Chapter 3-(4) 奢る人は素敵
「魔法少女リーラショー?」
「そう! お前も見たいだろう?」
ミラアを誘った後、ミラアもついてくると言い、悠馬たちはショッピングモールを目指していた。京安市でも特別大きいショッピングモール『ネオン』の特設会場で行われる魔法少女リーラショー。元々は羽花が行きたがっているから行こうと思っていたが、せっかくなのでミラアも誘ったのだ。
昨日は彼女にとって色々と苦しい一日だったし、気分転換にもちょうどいいと思った。
「上手く行けばリーラちゃんと握手出来るんだよ!」
「え!? あのリーラちゃんと握手!?」
羽花が嬉しそうにミラアの足元に現れ、スカートの裾を引っ張りながら言う。おそらく中身はおじさんだけど、そんなことは死んでも言えない。
そうして徐々にショッピングモールは近づいてくるのだった。
☆
しばらく歩くと、ネオンに到着した。間違いなく市内最大規模のショッピングモールは驚くほど駐車場の数があり、立体駐車場も備えてある。それがほとんど埋まっているものだから相当に何でも揃っていると分かる。
ショーが行われるのは四階に設置される特設ステージ。広いフードコートの一番窓側のセンターに配置され、連れの人などはご飯を食べて待っていることが出来るのだ。
エスカレータで四階に上がると、既にたくさんの人が集まっていた。その大半が女の子とお母さん、お父さんのコンビだが、時折大きなお友達も見受けられる。
ただ、背の高い大人が多いため、ステージは悠馬はともかく、羽花は全然見えないようだ。先ほどから足元でずっとジャンプしている。
「私も見えないから羽花はもっと無理だよ」
後ろから結希も背伸びして何とか見ようとしているが、前の大人に身長で敵うはずもなく諦めている。
その様子を見たミラアは前の方にいる親子連れの人とジャンプし続ける羽花を交互に見ていた。その女の子はお父さんに肩車をしてもらい、大人たちの顔一つ分くらい高いところにいる。
「羽花。あれやろう」
「あれ?」
「あれ。前の方にいる人たちのように肩車するのよ。私は普通に立っていても見られるし、羽花もこれなら見える」
「おおー!」
ミラアは女性にしては背は高い方で、小柄な男性よりは高い。場所を選べば彼女もショーを見ることが出来、更に肩車をすれな羽花も見られる。そういうことだ。
「って、ミラア。肩車なら俺が――」
「そうか。そんなにやりたいかミラアじゃあやってあげるべきだ悠馬と結希ちゃんは私とどこかへ行こうそれじゃあ」
その発言をエンスが遮り、悠馬と結希の腕を引っ張ってフードコードから出た。ミラアはこの早口なエンスの言動に特に違和感を感じず、ただ手を振っていた。
フードコートを離れると、端の方で邪魔にならないように止まった。
「ちょっとエンスさん。ミラアにあんまり負担かけたくないんですけど」
「まぁそう喜ぶな」
「喜んでいるように見えますか!?」
「君の気持ちは分かるさ。自分の幼い妹を人に任せるだなんてちょっと悪い気がするだろう。しかし、これはミラアの機嫌を上げることも兼ねているということを忘れないで欲しい。いつもミラアは楽しそうに宮葉家の話をするんだ。だからここはミラアに任せて、新たな作戦を練るぞ」
「ちょ! その話は!」
「そうだ! ここはどこだ? ショッピングモールだ。ゲームにスイーツに服。色んなものが揃っているんだ。リーラショー以外にも楽しめる場所はたくさんある」
「やめてください!」
「ミラアの気分も明るくなり、十二ヶ月の呪いも大丈夫さ!」
「ここには結希がいるんですが!」
一瞬、空気が凍った気がした。エンスはミラアがいなければ側にいるのは悠馬だけ、という状況に慣れてしまっていたのだろう。すぐそこに、ミラアの事情を知らない結希がいるということを忘れていた。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ」
「最初から言ってましたよ!」
惚けたエンスの表情に悠馬は焦りを露わにしながら反論した。そして、ゆっくりと首を傾げている結希の方へ顔を向ける。
「今の話聞いてた?」
「十二ヶ月の呪い?」
「あ、うん。だよね」
聞き逃しているはずもなかった。結希の耳にはしっかりとエンスの熱弁は届いていた。
「しょうがない。いつかはみんなに話せばならんことだ」
「エンスさん何開き直ってるんですか」
ここまで来て何もなかったようにする――ことはどうしても出来ないので、諦めて結希に話すことにした。十二ヶ月の呪いの事、ミラアの父の事、今日のお出かけの本当の意味。何も隠さず全て結希に教えた。
「ふんふん。つまりミラアさんの心が沈まないよう、楽しませるのが裏の目的だと」
「そういうことだ。羽花も退屈しないしな」
最初は結希と羽花に留守番を頼もうかと考えた。しかし、リーラショーがあると知って、そのアニメに関して全く知識のない悠馬とよりも知り尽くしている羽花と一緒に見た方が楽しいに決まっている。好きな作品は一緒に楽しんでくれる人と見るものなのだ。
「しかし悠馬。これはかなりの収穫だぞ。現役女子高生結希がいると今時の子がどんなものが好きなのか分かるじゃないか」
「小学生なんですけど……まぁ、参考にはなりそうですよね」
父が逃げてからはいつも家事を任せているので家にいるが、それまではよく友達と遊びに行っていた。それこそ、こういう大きなショッピングモールや中心部で買い物をしていたのだ。
悠馬はこういう場所では真っ先に本屋に行ってどんな漫画が売ってあるかを見始めるので、そういう遊びという面でどうしてよいか分からない。エンスにも常識なんてあったものじゃない。拓斗はよく遊びに行っているが、おかしな奴らばかりなので信用できない。
そうなると一番まともにショッピングモールを楽しんでいる結希の意見は参考になるのではないだろうか。それに、ミラアはただの高校生ではなく宇宙人だ。地球にどんな楽しいものがあるかなど分かるはずもない。どれもが新鮮なはず。この遊びの選択肢が多すぎる場所は、彼女にとっては全てが驚きである可能性だってあるのだ。
「エンスさん。鏡花星になくてここにあるものって何かありますか?」
「いや、ショッピングモールだよ」
「……そうなんですか?」
「うむ。私が地球に来た時も驚いたよ。お偉いさんが住んでいるわけでもなければ、コロシアムでもない。こんな何でもある場所があるのかって地球に、日本に感動したね」
ここにないものを探したつもりだったが、ショッピングモール自体存在しないとなると、どこに行ってもありというわけだ。
「それじゃあ、やっぱりゲームセンターとか無難じゃない? この時間は拓斗お兄ちゃんみたいな人も少ないし、楽しめると思うよ?」
「良い案だが……俺の財布が了解してくれるかどうか……」
父親がいなくなり、母親の居場所も分からない今、宮葉家の収入は悠馬のバイト代のみである。母が残してくれた大量の資金のおかげで生活は出来ているが、迂闊に使えないのも事実だ。
「こんなときくらい良いじゃない! 今は使い時って言うの!」
「娯楽に使える金なんてあるか!」
「いつ使うの?」
「今――とは言わんぞ」
結希は口を尖らせ、少し落ち込んだ。しかし、それでも悠馬はゆらがない。他にも方法はあるはずだ。ショッピングモールに来た時点で少しの消費くらいが覚悟出来ている。
だが、何が一番怖いか。ミラアがUFOキャッチャーにはまってしまうことだ。一回百円も取るあの円盤飛行物体は失敗を喜び、挑戦者を魔の手に引きずり込むあのゲームはお金が天使になりやすい恐るべきものなのだ。
悠馬が揺らがず、結希が次にどんな言葉をぶつけようかと考えていた時、エンスが結希の肩を叩き、悠馬に背を向けた。そして小声で喋り始める。
「悠馬を奢らせる方法がある」
その言葉に結希は笑顔になり、自ら進んで耳を貸しに行った。
「本当はゲームセンターのお金くらい私が奢ってあげるところだが、同じ英世でも友達の英世は別格だ。仲が良いという証にもなるしね」
「うんうん! で、方法っていうのは?」
「実はだな――」
そこから更にエンスの声は小さくなり、悠馬の耳には届かなくなった。結希はなおもコクコクと頷いており、時折笑いだす。
「エンスさん凄いね……」
「こう見えても鏡花星では指で数えられるくらいの研究者なんだよ」
何やら怪しい笑みを浮かべているが、悠馬の決心は揺るがない。絶対に奢らないと。
その時、エスカレータの方から水色の髪の毛の女子高生、ミラアと魔法少女リーラのロゴが描かれた紙袋を持っている羽花がやってきた。羽花はとても笑顔でショーを満喫した様子だ。ミラアは相変わらず楽しさが表情に出ていない。
「おかえり羽花。楽しかった?」
「うん! あのね! リーラちゃんと握手したの!」
「そっか~、良かったね」
合流すると羽花はすぐに結希に抱きつきに行き、嬉しそうにショーでの出来事を話している。
「でも、もっと楽しいことがこれからあるよ~!」
「何々!?」
「悠馬お兄ちゃんがゲームやるのに奢ってくれるよ!」
「本当!?」
「奢らないって言ってるだろ!」
悠馬がそう言うと、結希が口角を上げ、わざとらしく大きめの声で喋り出した。
「奢る男って良いよね~エンスさん」
「そうだね。ねぇ羽花ちゃん」
「奢るって何? ミャアちゃん」
「プンプンすることよ。そうでしょ、真菜」
「それは怒るだよミラアちゃん」
その結希からバトンを渡すように結希、エンス、羽花、ミラア、真菜へと繋がれていく。
「――ん? 真菜?」
その聞き覚えのある名前を何度か頭の中で再生してから、バッとミラアたちの方へ顔を向けた。黒髪のショートヘアに大きくて優しい黒の瞳。それとは対照的な薄ピンクの明るめのワンピースを着ている。同じクラスで憧れの存在である、白花真菜だ。
「こんにちは~宮葉君」
「ど……どうしてここに?」
「えっと、エンスさん? からネオンに行くから遊ぼうって」
まさか休日に会えるとは思っていなかった。私服姿を見るのは初めてで、制服の時とはまた一味違った印象を受ける。
元々はミラアがもっと楽しめるように呼んだのであろうが、エンスと結希にとっては思ってもいないチャンスとなった。
「さぁどうする悠馬お兄ちゃん? 奢る男性は格好いいよ?」
「ぐ……」
悠馬には英世を両替機に入れるという選択肢しか残されていなかった。