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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第一章 春に来る姫君
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Chapter 1-(2) 宇宙のお姫様

 家には誰も帰ってはおらず、電気は消されたままだった。といってもまだ時間は午後一時前。まだまだ一日は始まったばかりだ。

 悠馬の家は十階建ての立派なマンション。キッチンやお風呂、トイレもあり、部屋の構造も結構しっかりしている。

 お金に困っている宮葉家がこんなマンションに住む理由。それはとても家賃が安いからだ。こんなに設備が揃っていて家賃は四万円という、破格のお値段なのだ。

 もちろん、訳あり物件。玄関に足を踏み入れてすぐ隣に見えるクローゼットには、幽霊が出るという噂がある。悠馬たちが住む前はお金持ちの学生が住んでいたのだが、「幽霊に呪われる!」と言ってすぐに立ち退いてしまった。その証拠にクローゼットには怪しい呪符が貼り付けられている。それに加えて厳重にロックもしてある。信じすぎだろ、と悠馬はいつも思う。

 実際、幽霊なんて一度も出てきたことがない。とても平和に暮らせている。正直好都合な訳ありだ。


 悠馬はリビングに入り、鞄を適当に置いてソファに腰掛けた。結希は机の前に座って明日になる始業式の準備。羽花は子供に大人気のアニメ《魔法少女・リーラ》の人形で遊んでいる。

 悠馬はそのままソファに寝転がった。入学式に行っただけなのに、ドッと疲れと睡魔が襲い掛かってくる。慣れない場所というのは案外こういうものなのかもしれない。

 悠馬はそのまま静かに目を閉じ、眠りについた。


 ☆


「ん……」

 目を擦りながら悠馬は目を覚ました。光に慣れていない目が辺りを映すのを拒む。

 だんだん慣れてくると、お腹のところで羽花が寝息を立てていた。結希は台所に立って夕飯を。そして帰って来ていた拓斗がソファにもたれかかる形でテレビを見ていた。

「あれ? 拓斗今日は早いね……」

「どこがだよ。もう八時じゃねーか」

 いつもなら十時超えるのに――は口に出さない悠馬だった。

 降ろせば首ほどまである黒髪をワックスで立てていて、制服は見事に着崩されている。ブレザーのボタンは全開、カッターシャツは二つほどボタンを外し、ズボンを腰のあたりまで下げる、いわゆる腰パンというのが彼のスタイルだ。言うまでもなく不良である。

 金銭面で困っているというのに、友達とゲームセンターへ行くのに使ったりする奴で、第二の父と化している。残念ながら、暴力という面でも。

「あ、悠馬お兄ちゃん起きたんだ。もうちょっとでご飯出来るから待っててね」

「ああ、いつも悪いな」

 宮葉家は母がいなくなって以来、結希が基本ご飯を作っている。今まで母に任せっきりだった父に料理は出来ない。拓斗は出来ない上に食事の時間に帰ってこない。悠馬は二人ほど酷くはないものの、インスタント食品くらいしか出来ない。羽花は台所に届かない。

 結果、お母さんの隣でよく手伝っていた結希の仕事となってしまった。おいしさは男どもとは比べものにならない。良い意味で。

 悠馬は羽花を起こさないよう、そっとソファから下り、結希の手伝いをしに行った。このまま寝ているのも気が引けるのだろう。

「そう言えば、お父さん帰って来ないな」

 いつもなら七時くらいには帰って来て、今日もダメだったと落ち込んでいるのだが。

「もしかしたら仕事決まったのかな!?」

「だといいけどな」

 結希と話しながらご飯をテーブルへと持って行く悠馬。父の仕事が決まったとは思っていないのか、声のトーンは低めだ。

「そういや、借金取りも来ねーんだな」

 もうすぐご飯ということもあってか、テレビを消した拓斗が呟いた。

 実は借金取りが来るのもいつもより遅かった。願うなら来ないでほしいのが事実ではあるが。一時は部屋を荒らされたりもしたが、最近はお母さんが残してくれたお金を払っていたおかげで、少しずつではあるが返している。もちろん、生活に支障が出ない程度に。

「帰ってくる気配ないし、先に食べてよっか」

「うん、そうだな。もう拓斗は食べてるけど」

 ご飯の準備など全くせず、結希が作ったハンバーグに食らいついている拓斗。その量はみるみる減っていった。


 そんな拓斗に軽くため息をつくと、ピンポーン――とインターホンが鳴った。

「俺が出るよ」

 運んでいた皿をテーブルに置き、玄関へと歩いて行く。

 夜にもなると、やはりバラバラに貼られた呪符が不気味に見える。

「はいはいどちらさまー」

「おう、息子か!」

 ――借金取りだった。

 サングラスを外して呼ばれる。相変わらず無愛想で怖い顔だ。家を荒らされた身である悠馬にとっては、その恐怖に耐えるのが困難である。

「お、お金ですね。ちょっと待ってください……」

 足を震わせながら翻す悠馬。

「いや、金はいい」

 しかし、彼らが返した答えは意外なものだった。

「ふぇ?」

「いや、だから金は持って来なくて良いって言ってるんだ」

「あの~……どういう風の吹き回しで?」

「てめぇ舐めてんのか?」

「す、すいません……」

「ま、お前にも大いに関係あることだから言ってやるよ」

 こんなヤクザな人たちから関係のあること話されたくなかったな――は心の中にしまっておく悠馬。


「お前の親父が逃げた」


 それを聞いた瞬間、時が止まった気がした。世界が氷の世界に見えたり。

「居場所はこちらで大体の把握はしてある。だからもうお前の親父が帰って来ないならこの家に用はない。安心しろ」

「いや、安心しろと言われても……」

 出来るわけがない。急に父親が逃げて、借金取りが来ないから安心しろ。そういうことじゃなかった。

「言うことだけはそれだけだ。じゃあな」

「あ、ちょっ――!」

 呼びとめた時、既に彼らはエレベータに乗りこんでいて、姿は見えなかった。

 ――それで帰りが遅かったのか。

 正確には帰るつもりがなかった。どういうつもりで逃げたのかは悠馬が知る由もない。ただ、悠馬には、父親は僕たちを捨てた。としか考えられなかった。

 そんな複雑な心境のまま、悠馬はリビングへと翻した。


 ☆ ★ ☆


「――というわけなんだ」

 リビングに戻ってから、借金取りに言われたことを拓斗と結希に伝えた。結希は驚きの中に、どこか悲しみを堪えているようで、拓斗は自分に関係ないといったような感じだ。


 それから拓斗は自分の部屋に戻ってしまい、部屋には悠馬と結希、そしてすっかり眠りについてしまった羽花だけとなった。

「……これからどうするの、お兄ちゃん?」

「どうするって……」

 どうしようもない。宮葉家の一番年上なのが悠馬で高校一年生。一番下をみれば保育園に通う羽花の四歳。どうにかしようと出来る年齢ではない。

 お母さんに頼りたい部分もあるが、携帯電話の番号は変わってしまっていて連絡がつかない。親戚にお願いするにも電話番号を知らない。


 時刻は十一時を回った。いつもなら結希は寝ている時間なのだが、寝ずに考えている。

 これから暮らすには、多少貧しい生活になっても、母親が父に内緒で残してくれたお金で暮らせる。

「とりあえず詳しいことは明日話すことにしよう。もう遅いし、何よりお父さんが返ってくる可能性だってなくなった訳じゃない」

 あくまで借金取りが言ったことだ。別に本当に帰って来ないと決めつけることはない。

「うん、分かった。じゃあ寝るね」

 結希は自分の部屋に戻っていった。


「……バイトするかな~」

 そんなことを呟いてから、悠馬も寝室に入っていった。


 ☆


 全員が眠りについた深い夜。物音がする玄関。

 ゴソゴソ――ドンドン――と何かを叩く音。家の中からするその音は廊下に響き渡っていた。

「ん~……?」

 その音に気づいた悠馬は、時計の方に目をやる。短い針はニを指している。

「こんな夜中に何だよ……」

 悠馬は嫌々布団から出、物音がする玄関の方へ向かっていった。一緒の部屋に寝る羽花をなるべく起こさないようにそっと。

 しかし、いつも寝ている羽花に加えて今日は結希もこの部屋にいた。いつもは別の部屋で一人で寝ているのだけれど。その彼女の目は少し濡れていた。大人びた性格だから忘れがちではあるが、結希もまだ小学五年生。親がいない状況というのは寂しいに違いない。

 悠馬は結希も起こさないように注意し、部屋を出る。物音はまだ鳴りやまない。

 この音が部屋の中から発生していると知らない悠馬は、少し期待もしていた。深夜二時。こんな時間に客とは考えにくい。もしかしたら――と。

 しかし、その考えは玄関に着くと破壊されてしまう。発生源は、世にも奇妙なあのクローゼット。それに悠馬は後ずさりをする。そこから音が聞こえる。その時、彼の脳内にはあの言葉が流れていた。


『幽霊に呪われる!』


「ま、まさかな……」

 そう言う悠馬の足は少し震えていた。嫌なほどに幽霊がつじつまが合ってしまうからだ。

 このままほっておけば、三兄弟が起きてしまう。拓斗の部屋の電気が点いているのは気のせいとして。それに鳴りやむ気配も全く感じられない。

 悠馬は意を決して、ここに来て一度も開けたことのないクローゼットの取っ手に手をかけた。クローゼットを固定していた禍々しい呪符を取り外し、開けようとする。

 しかし、その瞬間に勢いよく悠馬は後ろに吹き飛び、壁に叩きつけられた。

「ぐべっ!」

 情けない声を出して、ずるずると落ちて座り込む。

「何なんだよもう……」

 うんざりしながら見た先は、開いたクローゼット。中は普通の構造で、三段になっている。そこには前の住民が使っていたと思われるスリッパが一足と箒。何の変哲もないクローゼットだ。そして音は既に止んでいる。そして圧倒的存在感を放っているのが、悠馬の目の前にいる――。

「――だ、誰?」

 水色のストレートに腰辺りまで伸びた髪の毛に、少し憂いを感じる青い目。そして服装は和服と、大河ドラマのお姫様スタイル。言うまでもなく、綺麗な女性だった。

「…………」

 その美少女は全く口を開かない。悠馬の問いかけに答えることもしない。

 するとその少女はいきなり頭を下げた。

「間違えました」

 とだけ言って禍々(まがまが)クローゼット――たった今悠馬が命名――に戻ろうとして――。

「ってちょっと待てぇええええええええええ!」

 何か、という風に首を傾げる少女。それにズッコケという古典芸を披露しそうになる。

「いや、あの、まずどちら様?」

「……ミラア」

「ミラアさんね。まぁ、珍しい名前だけど。それで、どうしてこの禍々クローゼットから出てきたの?」

 理由次第では不法侵入で訴えかねないこの状況。その前に何で人間がクローゼットから出てくるのか。

「私は言われたとおりにしただけ。私は悪くない」

「状況が全く掴めないんだけど!」

 悠馬に分かることと言えば、禍々クローゼットから美少女が出てきたくらいだ。理解したくない状況に間違いはないが。


 と、その時、軽くドアがノックされた。もうこんな時間の客に驚くことなどない。

「はいはいどちら様ー」

「すみませんね、こんな夜中に」

 訪ねてきた女性は白衣を着ていた。手入れのされていないボサボサの毛を掻きながら玄関先を見ていた。

「やあ、ミラア」

「あ、エンス」

「……訳分からん」

 急にやってきた女性は、たった今禍々クローゼットからやってきたミラアと知り合いらしい。

「あ、意外と初めましてだね宮葉さん。私は隣に住むエンス・デバイシーズだ」

「あ、ご丁寧にどうも」

「多大な迷惑をかけたね。申し訳ない」

「いや、別にいいですよ」

 意外と普通にコミュニケーションのとれる人だ。それならば、と悠馬は今の状況について聞きだした。

「状況、ね。信じられないかもしれないけど、そこにいるミラア・プラハーナは宇宙のお姫様なんだよ」

「宇宙の!?」

「鏡花星と言うんだけどね。きっと地球の人たちは知らないはずさ。そして、私はその鏡花星の研究員だ。ちょっとした事情で地球にいるんだけどね。そんでもって色々な事情でミラアは地球にやってくることになった。そこで私が遊び半分で開発したワープ装置を使ってみたんだけど、失敗して宮葉家のクローゼットに来ちゃったわけ。二度目の失敗だ」

 色々な事情で明かされていない部分が多いが、何となくの状況は掴めた。

 ミラアは地球と離れた惑星、鏡花星のお姫様で、色々な事情で地球にやってくることに。エンスの開発したワープ装置で連れてこようとしたけども、失敗し、宮葉家に着いてしまった。前住人が一度目の失敗の被害者となるわけだ。

「まぁ、色々の事情は後日話させていただくよ。明日、もしよければいつでもいい。私の家に来てくれ。向かい側の部屋だ」

「いいですけど……別に僕がその事情を知らなくてもいいんじゃ……」

「こっちの事情だ」

「事情多いな!」

 先ほどから振り回されっぱなしの悠馬は大きなため息をついた。

「まぁ、色々と迷惑をかけた。申し訳ない。私が言うのも何だが、ゆっくり休んでくれ」

「はい……」

「では」

 そう言ってエンスはミラアを連れて帰っていった。


 そして深い夜は明るい朝を迎える。

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