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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
最終章 永遠の姫君
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Chapter 2-(1) 日常風景

 玄関のドアが開かれる音がして、夕ご飯の支度をしていた結希はその手をピタッと止めた。

 そして「ただいま」の声を聞いて帰ってきたのが悠馬だと知ると、更に硬直してしまう。しかしそれもほんの数秒の話だ。結希は濡れた手をタオルで拭き、玄関の方へ悠馬を出迎えに行った。


「おかえり、悠馬お兄ちゃん」

「うん、ただいま」


 朝と同じように悠馬に異変は見られない。いつも通りに学校から帰ってきた悠馬だ。今日はアルバイトがないから少しリラックスしているのも見慣れた光景である。

「えっと……鞄をお持ちしましょう!」

「急にどうした?」

「いやいやお疲れでしょうから……」

「何かある?」

「いえ何も!」

 明らかに結希の目は泳いでいて、鞄を持ってリビングに戻っても何だか落ち着かない様子だ。

 立ったり座ったりを繰り返し、悠馬の前に座ったときにはとりあえず飲み物を口にする。そしてまた立ってウロウロする。かと思えばモジモジしたり……とにかく忙しなかった。


「結希……トイレ行きたいの?」

「ち、違う!」

「でも何か変だぞ? さっきから落ち着きがないというか……」

「いやあ、まあ……」

 結希からしてみれば誰のせいで落ち着かないと思っているのか、というような状況だが、当然悠馬は知る由もない。

 しかし、こうしているだけでも分かってしまう。悠馬はこのミラアがいない日々というものに全く違和感を持っていない。


「悠馬お兄ちゃん。今日、変なことってあった?」

「変なこと?」

「ほら、ミラアさんのこととか……」

「……結希もそれか」

 若干面倒くさそうに悠馬は大きな溜息を吐いた。

 そう、悠馬にとってはミラアがいない今こそが日常。むしろミラアという人物が連呼されることが最大の違和感なのだろう。

 それを改めて悠馬の態度や言動から思い知らされると、結希の抱えていたショックも増してきてしまう。


「今日みんなそのミラアって名前を俺に言ってきたよ。確かに変だよな。俺はそんな人知らないし」

「そっか……」

「何か今日はそれを聞かれすぎて疲れたな。ちょっと部屋で寝てくる」

「うん、ゆっくりしてね」


 悠馬は重そうに腰を上げ、リビングを出て自室へと向かって行った。結希だけのリビングに虚しく時計の音だけが響く。

「これは大変そうだなあ……」

 結希も誰もいないリビングのドアをしばらく見つめてゆっくりと立ち上がった。そして途中になっていた夕ご飯の支度を再開する。思ったよりも時間が立っていたようで、肉も硬くなってしまっていた。

「どうやったら思い出すんだろう……」

 小さく零して、結希はいつもより体重をかけて包丁を下へ押した。



 ☆



 悠馬は重力に任せて布団に身体を預けた。黙って受け止めてくれる感覚が何故かいつもより心地よい。

 グルグルと頭の中は今日たくさん出てきた人物の名前を反芻していた。

 何度思い出してもミラアという名前には聞き覚えがない。知り合いにいないのはもちろん、芸能人でもアニメでもゲームでも一切記憶がない。

 本当に知らない人であることは間違いないのだが――周囲の反応を見ると揶揄っているようには見えないのが悠馬には厄介だった。完全な架空の人物を作り上げて同級生のみならず、結希まで巻き込んで冷やかすなんて意味のないことをするとは考えにくい。


「一体何者なんだろう……」


 ずっと気にはなるが、考えても仕方ないことではある。どう足掻いても悠馬はミラアという人を知らないのだから。

 何となく最初の倦怠感が抜けた悠馬は机の上に勉強道具を広げた。そしていつものように宿題から取り掛かる。少しだけ悠馬の日常がそこに流れた。


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