Chapter 1-(4) 十二ヶ月の呪い
助けてやってくれ――。その意味がまるで分からなかった。だが、ただ一つ理解できることは、これから先、エンスの言うことが、彼女らの言う色々な事情であろうということだ。
「話せば長くなる話だが、君には聞いてもらいたい」
今日の深夜にあったエンスの眠たそうな表情はない。その目は真剣だった。
悠馬はコクリと頷き、エンスに向き合った。
「ミラアは、宇宙特有の呪い、《十二ヶ月の呪い》の患者なんだ」
「十二ヶ月の呪い?」
「ああ。文字通り、月日が関係していてね。一年間、精神状態の不安定が続くと、死んでしまうんだ」
「死んでしまう……」
「そう。そして、その十二ヶ月の呪いを持つ彼女を捨てたのが、宇宙の王、ミラアの父だ」
「捨てたって……」
「ミラアには妹がいる。とても可愛らしく、清純な方だ。一年間、いや、ずっとメンタル面をケアしなければならないミラアよりも、妹の方が姫として相応しいとでも思ったんだろうね。嫌なことに、妹さんはこの事実を知らない」
簡単にまとめると、ミラアが持っている《十二ヶ月の呪い》は精神状態の不安定が一年間続くと、体を破壊し、死に至らせる。その呪いを持つミラアを嫌ったのが彼女の父。健康で手のかからない妹を姫とし、ミラアを地球に放り込んだ。
馬鹿げているにも程がある。
「でも、捨てられたってことは、エンスさんに王が頼んだわけではないんですか?」
「ああ、私自らミラアを引き取るように言った。こんな馬鹿馬鹿しいことでミラアが捨てられるのもおかしな話だろう? 彼女だって好きで呪いを持っているわけじゃないんだ。だったら、一緒に楽しく過ごすのが良いに決まっている」
「……実は良い人なんですね」
「君に私の黒い部分を見せたことなどないが?」
「え、まぁ、そうですけど……ってあるんですか!?」
「宇宙の生き物だって表裏くらいあるさ」
「はぁ、そうですか……」
「ま、私の表裏はおいといてだな」
再び、真剣なまなざしで向き合うエンス。
「改めて、ミラアを助けてやってくれ。学校で仲良くしてくれるだけでいいんだ」
深々とエンスは頭を下げた。
悠馬はどこかでミラアと自分たち宮葉兄弟を照らし合わせていた。父親に捨てられた。いや、ミラアはそれ以上の絶望の捨て方だ。悠馬たちの父は、あくまで悠馬たちから借金取りという恐怖から遠ざけるための行動。でも、ミラアの父は、自分を守るための行動。
「もちろんです」
悠馬は笑顔で切り返した。
「ありがとう、悠斗」
「悠馬です」
とりあえず、名前を覚えてもらうことから始めようかな。
★★★
翌日。とりあえず一緒に登校することから始めてみた。まだ通学路も自信ないだろうし、親睦を深めるには良いだろう。ただ、羽花の保育園にもついて来てもらっている。途中で待ち合わせなんてしていたら間に合わないのだ。
その保育園に向かう途中、ミラアと面識のない羽花は不思議そうな目でミラアを見ている。
「…………」
「…………お姉ちゃん誰?」
「ミラア・プラハーナ」
「ミャア?」
「ミラア。名前を間違えるのは失礼よ」
「お前が言うな」
悠馬の中で名前間違いのナンバーワンはミラアである。二位はエンス。
「ん? そのぬいぐるみは魔法少女……」
「リーラだよ! ミャアちゃん知ってるの!?」
「昨日、テレビをつけたらたまたまやってた。それを見てた」
「おもしろいよね! 魔法少女リーラ!」
「うん。リーラちゃんが可愛い」
意外なところで話題が膨れ上がっていた。《魔法少女リーラ》というのは、羽花が大好きな子供向けアニメ番組で、タイトル通り、魔法少女のリーラちゃんが悪を倒すという単純なお話。昨日が放送日だったため、テレビをつければ普通に流れていたはずだ。
それからも、羽花とミラアは魔法少女リーラの話で盛り上がり、保育園に羽花を預けた時には少し寂しそうでさえあった。悠馬にそんな表情を見せたことがないので、少しがっかりしていた。
「羽花良い子。よく産んだ、悠也」
「俺は産んでないよ!? そして悠馬だ!」
「……え?」
「何であなたが不思議そうなの!?」
宇宙人って子供は男が産むのだろうか。そんな疑問を抱えつつ、高校生活二度目のジョギングを開始した。
★
午前八時三十分前。今日も何とかギリギリで間に合った。今更日々運動しておけばよかったなと後悔し始める。部活にも入らないでこんなに走ることになろうとは。そのうち東京と箱根を行き来できるようになるんじゃないだろうか。
悠馬とミラアはそのまま自分の席に着く。若干男子の視線が痛い。そう、あくまで若干。本当に視線が集まっているのは祥也だからだ。
「やあ、悠馬。おはよう」
「……おはよう」
その両サイドには可愛らしい女子生徒がいた。それも祥也に密着する形で。その女子生徒同士は少しにらみ合っているけども。
早速この春雨高校でハーレムを作ろうとして……いや、作ってしまっている。それなのに女の敵にならないのだからおかしな話だ。
「おやおや? 美少女と一緒の登校の割には元気ないじゃないか~」
「お前のせいで一気に萎えたよ」
そんな男の敵はほっておいて昨日友達になった治親に向き合う。
「ぐぬぬ……僕もイケメンルックスがあれば……! あ、悠馬おはよう」
「イケメンルックスになったら女子が寄ってくるんだぞ? おはよう」
「……いや、それでいいんだよ!」
勢いよく反抗する治親であるが、その顔はやはりどう見ても女の子だ。髪形もどこか女の子っぽい。
「それよりさ、悠馬」
「ん? 何だ?」
「春雨高校って新学期すぐに遠足があるだろ? あれって六人班らしいんだよな。どうも席順で」
春雨高校の初めの伝統行事として遠足がある。学年が増すほど行き先は豪勢になってはいくが、実際場所なんて関係ない。新たな仲間と親睦を深めるという暖かいイベントだ。
しかし、今の悠馬にとってそんな遠足の説明など、どうでもよかった。治親が確かに口にした席順で決まる班。ということは、前の席に座っている祥也、隣に座る治親、真後ろに座るミラア、斜め前に座る、最初で最後の出番であろう野田さん。そして斜め後ろには真菜がいる。
「どうした悠馬。顔がニヤけてるぞ?」
「え? ああ、いや、何でもない!」
慌てて前の方を向く悠馬。しかし、頭の中は真菜と同じ班で行動出来るということでいっぱいだった。
そうしていると担任の榊先生が教室に入ってきた。一時間目はロングホームルームとなっていて、その遠足についての説明だった。
行き先は少し山を越えたところにある農業公園。文字通り農業をやっているところであるが、アスレチックやおもしろ自転車などといった高校生でも十分楽しめるものが揃っている。
その他にも牛と触れ合えたり、料理体験といったものまである。揃いすぎているくらい充実した施設だ。
そこに春雨高校一年生が集結する。他クラスとも交流が深められる。いかにも学校が考えそうな魂胆だ。
「では、班で分かれて計画を立ててください」
榊先生のその声を合図に、生徒たちは向き合う形で机を並べた。
まず決めることは班長。遠足の全てにおいて責任を負う重大な役割だ。
「誰が班長やるんだ?」
少し気まずい沈黙を治親が打ち破る。気まずいのも無理はない。祥也と野田さんがいちゃいちゃしているからだ。野田さんもめでたく祥也ハーレムに。そして出番が何とか二回あった。
この時点で、祥也と野田さんは二人の世界に入り込んでしまった。よって班長決めなどしている場合ではないのだ。している場合なのだけれど。
「悠美。班長って何するの?」
「もう性別越えてしまったけど俺悠馬な。班長っていうのは遠足の計画を立てるのに中心になって話進めたり、遠足当日に班員をまとめたりするんだよ」
「なら、真菜ちゃんが適任」
「え?」
そんなこと言われると思っていなかったのか、先ほどから黙っていた真菜は急に驚いた表情で言ったミラアの方を見た。
しかし、悠馬はミラアの意見に賛成ではあった。祥也と野田さんは我らの道を行っているし、悠馬自身はそんな大役を経験したこともないし自信がない。地球に来たばかりのミラアには危険すぎる。何をしでかすか不明という点で。
残された選択肢、治親か真菜と考えると、治親が不真面目なわけではないが真菜になるだろう。
「どうかな、白花さん?」
隣に座る治親が聞く。少し照れ気味なのは気にしない。
「うん、私は全然いいよ。私なんかでみんなが良かったら」
「じゃあ決定だね。よろしく、白花さん」
「はい」
笑顔で頷く真菜。その仕草に悠馬は少しドキッとした。
班長が決まったところで次は当日の行動について。
この遠足は本当に仲良くなるためだけのものなので勉強要素は何もない。遊ぶだけのイベントだ。
当日の行動としては、一〇時くらいに到着予定で、大きな草原で学年部長からの挨拶。そこから十二時まで自由行動をし、昼食。四十五分の昼食後、園内にあるトラックでクラス対抗リレー。その後から二時間ほど自由時間になり、アイスクリーム作りをして終了。もちろんアイスクリームに使う牛乳は園内にいる牛から採れたもの。
そんな窮屈な予定の間にある自由時間に何をするかという計画だ。誰とでも行動は良いことになっているが、なるべく班員一人とはいるようにとのこと。
「じゃあ、みんな行きたいところある?」
「僕おもしろ自転車乗りたいな!」
「俺はアスレチックに」
「私は牛さんの乳しぼりがしたい」
「野田さんとUSSに」
「祥也君とUSS!」
最後二人はほっておいて、真菜は黙々と意見を紙に書いていく。秀麗な字だ。
「これくらいで十分かな?」
「あれ、白花は行きたいところないのか?」
「ううん、私もアスレチックに行きたかったから」
「ああ、そうか」
意見が合ったことが少し嬉しかった悠馬。
「悠馬も男子だね~」
ケラケラ笑いながら治親は視線を悠馬と真菜の間を行ったり来たりしていた。
本来ならこの次にバスの席順を決めるところなのだが、どう考えてもあっさり決まるので真菜の推測に任せた。予想通り、祥也と野田さん、悠馬と治親、真菜とミラアである。
この状況に少し悠馬は安堵していた。昨日聞かされた、ミラアの《十二ヶ月の呪い》。まだにわかに信じ難い内容ではあるが、エンスの言うことが本当だった時に、隣が真菜だと安心できる。いないとは思うが、隣の席の人がとんでもなく意地悪だったり、ヤンキーだったりしたらミラアだって怯えるに決まっている。真菜は優しいのが第一の良いところなのできっとミラアとも上手くやってくれる。
そうして遠足の計画は真菜班長のおかげで早く済んでいった。
★★★
一日はあっという間に過ぎ、放課後を迎えた。窓から射す夕日が眩しい。
「ミラア、家までの道分かるか?」
「大丈夫。私にかかれば三十分で帰れる」
「おおお、なかなかに普通のタイムだな。今日は先に帰っててくれ」
「どうして」
「今日はアルバイトの面接に行くんだ」
親がいなくなってしまった宮葉家。ちょっとでもお金の支出を避けたい上に、ちょっとでもお金が必要。そのためには唯一働ける悠馬がバイトをするしかない。春雨高校は意外とアルバイトは許可している。
「アルバイトって何? 羽花の兄」
「羽花は覚えられるんだ……。アルバイトは……まぁ、お店で働くことだよ」
それで納得したのか、ミラアは分かったと言って教室を出て行った。マイペースにも程がある。
悠馬もミラアに続くような形で教室を出、面接会場へ向かった。
☆
アルバイトの面接は近くのファミリーレストランで受けることになっていた。通いやすいこともあるのが一番の理由であった。
ファミリーレストラン・ゲスト。たくさんの家族連れ、学生が訪れる、京安市では大人気のレストランだ。悠馬も家族で何回か行ったことがある。単にそういうファミリーレストランでの仕事というものへの憧れなのかもしれない。
そのままゲストに入店し、レジの人に話し、奥へと進めてもらう。
案内されたのはパイプ椅子と事務机が置いてある部屋。いかにもな面接会場だ。そのまま案内してくれた店員さんは仕事の方に戻っていき、しばらく一人の時間となった。
ここに来て、いきなり緊張が思い切り走って来た。小刻みに震えているのが自分で分かってしまう。
それから数分後、店長の名札を付けた人が入って来た。
「待たせてしまってごめんね。私が店長の経済不振だ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
いきなり凄い不吉な名前の店長が出てきたけれど大丈夫なのだろうか。
「えっと、悠馬君は高校一年生……てことは仕事の経験とかないよね?」
「はい。全然なくて……」
「う~ん。なかなか事情も深そうだし。いいよ、採用」
「え!?」
「まぁ、ここ最近は人も少なくなってきたしな。ベテランさんがどんどんいなくなっちゃって」
「は、はぁ」
「ま、明日も来てよ。詳しいことは明日話すし」
そんな簡単に決めてしまって良いのだろうか。経済不振になってしまっても仕方がない気がしてきた悠馬だった。
「あ、そうそう。今日からもう一人春雨高校の生徒さんが来るんだ。仲良くしてね」
そう笑顔で言う店長。そのまま仕事へ戻ってしまった。
春雨高校の生徒がもう一人アルバイトでやってくる。それは少しありがたいことだ。いきなりバリバリ社会人ばかりのところでは若干やりにくいが、年が近くて同じ学校となれば、きっとこの職場にも慣れるのが早いだろう。
「すいません! 遅れました!」
噂をすればその春雨生徒がやってきた。声からして女子である。
そのままその生徒は悠馬のいる部屋に入って来た。しかし、その瞬間、軽く二人は凍りついてしまった。
「白花……?」
「宮葉君……?」
その相手は、悠馬が好意を寄せている白花真菜だったのだから。
来週は作者の事情によりお休みさせていただきます。
次回の更新は3月9日になります。申し訳ありません。