Chapter 4-(3) 嫌いの秘密
城にある大食堂に大きな溜息が零れる。
その溜息を丁寧に手を前で組んで立つミーナは受け止めた。
その姿を見てなお、溜息の主であるローデスは呆れるしかない様子だった。
「何度も困ったやつだ……」
そう、今はミーナが勝手に宇宙船を使ったことの説教中だ。
何回目の説教か分からないためローデスも頭を抱えるしかない様子だった。
だがミーナとしても今回は引くわけにはいかなかった。
これまではミラアの発症元も分からない呪いに嫌悪感があったローデスも、何者かが意図的にミラアに呪いをかけたとなると矛先も変わるのではないか。
その少しの希望にかけてみるしかなかった。
「お父様」
「何だ?」
「十二ヵ月の呪いがどのようにして生まれたか知っていますか?」
「……知らんな」
「あの呪いは人工的なものなんです。ゴレイドという人物が自分の思うままに人を操作するために作り出したのです」
「……」
「だからお姉ちゃんが呪いにかかったのも人に手によるものなんです。呪いは嫌いかもしれませんが、もっと憎むべきところがあるのでは?」
「……ふむ」
ローデスは顎に手を当てて少しだけ考えた。
「お前の言い分は分かった」
「……!」
「だが、俺にとってはミラアが呪いにかかっている事実の方が大きい」
しかし、返ってきた答えはミーナが期待したものとは程遠いものだった。
悔しいやら悲しいやらでミーナは上がってくる涙を必死に止めようとするしかなかった。
「そんなに……そんなに呪いが憎いですか」
「ああ、憎いな」
「自分の娘さえも捨ててしまうほどに!」
「今更な話だ」
ローデスは椅子から立ち上がり、窓から庭をじっと見つめた。
「もうお前と話すことはない。部屋に戻って反省していろ」
「……分かりました。私もお父様と話すことはなかったので助かります」
精一杯の皮肉を吐き出して、ミーナは小走りで大食堂を出た。
☆
ミーナは自室のベッドに体を投げ、枕に顔を埋めた。その瞬間に溢れ出た涙を枕に吸い取ってもらい、何とか気持ちを落ち着ける。
涙を出し切った後、淹れてもらったお茶を一口飲んでふと思った。
どうしてローデスはそこまで呪いを嫌うのだろうか。
もちろんミーナも呪いは憎い。こんなものが存在しなければミラアが苦しむことだってなかったはずだ。
だがそれにしてもローデスは異常に感じる。
家族を突き放すほどにまで呪いを忌み嫌う理由はどこにあるのだろうか。
「……よし」
「よし、ではありませんよ」
何かを思い立ち上がったミーナを静止したのは監視役の執事だった。
「あ、前に協力してくれた執事」
「そんな覚え方をしてくださっていたとは」
そう、この執事は以前にミーナがキート草を採りに行くときに内緒で送り出してくれた。立場上、目立った行動はできないが、ミラアのことも大事に思ってくれている人物だ。
「で、ミーナ様は何をするつもりで?」
「お父さんの部屋に忍び込もうと思っています!」
「……想像より怖かったです」
「宇宙船よりはバレないと思うんだけどな」
「そうかもしれませんが……」
「でも、何かあるかもしれないから見てみたい」
ミーナは産まれてこの方、ローデスの部屋には入ったことがない。幼い頃から入ることは禁止されていた。
だからこそ何かがあるとも考えられる。
ちょうど今ローデスは国の定例会議に出席している。
忍び込むとすれば今しかない。
「では行ってきます!」
「お待ちください。私の立場がないのですが……」
「う~ん……エンスが作った薬を勝手にあなたに盛ったことにしておいて」
「はあ……もう何を言っても無駄ですね……」
頭を抱える執事の間をすり抜けてミーナはローデスの部屋へと走っていった。
☆
ミーナはローデスの部屋にやってきた。当然ながら鍵はかかっているが、管理している者に父からの頼まれ事と言えばあっさりと貸してくれた。次代王女が活きるところだ。
解錠してローデスの部屋に入る。
部屋には多くの本棚があり、ジャンル分けだったり、仕事の書物だったり、かなり細かく整頓されている。
「へえ~、結構綺麗にしてるんだなあ……」
元々真面目だから意外ではないが、それでも感心する綺麗さだった。ローデスの部屋には清掃の人もあまり入らないから、本人が普段から整えているのだろう。
どんなものが入っているのか興味深く、端から軽く流し見していった。ほとんどは法律とか統治とか難しそうな本ばかりだが、たまに小説もある。中には、昔ミーナが好きだった絵本などもあり、本は結構大事に取っているようだ。
そうして見ていくと、ローデスのデスク側にある棚に一つの写真立てがあった。本がびっしりと埋まっている中でたった一つ、この写真立てが広くスペースを使っているからやけに目立つ。
その中には家族写真が入っていた。
真ん中でミラアとミーナが手を繋いで笑っていて、その両端でローデスが真顔、母が微笑んで立っている。
「意外……。こんなの飾ってるんだ……」
てっきりこういうことにはドライだと思っていたからか、ミーナはかなり驚いた様子でしばらくその写真を見ていた。
しばらくするとちょっと寂しくなってくる。
そう。ミーナたちはこんな風にみんなで笑って過ごしていた家族だったのだ。捨てるとか親に歯向かうとかそんなことはない、幸せな家族だった。
「……何としてでも手がかりを探さなきゃ!」
「何の手がかりだ?」
写真に気を取られていたミーナの頭上からドスの効いた低い声がする。一瞬で誰の声か分かる。ミーナの額にじとっと汗が張り付いてきた。
「お父様……」
「そこで何をしている?」