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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第一章 春に来る姫君
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Chapter 1-(3) 色々な事情

 悠馬は朝になって目を覚ました。時間は朝六時。昨日の一件から四時間しか経っていないので、もちろんのこと悠馬は十分な睡眠はとれていなかった。

 とりあえず昨日のことを整理してみる。いつもより遅めにやって来た借金取りが、悠馬たちの父親が逃げたと伝える。言われた通り、父親が帰ってくることはなかった。これからどうしようかと考えていた時に、禍々クローゼットからミラアという宇宙のお姫様が現れて、隣の部屋に住むエンスと共に暮らしている。

「一日に詰め込みすぎなんじゃないだろうか……」

 なんて独り言を零してからリビングへと入っていく。

 既に結希が起床していて、黙々と朝食の準備を進めている。

「あ、おはよう、悠馬お兄ちゃん」

「おはよう」

 目玉焼きの香ばしい香りが鼻に入ってくる。それに何だか申し訳なくなる悠馬。妹に朝早く起きて作らせるということに心が痛むのだろう。

「それでさ、お兄ちゃん」

「ん? 何だ?」

「高校ってもう今日から一日中なんでしょ?」

「ああ、そうだよ」

 さすが進学校というだけあって、入学式の翌日からもうお構いなしの一日授業だ。環境に慣れていない者には少々厳しいものがある。

「それで……なんだけど」

「ん?」

「お昼ごはん、どうするの?」

「そりゃあ……給食……」

 と、そこで悠馬の思考は完全に停止した。小・中学校では給食が配布されるのだが、高校では給食というものがない。つまりは、お弁当というものを持って行かないといけないのだ。

 想定外の問題発生に戸惑ってしまう悠馬。結希も弁当を作ったことはなく、やり方が分からないらしい。

「まぁ、コンビニで買っていくよ。それ以降は俺が何とかしてお弁当知識を身につける!」

「おお、高校に入って一番最初に身につける知識がお弁当とは……!」

 結希の言ったことに少しグサリと来たが、今は気にせずにいる。


 それから悠馬はなかなか起きない羽花を起こし、朝食を取った。日に日においしくなっていく結希のご飯に感動しながら。

 そして今日のもう一つの課題が訪れようとする。

 それは羽花を保育園へ送ること。いつもは父親が連れていき、仕事を探していたのだが、もうその父親はいない。結希は学校へ登校する際、通学班があるので、勝手に離脱するのは許されない。かといって拓斗がしっかり送ってくれるとも思えない。悠馬は最初から自分が送るつもりでいた。

「羽花! 七時三十分には家を出るぞ!」

「え~、いつもより早い~」

「文句を言うでない!」

 少し泣きそうな顔になっている羽花だが、悠馬は怯まない。こうするしかないのだから。

 そして悠馬と羽花は七時三十分に家を出た。結希が四十分に出て、拓斗は八時二十分と遅刻決定時刻に登校した。


 ★


「では、お願いします」

 場所は保育園。悠馬も通っていたところなので、どこか懐かしさを感じた。といっても十年以上前の話なので、遊具などはピカピカ。昔のつまらない遊具とは大違いである。

 また、建物も綺麗にリフォームされていて、とんでもなく汚く感じた保育園が今では高級ホテルのようである。時代の差というものを早くも痛感した悠馬だった。

「えっと……迎えはいつ頃に来ればいいんでしょうか?」

 悠馬の記憶では、最大五時まで見てくれるはずだった。しかし、こんな時代の差を見せつけられてしまっては不安で仕方がない。

「五時までなら預かることが出来ますよ。それ以降になると電話をかけさせていただくと思います」

「ああ、そこら辺は昔と変わらず……。じゃないや! あの、連絡先の携帯電話番号なんですけど、すぐ変えられますかね?」

 保育園側に渡っている電話番号は父親のもの。それを来るときに気づいた悠馬はずっと携帯電話を準備していた。

 父親がギャンブルで帰って来ない。母親は弁護士で帰りの時刻が分からない。そんな宮葉家は羽花を除く四人は携帯電話を持っている。基本、小・中学校は携帯電話禁止なので結希は家に置いている。拓斗は普通に持って行っているが。

「あ、やっておきますので番号を教えてください。お急ぎのようですし」

「あ、助かります」

 悠馬は携帯電話番号を保育士に告げ、春雨高校へと戻っていった。


 羽花の通う保育園と春雨高校は全くの逆方向。保育園に着くまで、羽花のペースに合わせて二十分。そこから春雨高校に向かうと二十分強はかかってしまう。七時半でもかなりギリギリなのだ。

「案外お父さんってがんばってたのかもな……」

 何て事を走りながらこぼす悠馬だった。


 ★


 遅刻寸前のところで春雨高校についた悠馬は、分かり切っていない校舎を迷いなく走っていた。

「確かここを真っ直ぐ進めば……!」

 曖昧な昨日の記憶を蘇らせて走る。基本授業は教室なので最初はただ一つの部屋を覚えればいい。C組の教室はすぐそこだ。

「ああ……間に合った……」

 朝からとんでもない体力を使ってしまった。記憶では小学校のマラソン大会以来だ。

 そのまま教室に入ろうとした時、ドアに貼ってあった紙に気づいた。一番下には、担任:榊千夏と記載されている。

『みんながドキドキしながら席替えのくじ引きやるの何だか面倒くさかったので私が引いちゃいました~。てへぺろ~。この張り紙の通りに座ってね。キラっ。担任:榊千夏』

 殴りたくなるような文面だが、ここは大人しく従っておく。

 悠馬は幸い――と言ってはあれだが、外窓から一列目の後ろから二番目。呼吸を整えるには好都合な席だった。

 教室に入れば、いくら春雨高校といっても、雑談している生徒が多かった。「どこの中学校~?」「へ~○○中学校なんだ~」「ヒィィィィ! すいません!」なんて声が聞こえる。多分最後の会話は悠馬と同じ中学校の生徒が絡んでいるに違いない。

 とりあえず最早(おもり)でしかない鞄を机に置く。そして気になる隣の席の生徒だが、どうやら女子のようだ。茶色がかった髪の毛が首ほどまで伸びていて、綺麗な姿勢で着席している。

 悠馬も席に着くと、急にその茶髪少女が話しかけてきた。

「ん? 君が宮葉悠馬君か?」

「ああ、そうだけど……」

 話の途中で気になってしまったのが茶髪少女の服装。ブレザーを着用している辺りは問題ないが、女子が付けるはずのリボン、そして履いているものはズボンと明らかに男子生徒のスタイルだ。

「いや~、助かったよ。ここら辺の席の男子君ぐらいしかいないからさ~。うんうん、怖い人じゃなくて良かった」

「……ああ~」

 そこで悠馬は理解した。これは最近なかなかにエンカウント率が高くなっている「男の娘」というものなのだと。まぁ、男には見えないけど、話す雰囲気が気づいてみれば何だか男子だ。

「僕、天野治親(あまのはるちか)永正(えいしょう)中学校出身。よろしく」

 永正中学校と言えば、なかなかに真面目な中学校だ。自然に囲まれた中学校として有名で、澄んでいる川と同等に、心も澄んでいると有名。悠馬も何だか一安心した。

「まぁ、知っているかもだけど、宮葉悠馬。荒若(あらじゃく)中学校出身だ」

「ヒィィィ! すいません!」

「いや……あの……」

「ああ、悪い。冗談だよ。よろしくね」

 笑顔で返してくる治親。何だか面倒くさく感じたが、そこらへんは気にせず行く。

「ところでさ、悠馬」

「いきなり呼び捨てか」

「いいじゃんいいじゃん。若者の友情ってそういうもんだよ。でさ、この学校って美少女多くない?」

「男子かお前は」

「……男子だよ!」

 一瞬戸惑った治親は慌てて言い返した。自分でも少しは自覚があるのだろうか。しかし、ここまで男子の理性パンパンに詰め込まれている男の娘も珍しい。

 だが、治親の意見が正しいのは明確だった。このクラスだけでもなかなかに可愛い女子は多い。男子はそんな楽園にブヒブヒしている奴ばかりだが。

「特に僕の後ろの席の事か凄く可愛かったな~。冗談でもいいから付き合ってくれないかな~」

「同性愛はまずいだろ」

「めっちゃ異性じゃん!?」

 こんな感じのやり取りを数分間飽きずに続けた。

 なかなかに好調な滑り出しである。こんなにあっさり高校での初めての友達を作れるとは思っていなかった。たまたま席が隣だったのが治親だったのは良かったかもしれない。一応、男友達なのだから。


 そうこうしているうちにチャイムが鳴り響き、一時間目が始まった。一時間目は担任の榊先生によるLHR。入学したばかりなので、自己紹介などを行うらしい。実は、前日に自己紹介カードなるものを配布されていて、今日みんなの前で読み上げるのだ。

 質問事項は名前、誕生日、出身中学校といった定番のものから、携帯会社と言えば、とかOSは窓? 林檎? といった訳の分からないものまである。ちなみに悠馬は窓派だ。

「はい、では一時間目のLHRを始める前に! 昨日、事情で入学式に出席出来なかった留学生の子を紹介しておきますね」

 留学生。なかなか珍しいものである。留学生と言えば、とても楽しいイメージがあった。全く違う言語から文化。軽く異世界じみた留学生は学校を移動するテーマパークだ。

「ミラアさん、入ってください」

「ふぇ!?」

 大きくて、情けない声を上げてしまった悠馬。前ドアに集まっていた注目は一気に悠馬に向けられる。軽く礼をしながら前ドアに視線をやると、自然と他の生徒も目を前ドアに向けていった。

 ミラア――。確かに榊先生はそう言った。そんな珍しい名前はこの世に一つしかないはずだ。そしてその一人として挙げられるのは――。

 ドアがスライドされ、一人の少女の姿が映る。水色の腰まで伸びた綺麗な髪の毛。無気力で半開きな青い目。そして透き通った白い肌にプクッと膨らんだ口唇。絶対的に、昨日出会った宇宙のお姫様だ。

「ミラア・プラハーナです。よろしくお願いします」

 留学生――ということになっている――にしては流暢過ぎる日本語だ。

「はい、みなさん仲よくしてくださいね~。では、ミラアさんは外窓の一番後ろの席に座ってください」

 よりにもよって悠馬の真後ろになる。

 ミラアは軽い足取りで自分の席へと向かっている。男子の目の前を通る度、男子は釘つけになっていた。隣の治親も、綺麗だなぁ~、と言いながら見ている。悠馬はというと、昨日にあんな衝撃的な出会いをしてしまっているので、それほど見とれなかった。綺麗だとは思うが。

「はい、では早速自己紹介と行きましょう!」

 そして、ようやくLHRが始まるのだった。


「天野治親です。誕生日は四月二十一日で、出身は永正中学校です。携帯会社と言えばdecemo。OSは窓派です。一年間よろしくお願いします」

 といった具合にどんどん進んでいった。ちなみに今のところ窓派、decemoがダントツだ。

 今はやっとサ行に突入したところ。もっといえば佐藤さんが終わったところだ。

「はい、佐藤さんありがとうございました。では、次、白花さんお願いします」

「はい」

 その可愛らしい声が教室に響く。イスが後ろに下がる音が、悠馬の後ろ側で鳴って――。

「ん? 後ろ側?」

 その発信源をパッと振り返る。すると右斜め後ろが白花真菜の席であった。体力が尽きて自分の席だけしか確認していなかったが、意中の相手はすごく近くにいた。

 黒髪のショートカットで、少し垂れている黒い目。それを更に引き立てるかのように春雨高校の黒いブレザーが似合っていた。

「白花真菜です。誕生日は三月十九日で、出身中学校は荒若中学校です。携帯会社と言えばeuで、OSは林檎派です。よろしくお願いします」

 そして軽く礼をして席に戻って来た。見事に悠馬の斜め後ろに着席する。

「へ~、あの子も荒若なんだ。荒若もただの不良の溜まり場じゃないんだね~」

 治親がそんなことを零す。

 始まったばかりの高校生活。意外と、悠馬は恵まれた環境にいるのかもしれない。


 ★


 一日の授業を終えて、放課後となった。チラッとミラアの方を見てみると、ミラアも悠馬に見覚えがあるのか、鞄を持つと悠馬の方へ近寄って来た。

「昨日の少年……」

「正確には今日の出来事だけどな……」

「帰る場所はほぼ一緒……」

「うん」

「連れて行って」

「帰り道知らないのかよ!」

「方向音痴ではないけど、さすがに自信ない」

「まぁ、それなら分からんでもないが……」

 言われてみれば、来て一日――正確には経っていないのに道を覚えるのは難しいことである。

「んじゃあ、一緒に帰るか」

 ミラアは無言で頷き、教室を出ようとすると、また無言でついてきた。


 オレンジ色に染まった帰り道。電車の音や車の音がどこか幻想的に聞こえる。

 先ほどから一緒に歩いているミラアだが、すれ違うたびに人が振り返ってしまう。他から見ればきっとカップルの下校時に見えるのだろう。釣り合わね~、とか聞こえてきそうだけれども。

 ミラアに関しては謎が多い。宇宙から来たという時点でもう謎ではあるが、急に学校に登校し始めたり、意外と事前に受験していたり。

 今日、この後の予定はミラアをマンションまで連れて行き、羽花を迎えに行って帰ってくる。なかなか面倒くさい往復路である。

「ミラアはさ、何で地球に来たの?」

「……理由はよく分からないけど、お父さんが地球に行けって」

「お父さんが?」

「うん。突然だから本当に理由は分からない。ただ、エンスがいると聞いたからちょっと安心した」

 ミラアが宇宙のお姫様だというのなら、お父さんは王だ。その王から地球に行けと命じられた。意外と彼女らの言う事情というものは深いのかもしれない。

「あ、そう言えば……」

 そのエンスは良ければ家に来てほしいと言っていた。事情を知るには良い機会かもしれない。

 どう関わるとしても、お隣さんでクラスメイトであることには変わりないのだ。知っておいて損はないはず。

「ま、これからよろしくな。ミラア」

「うん、悠斗」

「悠馬だ」

 オレンジ色はだんだん黒を帯びていく。


 ★


 ミラアをマンションまで連れて、羽花を迎えると帰って来たころには五時半だった。結希が夕食の準備を進めている。香ばしい匂いが部屋中に漂っていた。

「おかえり~」

「ただいま」

「悠馬お兄ちゃん、さっきお兄ちゃんにお客さんが来たよ」

「お客さん?」

「うん、何か白衣を着てて……向かいの部屋の人らしいんだけど」

「ああ、エンスさんか」

「知り合いなんだ? それで伝言頼まれて、出来れば帰宅後すぐに家に来てほしい、だって」

「……ああ、分かった。ありがとう」

 言われて、悠馬はすぐに家を出た。


 辺りはもうすっかり暗くなってしまった。通り道の電気が点灯し始めている。

 悠馬がインターホンを押すと、すぐにエンスが迎え出てくれた。

「やあ、急に悪いね。さぁ、上がってくれ」

「お、お邪魔します」

 あまり喋ったことのない人の家だと、緊張してしまう。

 家の構造は当然ながら全く同じ。そこだけは見慣れているので、落ち付きを取り戻すのは早かった。

 リビングへと連れてこられた悠馬は、エンスにイスに座るように言われ、そのまま従った。

「さて、早速本題に入りたいのだが……」

「はい」

「君、ミラアと高校が一緒だったようだね? それで、どうしても来て欲しかったんだ」

「と、言いますと?」

 するとエンスはスッと立ち上がり、悠馬の前で深く頭を下げた。


「ミラアを、助けてやってくれ……!」

「……はい!?」


 波乱は収まりそうになかった。

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