Chapter 2-(3) あの日のキーホルダー
ライブの興奮も冷めやらぬ中、悠馬と真菜は会場を離れて帰路についていた。今回の未来のツアーは地元開催というのが一つの売りだったため、悠馬たちは電車にもバスにも乗らずに家に帰ることができる。一度も混雑に巻き込まれることなく帰れることに少しばかりのVIP待遇を感じていた。
ちなみに祥也は余韻に浸るために散財すると言い、グッズ売り場に並び直していた。そのため帰りも悠馬と真菜の二人である。
「ライブ凄かったな〜」
「凄かったね! 未来ちゃん可愛かった〜」
ありきたりなライブの感想を言い合っているが、悠馬といえばそんなこと全く頭になかった。
未来のライブで感じた真菜への想いがずっと溢れ出しそうで仕方ないのだ。
自分の高鳴る鼓動を抑えようと何とか話題をライブのものに持って行こうとするが、街灯に照らされる真菜がいつもより艶めかしく見えて逆効果になってしまう。
文化祭で一致団結しているうちに付き合うことになる「文化祭マジック」というものと少し似ているかもしれない。
アイドルの持つ意味や音楽の力を見せつけられている感覚だ。
でもライブの時に抱いた感情が真実であることはもう認めざるを得ない。
同じ道を並んで歩くだけで胸が高鳴る。あるいは少し緊張したり恥ずかしかったりする。それは他ならぬ、隣を歩く白花真菜が悠馬にとってそういう存在だからだろう。
真菜も時折、恥ずかしそうに笑って俯く時がある。
そもそも真菜が二人で行くということを前提にチケットをくれたのだ。果たして好意のある異性以外にそんな勇気のいることをするだろうか。
悠馬の中で「今こそ想いを伝えるべきだ」という声が響く。
「あのさ、白花」
「ん?」
「ちょっとだけ、話に付き合ってもらっていい?」
「うん、もちろん」
街頭が演出する妙な雰囲気の中、二人は並んだまま話した。
「これ覚えてる?」
悠馬は鞄につけていたキーホルダーを真菜に見せた。
「あ、これは……」
真菜もはっきりと見覚えがあるのだろう。すぐに理解を示した。
「これ中学生のときに不良に絡まれて山の中に投げ捨てられて、それを拾ってくれたのが白花だったんだよ」
「うん、しっかり覚えてるよ」
「このキーホルダーさ、小さい頃に親が買ってくれたものなんだ」
悠馬が優しい目で大事そうにキーホルダーを見つめる。
「俺、投げ捨てられての結構ショックだったんだ。父親も荒れて母親も潰れちゃって、バラバラになっちゃうなんて思ったこともなかったから。何だろう、数少ない俺たち家族を繋げてくれているものな気がしてたんだ」
真菜にとってもそれは印象深い出来事だった。悠馬が教室で揉めていたから何事かと思ったら、キーホルダーを窓から投げ捨てられていたのだ。犯人の不良は不機嫌そうに悠馬の元を去り、友達も必死に慰めていた。
でも真菜には慰めなんて言葉が思い浮かばなかった。あまりに悲痛な悠馬の顔を見たら、あのキーホルダーは本人にとって物凄く意味があったんだろうなと、それだけだった。
――それに加えて、真菜自身のせいでもあったと感じた。
だから真菜は放課後、誰にも言わず校舎の隣の山でずっとキーホルダーを探した。無謀だと言われても探したかった。自分が起こしたことへの罪滅ぼし。人のため。そんなことよりかは、大好きな彼から悲しみを追い出すために。
今、話を聞いて真菜はやっと理解した。当時、宮葉家には既に家族間に亀裂が入っていた。そんなことが来るとも思っていなかった中学生の悠馬にとって、このキーホルダーは幸せだった日々に縋りつかせてくれるものだったのだ。
「だから、白花には本当に感謝してるんだ。ありがとう」
「そんな、私は探しただけだし……」
「その時から――」
真菜が喋るのを遮って、強くこぶしを握った悠馬は、真っ直ぐな眼差しを真菜に向けていた。
「白花のことが好きだった」
一瞬、時が止まったように感じた。肌を触る風も、呼吸の音も一切聞こえない無の世界に来た感覚。それを体感しながら真菜は自分の頭を巡らせていた。
ずっと憧れだった悠馬から想いを告げられた。その事実が徐々に固まった真菜の体を溶かしていく。喜びと愛おしいものが込み上げてくる。
「白花さえ良かったら、俺と付き合ってくれませんか?」