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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第二章 夏の恋と幼馴染
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Chapter 3-(1) 思い出の清流

 京安市民病院に搬送された苺は目を覚ましはしなかったが、特に身体に異常があるわけでもなかった。ただ寝ているだけのように穏やかに呼吸している。

 半ば強引に病院に連れてこられた拓斗は、苺が無事だということを伝えられるとすぐに退室していったが、それ以外の宮葉家は全員傍で見守っていた。今は苺の父親に連絡して待っている状況だ。

「しかし、まだ治っていなかったんだな……」

 苺の隣にある椅子に腰かける祖父が零すように言った。

 苺が話そうとした事件。精神を不安定にするには十分すぎる要因であった。全貌は知らないが、一部を知っている悠馬は少し汗を掻いた。自分がもし苺の立場だったら――そう考えるとやはり言い出しにくいことだ。倒れるのも無理はないだろう。


 しばらくするとミラアとエンスが入ってきた。救急車がマンションに到着した際に出会い、事情を説明したので苺が倒れたことは早い段階で知っていた。ミラアがパジャマで髪の毛もボサボサだったので整えてから見舞いにくると言っていたのだった。

「やあ、悠馬君」

「どうも……」

「容態はどうだい?」

「まだ目を覚まさないです。でも、呼吸は落ち着いてきました」

「そうか」

 汗も引いてきて一応落ち着き始めてはいた。まだ目は覚まさないままだが、少し安心感を覚える。

「しかし、意識を失うほどとは相当彼女にとって辛いものなんだね」

 エンスが眠そうな目を擦りながら言う。白衣姿でこういう話をされると何だか心療内科師に見える。

「……まあ、全部知っているとは言い難いですが、俺が知っているだけのことでも結構引きずるというか。それも小学生の時に起きていますし」

 あの時の悲しそうな顔は今でも忘れていない。しかし、どこか油断していたのだ。久しぶりに会ったときの苺の笑顔はあどけなさが残っていたから。もう忘れ切った、克服したと思い込んでいた。

 ところが、現実はそう甘くなく、ずっとトラウマは心に住みついたままだった。一緒にいた拓斗や結希もおそらく覚えていない。自分だけが気づいてあげられる存在だったのに、不確かな安心に任せていた。


 そこで苺の父が病室に慌てて入ってきた。その時こそ冷や汗を掻いて余裕のない表情だったが、苺の落ち着いて寝ている様子を見て少しホッとした。

「そのうち目を覚ますだろうって言ってました」

「そうか……」

 急いで院内ですら走ってきたのだろう、息切れが激しい。その呼吸もだんだんとゆっくりになり、落ちつきを取り戻した。

「悠馬君、大きくなったね。しばらく苺がお世話になったみたいでごめんね」

「いえいえ、全然大丈夫です」

 苺の父と会うのも小学一年生のとき以来である。あの時よりはさすがに年を取った感じが出ているが、それでも爽やかさの残る人だ。

「それで迷惑もかけてごめん」

 高校生相手に礼儀正しく頭を下げる。悠馬はただそれに戸惑ってしまった。

 苺の父は頭を上げて苺の方に再び視線を移した。一度の落ち着きも複雑までは消すことができない。彼は苺が倒れた時の状況を既に悠馬から聞いている。それ故の表情なのだろう。

「悠馬君。一つお願いがあるんだ」

 苺を優しい目で見守りながら、少し詰まった声で言った。

「苺の代わりに、苺が言おうとしたことを皆に伝えて欲しい。もちろん、悠馬君が知っている限りのことで構わない。多分、こいつの状態が回復してまた話そうとしても同じことを繰り返すだけだろうし」

 後半からは声が震えていた。それは、彼にとっても辛い出来事であったからだろう。悠馬は何も言葉を発さず、ただコクリと頷いた。

「皆さん、本当にご心配をおかけしてすいませんでした。私がついていますのでもう大丈夫です。ありがとうございました」

 そこにいた全員が軽くお辞儀をして退室した。心配なのはもちろんだが、苺の父の表情を見てもその方が良さそうだと判断したのだろう。

 ドアを挟んで、苺のお父さんの泣く声が小さく零れていた。


 ☆


 悠馬たちは苺の病室の目の前にあるロビーへと行った。重い空気のまま大きなテーブルを囲む。

「それじゃあ……」

 悠馬は苺の父に言われた通り、十年前の夏の冒険を話そうとした。軽く頭の中で整理するが、嫌な記憶しか蘇って来ない。それでも頼みは頼みだ。二人も相当な決心で公開しようとしている。悠馬は一度息を深く吸ってから、話し始めた。



 ☆  ☆  ☆



 暗い空間に目が慣れてきて、天井の模様が認識出来始めた頃、隣の苺は少し重くなった声で話し始めた。

「あの後、私の家のお墓に行ったの」

「お墓?」

「うん。私のお母さんは事故で死んじゃったの」

 その一言でまた視界が暗くなった気がした。悠馬にくっついて寝ている結希と疲れて寝てしまっている拓斗の寝息だけが数秒聞こえるだけだった。

「……事故って言ったらおかしいかもね。あれは、私が殺したも同然だよ」

「殺したって……そんなこと……」

「大袈裟かもしれないけど、私はそう思ってる。あれは、完全に……」

 言葉に詰まって苺はしばらく無言だった。悠馬はこれ以上聞かない方が良いのかもしれないと心の中で繰り返していた。しかし、何故だか口は言うことに従ってくれない。少し震えた苺を見ていると、余計に口は開かなかった。


「今日行った山にはよくお母さんと遊びに行ったの。春には筍とかあるし、虫とか捕まえるのも好きだったからね」

「確かに、楽しそうなことはたくさんあったね」

「でしょ? 今も楽しいの。昼間の暇なときはよく山に出かけてる」

 少し苺の声が明るくなった。たぶん、ここは辛さよりも楽しさが勝った思い出だったのだろう。

「悠馬君たちは見ていないけど、奥に行けば川があるの」

「川?」

「うん。結構流れが速いんだけど水が綺麗だから、魚とかすぐ見れるんだよ!」

「へ~、それは見てみたかったな」

「明日でも見に行こうよ。綺麗だから!」

「うん! 行こうか」

 気づけば明るい話になっていたが、苺の表情を見ているとそれで良いと思えた。何か取れない心のモヤモヤがありはしたが。

「……ごめん、眠くなっちゃった」

「ん? それじゃあ寝る?」

「うん、また明日ゆっくりしよう」

「分かった。それじゃあ、おやすみ」

「おやすみ……」

 そう言うと、苺は反対側を向いて寝始めた。

 相変わらず、引っかかったものが残る。お母さんとの思い出の場所を語る時の苺の表情は、偽りのない笑顔だった。緑の景色も青の景色も、彼女には何にも例えられないくらい輝くものなのだろう。

 しかし、何故、苺が「殺した」なんて恐ろしい表現をするのか。

 殺すはずがない。大好きなお母さんを殺すはずなんてないじゃないか。幼い悠馬には全く理解できなかった。

 スッキリするためにも寝たかったが、なかなか寝付けなかった。疲れたはずなのに目は冴えている。その日の夜は何だか長かった。


 ☆


 翌朝、苺のお父さんに起こされた。眠れなかったので、もちろん眠たい。それとは対照的に拓斗と結希はスッキリと元気にしている。苺も何だか眠たそうだった。

「悠馬君たち。涼一君から電話があって、一度家に帰って来いだってさ。多分心配しているから、朝御飯を食べたらすぐに行ってあげてくれ」

「分かりました」

 こっ酷く叱られるのだろうな、と体は重くて行く気には全くなれなかった。

「ねえねえ、私も行っていい?」

 すると、顔を洗って来て目を覚ました苺がいつもの元気な調子で聞いた。昨日の暗い表情が嘘みたいだった。

「うん、いいよ」

「やったー! 苺ちゃんと私の家で遊べる!」

 傍らの結希も凄く喜んでいた。拓斗も「あの家、遊べるものなんかあるのか……?」と遊びに関して興味津々だった。

「苺は家にいなさい」

 子どもで喜んでいたのも束の間、苺のお父さんが険しい表情で反対した。

「話すことがあるから。今日は悪いけど僕に時間をくれ」

「でも……」

「いいから!」

 あの初めて会った時の気さくで温厚な雰囲気からはかけ離れた、怖い顔だった。苺もしぶしぶと応じるしかなく、落ち込んで朝御飯のパンをかじり始めた。

「……大声を出してごめんね。悠馬君たちも食べてくれ」


 その後、悠馬たちは朝御飯をもらい、変わらない木漏れ日の美しい林を抜けて家へと帰った。

 苺のお父さんが大きい声を出してまで話そうとしたことは、結局それから知ることはなかった。


 ☆


 家に帰るとやはり叱られた。苺のお父さんと同じく、無事だったということで何とか許してもらえた。泣きそうな感情になるが、それはお父さんに叱られたからなのか、朝の引きずりが何かモヤモヤと繋がっているからなのか。とにかく気分がスッキリしなかった。

「ねえ、悠馬兄ちゃん」

 することもなくゴロゴロとしていると、ゴロゴロと移動してきた拓斗が声をかけた。

「昨日の夜さ、苺ちゃんと話してたでしょ?」

「あれ? 起きてたのか?」

「途中からだけどね」

「起こしちゃったか……ごめんね」

「いや、別にいいんだけど……。苺ちゃんの家にお母さんがいないのって、そういうことだったんだね」

「……そうなんだね」

 母がいないというのは悠馬たちも同じ状況だ。この時、涼一は悠馬たちには「お母さんは長い間、出かけている」と言っていたので、自分自身から離れて行った感じはしなかったが、それでも母に会えない寂しさは分かっているつもりだった。

「詳しいことは今日話すって言ってたけど、これじゃあ難しそうだね」

「まあ、明日でも大丈夫でしょ。まだしばらくいることだし」

「おーい!」

 そう話していると、父の涼一から呼び声がかかった。右手には電話の子機を持っている。

「苺ちゃんから電話だ」

 そのまま悠馬たちの元へ歩み寄って子機を手渡す。通話時間がゆっくりと刻まれているのを確認してから耳にあてた。


「もしもし?」

『もしもし悠馬君? 明日って暇かな?』

「うん、暇だよ」

『それじゃあ、明日また私の家に来てくれる? 昨日言ってた川に案内しようと思って。もちろん拓斗君と結希ちゃんも』

「おお、いいね。分かった、また三人で行くよ」

『本当は今日だったのにごめんね?』

「全然いいよ。それじゃ、また明日」


 約束は一日遅くなったが、決行されることになった。魚が瞬時に分かるほどの澄み切った透明の世界に期待を膨らませていた。それには、この橋森で緑しか見たことがないのがあったかもしれない。

 だが、この時の悠馬は、苺が川に誘うということがどれほど苦しいことかを分かってはいなかった。


 ☆


 翌朝、約束通りに林を通り抜けて佐々木家の前までやってきた。清々しいほどの快晴で、田舎ならではの涼しい風が心地よさを促進させていた。玄関で待っていた苺は白いワンピースを着ていて、淡い緑色の風景が白をより明るく見せている。

「お、いらっしゃーい」

 気づいた苺は無邪気に手を振っている。彼女の笑顔につられるように、悠馬たちも笑って振り返した。その笑顔は楽しい感情が全面的に出ていると感じた。

「それじゃあ、早速行こうか!」


 苺について行く形で川を目指した。この間の墓へと向かう山道を通り、途中で反対方向へと転換する。その道は木が光を遮って暗かった。やがて川のせせらぎが聞こえてくると、徐々に明るくなっていった。

 そして、太陽の光を反射して煌めいている川が姿を現した。流れは基本的に急であるが、淵の方は多少は緩やかになっていた。結希と拓斗が川を目にすると、すぐさま足をつけに行っていた。

「ほ~、なかなか綺麗だね~」

「でしょ? お気に入りの場所なんだ」

 苺が気に入るのも十分に悠馬には分かった。暗い山の中だったのに、ここにだけ光が差し込み、藍色にも見える奥の川とは一変して、この場所だけは無色透明になる。そして下流へと向かう川も暗くなる。


「ねえ、悠馬君」

「何?」

 先程の明るい声の調子から、少し暗くなった。明るく取り繕うとしているのが手に取るように分かる。

『ここが、お母さんと遊んだ最後の場所なの』

 彼女にとって、たった六、七年ほどしか生きていないが、彼女の人生で何よりも重く、語りたくない事柄だったのだろう。それでも、いたずらに太陽の光は差し込み続けた。



 更新が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。

 受験が終了したので徐々に執筆を再開していきたいと思います。変わらずに遅いと思いますが……。

 待っていてくださった皆様、本当にありがとうございます^^

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