Chapter 4-(7) 野望
「悠馬……」
教会の扉に立つ一人の青年の名をミラアは呟いた。
悠馬は手に持っていた車の部品のようなものを外に投げ捨てて教会へと入ってきた。おそらくあの部品を使って扉を叩き壊したのだろう。
身体には多くの傷がある。突かれた跡の数がカラスの中をくぐり抜けてきたことを物語っていた。
「おやおや。ドアを破って入ってくるとは荒れたお客さんだね」
悠馬がここまで来ることを予想していたかのようにゴレイドは余裕のある態度で出迎えた。
「ミラアを返してもらう」
しかしその一言で一瞬ゴレイドは面食らったようだった。
「驚いた。まさか記憶が戻っているとは」
「全部思い出している。だからこれ以上お前の好きにはさせない」
「そうか。記憶を取り戻したんなら私の負けだね。ほら、ミラアは返すよ」
ゴレイドはミラアから手を離して悠馬の方へ軽くミラアの肩を押した。
ミラアはそのまま体勢を崩して悠馬の方へとよろけていく。それを悠馬が手を取って支えた。
ひどくあっさりなのが気にはなるが、やっとミラアが帰ってきた。
目の前に懐かしい白くて綺麗な顔が光っている。
「ミラア、帰ろう」
悠馬はミラアの手を引き教会を出ようとした。
しかし繋いでいた手はすぐに離された。悠馬が振り返ると手を組んで俯いているミラアがいた。
「ごめんなさい」
「え?」
「私、悠馬とは一緒に行けない」
思わぬミラアの返答に悠馬は動揺していた。
「ミラア、何言って……」
「私はここにいる。それが一番安心できるの」
ゴレイドのいるこの場所の方が安心できる。ミラアはそう言った。
そんなことがあるはずがない。こんなミラアに危害を加えるだけのようなやつを選ぶなんて。
「お前、ミラアに何をした!」
「困るなあ。フラれたのを人のせいにしないでよ。ミラアは僕を選んだ。それだけでしょ?」
最初からこの展開が分かったように嘲笑ってゴレイドはミラアの肩に手を回した。
ゴレイドは人の記憶を操れるような人物だ。ミラアを洗脳するなんて容易いことであることなど百も承知である。
さっきからミラアの目の焦点が妙に合っていないのもそのせいかもしれない。
闇雲に取り返そうとしても肝心のミラアが悠馬から離れていくならどうしようもなかった。
「あれれ? 諦めちゃったのかな? じゃあ出て行ってくれないかな? 僕とミラアの時間を邪魔しないでほしいんだけど」
「……最後に一つ聞かせてくれ」
「ん? 最後にってことは本当に諦めるんだ」
「まあ、それがミラアの本当の意思ならな」
「ほ~、こんな聞き分けがいい青年とは思わなかったよ。いいでしょう。賢明な君のために答えてあげるよ」
「どうしてミラアに十二ヵ月の呪いをかけた?」
悠馬はずっと気になっていた。そもそもゴレイドがどうしてミラアに呪いをかけたのか。
ミラアだけではない。ルヴィーネにしたってそうだ。この呪いをかけてゴレイドが得られるメリットというのが思いつかない。意中の人を手に入れるのに明らかに必要のない工程だ。
ゴレイドは何かスッキリした顔で答えた。
「共に生きたかったからだよ」
益々分からなくなる回答にゴレイドはさらに続けた。
「最初に呪いをかけたのはミラアの祖母だった。だが、呪いに狂いすぎて自ら死んだ。
次はルヴィーネだ。だけどぽっと出のやつに愛なんてもので呪いを消されてしまって計画は終わった。
だけど――」
ゴレイドはミラアの肩に回した手に力を込めて、恍惚な顔を浮かべる。
「ミラアは上手くいった。愚かな父親はミラアを捨てて独りぼっちにしてくれた。まあ君や鏡花星の科学者とかはいたけど、ミラアの心に独りという闇を作ってくれた。それがあれば僕には十分だ。ミラアの世界を僕だけに書き換えることができる」
「……つまりは、ミラアの中にゴレイドしかいないという状況を作るために、家族から捨てられるように呪いをかけた」
「そんな感じかな。どう? 満足できたかい?」
「……ああ。聞きたいことは十分答えてくれた」
「そうかそうか。それは良かった。ではどうぞお帰り――」
「ここで引き下がっちゃダメなことが分かったよ」
悠馬は一歩前に足を踏み出した。
「話と違うんじゃないかな?」
「違わないだろ? ミラアの本当の意思じゃないんだから最後にならない」
その顔に怒りなどない。ただミラアを連れて帰るという意思だけが集まっていた。