Chapter 1-(4) 墓地捜査と懐かしさ
目の前に現れた白い着物の老人。それは幽霊ではなく苺の祖父だった。優しい笑顔が特徴的で、右手には懐中電灯を持っている。先ほどの白く薄い光の原因はこれだった。
「どうしてお爺ちゃんがここに……?」
一瞬にして恐怖が吹き飛んだ苺が一歩前に出て向き合う。すると苺の祖父の表情は少し険しくなり、悠馬たち全員を見渡した。
「それはこっちの言うことじゃ。こんな時間に山に入ったら危ないだろう」
怒られて、悠馬たちは黙り込んでしまう。もちろん家族には内緒で来たわけで、危険であることも承知だった。
「まぁ、四人ともが無事であることだけ許すが……ちゃんとこれから一緒に下りるぞ?」
悠馬たちには従う選択肢しかなく、暗い夜道を五人で下った。苺の家に到着した頃には十時を回っており、さすがに睡魔が襲い掛かって来た。
「もう遅いし、悠馬君たちもここに泊って行きなさい。涼一君たちには私から連絡しておく」
苺の寝室に案内され、そこには三つ布団が敷いてあった。客用はとても少ないらしく、悠馬と結希が同じ布団で寝ることにした。
ふかふかの布団に体を入れると余計に眠くなって、すぐに照明を消してもらった。先ほどのような暗闇に包まれた部屋は静かに居座っている。
「……ごめんね。怒られる羽目になってしまって」
悠馬たちとは反対側の方向を向いて苺が呟いた。
「別に気にしてないよ。苺ちゃんのせいじゃないし」
「僕たちもノリノリでついて行ってたもんね」
悠馬も拓斗も苺のせいだなどとは全く思っておらず、ただの自分たちの好奇心だと考えた。夜の山に入って怪奇現象を解決する。少なくともその響きと冒険心をくすぐられたのだ。
「……そういやさ」
思い出したかのように悠馬が言い、苺もやっと振り返った。
「朝の時、苺ちゃん墓地で何して帰ったの?」
朝、事前調査がてらに訪れた際、墓地に入って構造を確かめると苺は一人でその場に残った。その行動の意図が悠馬は分からず、ずっと気になっていた。いつもの元気な苺の表情ではなく、声も覇気のないものだった。
「……やっぱ気になる?」
「話しにくいなら深くは問い詰めないけど……気になる」
苺は天井を仰いで、ふぅと息を大きく吐いた。それから悲しそうな雰囲気を出しながらも、
「分かった。悠馬君たちにだけ特別に話す」
お互いの姿が見えぬまま、苺の少し近い過去の話が始まった――――。
☆ ☆ ☆
「――っと。このマンションの最上階が俺たちの家」
昔のことを苺と一緒に振り返っていると、もう自宅に到着していた。ところどころ灯りのついているマンションの最上階にあるのが悠馬たちの住む部屋。まだ電気は点いていた。
「へ~。立派なマンションだね~」
橋森では見かけない大きなマンションに苺は驚嘆する。古い木造建築が当たり前の彼女にとっては世界遺産を見るような感覚なのかもしれない。
エレベーターを上がると見えてくる宮葉の札。鍵を開けて部屋に入ると、祖父の義三がテレビの前に座っていた。その隣で羽花は義三の膝を枕にして寝息を立てている。
「ただいま」
「おお、帰ったか悠馬。苺ちゃんもいらっしゃい」
「お邪魔します」
ほぼ初めてに近いくらい久しぶりに来たこの部屋も既に義三は自分の家として見ていた。テレビには明日の天気情報が流れている。
「あれ? そういや拓斗君と結希ちゃんはいないの? 久しぶりに会いたいんだけどなぁ……」
「拓斗は多分まだ市内で遊んでるんだと思うけどね。結希は風呂かな?」
結希は食事の準備、片付けをしてくれる上に、学校の宿題もやってから風呂に入るので入浴時間はいつも遅い。悠馬がバイトを終えて帰って来たときに入っていることがほとんどである。
するとガラガラ――という風呂場の戸が開く音が鳴り、リビングに結希が姿を現した。いつもサイドに二つ結んでいる髪の毛は下ろされていて、半乾き状態だ。
「あ、お兄ちゃんおかえり」
「ただいま」
バスタオルで長い髪の毛を拭きながら、視線は苺の方へ向いた。何度か瞬きをしているところから、おそらく苺のことを覚えてないのだろう。遊んだ当時、結希は三歳くらいだったので無理もない。
「ほえ~。結希ちゃん随分とお姉さんになってるね~」
苺のおっさんぽい絡みにも軽く返事するくらいしか出来ず、結希は頭の疑問符を増やしていくばかりだ。
「覚えてないか結希? 橋森に住んでる佐々木苺ちゃん。小さい頃一緒に遊んだんだけど……」
「橋森……って言えばお爺ちゃんが住んでるところだよね?」
「ああ。そこの橋森山で怪奇現象を解決しようって遊んだ……」
そこでハッとした結希は驚いた表情で再び苺を見た。さすがに橋森で一番印象に残るあの遊びは覚えているらしい。じっくりと数秒苺を見た後にやっとピンときたようだ。
「これはこれはお久しぶりです……」
「わわ! 覚えてくれてるの!?」
「ええ。よく遊んでもらいましたし」
「そんなこと言って忘れてたじゃねぇか」
「お、思い出したら覚えてるってことだもん!」
反論しながら結希は悠馬と苺の前に座った。少し頬を膨らませながら、また髪の毛を拭き始めた。
「そんで、あれが噂の羽花ちゃんか……」
苺は羽花と会ったことはない。一緒に遊んだのは怪奇現象の時のみだったので当たり前だ。羽花が生まれてから何度か橋森に行っているものの、苺と遊ぶことはなかった。生まれたことは父経由で知らされてはいたそうだ。
「可愛い寝顔だね~。ちょっと結希ちゃんに似てるかも」
「確かに似てるかもな。特に寝顔とか」
「う~ん。こうして来てみると色々懐かしくて微笑ましいね。あんまり悠馬君も結希ちゃんも変わってなくて」
結希は最後に会った時よりはもちろんかなり大人びているが、悠馬はそれほど変わっていないのかもしれない。特に性格に特徴もなく、ただのほほんと暮らしているところは特にそのままだ。
「苺ちゃんはちょっと明るくなったよね」
「そうかな? 前からこんな感じだったけど」
もう少し大人しかった気もした悠馬だったが、苺の言われると気のせいと思い始めた。
「拓斗君にも会いたいな~。変わってなかったらいいけどね~……って何で悠馬君も結希ちゃんも目を逸らすの?」
「……色々あるんです」
結希がため息混じりに零した時、玄関からドアを開く音がする。ただいまも何も発さずに部屋に入ってくる制服を着崩した少年。不良街道まっしぐらの拓斗だ。
「ええ!? これ拓斗君!?」
やはり苺は驚いて口に手をあてながら指を指した。あの時の無邪気な笑顔の拓斗からは想像も出来ないくらい無愛想になっているので悠馬は同感してしまう。
「誰だこいつ……」
「橋森の苺ちゃん。ほら、怪奇現象で一緒に遊んだ彼女だよ」
「……ああ。あの人か」
やはり拓斗も覚えているようで、嫌そうな表情はすぐに消えた。冷蔵庫から麦茶を取り出して飲み始める。すると、頬のあたりに傷があるのが目についた。
「……また喧嘩したのか?」
「変な奴が仲間を恐喝しようとしてたからな。まぁ、雑魚だったけど」
「殴り合いか……」
夏休みに入ってからも毎日のように喧嘩問題は起こしている。拓斗の怪我はいつも少ないがそれでも絡まれることは多いようだ。中学生ということもあって、高校生や大人よりも体格が小さいことも影響しているかもしれない。
「んじゃ、俺風呂入って寝るわ」
「うん、おやすみ」
リビングから出て、風呂場に入るドアの音がする。再び苺と向き合った。
「あんな感じですわ……」
「うん、見た目は随分変わったね~。でも、性格は変わっていないかも」
「……そうかもね」
その言葉を発した苺の表情はどこか綻んで見えた。そして悠馬も嬉しかったのだ。少しだけでも理解者がいることが。
「もう夜も遅いし風呂入って寝なよ。リビングを空けるから」
「うーん……ねねね。あの時みたいに皆で一緒に寝ない? 楽しくお喋りして!」
「寝ない」
「ええー!」
父親同士が親友なのもあり、連絡は取っていて幼い頃から親しみがあるが、それでも悠馬や苺は年頃の学生である。一緒の部屋で寝るなどすれば思春期が発動してしまうに決まっている。
結局、何とか苺を言い聞かせてリビングで寝てもらい、拓斗と悠馬が一人部屋。ノリノリの爺さんは結希と羽花に挟まれて一日を終えた。
☆
翌朝。変わらず強い日差しが照りつける。汗を掻きながらも起床し、悠馬はリビングへ入った。結希と苺が起きており、祖父は寝ている羽花の傍にいるらしい。
「悠馬お兄ちゃんおはよう。ごめんだけどゴミ捨て行ってくれない?」
「ああ、分かった」
ゴミ捨て場はマンションの外に出て駐車場にある。これが意外と苦しい作業で、結希がゴミ袋を二つほど抱えて一回に行くのは疲れるのだ。家事関連は全て任せているので、こういうところは手伝っている。
「私も手伝うよ!」
出ようとすると苺がスッと悠馬からゴミ袋を取って玄関に出た。悠馬は返事もする間もなかったので、お言葉に甘えることにした。
外に出ると余計に肌に張り付くような暑さが襲い掛かってくる。ミンミンゼミも泣き始め、鶏の代わりに朝の挨拶をしているようだった。
エレベーターを下りてマンションを出ると、すぐにゴミ捨て場は見えてくる。そこに一人の女性が立っていた。水色の長い髪の毛が太陽で光っている。そこにはミラアがいて、偉いことにゴミ捨てをしているようだった。
「ミラアおはよう」
「あ、悠馬。おはよう」
ショッピングモールで遊んで以来、やっと名前を覚えてくれた。それからは間違えることもなくずっと悠馬で固定されている。
「悠馬君この人は……?」
「ミラア・プラハーナ。一年生に留学生がいるって聞いてないか? そいつだよ」
「ああ、この人が……」
訝しげにミラアを見つめる苺。ポツリと「この人は違うのか」と呟いたかと思うと、いつもの元気な顔に戻ってゴミを捨て場に入れた。
「そう言えば悠馬。あれはどうなってるの?」
「今日行くから大人しくしてろ!」
ミラアが手を上下に揺らしてわくわくを表現しながら悠馬に問い詰める。呆れた表情で悠馬も返している。
「今日どこか行くの?」
やはり気になるのか、苺が二人の内容を聞きだした。
「えっと……何だっけ? 大根?」
「プールだ。何一つ掠ってないぞ」
「ほえ? プール行くの?」
「そうなんだ。ほら、俺は苺ちゃんやお爺ちゃんが来るの知らなかったじゃん? こいつも楽しみにしてるし羽花もミラアのこと気に入ってるから今更断り辛くてな……」
前から夏休みにどこかへ遊びに行こうということになっていた。海や山やら色々案が出たが、交通費など宮葉家長男が出すはずもなく、ならば近場でお手頃のプールにしようということになったのだ。一日中遊べるので出費は最小限になる上にミラアたちは楽しめると悠馬にとっては一石二鳥だ。
プールがどんなところかパンフレットをミラアに渡してみると想像以上に目を輝かせ、今に至るわけである。
「良かったら苺ちゃんも来なよ。ちょうどミラアの水着買いに行くのにネオン寄るから」
「え、いいの?」
「悠馬の友達は私の友達。私の友達は私の友達。構わない」
「ガキ大将みたいに言うな」
悠馬が軽くミラアの頭を叩く。ナイスツッコミよ、と何故かドヤ顔を決めているミラアだった。
「あの、もう一人誘いたい人がいるんだけど……良いかな?」
申し訳なさそうに苺が小さく手を挙げて言った。
「高校の友達か? 全然良いぞ。多い方が楽しいからな」
断る理由もなく、悠馬は首肯した。ミラアは先ほどと同じことを繰り返す。
「んじゃあ十時頃に迎えに行くから準備しとけよ」
「分かったわ。大根とちくわと蒟蒻ね」
「……プールをおでんにでもするつもりか?」
「何言ってるの?」
「お前だ!」
ミニコントを終え、悠馬たちは部屋に戻った。プールには持って来いな高い気温。入る意味があるというものだ。