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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
最終章 永遠の姫君
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Chapter 2-(4) 中学生、白花真菜

 中学一年生の白花真菜は一人の男子生徒に好意を寄せていた。その人は特別勉強やスポーツができるわけでもできないわけでもはない至って普通の生徒だが、ふと覗かせる優しさや穏やかな雰囲気が好きだった。

 会話もペンを拾ってもらったときのお礼くらいしかしたことがない。おはようなどの挨拶すら出来ない自分を少し嫌ったこともあった。


 真菜の通う荒若中学校は文字通り荒れていることで有名な中学校である。喧嘩沙汰なんて日常茶飯事で、最悪の場合は警察が校内にまで入ってくることもある。いじめというものも見受けられ、標的は決まって気の弱い子。治安の悪い学校と言われて一般の人が想像するまさにその通りの学校であった。



 ある日のこと、真菜はいつも通り登校して上履きに履き替えるために下駄箱の蓋を開けると一通の手紙が置いてあった。真っ白な便箋でお世辞にも綺麗とは言えない字で「白花真菜」と書いてある。

 差出人が書いていなかったため誰からのものかは分からなかったが、そこには「彼女になれ」ということと「放課後に体育館裏に来て」ということが記されていた。


 これは俗に言うラブレターというものだろう。真菜は一瞬にして動揺の色を見せる。産まれてこの方、告白などされたことのない自分がこんなものを受け取って良いのだろうか。差出人が不明なだけに、戸惑いは増すばかりだ。

 淡い期待も抱きたかったが、口調からしておそらく意中の彼ではない。命令形で彼女になれはさすがに言わないだろう。

 更に不安なのは、この学校は素行の悪い生徒が多いので誰かの悪戯かもしれないということだ。でも、もし本当に勇気を振り絞ってこの手紙を書いてくれたのだとしたら、行かないのは失礼だ。結局はその考えに傾いた。



 真菜はその日、手紙に書いてあった通りに体育館裏へと行った。そこには既に手紙の差出人だと思われる人物が立っていた。制服を着崩して、髪の毛は金色に染まってワックスで仕上げている。とても中学生とは思えない容姿だった。

 彼は学内でもかなりの不良として名が通っており、よく喧嘩事で問題を起こしている学校一の問題児で、教師陣もかなり手を焼いている。

「手紙読んだ?」

 ぶっきらぼうにそう問うてくる。真菜は無言で頷いた。


「そういうことだから」

 そうとだけ言ってその不良は真菜のことをずっと見ていた。その何となくの雰囲気で返事を聞かせろという合図だということを真菜は察した。

 返事は当然決まっていた。

「ごめんなさい」

「何で?」

「えっと……」

 他に好きな人がいるから。なんてとても言えなかった。そんなこと言ったものなら、今この瞬間から噂として広まってしまう。

「恋愛とかは今は考えてないからかな?」

 だから当たり障りのないように答える。

 しばらく不良は黙り、分かったと一言だけ零してその場を去った。終始あっさりしていたので、本当の告白だったのか微妙に思えてくるが、とりあえずこれで告白のことは終わった。ずっとあった緊張感が一気に抜け落ちて、手に汗がじんわりと滲み出てくる。



 でもそんなに甘いことではなかった。

 告白があってから数日が経った頃、廊下ですれ違った女子生徒にこう聞かれたのだ。

「白花さんって宮葉くんのこと好きなの?」

 思わぬ質問に顔を真っ赤にして慌てて否定したのを真菜もよく覚えている。

 でもなぜそんな質問が――と思っているとそのまま女子生徒は続けた。


「何か茂木くんがそういって今……」

 その名前を聞いて一瞬ヒヤッとする。茂木くんというのは先日、告白をしてきた不良生徒のことだった。

 その茂木くんが真菜が悠馬に好意を寄せているということを勘付いているという事実に真菜は焦っていた。女子生徒の話はそれ以上聞かず、教室へと向かう。

 するとそこには悠馬と茂木くんが揉めている光景があった。周りの生徒は怯えて誰も近づこうとしない。


 真菜が教室にいない間にしばらく揉めていたのだろう。悠馬の制服は着崩れており、胸倉をつかまれたような跡があった。

 そして茂木くんが窓からキーホルダーが投げ捨てた。茂木くんの仲間たちは笑っていた。おそらくちょっとした持ち物を捨ててやったくらいにしか思っていないのだろう。でも悠馬の顔を見れば、そんな簡単なものではないことは嫌というほど分かる。


 茂木くんはそんな悠馬を見て満足したのか、表情は変えないまま教室の出入り口の方へやってくる。

 そのとき、一瞬だけ彼と目が合った気がした。

 何かのメッセージが受け取れるわけでもない。でも瞬時に真菜は悟った。

 ――悠馬にこんな悲しい思いをさせてしまったのは、他の誰でもない自分だと。


 何もできないまま予鈴が鳴る。他の生徒たちもぞろぞろと席に座りだす。真菜もその流れに乗って着席した。

 悠馬も俯いたまま静かに席に座る。真菜にはその背中をただ見つめることしかできなかった。



 その日の放課後、気づけば真菜は学校の裏手にある山に来ていた。基本的に人が立ち入ることはないから整備の行き届いていない山である。一歩進めば体のどこかに木の枝や葉が当たるほどには生い茂っていた。

「かなり難しいかな……」

 地面を注意深く見ているが、それらしきものはない。あまりに捜索範囲が広すぎるから気が遠くなる。

「大体この辺りかな……」

 真菜は山側から校舎の方を見る。ちょうど自分たちの教室が見えるところで足を進めるのを緩め、さっきよりも詳しく探し始めた。

 木に引っかかっている可能性もあるから上の確認も怠らない。気づけば真菜には見つけられるかという不安はなく、絶対に探すという意志の元で動いていた。


 それから何時間か探した頃、足元にキラリと光るものを見つけた。そう、悠馬のキーホルダーだ。

「あった~!」

 真菜は心からの安堵を漏らしてキーホルダーを拾い上げた。少し泥がついてしまっているが、拭けば何とかなりそうな程度の汚れだ。どこにも付けられないほど台無しになっているということはなかった。


「白花?」

 キーホルダーを大事に握って山から出ようとしたとき、背後から声をかけられた。

 そこにいたのは悠馬だった。お互いにこんなところに人がいると思っていなかったため、少し目を開いて驚いていた。

「こんなところで何してるの?」

「えっと、探し物というか……」

 冷静に考えると、山に来てまで悠馬のものを探していたなんて好意が見え見えである。急に恥ずかしくなった真菜は答えに困っていたが、どちらにしろ悠馬にキーホルダーを渡さなければいけないのだから観念した。

「宮葉君のキーホルダー、投げ捨てられてるところ見たから、探してたんだ」

「何でまた白花が……」

「それは……」

「……ありがとう」

「え?」

 またしても答えに困っていると、悠馬が目に涙を浮かべながらポツリと言った。


「本当にありがとう。本当に……」

 悠馬は大事そうにキーホルダーを握りしめていた。この姿を見て、真菜の体中にある全てのものが抜け出ていく感じがした。残ったのは、やってよかったという安堵感のみ。

「暗くなる前に降りよっか」

 二人は何とか木々の枝を掻き分けて下山した。制服には葉や土がついていて、クリーニング待ったなしの状態である。


 既に街頭が点灯し始める時間にまでなっていた。

 悠馬はもう一度、真菜に深く頭を下げて帰って行った。あの時の悠馬にどんな気持ちが芽生えていたかは分からない。ただ真菜の心臓は激しく脈打っていた。


 悠馬の少し脆いところを見て、不思議な安心感を覚えた。

 キーホルダーひとつを家族との思い出というものだけで探してしまう優しさ。

 そして自分とだけの秘密ができたような高揚感。


 彼を好きになるのは必然だったなと真菜は笑った。冷静になって考えてみたら、罪悪感だけで山に繰り出すなんてしない。悠馬だったからしたのだ。

 彼への好きという気持ちが確固たるものとなったこの時から真菜の想いは変わらない。

 ずっと彼のことが好きだった。



 ☆

 ☆

 ☆



 そんな悠馬に、今目の前で告白をされた。

 夢なのではないかと思うくらいに幸せだ。自然と手が震えてくる。ついに彼と恋人同士になれるチャンスが来たのだ。


 ――ただ。


 真菜はどうしていいか分からなかった。悠馬の想いを受け入れたい。今すぐにでも好きな人と恋人になりたい。

 でもそんなことを思うと彼女の顔が浮かんでくる。

 表情があまり変わらず、何を考えているか読みづらい。

 でもそんな彼女の愛おしい目で悠馬を見る姿が浮かんでくる。

 彼女のことを愛おしい目で見る悠馬が浮かんでくる。


 ――お互いの傷を埋めてしまった、二人が浮かんでくる。


「……ごめんなさい」



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