「私はアリア・イアベルと申します」

「覚えておきますね。今度何かお礼をしなきゃいけないから」

「ふふ、恐れ多いです」

 ミーナの入った段ボールはガムテープで封鎖され、視界は取っ手部分から少し入ってくる光だけの暗い世界になった。ガタガタと車輪とコンクリートの地面が噛みあわない音がする。

 そして取っ手部分から進行状況を確認すると、ミーナたちの目の前には、見慣れた城の門が現れたのだった。




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