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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第一章 春に来る姫君
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Chapter 3-(5) 夕焼けの白兎

 機械的な音と共に千の数字が書かれた紙が吸い込まれる。やがて処理音の後、百円硬貨が音を立てて落下し、それを一人一枚手渡す。

「出せる金はこれが限界だ! これで何とか遊んでくれ!」

 悠馬も働き始めてからそんなに時間が経っているわけでない。収入もまだまだ少なく、とても稼いだと思えるお金は所持していなかった。

 だが百円があれば、シューティングゲームやレースゲームは一度くらいしか出来ないが、コインゲームであれば最低でも十五回プレイすることができる。特に羽花くらいの年齢だと十分誤魔化せる。

「……まぁ、しょうがないか」

 若干不満げな結希だが、こればかりは諦めてもらう。もう一英世だけで悠馬のライフはゼロに近いのだ。


 ミラアと羽花の世話的ポジションを真菜と結希に任せ、悠馬とエンスは二人でゲームセンターの端で話し合っていた。

「悠馬よ。本当にこれで済むと思っているのかい?」

「……と、言いますと?」

「ミラアはゲームセンターは初めてなんだぞ? ……UFOキャッチャーに興味を持たないとでも?」

「僕だってそれくらい承知ですよ。ただ、そこは白花あたりにコントロールしてもらうしか……」

 こうしてUFOキャッチャーを警戒している悠馬だが、別にそれ自体が苦手なわけではなかった。王道なぬいぐるみなどは寧ろ得意で、五百円くらいで済むのではないかというくらいである。

 しかし、あれもこれも欲しいとなってしまうと、五百円くらいでは済まないのだ。その時は何とか言い聞かせて一つで我慢してもらう。

 このゲームセンターに使うお金は千円のつもりでいる。そのうち、四人に百円を渡しているので残金は六百円だ。最高で六回のチャレンジというわけである。

「しかし悠馬がここまでケチだとはな~……。いいじゃないか。初給料を女子の遊びに使ってあげるなんてかっこよくて哀れだぞ」

「哀れが本心と捉えていいですね?」

「本当にケチなだけかい? 何かUFOキャッチャーに嫌な思い出でもあるのか?」

「いや、それは……。てか、哀れが本心のやつスルーしないでください」

「言ってしまいなよ。その方が楽になるよ」

 ここで、悠馬はどうやっても自分のペースには持ち込めないことに気づく。それと同時に諦めて話すことにした。


 あれは、悠馬がまだ幼く、結希が生まれてすぐの頃だった。当時五歳の悠馬と三歳の拓斗はゲームセンターで遊ぶのが大好きだった。ちょうどその頃くらいに、UFOキャッチャーというものを知った。

 中にあるのは可愛らしい動物のぬいぐるみや大人気アニメのぬいぐるみ。更にはお菓子などもあり、まさに大好きなものがたくさん詰め込まれていた。

 興味を持った悠馬と拓斗は母親におねだりして一回やってみることにした。しかし、簡単にはいかなかった。非力なアームは動物の頭を引っ掻いていくだけで、ブランと揺れながら最初の定位置に戻っていく。

 これがUFOキャッチャーの魔の手とも言える中毒性。いつも惜しいところで取れないものだから、何度でもやってしまう。無論、悠馬と拓斗は店の思惑通りにそれにはまっていった。

 ようやく取れたぬいぐるみも、今から考えれば買った方が安い。ただ、当時はその達成感がたまらなかった。母の顔は引きずっていたけれど。それと同時に、これをポンポン取れる人なんかがいたら格好いいなとも思っていた丁度その時だった――。

「俺が華麗にお前の欲しいぬいぐるみ取ってやるぜ! 一回で決めてやる!」

「キャー! 格好いい!」

 UFOキャッチャーの前でそんな声が響いていた。見た目がいかにも今時というような格好のカップルだった。

 この時悠馬は本当に彼に憧れた。このお兄ちゃんは一回でぬいぐるみを取れるのかと。自分でも分かるくらい目を輝かせていた。

 しかし、UFOキャッチャーさんはそんなに甘くなく、何度やっても筒に落ちてくれることはなかった。そして彼の財布はどんどん軽くなっていき、やがて出てくるものは埃となった。

 四つん這いになって落ち込む彼を前に、彼女は彼の前から立ち去った。私、UFOキャッチャー出来ない男無理、と言って――。


「――つまりですよ! 僕がここで失敗したらミラアと白花には嫌われ、結希には呆れられ、羽花には屈託のない笑顔で『お兄ちゃん下手くそ!』って言われるんですよ!」

「……非常につまらないな」

「何でですか! そうなるでしょう!」

「いや、UFOキャッチャーが出来る男がタイプなんていう女はまず存在しないだろう。確かに成功すれば格好いいが、そんなピンポイントな……。そしてもっと面白い話を期待していたのに」

「俺の過去に面白さを求めないでください!」

「まぁ、仕方ない……が、悠馬。もう手遅れだ」

「へ?」

 エンスはくいっとゲームセンター内の方に顎を動かし、悠馬にその方向を見るように促す。悠馬はそのまま振り向いた。

 すると、ミラアと真菜がUFOキャッチャーの前で楽しそうに話しているではないか。それもミラアはUFOキャッチャーをずっと見続けている。


「真菜、これ何?」

「UFOキャッチャーって言って、あのアームがついているのを操作して欲しいものを取るの」

 そう聞いたミラアはメダルゲーム専用のコインを穴に入れようとした。

「あ、でもそのメダルコインじゃ出来ないの。百円玉を入れないと……」

 そして、悠馬は真菜と目を合わせてしまった。一旦目を逸らしてもう一度真菜の方を見てみると、諦めた表情で首を横に振っていた。諦めろ、ということだろう。

「悠太。これやりたい」

「悠馬な」

「ほら、もう逃げられないぞ」

 エンスに言われ、悠馬はため息をついてミラアたちの方へ歩んで行った。財布を開き、百円硬貨を取りだす。

「……いいか? 六回だ! 六回までなら許してやる!」

「分かったわ」

 ミラアは何の躊躇いもせず、百円硬貨をUFOキャッチャーに入れる。一度、エンスの方へ視線をやってみると口が、やるじゃないか、と動いて親指を突き立てていた。それによって生じた複雑な感情に再びため息をついた。


 愉快な音楽が流れ、UFOが起動した。このUFOキャッチャーの操作は二回で、最初に横移動、後に縦移動だ。

 ミラアは横移動ボタンを軽くポンッと叩いた。どうやら欲しいぬいぐるみは近くにある――と思いきや、縦ボタンも一度ポンッとタップしただけで、UFOは筒の中の空気を切り裂いただけで元の位置に戻ってきた。

「……壊れてる」

「壊れてるのはお前の頭だ!」

「ボタン押してるのに全然進まない。クソゲー」

「あれは長押ししなきゃいけないの。あとUFOキャッチャーをクソゲーと言う奴を初めて見たわ」

 やはり彼女に地球の常識はないらしい。なのにクソゲーという単語は知っているから、どこまで常識が通じるのか境界線が分からない。

「……ここは経験者のものを見るべき。真菜、やってみて」

「え? うん、いいけど」

 次に真菜が百円硬貨をゲームに入れる。もちろんだが操作方法を知っており、上手い具合にミラア目的のぬいぐるみまでたどり着いた。しかし、アームに支えられることはなく、その場で居座ったまま。今回も何もせずぬいぐるみが戻って来た。


 それからミラアと真菜が交代にやるも失敗に終わり、とうとう最後の一回となった。

「真菜、あなたにかかっているわ」

「そう言われるとプレッシャーだね……。あ、宮葉君やってみない?」

「へ? 俺?」

「うん。これ宮葉君のお金なんだし」

 そう言って真菜が悠馬に百円硬貨を手渡す。ずっと握っていたのか、少し温かい。

(ここでやって取らないと嫌われる!)

 悠馬の心境を察したエンスは首を振っていたが、悠馬は気づいていなかった。今はただ、取るべきぬいぐるみの山を見つめるだけ。

「ミラア、狙いはあれだよな」

「うん。あのレインボーの兎」

「何であんな気色の悪い兎を選ぶかは不明だが任せとけ」

 悠馬は唾を飲んで、六枚目の百円硬貨をゲーム機に入れた。もう聞き慣れた音楽とUFOの照明が一段と緊張感を際立たせる。

 虹色兎はミラア、真菜のプレイにより、横に少し移動、縦にも少し移動という位置にあり、上手く引っ掛けられれば落ちるところにある。それを真菜とミラアは失敗している。

(あと少し……ここでもうちょっと行けば……)

 と、全神経の集中をUFOキャッチャーに注いでいた時。

「お兄ちゃ~ん! コインなくなった~!」

「おわっ!?」

 コインゲームで遊びきった羽花が悠馬の足に抱きつき、悠馬のバランスを崩した。そして調整していた縦移動ボタンからも手が離れ、無情にもUFOはぬいぐるみの山へ降り立った。その場所は悠馬が狙っている場所ではなかった。

「あ……」

 レインボー兎には触れることさえせず、UFOが上がりかける。……ミラアのお目当ての物は取ることが出来なかった。

「ごめん、ミラア……」

「構わないわ。白い兎も好き」

「そっか、白い兎も……白い兎?」

 ハッとミラアの方を見ると、抱きかかえる腕に白く可愛い顔をした兎があった。

「ミスをしても何かを落とすなんて素晴らしいわ、啓太」

「お、おお、そっか。ありがとう。そして悠馬だ。そんな駅伝速そうなツインズの名前じゃねぇよ」

 でも、いつも表情の変わらないミラアが少しだけ、少しだけではあるが笑った気がした。それだけで気分は晴れやかになる。

「もうすぐ夜だし、帰ろうか」

 悠馬たちはゲームセンターを出て、ショッピングモールを後にした。



 ☆



 外は綺麗に茜色に染まり、悠馬たちをもオレンジ色に染めていた。悠馬は眠りについてしまった羽花をおぶって歩いていた。隣にはまだ嬉しそうに兎のぬいぐるみを抱きかかえるミラアがいる。

「楽しかったか?」

「うん」

「そっか、なら良かった」

 それからはまた車の音だけが木霊する空間になる。話題がないと言えば話題がないのだが、若干この空間が気持ちよくもあった。

 黙って歩いていると、エンスがミラアの横に並び、何かを耳元で囁いている。そして次の瞬間ミラアが悠馬の方へ視線をやった。先ほどの白兎を取ったときよりも笑って。

「ありがとう、悠馬」

 とだけ言って、また太陽の方へ視線を戻した。それに悠馬は笑顔になる。やはりありがとうと言われるのは嬉しい。そしてやっと悠馬と呼んでくれたのも嬉しい。


 今年の春は色々なことがあった。もちろん入学が普通の人生じゃ大きな出来事であるが、父親が逃げ、ミラアとエンスが現れ、治親や真菜と仲良くなり――。こうして総括すると、振り回されたが楽しかった。


 その春も、もうすぐ夏を迎えようとしている。

ここ最近更新ペースダウン申し訳ありません!

これで第一章が終了し、次から第二章がスタートします。これからもよろしくお願いします!

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