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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
最終章 永遠の姫君
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Chapter 3-(3) 糖分解放

 その日、真菜は大量のケーキを目の前に置いていた。王道のショートケーキやチョコレートケーキもあれば、洒落たフルーツケーキやムースなどなど。色鮮やかなスイーツがテーブルに並べられている。

 なぜか緊張して頬に一滴の汗が伝っていく。

 そしてごくりと唾を飲み込んだタイミングで、向かい側に座っていた苺が高らかに宣言した。


「はい! というわけで傷心会を始めまーす!」

「よくそんなテンションで行けるね……」


 そう、真菜は苺と共に「傷心会」と題してスイーツバイキングへとやってきていた。

 真菜は未来のライブの帰り道であったことを、帰宅後すぐに苺に電話をして伝えていた。悠馬の前では必死にこらえていた感情が家に帰った途端に溢れ出してしまい、誰かに話を聞いて欲しかったのだ。

 悠馬のことで話す相手といえば苺しかいなかった。苺も黙って話を受け止めてくれ、二人で慰め合おうとなり今に至る。


 辛いことは甘いもので癒すに限るということで、苺も真菜もどんどんスイーツを口に運んで行った。カロリーや体重は今日だけは気にしないことにする。

 そしてそろそろ生クリームを口に入れるのがしんどくなってきた頃、苺が悲愴な顔をしてフォークを置いた。


「本当に、良かったの?」

 いつも明るい苺からは想像していなかった悲しい声音に真菜は一瞬驚いた。

「だって、一応は告白されているんでしょ? それなのに……」

「これで良かったよ」

 苺の想いやってくれる気持ちはもちろん嬉しかったが、真菜は芯の通った声で返した。

「ミラアさんの記憶がない宮葉君に告白されても何か違うしね」

「はあ。本当に真面目だね、真菜ちゃん。私だったらほいほい付き合うわ」

「そんなことしないくせに」

 この冗談言っていないとやってられない感に何となく同調した真菜は苦笑いをしてケーキを口に運ぶ。


 この感情は何かと言われれば解放だろう。ずっと大好きだった悠馬への恋が終わり、最初の消失感が過ぎ去り、今は重い荷物を下ろしたような脱力があった。

 それを感じているのはおそらく苺も同じで、二人の会話は自然と止まって困ったように視線はケーキに落ちていた。


「ミラアちゃん、見つかるかな……」

「見つかってもらわないとスイーツバイキングでやけ食いしている意味がなくなっちゃうよ」

「本当だねえ……」

 その解放からの脱力に比例してケーキを食べる手はまた進み始めた。明日の体重計には相当な覚悟が必要になりそうだ。


「あれ、佐々木さんと白花?」

 そんな重すぎず軽すぎずな空気を変えたのは二人のすぐ近くの席からした男性の声だった。男性というには少し高めで女性と言っても納得はしそうなトーンの心地いい声音。

「治親くんとルヴィーネちゃんじゃん」

「お二人とも奇遇ですね!」

 偶然にも真菜と苺の隣の席に座ったのはクラスメイトの治親とそのストーカーレベルの愛を持つルヴィーネだった。


 しかし真菜たちにする挨拶はそれくらい。ルヴィーネは治親にべったりとくっついて早々に自分の世界に入り込んでしまった。四人掛けのテーブルでルヴィーネは当然のように治親の隣に座っているので何とも不思議な配置である。


「ルヴィーネさんよ。普通こういうときは向かい側に座りませんかい?」

「そういうわけにはいきません! 治親様と片時も離れたくないのです!」

「いやいやそうは言ってもだよ!?」

「ダメ……ですか……?」

「うう……そんな目で見ないでよ、卑怯だよ」

 などと真菜たちが食べているケーキより糖度の高いやり取りをしている。


「え、なに? マウント取りに来たの?」

「天野くん酷い……」

「佐々木さんも白花も理不尽じゃないか!?」


 傷心会としてケーキを食べている真菜と苺からしたらこんなの一種の拷問だった。真菜たちもこうなる予定……ではあったのだ。

 そんな空気を察したのか、治親は少し視線を落とした。というのも悠馬が記憶を取り戻す一連の流れは聞いているからだ。特に真菜は辛い選択をしていることもあって、冗談で済ませてよいことなのか迷うところである。


「はあ〜、もうルヴィーネちゃんから幸せオーラ貰っとこ〜」

「どうぞどうぞ〜!」

 そんな気も知らないでルヴィーネは苺の頭に手を掲げて見えない波動を送っていた。


「白花。その……大丈夫か?」

「うん。ケーキ食べたからスッキリしてるよ」

「……頼もしいな」

 そんなわけないだろうけど、彼女なりの選択に悔いはないのだろう。



「ミラアさん、帰って来てくれるといいね」

「そうだな」

「ちょっと真菜さん! 治親様と内緒話ですか!? 治親様はあげませんからね!」

「大丈夫。いらないから」

「やっぱ白花怒ってるでしょ!?」



 そう冗談を言って真菜はコーヒーを一口含んだ。口に残ったケーキの甘さがコーヒーの苦さを丁度よく緩和してくれる。その感覚は何だか嫌いじゃなかった。


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