Chapter 4-(6) 君がいない世界
「んん……?」
真っ暗だった視界が徐々に開けてくる。重たい瞼を持ち上げると、刺激の少ない温かい色の光が目に飛び込んで来た。随分と長い間、目を瞑っていたのだろう。そんな光でもミラアは拒むように目を細めた。
「ここは……?」
光に慣れた目を使って周囲を見渡す。目の先には見たこともない大きな両開きの扉。視線を下ろせば金色の仰々しい椅子に腰かけている。そしてミラアは純白のドレスを身に纏っていた。まるで異国の姫を思わせるかのような格好だ。
ミラアは何が起こっているのか分からず、必死で頭を巡らせる。でも少し考えたところで軋むような痛さが出る。どうやら眠りすぎたようだ。
でもとりあえず今の状況が普通ではないことが分かる。鏡花星の城もこんなものではない。今まで見たことのない景色に持っていないようなドレス。経験したことのないものばかりがある。
辺りを見渡していると前方の扉が開かれ、一人の男性が入ってきた。
「お目覚めかな? プリンセスミラア」
薄気味悪い声が小さく響く。薄汚れた白衣がより不気味さを増している男性だ。
ミラアはその男性を見た瞬間、カッと目を見開いた。
そうだ、この男――ゴレイドが自分を眠らせてここに連れ去った。そして何より、悠馬を昏睡状態に追い込んだ男だ。
「おやおや、そんな敵意を剥き出しにしないでくださいよ」
「悠馬はどこ?」
ミラアは椅子から立ち上がってゴレイドに詰め寄る。
そのミラアの鋭くなった顔にゴレイドはひどく憐れんだ表情を浮かべた。
「ああ……やっぱりそうなるんだ」
そう不気味に呟いたかと思うと、今度は正反対にスッキリとした笑顔になる。
「彼なら生きているよ。君のいない世界に」
「それは日本にってこと?」
「くっ……ふふっ……呑気なことを言うじゃないか」
ゴレイドは右手で顔を覆い、溢れ出る笑いを殺した。
「そのままの意味だよ。確かに彼は日本にいる。だけど彼の記憶にミラアはいない」
「それはあなたが何か――」
「酷いよね~」
ミラアの反論を遮り、ゴレイドは紡ぐ言葉の一つ一つを深くミラアに刻んだ。
「彼は君のことなんか忘れて元の世界で笑って生きているんだ。君は悠馬という男にも捨てられたのさ。あの時と同じように」
その言葉がミラアの脳に浸透し、急速に記憶が駆け巡る。
表情は出ないけどいつも遊んでくれた大好きなお父さん。しかしそれは瞬間にミラアを捨てたときの感情のないお父さんの顔になる。自分の周りから人が消えていく。
そうすると今度は悠馬の顔が浮かんできた。急に現れたミラアを優しく受け入れて側にいてくれた大事な人。
しかし、悠馬は冷たい目をしてミラアに背を向けて、遠くへと歩き出してしまった。
「あ……ああ……」
「みんな酷いよね。でも僕はそんなことしない。ずっとミラアの側にいる。どこへも行かないさ」
光を失ったミラアの目にゴレイドが映る。ミラアにゴレイドが見えているか定かではないが、確かにそこにゴレイドがいることは感じていた。
大好きな人と関わると嫌なことばかり起きる。みんな自分を捨ててどこかへ行ってしまう。
だったらゴレイドと生きるのも悪くないのだろうか。自分を苦しめることのないゴレイドといた方がもっと生きやすいのではないだろうか。
そう。ここならゴレイド以外に誰もいない。誰も攻撃する人はいない。
ミラアの体から力が抜ける。それをゴレイドが支えて優しく抱き留めた。
それと同時。教会の表のドアが少し揺れた。
かと思うと何度も何度も扉が叩かれる。鍵を閉めているから開くはずのないドアを誰かが叩き割って来ようとしている。
それをゴレイドは眉を顰めて見ていた。
そしてついにドアが破れたとき、目に入ったのは傷だらけの一人の青年だった。