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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第四章 冬の感傷と温もり
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Chapter 1-(4) 生死

 いつもは歩いて上る階段を全速力でエンスは駆け上がった。普段デスクワークを仕事としているために息が苦しくなるのも早い。それでもスピードを緩めることはなかった。


 自室の向かい側にある宮葉家に到着した。とにかく慌てていて思考が働いていないエンスは、人の家ということも忘れてインターホンやノックもせずにドアを開けて入った。その音を聞いてリビングから急ぎで悠馬が出迎える。

「ミラアは……!?」

「こっちです!」

 悠馬はエンスをリビングの方へ引き連れた。するとそこには、ミラアが見るにも耐えない様子で布団の上で寝込んでいた。今までは呼吸が荒く発熱していたのに、それが全く感じられず、無の状態になっているようだった。その周りを拓斗、結希、羽花が囲んでいる。

 エンスはミラアの傍らに正座し、震える手を恐る恐るミラアに伸ばした。そっと触れた頬は冷たく、血が通っていないのではないかとさえ思ってしまう。


「エンスさん、これは一体……」

 悠馬は顔を青ざめて、震えた声を絞り出した。さすがにこのような状態を見せてしまうと、悠馬たちに黙っておくということも無理な話だ。

「呪いの、前兆だよ」

「前兆? そんなものがあるんですか?」

「ああ。人によって症状が違うが、十二ヶ月の呪いには一、二カ月前から決まって前兆が見られる。それがミラアは発熱だったわけだ」

 エンスのあの時の一瞬の油断。熱が引いたからただの風邪だと思ったあの油断。それは紛れもなく十二ヶ月の呪いの前兆だったのだ。

 エンスはここでもやはり自分の無念が一番に込み上げてきた。前兆かもしれないと自分は疑っていたのに、どうして目の前でミラアは眠っているのだろう。どうして未然に防ぐことを一瞬の安堵で怠ったのだろう。


「それってさ、何かミラア・プラハーナにとって不安になることがあったってわけ?」

 溢れ出そうな涙をグッとエンスが堪えていると、今日はリビングでミラアの様子を見守っていた拓斗が問うた。

「俺、こいつが徘徊しているのを見たの今回が二度目なんだけど、話によると呪いの前兆で家を飛び出たんだろう? 春のときは親父に捨てられたことで逃げ出したってことだったし、今回も何かあったんじゃねえの?」

 意外にも痛恨な質問であった。確かに、今回街を徘徊していた原因は十二ヶ月の呪いの前兆で間違いないはずだ。しかし前回と異なるケースは、直接的に精神を不安定にさせる要素がなかったことにある。ただいつも通り過ごしている中で発熱して前兆が発生した。

 ならば、一体何がミラアを不安定にさせたのかは謎である。特に今まで生活をしてきて、不安そうに何かを語るミラアは見ていない。

 もしかしたら、彼女しか知り得ないことなのかもしれない。


「まあ、ミラアがこうなった原因も気になるけど、ミラアはどういう状態なんですか?」

「極限の状態……だね。病人よりも死人という表現の方が近いかもしれない」

「そんな……!」

「だが、もちろん生きているさ。ミラアの呪いの周期は四月だ。今は二月。少なくともそれまで死ぬことはない。だが、手を打たなければ二か月間この状態のままだ」

 エンスはなるべく取り乱さないように淡々と言葉を口にした。本当はパニックを起こしても仕方ないほどに動揺していたが、多感な年齢の悠馬たちはもっと動揺している。ここは大人のエンスが冷静でいるべきだった。


「手を打たなければってことは……何か方法があるんですか?」

「ああ。私が鏡花星で薬学研究をしていたときに開発した薬がある。それを服用すればこの症状は治るはずだ」

「だったらそれを……!」

「だが、問題がある。まずその薬は副作用が強い。ミラアの体に何かしらの不自由が生まれるんだ。今回使うとしたら一回目だからそれほど大きな影響はないかもしれないが、十二ヶ月の呪いが完治しない以上、毎年服用することになる。その度に失明や神経麻痺などに向かって進んでいく。

 そして、その薬を調合するには鏡花星にしかないキート草という薬草が必要だ。薬を服用するとなれば、それを手に入れなければならない。つまりは、地球と鏡花星を繋ぐところから始めなければならないんだ」


 あまりにもミラアに最良の選択肢が残されていないことに悠馬たちは絶句した。最も単純な元気なミラアに戻るという方法は全くない。もちろんそんな方法があればエンスはすぐにでも実行しているはずだ。

 何と返せば良いのか。それを悠馬たちが必死に考えているとエンスはミラアの胸に手を優しく置いた。

「できれば、悠馬たちの意見も聞きたいんだ。私も悩んでいるんだよ。行動したいように行動してくれない体を年々持たせていっても生かすのか。それとも見送った方がミラアにとって幸せなのか……」

 エンスはついに堪えきれず一粒の涙を零した。ミラアの胸に置いた手の甲に落ちて、虚しく弾ける。

 生きたいか死にたいか。それは紛れもなくミラアにしか分からないことだ。どちらを選ぶか決める権利を持っているのはミラアである。

 でも、それを今は悠馬たちが決めなくてはいけない。生きてもらおうと思えば苦しむくらいなら見送った方が良いかもしれないと思い、見送った方が良いと思えば生きた方が良いと思ってしまう。なかなか言葉に詰まって沈黙が続いた。


「ねえ」

 そんな沈黙を破ったのは羽花だった。ギュッとエンスの白衣の裾を握り、涙を流しながら聞いた。

「ミャアちゃん、死んじゃうの?」

「羽花……」

 羽花はこの中で唯一、十二ヶ月の呪いについて知らない。だからどうしてミラアがこんなことになっているのかは羽花には全く分からない。ただ周りの会話を聞いて、ミラアが死の淵に立たされているということは分かったのだろう。

「嫌だよ……ミャアちゃん死んじゃ嫌だよ……」

 そして羽花は大きな声を上げて泣きじゃくった。エンスの白衣に顔を埋めて泣き続けた。そんな羽花をエンスはいたたまれない気持ちで見つめ、そっと頭を撫でた。

 きっと、羽花は単純にもっとミラアと話がしたいのだ。いつものように二人の大好きなリーラの話でもして、一緒に楽しい時間を共有したいのだ。


 羽花の姿を見て、悠馬の中で一つ決心することができた。自分の出したい答えが。

「エンスさん。俺はミラアに生きてほしいです」

「…………」

「確かに、副作用でミラアが生きていても辛いことが待っているということは十分に分かります。いっそ何もしない方がミラアのためなんじゃないかと考えるのも分かります」

 悠馬は膝の上に置いていた拳を強く握りしめた。

「それでも、俺は単純に、ミラアに生きてほしいです。ミラアのことを何も考えていない発言かもしれないけど、生きてほしいです」

 強く、鋭い眼差しで悠馬はエンスをしっかりと捉えていた。そのはっきりと言い切った悠馬に威圧感さえ覚え、エンスは少し怯んでしまった。


「わ、私も、ミラアさんがどうして欲しいのかは分からないけど、生きてほしいです」

 ずっと黙って涙を流していた結希も一生懸命に声を絞り出した。

「俺も生かせるべきだと思うな。いなくなってからじゃ何もできない」

 拓斗は大きく息を吐いて冷静に答えた。


 エンスは驚きを隠せなかった。自分がずっと悩んでいたことを悠馬たちはたった数分で答えを出してしまったのである。

 ――ただ生きて欲しい。

「はは……」

「エンスさん?」

「全く、君たちは強いね。若いって素晴らしいよ」

 エンスは顔を上げた。そこには、先ほど宮葉家に入ってきたときの悲しいエンスはなかった。スクッと立ち上がり、少し口角を釣り上げて自信に満ちたような表情を浮かべている。


「私も同じだ。ミラアには生きてほしい。ミラアがどうしていいか分からない以上、生きてもらおうじゃないか」

 エンスに不安が全くなかったわけではない。それでも、幾分か気持ちは軽くなったようだった。

 そのエンスの劇的な復活に、悠馬たちも微笑みで返した。そう、ただミラアに生きてほしい。もっと彼女と色んな話がしたい。それだけのために動けばいいのだ。


「では、早速鏡花星に戻って材料調達! ……と言いたいところなのだが」

 勢いよく立ったものの、エンスは項垂れるように腰を下ろした。

「実は地球から鏡花星に行く方法がないんだよ」

「え!? でも、ミラアのお父さんはこの前は普通に帰っていたんじゃ……」

「そりゃあ、鏡花星の王だから連絡宇宙船くらいすぐに手配できるさ。ただあの人はミラアを捨てた身だ。分かるだろう、ミラアのいる世界との交通手段を遮断することくらい」

 つまりは、捨てたミラアが決して鏡花星に帰ってくることのないように、地球に閉じ込めたということだ。あまりにふざけた話で悠馬も怒りが込み上げてくる。


 ただ、そこで一つ、悠馬は名案が思い付いたと言わんばかりに嬉しそうな顔を浮かべた。

「なら、ミラアが通ってきたクローゼットはどうです? 確かあそこからミラアは鏡花星から地球に来ましたよね?」

 それは春のこと。悠馬が高校生になった夜に、玄関にあるクローゼットからミラアが出てきたのだ。その中は鏡花星と地球を繋ぐワープゾーンとなっており、ミラアが春に使用してから開かぬまま放置してある。

「実はあれ、鏡花星から宮葉家への一方通行なんだよ」

「え? でもミラアは間違えたって戻ろうとしてましたよ?」

「戻れていないだろう?」

「……そういえばエンスさんが回収したんでした」


 良い案だと思っただけに悠馬のショックも大きかった。だが、そんな悠馬を励ますようにエンスがポンと悠馬の肩を叩いた。

「だが、目の付け所は良い。方法はそのワープゾーンを使うんだ」

「……と、言いますと?」

「簡単だ。鏡花星の人に持って来てもらえばいい話だ」

「あ! そうか!」

 単純な話だ。ワープゾーンが鏡花星から地球への一方通行ならば、鏡花星の人に持って来てもらえばそれで解決だ。

 だが、そこで一つの問題が悠馬の頭に思い浮かぶ。

「でも、そうしたら、持って来てくれた人が帰れなくないですか?」

 連絡宇宙船は出ておらず、ワープゲートも地球から鏡花星への移動には使えない。ならば、地球に来た人は悠馬たちが鏡花星に行けないのと同様で戻れなくなってしまう。

 そんな悠馬の問いにもエンスはどや顔で答える。


「迎えに来させればいいのさ」

「そんな簡単に行くんですか……」

 ましてや、地球に行った理由が鏡花星の王、ローデスが忌み嫌うミラアのためだと知って、宇宙船の手配をしてくれるとは到底思えなかった。

「いや、私が頼もうとしている人なら来るよ。ほぼ間違いないね。その人がいなくて困るのは紛れもなく、ローデス様だからね」

「一体、誰に頼もうとしているんですか……」

 エンスの自信がどこから来るのか分からない悠馬は少々呆れ気味であったが、エンスは人差し指をピンと立て、確信を持って言った。


「ミーナ・プラハーナ。次期鏡花星女王候補にして、ミラアの妹さ」



 資格試験も終わりましたので、また執筆活動を再開いたします。

 今後とも、十二ヶ月の姫君様をよろしくお願いします!

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