Chapter 4-(9) 最愛の姫君
ローデスは背後で膝をついて見上げる悠馬を見てフンと鼻を鳴らした。
「鏡花星まで来るとはよくやるな」
「何でここに……」
「そんなことはどうでもいい。早くミラアを連れて出ていけ」
聞きたいことは山ほどある。しかしローデスはそうとだけ言ってゴレイドとの間合いを詰めていく。
「俺は償いに来ただけだ。宮葉悠馬。お前がやることは一つしかない」
ひとまずはローデスが悠馬たちの味方であることを察した悠馬はミラアの手を握った。
「行こう!」
「……うん!」
悠馬はミラアを引っ張って教会の出入り口へ走り出した。
「行かせるわけないでしょう!」
しかし当然ながら前にゴレイドが立ち塞がる。
「ここまで来て逃がすわけ……」
と、言葉の途中でゴレイドはローデスに殴り飛ばされてしまった。一瞬での出来事というには情報量が多すぎて悠馬も唖然とするしかない。
「俺から目を離すとはいい度胸してるな」
ゴレイドが動けない今がチャンスだ。悠馬は合図もなく走り出した。不思議な必然でミラアも同じタイミングで走り出していた。
「ミラア」
教会から離れようとするミラアの背中にローデスが静かに呼びかけた。
「……すまなかった。さようならだ」
「……またね」
ミラアは振り返ることなく答えて悠馬と共に教会の向こう側へ消えていった。
「ゲホッ……ゴホッ……」
ミラアたちが教会を離れた後、瓦礫の下からゴレイドが姿を現した。
「もう少し……もう少しなのに……!」
「地球人相手だと強いかもしれないが、俺相手だと大した力じゃないな」
ローデスはじりじりとゴレイドに近づく。ゴレイドはあまりの力の差に怯えるしかないのか、尻餅をついたまま後ずさる。
「まあ、心がクソみたいなやつ同士、とことんやろうか」
「……ああああああああああああああ!!」
教会に恐怖の叫びが響く。外のカラスたちが一斉に飛び立つ。それは悠馬たちの戦いの終わりを意味していた。
☆
悠馬は必死で走っていた。その背中をミラアは黙って見たまま足を動かしていた。
本当はもっと速く走れるのだけれど、この背中を見ていたかった。
胸の奥がきゅっと締め付けられる。
どんどん悠馬とのことが思い出される。そうだ、この胸の締め付けは悠馬が教えてくれた。
悠馬のことを考えると他のことはどうでも良くなるくらい幸せな気持ちになって、でも時には苦しくて、そんな不思議なもの。
後ろから誰も来ていないことは分かる。だから今は幸せだった。
また、あなたに会えた。
「この先に俺の家のクローゼットに繋がるワープホールらしいから、あとちょっと頑張ってくれ!」
悠馬はミラアがそんな切ない気持ちでついてきていることをきっと知らないだろう。だって彼はミラアを助けることしか考えていないのだから。
そんなところも――。
「うん。頑張れる」
木々が生い茂る森を二人が駆け抜けていく。
青年はYシャツに動きやすそうなズボンをはいた普通の恰好。
もう一人の女の子は派手なウエディングドレスを纏っている。
とても奇妙な組み合わせの二人は御伽噺の主人公とヒロインのようだった。
しばらく走り続けるとワープホールが見えてきた。
「見えてきた……何か見るの久しぶりだな。このまま飛び込むぞ……!?」
悠馬が言ったそのとき。ミラアは後ろから勢いよく悠馬に飛びついた。その勢いのまま二人はワープホールに吸い込まれていく。
一瞬驚いた悠馬だったが、すぐそこにミラアがいることに安心したのか、飛びついたミラアを優しく抱きしめた。
「おかえり、ミラア」
「ただいま」
「……大好きだ」
「私も」
そして二人は宮葉家のクローゼットへと帰ってきた。