Chapter 2-(3) 心の悩みは踊って晴らす
小学生であるということを考えるとやけに重たく、残酷な話だった。祥也は笑って俯いてはいるが、その笑顔には覇気もない。まるで血が通っていないかのように。
「それで、それ以降、本当に一度も喋らなかったの?」
「ああ、卒業まで一度も話していない」
「その……今田さん? とはどうなったの?」
「中学が別々になってから疎遠。表面上は自然消滅だな。頻繁にメールが来たけど無視してた」
祥也の中ではもう絵梨香は関わりたくない存在だろう。それもそのはず、好きな子をいじめの標的にしてまで祥也を手に入れたのだから。未来は人質みたいなものだ。
「悠馬、一つ聞いていいか?」
「何?」
「俺の選択した行動、間違ってると思うか?」
その選択とは、絵梨香と付き合うことによって未来へのいじめをなくすか、絵梨香に対抗してでも未来と一緒にいるかのことだ。
悠馬は祥也が選んだ行動をはっきり間違いだとは思わなかった。祥也が一番に頭に浮かべたことは「未来への攻撃をなくす」ということだからだ。未来を想うからこその行動だと言われれば納得することもできる。
後者を選んだ場合、未来へのいじめのエスカレートはまず起きると考えられるだろう。
「俺が祥也の立場だったら、祥也と同じ行動を選ぶと思うよ」
「そうなるか」
「――だけど」
悠馬はベンチから立ち上がり、空になったペットボトルをベンチの向かい側にあるゴミ箱に入れた。そのまま祥也に背中を向けたままだ。
「――未来ちゃんは、後の方を選んで欲しかったと思う」
おそらく、あの時、未来にとって祥也は唯一の安らぎだったであろう。学校に行けば辛い仕打ちを受け、その後は子役として仕事に行く。気持ちを整理する時間など無いに等しかった。
祥也は「だよな」と零し、悠馬の元から去って行こうとした。祥也自身もそれは分かっているのだろう。分かっているから、こんなにも悩んでいるのだろう。
「というか、祥也さあ。急にこんな話するってどういう風の吹き回しなの?」
「ん~、なんでだろうな?」
「それは言いづらいのか?」
「まあ、いつもお前の白花話を聞いてばかりじゃ悪いってことにしといてくれ」
その返答をして祥也は騒ぎ声のするブースの方へ歩いて行ってしまった。
悠馬は、心の中にある疑問という箱がいまいち答えで満たされなかったが、深く聞いても答えてくれない気がして、とりあえずは祥也の言ったことにしておいた。
「このスプフェスで何とかなればいいけどなあ」
今の二人の間には明らかな行き違いが生じている。祥也は自分を捨てたと思っている未来と、未来を庇った行動を選んだ祥也。やはりこの未来の誤解は解消しておきたいところだ。
「でも、出しゃばりすぎかな」
あくまでも祥也と未来の問題。そっとしておくのも良さそうな気もしてくる。
気づけば悠馬はそんなことばかり考えていた。祥也の話を聞く限り、未来が祥也に伝えたかったことは伝えたのだろう。そうすると、未来がもう一度祥也に会ってくれる可能性は低く感じる。仮に会わせることに成功したとしても、上手く転がるとも思えない上に、祥也はまた適当に流しそうな気がする。
「そうこう考えているうちに、結局しゃしゃり出ているな……」
悠馬は一度、祥也と未来のことを考えることを止めた。腕時計の針は昼の十一時前を指している。もうすぐ、女子生徒によるダンス発表が行われる時間だ。ミラアも帰宅途中によく練習していたので、これは絶対に見たいパフォーマンスだった。
「これを見て一回頭をリセットするか!」
悠馬はダンスパフォーマンスが行われる校庭に向かった。知らないうちに、太陽の位置は真上に近づき、校舎の影の部分は少なくなっていた。
☆
悠馬は校庭付近へと足を運んだ。既にステージの周りには生徒や先生、保護者と思われる人たちが囲んでおり、見る位置はかなり遠くになった。しかし、校庭には階段状になっている座席があるので、踊るミラアたちは小さくてもはっきりと姿を捉えられそうだった。
本当は治親や祥也、もしくはエンス、結希、羽花と見ようと思っていた悠馬だったが、上手く合流することができず、結局一人で遠くから見守る形になった。
「それにしても、ミラアは間に合ったのかな」
家でもよく踊る練習に付き合い、一生懸命になっていたが、正直上手いと言えるものではなかった。身体能力は優れているため、動きには無駄もなく簡単に追いつくのだが、リズム感がゼロに等しかった。普段自分のペースでしか行動しないせいであろうか。何でも淡々と無表情でやり遂げてしまいそうな雰囲気のあるミラアの珍しい姿でもあった。
それでも今日出かけるときには自信満々で「舞うわ」と言っていたので大丈夫だと信じたい。
開演まであと少し。悠馬はパンフレットをバッグにしまい、ステージの方に目をやった。そのとき――
「おい! 宮葉じゃないか!」
「臭いな……てことは、汚田か!」
「毎回容赦ねぇなお前は!」
――なんと、世にも奇妙な汚田が話しかけてきた。今日も清々しいほどにブサイクである。
すると、汚田は悠馬の隣の席に腰を下ろした。隣にいるだけで何かよく分からないものが伝染しそうだ。
「いやー、宮葉がいてくれて良かったよ。友達みんな先に行ってしまってて、一人で見るところだったぜ」
「……え? 俺たち友達だったの?」
「何だよ、一緒に乳しぼりもして、半裸で泳いだじゃねぇか」
「ややこしくなる言い方するんじゃねぇ! ただでさえ、俺は今ボーイズラブ説が流れてるんだよ!」
「ごめん、宮葉。俺、そっちの趣味はないんだ」
「汚田にフラれたみたいになってるの、今後絶対味わうことがないだろうってくらいに屈辱だわ」
何だか知らないうちに汚田が余裕を手に入れているようであった。夏で一皮剥けたのだろうか。剥けたといえば、日焼けの跡から剥けている汚田の皮が気持ち悪い。
「と、ところで、宮葉。ミ、ミラア・プラハーナはどこら辺で踊るんだ?」
モジモジしながら問うてくる汚田。ウナギみたいだった。
「曲によって位置が違うらしいから何とも言えないけど、一つ、一番前で踊る曲があるらしいぞ」
「そうか! それは楽しみだな! ……いや! ふん! 間違えて恥でもかけばいいんだ!」
汚田とミラアを取り巻く人々はほとんど知っていることだが、汚田はミラアに好意を寄せている。本当にひょんなことがきっかけだったが、そのきっかけを一途に心に抱いて、季節は二度ほど変わっている。
どうやら汚田はミラアが好きだということをまだ誰にも悟られていないと思っているようだ。そのせいで誰も見たくない、汚田のツンデレが毎度発生してしまう。
汚田と二人で話すという奇妙な時間を過ごしているとステージ裏から大きな声が聞こえた。きっと円陣を組んで、モチベーションを高めているのだろう。いよいよ開幕だ。
『続いては、一年E組によるダンスパフォーマンスです――』
アナウンスを担当する放送部が演目の説明をする。そのとき、ざわついていた周囲の人たちも静まり、鑑賞する姿勢になった。
やがてアナウンスが止み、演目開始の合図であるブザー音が鳴る。その次の瞬間、人気アイドルグループのポップな曲が流れ、小走りで生徒たちがステージに登場する。
服装はみんなで作ったオリジナルTシャツに黒の長ズボンと、学園祭ならではの味を醸し出していた。
最初は縦三列で真っすぐに並び、上から見ると長方形に見える列隊形だ。そのうち、ミラアは一番右――奇しくも、悠馬たちの方に位置していた。その隣には真菜もいる。
今の時点では、ミラアはよく踊れていた。複雑なステップも周りの生徒たちにリズムよく合わせられている。練習の成果が垣間見え、悠馬は少し心が軽くなった。
リズムに合わせられるとなると、持ち前の運動神経で綺麗なダンスを披露する。いつもとは違う、ポニーテールに結ってある髪が揺れるたび、表情は変わらないのに違う顔を見ている気持ちになる。ミラア特有の不思議な魅力だった。
その不思議な魅力に魅了され、我を失っている傍らの汚田は、真剣な眼差しでミラアを見つめていた。この目は、夏場の女子生徒が薄い体操着を着て透けるか透けないかを必死に見ていたとき以来の鋭い目だった。
そんな汚田を見た悠馬だが、気持ちは分からなくもなかった。悠馬も気づけば意中の真菜に視線が行ってしまう。先程の露店を回っていたときとは一変して、凛々しい表情、時々笑顔ものぞかせて踊っている姿は実に綺麗だった。
「男子って仕方ない奴ばっかだな、汚田」
「ああ、全くだ」
悠馬は初めて汚田と意見が一致した。遺憾だったが、事実なので何も言えない。
曲は更に変わり、ミラアはすっと前に出てきた。いよいよミラアがメインの曲だ。
その曲を聞いた悠馬は小首を傾げた。その曲はよく耳に残っている曲だったからだ。タイトルも歌手名も分からないが、曲と歌詞だけはやけに覚えている。
「なあ、汚田。これ何の曲だっけ?」
「ん? あれだろ、魔法少女リーラのエンディングテーマだろ」
「ああ~、それで聞いたことあるのか」
魔法少女リーラというのは、主に女の子に向けて作成されたアニメである。悠馬の妹の羽花もこのアニメの大ファンでよく見ているために聞いたことがあったのだ。
更にミラアもリーラのファンである。この曲をメインとして踊れるのは嬉しいはずだ。
「にしても、よく高校生がリーラのエンディングなんて踊らせてくれたな」
「何言ってんだよ宮葉。今幅広い世代で大人気なんだぞリーラのエンディングは」
「そうなの?」
「ああ。リーラちゃんのパートナーの猫のチカニャンと一緒に踊る魔法体操第十万は、よく動画サイトで踊ってみた系のものとかがアップされているぞ」
「それ色々訴えられそうだけど大丈夫なのか。というか、何で魔法体操は十万もあるの?」
「チカニャンが十万歳だからだ」
「訴えられそうなこと一つ増えたわ」
それとは別に、汚田がやけにリーラに詳しいことに気になった悠馬だったが触れないようにした。
ミラアはセンターポジションで、その独特なステップを踏む。周りにいる子どもも何人か真似をしていた。ダンスは見事に完璧だった。目立つ位置に立っていても、リズムの狂いまくっていたミラアからは想像できないくらいに華やかで、周りに光のエフェクトが勝手に脳内で補正されているかのようだった。
相変わらず無表情のため、感情はいまいち読み取れないが、それでも楽しんでいるのだろう。
(これが良い思い出になるといいな)
そんなミラアを見て悠馬の表情は綻んだ。それは色んな安堵が混じったものだった。
☆
やがてダンス演技は終了し、校庭でのパフォーマンスは全日程をやり通した。
悠馬は、本来会う予定だったエンスたちと合流し、ミラアや真菜を待つことにしていた。
「ミャアちゃんすっごく可愛かったね!」
エンスに世話になって連れてきてもらった羽花は興奮気味に悠馬を見ていた。余程ミラアのダンスに感動したのだろう。「私も一緒に踊ったんだ!」と嬉しそうに話題は尽きない。
「まさか、ミラアがあそこまで仕上げてくるとは思わなかったよ」
エンスもミラアの成長を見たようで嬉しかったのか、少し口角が上がっている。最も側で練習を見てきただけあって、感慨深いものがあるのだろう。
それに加えてエンスはミラアが今を上手く過ごせていることに安心しているのかもしれない。《十二ヶ月の呪い》という難解な問題を抱えている中、楽しそうに日々を送っているとなると、それが一番の薬となるからだ。
実際、エンスは学校でのミラアを見るのは今日が初めてである。同級生とも仲良く雑談できている様子を見ると、その安心は悠馬が思っているよりも大きいだろう。
しばらくエンスたちと待っていると、更衣室のある棟からミラアと真菜が出てきた。その姿を見て羽花が元気よくミラアに飛びつく。
「ミャアちゃん! 可愛かったよ! 凄かったよ!」
「ありがとう、羽花」
元気な羽花とは対照的にミラアはいつもの調子で淡々と礼を言う。隣の真菜はニコリと笑いながらその様子を眺めていた。
「さあ、いよいよみんなが待っているイベントだね!」
そんな三人を見つつ、悠馬の側にいた結希がパンフレットを握りしめながら言った。
「ああ、今年のスプフェスの一大イベントだからな」
「芸能人をこんな近くで拝めるなんてちょっと学校で自慢できそうだよ」
結希も楽しみにしているイベント。それは大人気アイドル八篠未来によるステージ演奏だ。混雑するのは目に見えているが、学園祭ということもあってか、生徒とその家族を優先的に入場させてくれるため、見られないということは回避できそうだ。
「じゃあ行くか」
悠馬たちは未来のライブが行われる体育館へと向かった。その時、悠馬は相変わらずあのことが胸に引っかかったままだった。




